第641話「なんでここに先生が!?」
──バチカン市国。
イタリアの首都であるローマの一区画を占め、ローマ教皇が統治する世界最小の独立国。
面積は一平方キロメートルにも満たず、人口は約八百人でそのほとんどが聖職者であり同業者。公には軍を持たないとされていますが……、
「わわっわっ、わわっわ~♪」
『何の音楽ですかティア?』
スーパーマ○オ64でマリ○が絵画に飛び込んだ時に流れる音色を鼻歌で奏でつつ、私……ユースティア=ペルフェクティオは、バチカン宮殿内部に展示されている絵画の内の一つへと飛び込む。
そうしてグニャリと視界が一瞬歪み、少しの浮遊感の後に……明るく照らされた美麗な美術品の並ぶ宮殿の景色から一転、石壁にゆらゆらと無数の蝋燭が揺らめく、薄暗い石造りの通路へと様変わりしていた。
石が荒削りであればほぼ地下牢だが、ここの造りのものはさすがにピカピカに磨き上げられ、一種の荘厳さすら放っている。
そんな廊下をブーツでカツカツ、旅行鞄をガラガラ鳴らして進みながら、任務終わりの私は「やれやれ」と呆れて肩を竦めた。
「いっつも思うんですけど、普通に照明導入しましょうよ。目が悪くなりますって。ヨハンナ様の趣味反映し過ぎ。ブラック上司による職場の私物化を許すな~」
『一応、ここは神秘の保管場所としての役割もありますので……』
現世に残る最大の神秘の一つ、聖剣エクスカリバーが私の腰に差されながらそう擁護する。担い手に逆らう気ですか~? それも恋人でもある私にぃ~? 今夜ベッドの上でたっぷり苛めちゃいますよ~?
ぐへへ……と今夜の予定を立てながら、私は廊下の先にある、威圧感たっぷりな巨大石扉の前に立った。
すると中心に嵌められた宝石が認証するかのように白く輝き、ゴゴゴ……と音を立ててゆっくりと開いていく。おっそ。ミラノにできたス○バの自動ドアよりおっそ。まぁ表情切り替えるのには都合がいいんですけど。
「ただいま戻りました~」
上司や設備への不満顔を引っ込め、立場相応の朗らかな微笑みを浮かべる。
そうしながら──教皇庁秘蹟編纂省へと、私は帰還を果たすのだった。
──教皇庁の中心であるバチカン宮殿。その地下に隠された、数々の神秘を保管収集する組織……秘蹟編纂省。
表向き(秘密組織に表向きも何もないんですけど)には世界に散らばった神秘を、主がもたらされた秘蹟として回収し保管することを目的とした組織。
一方で……当代選りすぐりの"
「お帰りなさいませ、ペルフェクティオ様!」
「聖女様! 任務ご苦労様です!」
「あ、いいですいいです。お気になさらず~」
私が各部屋に繋がる広大なホールに足を踏み入れれば、そこでお喋りしていた同業者がこぞって立ち上がり、私に尊敬の眼差しを向けてくれる。おかげでヘラつくこともできません。
いやしんど~。敬ってくれるのは嬉しいですけど、私ってばふっつ~の一般家庭の出なんで。ただ聖剣に選ばれただけの、世界で三番目に強い女の子ってだけなんでぇ~。もっと気軽に接してくれたほうが嬉しいって言いますかぁ~。
というかですね、なんで聖女? うちの教義的に聖人認定って殉教者オンリーなんですけど? まだ私死んでないんですけど? いくら私が最強で美人でスタイルも抜群で慈愛に溢れたオーラある女性だからって、ちょっと私に期待を寄せすぎって言いますか~……秘密組織だからってその辺の呼称ガバガバ過ぎません? いえ公には『バチカンの剣姫』で登録はしてあるんですけどね? でもこの歳でお姫様名乗るのもちょっとしんどく思い始めてたり~……。
聖女としての私と、腰に差す黄金の剣にそんな注目を集めながら広間を横切っていく。私は気疲れが勝りますけど、腰のエリィは嬉しそうにカタカタと揺れて刀身と鞘を鳴らしています。
『ふふ、大人気ですねティア。気高い担い手の持つ刀剣として、私も誇らしい』
「しんど~」
おっとしまったつい本音が。
やれやれですよ、まったく。ここで遠慮とかしても「なんて謙虚な!」とか言って更に尊敬を集めちゃうんですから、無闇に言葉も喋れやしない。いいんですよ? もっと「聖剣に選ばれただけの匹婦がお高くとまって……」とか言ってくださっても。そしたら容赦なく素を出してシバき倒せますので。見せてやりますよ村娘の流儀ってやつをぉ!
そうなったらいいなぁという展望を抱きつつ、窓の一つもない蝋燭の火ばかりが連なる廊下を進んでいく。これ消防法どうなってるんです? そもそも酸素はどこから?
秘蹟編纂省七不思議の一つを考えていれば、最奥にある長官室に辿り着く。
「失礼しま~す」
『どうぞ?』
ノックすれば、中からくぐもった女性の声。綺麗だけど、ちょっぴり鼻につく感じの。
「ふぁ~い、ユースティア=ペルフェクティオただいま帰還しました~」
入室を促されたので、遠慮なく無駄に重厚な石扉を手と足で押し開き、気の抜けた帰還の報告をしながら入室する。いつもの任務終わりのルーチンですね~。
背後で石扉が閉まる音を背に、奥に配置された執務机の前まで歩みを寄せた。
そんな私の気配に。羊皮紙が大量にファイリングされた本棚を背景に、羽ペンでカリカリと執務を行っていた女性がひょっこりと顔を上げる。お小言と一緒に。
「いけませんよ、ペルフェクティオ。あなたは聖剣に選ばれし乙女であり、我等秘蹟編纂省の顔。常いかなる場であっても、その神秘に見合う姿勢を保たなくては」
「あ~い、とぅいまてぇ~ん」
「まったく……」
長い付き合いがゆえの私の素の態度に、机を挟んで座る美少女はアメリカンな仕草で肩を竦めた。
そんな美少女こそ、我等が秘蹟編纂省のトップ。かつて存在したとされ、しかし否定された幻の女教皇をモデルにした生き人形。信ずるがゆえの狂信の産物として生み出された、生きる神秘。
──教皇庁秘蹟編纂省長官"女教皇人形"ヨハンナ。
保存下にある神秘の全てに精通するスペシャリストにして、各部署間の政治もこなす敏腕上司。他の部署に大きい顔できるのも、実際このボスの辣腕あってこそではある。超ブラックですけど。自動人形はゼンマイ巻いとけば疲れ知らずですからね~、人間の疲労なんて根本的なとこで分かりゃしないんですよ! 長期休暇くださ~い。
百年以上稼働しているそんな私の上司は羽ペンを優しく置き、白い水晶を嵌め込んだ瞳でこちらを見る。祭服の一部である特徴的な帽子から背中に流れる水色の長髪も相まって、神秘的で色っぽいアダルトなビスク・ドールちゃんなんですけどね~。
「報告を。秘蹟編纂省第一席、バチカンの剣姫」
「執行完了。以上!」
「……詳細な報告書は?」
「パソコンとプリンターが導入されるまで出さないと決めました。手書きだるいです」
「そうですか。では交通費の申請もないということですね」
「私が光の速度で飛び回れるからって毎回徒歩で現場に行かせるブラック上司が『交通費』とか笑わせないでくれます? 今回もひとっ走りしてきたんですが?」
「では口頭のみで結構です。ちなみにパソコンもプリンターも導入する気はありません。この場における神秘が薄れますので」
「執務室にルンバを放てっ」
「きゃーーーー!?」
先日の"アホンジャーズ"の集まり、その賞金で買ったルンバを大量に放つ!
そうすれば白くゆったりとした祭服を纏う女教皇は、少女みたいな悲鳴を上げて椅子の上へ退避し、涙目で身体を縮めた。その瞳の水分ってどう補充してるんです?
「なんということをっ! どうして我が神聖なる執務室にけったいな機械を持ち込むの! 教えはどうなっているんですか教えは!?」
「主は許してくださいます……『ルンバ? いんじゃね?』と。エイメン」
「あ゛ーーー!! 吸ってます! 羊皮紙吸ってます! あ、それ! まだ書き写してないの!」
簡単に書き写せない媒体をいつまで使ってんですかって話ですよ。現代機器アレルギー(ほぼコンプレックス)はこれだから……そんなんだからルンバなんかに恐怖しなきゃいけないんですよ。
「片付けて! 片付けなさいティア!」
「便利なのに」
お母さんみたいな感じで命令する上司に、私も肩を竦めてルンバの電源を切る。あとで職員の皆さんにあげましょうっと。
全てのルンバを回収すれば、ヨハンナ様はじっとりとした瞳を上目遣いでこちらに寄越してくれる。
「あなたは……外交的な態度が身に付いてきていると思ってましたのに」
「私とヨハンナ様の仲じゃないですかぁ~」
「上司と部下! それ以上でも以下でもないの」
幼い私を聖剣の担い手として見出したのも、神秘に対する心構えを教え込んだのもヨハンナ様のくせに~。照れ屋さん☆
「だいたい、また修道服にそんなスリットを入れて。修道女がみだりに肌を見せてはなりません」
「剣士に可動域の狭いロングスカートのまま戦えって無茶言わんでくださいよ」
バチカンの剣姫は出力だけじゃなく速度でも売ってるんですから。普段は切れ込み入れてませんけど、速度出すと勝手に破けちゃうんですぅ~。これだから現場を知らない管理職は。事件は会議室で起こってるんじゃあないんですよ!!
「大根みたいな太股を晒して。恥ずかしい」
ブッころ──こほんこほん。エイメン。
「その貧相なプラスチックボディバラバラにしてリ○ちゃん人形のパーツ繋ぎ合わせますよ?」
「貧相ではありません。これは機能美というものです。人間に、この美しさの真髄は理解できないでしょうね」
ふふんと鼻を鳴らして、ペタンコな胸を張るお人形上司。まぁ実際見た目はふつくしい美少女なんでサマにはなってるんですよね~。人間にはあり得ない水晶の瞳とか、キューティクルツヤツヤ過ぎて虹色に光を反射する水色の髪とか、シミ一つない白磁の肌とか。
あとは丈の長い祭服に隠れた球体関節とか。これも秘蹟編纂省の中でも意見が二分されていて「ヨハンナ様は球体関節が至高派」と「ヨハンナ様は人工皮膚で関節部をカバーして滑らかな仕上がりにすべき派」とで別れ、水面下で苛烈な争いを繰り広げているとかなんとか……私は球体関節派です。ちなみにご本人は球体関節を機能美と言って誇ってますけど、実は人工皮膚カバーもちょっと気になってる派。机の中にカタログ隠してるの知ってるんですからね。
そんなちょっとツリ目がちでデキる女上司好きにはたまらんビジュアルをしている自動人形をしげしげと見て、私は瞳をムムムと細めた。
「何をもって制作者はこんな美少女な容姿に設定したのか……備品管理人形に美しさなんて必要ないでしょう。もしやアダルトグッズとしての側面もあるのでは?」
「こほっ!? ししししし神秘の具現たる超高性能自動人形に対して、アダルトグッズと言い放ちましたか今!?」
「だって泣く機能とか絶対要りませんし~……恥ずかしがって真っ赤になる機能も。ちなみにこれまで彼氏とかいましたっけ? ご経験は? このビスク・ドールは恋をするんです?」
「し、知りませんっ! そもそも我々は恋愛禁止! それに私のお父様の設計を馬鹿にすること、罷りなりませんよ!」
「いや命吹き込むほどの狂信を持つ人形師なんて、普通に変態ですよ変態」
「──ユースティア=ペルフェクティオ。あなたに三日間の謹慎を申し渡します」
「休暇ごちで~す」
「き・ん・し・ん!!」
ブラック上司から休暇を引き出すには、実際これが一番なんですよね。自動人形にとって、その設計者は親にして神ですから。これを変態扱いされりゃあ誰でもブチ切れますよ。
でも実際この自動人形様、食事機能も付いてますし排泄機能も付いてるんで、その制作者が変態なのは確定的に明らかなんですよねぇ……本人は自分の美しさに誇りを持ってますし、制作者のことを盲信してるんで絶対認めませんけど。排泄機能における機能美とはいったい……? キレがいいとか?
「あなたはいつになったら慎ましさを身に付けるのか……ああ、そうそう。あなたに素敵なお客様がお見えになってますよ」
「え、アポ無しはちょっと……それに私、これから休暇なんで……」
「謹慎と言っているの」
アポ無しの来客って基本めんどくさいんですよね~。だって大抵が緊急の用件なのですから。緊急ということは大きい問題が目前に迫ってきていて、自分の力じゃなんとかできない時点を越えたんで泣きついてるってことなんですから。いやまぁ三つの誓願の内の一つに"従順"がある敬虔なシスターなんでやりますけどぉ~。でもそこまで差し迫る前に言ってほしいっていうか~。
「きっとあなたにしかできない仕事ですよ」
「バチカンの剣姫でしか達成できない緊急案件ってなんですか……」
絶対めんどくさい……これからバール巡ったりエリィとイチャイチャしたりしたかったのに! ちなみに三つの誓願のその他二つは"清貧"と"貞潔"です。いやまぁ世界とかたまに救ったりしてるんで主も大目に見てくださいますって……許してくれないのは誓いを同じくする教徒側であってね。あ~エイメンエイメン! ちなみに結婚するために神父やシスター辞めてく人はたま~にいます。くうっ……!
げんなりした気分も隠さない私に、ヨハンナ様は楽しそうにちょいちょいと私の後ろ……正確には部屋の隅を指差す。
え、もしかしてずっといらっしゃってた!? やば、だいぶはっちゃけた態度取ってたんですけど!? いや違くて~。普段はお淑やかで清楚なムチムチ聖女(二律背反)なんですよぉ~。それにしても世界で三番目に強い剣士の背後取るの上手いですね。高名な暗殺業の方です? 暗殺者なのに高名って(笑)ふおぉ~(笑)
そうして私が冷や汗をダラダラ流しつつ、努めて営業スマイルを浮かべて振り返れば──、
「壮健そうでなによりだ、ティア。邪魔をしているぞ」
「ふおっ!?」
な、なんで……、
なんでここに先生が!? 略してなんここ!?
「ちょっ!? あっ、や、やだっ──」
『貴様、童子切安綱……!?』
しどろもどろになりながら、思わずスリットからこんにちはしている太股を隠す。あれっ、私、メイクとか大丈夫ですか!? 汗とか……あ、シャワーも!
「はわわわわわわわわわわ!?」
「あぁ、俺のことは気にしなくていい。静謐なる場を求めて、ここへ立ち寄っただけだ。良い場所だなここは。暗く、静かで。なにより、物を大切に扱っている場であるところが個人的には好印象である。勉強が捗りおるわ」
なんで敵の本拠地で勉強してんですかこの人!?
「さ、バチカンの剣姫」
「はい!?」
上司の呼び声に、ほぼ悲鳴のような声で応えれば。
可憐な自動人形はイタズラっぽく、部下に命令を下すのでした。
「新たな任務です。日本に名を轟かせる天下五剣、最強最古の日本刀。最高の神剣と最強の妖刀、二つの性質を併せ持つ類い希なる刀剣が一振り……童子切安綱を回収、及び保管してください。世に悪名高い"無双の戦鬼"が、これほど無警戒かつ好意的な態度で目の前に現れるだなんて……こんな好機、滅多にありませんよっ」
そんな珍しいポ○モンが草むらから飛び出してきたみたいなノリで言われてもっ……!
く、キラキラした目をこっちに向けて……! この上司、蒐集癖満たすためにこの仕事やってるとこありますからね……!
「唐突にここへ侵入して開口一番『ティアはいるか?』だなんて。あなた、私に何か隠し事をしていますね? いったいどんな魔法を使ったの? あ、謹慎は撤回しますので♪ あぁ……! 目録に未だない、最高峰のジャパニーズ・ソード……!」
そうして想い人と、それを欲しがるブラック上司の間に挟まれる私……!
いや……、
いや、無茶言わんでくださいよ……!!
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