第639話「ガネシコできゅ?」
「ガーネット……俺は、クズだ……」
「何を今更!」
ガーネットの部屋で掃除と夕食を作る(通称、ガーネット当番)の日に。
暖かい食卓を囲みながら我が心情を吐露すれば、しかしガーネットは八重歯を見せてケラケラと笑い飛ばすのだった。
「そらそうよ。大量殺人犯で銃刀法違反者で露出狂で青少年保護育成条例違反者で人妻スキーヤーで未成年を五股にかけてて……他になんかあったっけ?」
「余罪か? 不法入国などしょっちゅうしておるし、知らぬとはいえ密造酒も持ち込んだ経験がある。暴行、傷害、決闘なども昔は日常茶飯事だった」
「なんかもうそこまでいくと感覚麻痺してくんな。もっとこう、可愛げのあるやつないのん?」
可愛げ……?
「……"午後○紅茶"を、午前に飲んだ」
「お前それマジでやべーよ……誰にでもできる悪行じゃねぇよ……」
俺は頭を抱えた。俺は──クズなのだ──!!
悔し涙すら流していれば、俺の作った炒飯を頬張るガーネットが「んで?」と片眉をピクリと上げた。
「なんなん? いきなりオメーがクズだなんて当然のこと言及してよ。日本一可愛くて皆のアイドルなガーネットたんを独り占めして"ガーネット独占禁止法"を現行犯で犯してるオメーが?」
今日はガーネットの魔装具たる二号も顕現していないため、この部屋に存在するのは俺とガーネットの二人だけだ。
暖色の照明の下、レンゲで皿をカツカツ叩く音が響く中……俺はガーネットに、近頃の悩みを打ち明けた。
「最近、性の乱れが顕著になっているよう感じてな」
「乱れてないことなんてあったか? ……あ、あたしのおっぱいだって揉んだことあるくせにョ……」
「顕著なのだ。淫行にかまけ、一部の生活を疎かにしてしまっている」
「なんで自分のダーリンに、他の女との営みの相談されなきゃなんねぇんだあたしは?」
「この欲に打ち勝つにはどうすればいいのか……俺は己のクズぶりを鑑み、早急に手を打たねばならんと悟った。ゆえ、なんぞ良い手法がないものかと探っているのだ」
「チ○コ切れば?」
笑顔でなんと恐ろしいことを……とてもヒュンヒュンした。
「極端なものはよろしくない、と俺の姉上も言っている」
「あーン? あーまぁ確かに。再現性低いモンで成功体験得ても、最終的にはそいつのタメにはなんねぇしなぁ」
「そういうことだ。ここは是非、使い魔の立場として魔法使いに問いたい」
「んあ~……仏門に入って悟りを開くとか?」
精神修行か……確かに、それも一案だ。悟りの境地に達し、鋼の精神を手に入れる……か。
「だが時間がかかりそうだ。どうにか時短できぬものか……お得意の魔術などで、どうにかならんのか?」
「補助系の魔術は苦手なんだけどなぁ~……ま、あるよ?『あらゆる欲求を消し飛ばしてそいつを廃人にする魔術』なら」
攻撃ではないか。
「そもそも、オメーが我慢すりゃいいだけじゃんね」
「それはそうなのだが。しかし、誘われてしまうとつい長引いてしまってな……」
「……遅漏?」
「無双の戦鬼は持続力と硬さ、そして弾数が売りだ」
「ほ、ほへぇ~……?」
く、いかん。想像してつい赤くなるガーネットにムラッと来てしまった。
「いや、しかし……」
「ん? なに?」
ついムラッと来てはしまったが……透明度の高いピンクの瞳をパチクリとするガーネットに、俺は穏やかに微笑みかけた。
「こう言ってしまってはなんだが……ガーネットと共にいると、とても安心する」
「っ、な、なんダヨ……急に……」
こちらの生温い視線に、居心地悪そうにモジモジするガーネット。
「それは、なんつーか……あれか? あ、あたしに対してだけ真の愛情とか、そーゆーの持ってる、とか……?」
「ああ、そうかもしれぬ」
なにせ──、
「ガーネットは身持ちが堅いからな。こうして眼前にいても、手を出そうとはあまり思えぬ」
「お前ー! 日本の男共が毎夜どんだけあたしをオカズに"ガネシコ"してると思ってんねん!!??」
逆鱗に触れてしまった……伝え方が悪かったか。ガーネットの矜持を尊重していると伝えたかったのだが、もしかすれば『そうした魅力がない』と聞こえてしまったのかもしれん。
すっかりご機嫌斜めになってしまったガーネットは頬を膨らませ、なぜかスチャッとスマホを取り出した。
「処女をバカにしやがってぇ……お前マジで見とけよ。あたしのフォロワー共にアンケとっちゃるからな。民主主義の怖さを知るがよいよ」
Q、ガーネットでは……、
①、抜ける
②、抜けない
「ふ~、まぁ? 見えてる勝負だけど。んあ? マネージャーから電話? しもしも~?『事務所からこの酷いアンケの許可取った?』うるせーーー!! 知らねーーー!!」
よくこのアイドルを"まねーじめんと"できるものだな。さては"まぞ"か?
「さーて、回答はっと。ふふん、節穴ダーリンめ。あたしのセクシーに恐れおののけ。ガーネットがセクシーということは、ガーネットがセクシーということなんです。じゃん☆」
そうしてマネージャーとの連絡を一方的に切ったガーネットは、意気揚々と結果を開示した。
Q、ガーネットでは……、
①、抜ける 9パーセント
②、抜けない 91パーセント
「なんでじゃーーーーーーーー!!!!」
どうやら臣下達からは、そういった対象としてあまり見られてはいないようだ……。
暴れるガーネットを宥めつつ、俺もその返信欄を覗き込む。なになに……?
『分かりました今からガネシコします! できませんでした!! いかがでしたか!?』
『いざしようとしてもあのゲラ笑いが思い出されるのがな……』
『カノシコはできる。ガネシコは知らん』
『お笑い芸人が高望みし過ぎでは?』
『うっ、うっ、ガーネットちゃん……! あ、これジュニアアイドル時代の画像だったはw』
『ったく……w(マジでガネシコしてるのは俺だけだっつーのw)』
仮にもアイドルアカウントの返信欄か、これが?
「この畜生共……あ、最後のヤツはなんかガチめで怖いからブロックしとこ」
そういうことをしているからでは……?
「どうよ?」
「『どうよ?』???」
なにがだ。そのドヤ顔にどう返せばいい。
俺は少しの沈黙の後……華奢な肩をポンと叩いた。
「まぁ、この者達は偶像としてのお前しか知らぬがゆえだろう。基本画面越しでしか触れ合えぬ者には、それこそ明確な隔たりがあるわけだ。そういった者に、友愛以上の情を持ち合わせるのは難しいことなのかもしれん」
「く、普段のノリのせいで女友達枠から抜け出せねぇってわけか……! でもプライベートで二人きりで会ってあたしが『付き合わない?』って言ったら即答するんでしょコイツら? ガーネット知ってるよ」
「それはそうだろう。それは画面越しではなく、仕事の上でもない、素のお前なのだからな。一人の少女として立つそんなお前を、袖にできる男などこの国にいるものか。無論、俺を含めてな」
「ひゃっ……♡ うおぉキ○タクにのみ許されし"されたら恥ずかしいけど一度はされてみたい抱き締め方ナンバーワン"のあす○ろ抱き……!」
椅子に座るガーネットの背後に回った俺は、中腰となって彼女を抱き締める。
我が胸の内へすっぽりと収まり、ガーネットは真っ赤になりながらも、前に回した俺の腕にそっと手を添える。
そうしてモジモジと身体を揺らしながら、恥ずかしげに言の葉を紡いだ。
「じゃ、じゃあダーリンは……ガネシコ、できゅ?」
そもそもなんだそのガネシコというのは……。
いやまぁ彼女との付き合いを長く続けていれば、そういった俗語の理解も(不本意にだが)深まっているため分かるが。自慰のことだろう。
「俺はガーネットが、普通の女の子であることも知っている。こうして抱き締めるだけで心拍数が上がることも。口付けをする際にはぶっきらぼうを装うが、人一倍緊張して少し涙が出てしまうことも。"ぷらいべぇと"では、可愛い恋をする乙女だ。そんな素顔を、俺だけに見せてくれる」
「ふあっ♡ ちょ、またキスマークやめろってぇ……♡」
こうして首筋に"きすまぁく"を付けられるのも、実は内心ゾクリとしているのも分かっている。アイドルとして完成された柔らかで引き締まった肢体とて、大変に魅力的だ。
それらを踏まえ、それができるかできないかと聞かれれば……。
「無論、できるぞ」
「……そ、そ?」
そうしてガーネットの体温が上がっていき……こちらに振り向いた彼女が、上目遣いで乞う。
「じゃあ……ダーリンがシてるとこ、あたしが見てる前で……やってみせて? もう準備万端なの……分かってるんだゾ……?」
「……クク」
ガーネット……。
「そういう空気にならぬようにとこうして相談をしていたのであろうがーーーー!!!!」
「だったら不用意にガチ恋してるアイドルを抱き締めんなやクソがーーーーーーー!!!!」
目を三角にして怒鳴り合った。こういうところも好きなのだが、今ではないのだ!!
身体を離し、互いに息を切らせながら冷や汗を拭った。
「危なくガネシコするところであった……」
「ちっ。撮影してテメーの女共に高額で売る算段だったのによ」
俺も前科者だがこのアイドルも大概だな。
「く、解脱の道は遠い……!」
「だったらオメー、切るのが嫌なら前みたくサヤちゃんに変身して、しばらくそのままでいれば?」
「はっ──」
それだ……!
俺はパチンと指を鳴らし、早速肉体を改造した。至高の姉上の姿へと。
柳を思わせる長い黒髪。深淵の瞳。赤く三日月に歪んだ唇。そして女性らしさに富んだ肉体。
少し低くなった視線に満足し、俺は顔にかかる黒髪を指で払いつつ唇を曲げた。
「ふむ。この姿であれば挿入れられるモノも無く、少女達からの誘いも無くなろう。さすがの慧眼だな、ガーネット」
「……」
「……ガーネット?」
なぜかこちらをじっと見るガーネット。
首を傾げれば、彼女は「ん~?」と訝しげに視線を細めて言った。
「なんか……」
「ああ」
「……クオリティ、低くなってね? サヤちゃんの」
「む、そうか?」
久方ぶりにこの姿を取ったがゆえか?
しかし立ち上がったガーネットは、こちらを観察するようにグルリと一周し、難しげに唸っている。
「いややっぱそうだわ。まず口調がお前のまんまだし、動作もなんか……言っちまえば雑。もちろんガワも声もそっくりなんだけど、サヤちゃんほどの色気を醸し出せてないっつーか……いや、目付きもだいぶお前だな? サヤちゃんはそんなやさぐれた目なんてしない!」
「ふむ……」
指摘され、俺も頷く。
俺が以前まで姉上の姿を取っていた時には、その思考すらもそちらに引っ張られていた。
だが今の俺は、思考も言動も俺のまま。なるほど……。
「姉上の魂を、俺から切り離した影響だろう。とはいえ、そう困るほどのことでもない。俺がその姿を似せずとも、姉上はもうずっと傍にいてくれるのだからな」
過去に俺の形成した姉上の姿は、妹がその残滓をかき集めて作ったもの。姉上が現世にいてくれるのならば、最早必要の無いものだ。
俺は今一度頷き、腰に手を当てた。
「思わぬ発見だったが、捨て置ける類いの物事だろう。いや、成果の確認だったな」
「あたし的にはちょっと残念。配信にゲストで呼ぶ時、本人呼ばなくちゃいけないじゃん。出てくれっかな~サヤちゃん」
「言いながら乳を揉むな」
「ぐへへ、いいじゃんいいじゃん。サヤちゃんは揉ませてくれねぇからなぁ。今夜は偽乳で我慢してやんよ。うぉ、でもこれは流石にでかすぎ……」
すまない姉上……造形のみとはいえ、姉上の乳が変態の手に落ちてしまった……許せ。
背後に回った
(ふむふむ)
根本から中ほどの膨らみ……そうして先端にかけて、優しくしごくようにしてガーネットの手が往復する。乳搾りの動きに似ているな。こうされると確かに、按摩のような心地よさすら感じる。
「ん……んん……」
「………………」
その力加減の強弱により、少し吐息が漏れた。俺は男だが、声帯は姉上だ。なかなかに色っぽいものが出たと自負している。姉上は声もえろいな。
そんな俺の乳を、なぜか無言のまま愛撫し続けるガーネット。いつまでしているつもりだ? 確かに姉上の乳は触り心地も抜群であり、何時間でも揉んでいられるのは理解できるが。
「……あのさ」
「どうした?」
「……あんま、言うほど大丈夫じゃないかもしんない」
「む?」
それはどういう。
最後にこちらの乳首をピンと弾くサービス(いらん)を残したガーネットは、同情するように俺の肩をポンと叩いた。
「ま……そのカッコで、帰宅したら分かるっしょ」
「……そうか?」
自然と分かることならば、自然のままに任せよう。
「なるほどにゃあ~……女装も似合うイケイケ男子かぁ。これで生えてたらむしろ……いやその方が……むむ、これはなかなか新しい扉……」
「???」
意味の分からぬ言葉を発し、しげしげと頷きながら食事に戻るガーネット。
その言葉の意味するところというのは──、
「あっ♪ 姉さ……ありゃ、兄さん? どうして──ほほう……姉さんの完璧な造形と、兄さんのワイルドさが絶妙なバランスで噛み合ってまた異なる魅力を放ち……すみません、少々テイスティングさせていただいても? いいですか? いいですよね? いただきま~す♡」
「アッーーーーーーーーーーー!」
帰宅した瞬間、
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