第636話「私今日誕生日だから」



「綾女っ──」

「あ……♡ んっ、チュ……ペロ……♡」


 ふわぁ~~~~♡

 ほ、ホテルの部屋に入った瞬間、入り口近くでがっつくみたいにディープキスされるやつ~~~♡♡♡


「綾女……綾女……好きだ……」

「ふあ……刃君……じんくん……♡」


 薄暗い部屋。

 聞こえるのは、睦み合う男女の息遣いのみ。

 私、薄野綾女は彼にキスの雨を降らされ、今はその名を譫言のように呼ぶことしかできない。

 ……彼好みの下着をお店で選んだ後、私達は逸る気持ちもそのままに早足でラブホテルに直行していた。

 刃君はお会計の時から目がギラギラしていたし、私もワンピの下に、あのベビードールをずっと着たままここまで来てしまっていた。

 気合いを入れたデート用の清楚な服の下に、あんなにスケスケでエッチな下着を着けて。そんなどこか倒錯的な格好で街を歩いたせいか……私もお部屋につく前から、お恥ずかしながらだいぶ準備万端になってました。なんだか一種のプレイみたいで……私、刃君が脱ぎたがる理由、少し分かったよっ。


「あ──」


 彼氏君のイケナイ性癖にちょっぴり理解を示していれば、状況は目まぐるしく変わっていく。

 キスしながら、刃君は手探りで私の腰に巻かれたベルトを外す。そのどこかもどかしそうにする手付きが、ひたすらに私を求めてくれているようで、より興奮を助長させた。

 そうして彼は私の肩に手を掛け……シュルリと、はだけるようにしてワンピースを床に落とした。


「──綺麗だ、綾女」

「っ」


 上から下までじっくりと見る彼の視線に。囁かれる彼の言葉に。肩を優しく撫でる感触に。私の心臓が激しく鳴る。


「刃君も……」

「ああ……」


 恥ずかしくなって、私は彼にぎゅっと抱き付く。

 そうして彼と再び深くキスをしながら、私も同じような手付きで彼の和服の帯を緩め……ストンと、服を床へと落とした。


「んっ、刃君……好き、好き……♡」


 交換する彼の吐息が熱気を増していく。私を欲しがっているのだと分かる。なんなら密着してるせいで、彼の、その、アレが当たって……ふわぁ~……すごいおっき……♡


「綾女。こちらへ……」

「ひゃっ」


 上手くお世話できるかなぁ、と不安になっていれば、いよいよ刃君が私をお姫様抱っこして……ベッドにゆっくりと下ろした。

 ベッドの軋む音が生々しく部屋に響き、薄く灯る照明も、こちらに覆い被さる刃君によって遮られてしまった。

 もう私には刃君しか見えないし、聞こえない……♡


「──愛している、綾女。どうか永遠に跪かせてほしい。共にこれからを歩んでほしい」

「ふわ……♡ う、うん……♡」


 永遠の愛を誓う言葉に、思わずじーんとなって頷いてしまった。

 すると彼は今一度じっくりと私に口付けをして、私に覆い被さる姿勢のまま、ちょうどベッド脇に置いてあったゴムの包みに手を伸ばす。


(ああ、私、ついに刃君と……)


 結ばれるんだぁ……って、はっ──!?


「ちょっ、ちょっと待って──!!」

「むっっっ!?」


 私の鋭い声に、全裸のままビクッとする刃君。いやごめんね!?

 私は彼の下からスルリと抜け出し、ベッドに正座をして「こほん」と仕切り直すように咳払いをした。

 あ、危ない危ない……思わず流されてそのまま本番エッチしちゃうところだったよ……今日は本番エッチじゃなくて、ちょっぴりエッチまでって自分で決めたんだから。初志貫徹しないと!


「こ、今後のことについてお話があります、刃君」

「どうした」


 改まった私の様子に、刃君も全裸のまま正座して相対する。ラブホテルに来て、すごい状況だ……。


「えっと、ですね……刃君が私でとても興奮してくれているのは分かります」

「ああ。どうやら、綾女もそのようだ」


 私のアソコを覗いて言わないでほしいかな!


「こほん! ですが、私達は今年受験生です」

「そうだな」

「……なので、その……その……」

「うむ」


 ……うぅ。

 言わないと。『一度本番エッチしちゃったら、私はそのことしか考えられなくなる危険性があるため、今は前戲だけにしよう!』って! それもどうかと思うけど!


「あの~……そのぉ~……」

「ああ」


 私は視線をあちこちにさ迷わせながら、胸の前でチョンチョンと人差し指を突き合わせる。ちょっと日和って来たとも言う。

 ど、どうしよう……刃君がそんな子じゃないとは分かってるけど、ここまで来て『やっぱり本番はナシで』って言ったら……が、ガッカリさせちゃうんじゃないかな……!? いや私じゃなくてね? 刃君がね?

 傷付いちゃうんじゃないかなってね!?


「ち、ちなみに~……」

「うむ」

「刃君は今日、ど、どこまでしちゃうつもりで~……?」

「どこまで、というと……ああ」


 まずは刃君の意思を確認しよう。

 そう思って質問すれば、彼は脱ぎ捨てた和服のところまで行き、その袖を漁る。


「──無論、最後までだ」

「っ!?」


 ドサッとベッドに置かれる、とんでもない数の近藤さん!! 何個あるのこれ!?

 じ、刃君、やる気だったんだね……今!! ここで!!

 見くびっていたよ……男の子の性欲って、そんなにすごいんだ……。

 私が頬をカッカと熱くさせていれば、刃君は覗き込むようにして聞いてくる。


「綾女も、そのつもりだったのではないのか?」

「うっ……」

「そのような薄手のワンピースを着て」

「はうっ……」

「あまつさえ着替えを見せ」

「うぅっ……」

「そのまま"せくしー"な下着を身に付けたまま、このような場まで来て」

「くぅっ……」

「『そのつもりはなかった』と、そう告げるのはあまりに無体なことではないか?」


 逃げ道が塞がれていく……!!

 いや、違う。最初から私は逃げ道なんて用意してなかった。ずっとずっと、私は新鮮なお肉を悪い狼さんの前にぶら下げていた。


「──」


 ……だって。

 だって、私だって刃君とエッチなことしたいもん! 刀花ちゃんと鞘花ちゃんのお話を聞いて羨ましかったんだもん! 映像で我慢しようとしてたのに、それもくれないしさぁっ!

 そんな思わず口走りそうになった言葉を、だけど私は理性で飲み下す。

 私……私は……。


「……私達、受験生だし……」

「言い方は悪いが。俺でも受かるような専門校に、多少うつつを抜かした綾女が落ちるとも思えん」

「多少じゃ済まなくなるかもしれないし……」

「互いに自制を心掛ければよいだろう」

「……私、エッチな子だし……」

「……ふむ」


 そこは否定してくれていいよ?

 私の希望も虚しく、刃君は腕を組んで思案顔。


「……うぅむ。まぁ、そうだな。あい分かった。綾女の中でまだ葛藤があるというのならば、今日のところは──」

「でもなぁ~……」

「どっちなのだ」


 だってぇ~~~~~~~……。


「うぅ、めんどくさい……?」

「いいや、可愛い。もう俺が襲うという体でよいのではないか?」

「言い訳をくれるのは嬉しいけど……うぅ~~~~……うぅ~~~~~……!!」

「そんなに悩むようなことか……?」


 刃君はハジメテじゃないけど、私はハジメテだから! 一線を越えると自分がどう変わっちゃうか分かんないから怖いんだよぉ!

 私が涙目になっていれば、刃君はこちらににじり寄り、ベビードールの紐だけがかかった肩を優しく撫でてくれた。


「まぁ落ち着け。ところで綾女の方こそ、今日はどういった想定だったのだ?」

「えっ? んと、その……ぺ、ペッティングまで?」

「ぺってぃんぐ……?」

「そ、挿入以外の、エッチなことです……」

「ふむふむ、手や舌での愛撫のみということか。なんだ、それならそうと言ってくれておれば。逃げ道を塞ぐような意地悪を言ってすまなかったな」

「そんな……ふあ♡」


 あっ……早速、してくれてる……♡

 私をすぽっと胸の中へ抱き寄せながら、ベビードールの中に潜り込ませた手で……おっぱいを、優しく揉んで……♡


「はっ♡ はっ……♡ やぁん……♡」

「可愛いな、綾女は。今日のところは、我が手淫にて満足するがよい」

「あんっ……じ、刃君は……?」

「綾女も、そうしてくれるのだろう?」

「っ……う、うん……♡ 手でも、口でも、胸でも……刃君の、好きなところでシテあげる……♡」

「それで充分だ」

「あぁっ♡」


 そうして刃君は、その手付きをほんの少し強くする。

 あっ、あっ、男の子に……大好きな人におっぱい触られるの、すごいぃ……♡


「痛くないか? 強すぎないか?」

「う、うんっ……きもちい……♡」

「綾女、顔をこちらに。その蕩けた顔に、口付けをしたい」

「んむ……♡ れろ……ちゅる……ふあぁ……♡」

「綾女……俺の可愛い綾女……他に、何かしてほしいことはないか?」

「……」


 ……………………………………うーん。


「……綾女?」


 このまま。

 このまま刃君にエッチなところ触られて、私も刃君のエッチなところ触って。いっぱいキスもして。それで満足して……。

 そこから……約一年、我慢? 一年も?


「……………………」


 いや……やっぱり……。


 ──ちょっと、無理だな。


「刃君っっっ!!!!」

「ぬおっ!?」


 私は逆に彼の肩を掴み、乱暴に押し倒して乱暴なままにキスをした。舌を捩じ込ませ、絡め、下品なくらい唾液をすする。元から一つの生物だったみたいに、ぐちゃぐちゃに身体を密着させて。


「──ッッッ」


 やっぱり無理……!

 ここまで来て、しない方が今後の生活に支障をきたすと本能で理解しました!! 分かりやすくいえばスイッチ入っちゃった!! 大好きな彼氏からエッチなとこをエッチに触られて我慢できる女の子いる!? いないよねぇ!?

 私は彼の唇からぬぽっと舌を抜き、至近距離からその鋭利な瞳を覗き込む。そこに映る私の目は、だいぶ据わっていた。


「──もう無理。私は今から、刃君を抱きます」

「急に俺より男前になるな」

「刃君が悪いんだからね……こんなエッチな胸板と腹筋で、私を誘って……!」

「筋肉"ふぇち"だとは知らなかったな」

「私は普通だったのにっ。君のおかげで、毎晩大変なんだから……!!」

「苦労をかける」

「私、今日誕生日だから……!!」

「そ、そうか……おめでとう」

「私今日!! 誕生日だからッッッ──!!!!」

「おめでとう!!!!」

「ありがとう!!!!」


 特別な日だから、特別なことをしてもオッケーなのです!! チートデーだよチートデー!! そういうことにします!!

 私は彼の上に跨がったまま、ベビードールの裾をたくしあげた。


「それじゃ……ゆっくり、下ろしていくからね……♡」

「待てい。避妊具をつけねば。そして実はカメラの用意もあるのだが……記念日ゆえ、記録するか?」

「えっ。えぇ~~~……?」


 カメラかぁ~、と私が悩ましげに身体をくねらせていれば、刃君は私の下から抜け出て、いそいそとゴムとカメラを和服から取り出した。

 だけどそんな私の様子を見て、彼はカメラを少しじっと見た後……それをそっと机の上に置いた。


「……ああ、そうか。これは無神経だった」

「う、うん?」

「再会したばかりの頃を思い出していた。綾女は危なく、そういった映像を撮られ、売られるところであったと。この提案は、些か無神経が過ぎ──む?」


 私は静かにベッドから下り、ちょうどベッドに向いていたカメラのスイッチを入れた。

 そうして再びベッドの縁に座り──、


「──す、薄野綾女です。今日で十八歳の、高校三年生です。身長は百四十五センチ、バストはHカップです。今日は……だ、大好きな彼氏と、初めてのエッチを……します……♡ 素敵な誕生日プレゼントを、い、いっぱい、もらっちゃいます……♡♡♡」

「俺は時々、綾女が怖くなる」

「私は刃君が本当に悪い鬼さんなのか疑う時があるよ」

「悪鬼だが?」


 本当かなぁ~? もっとノッてきてよ。

 よ、よぉ~し……私は意を決して、すっかり濡れそぼってしまったそこへ指を這わせ……くぱぁ……♡


「お、お~にさん、こ~ちら……♡ 悪い鬼さんは、あやのエッチなところ分かるかなぁ~……?」

ッッッ!! す、薄野綾女ぇっっっ!!!」

「きゃ、きゃあ~~~~♡ 襲われちゃう~~~♡♡♡」


 ──そうして。

 私は大好きな鬼さんから、素敵な誕生日プレゼントをたくさん……たくさん、もらうのでした♡

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