第635話「ちょっとだけだから!」



「別に割り勘でよかったのに……」

「ククク、先日割りの良い仕事があってな。たまにはこうした時に、格好をつけさせてくれても構うまい?」

「……私の彼氏、だから?」

「ふ……ああ、そうだ。綾女の恋人として、格好をつけたいのだ。いいか?」

「……えへ、いいよ♪ その代わり、次は私に出させてね?」

「承知した。次を楽しみにしておこう」

「うん♪」 


 今日はなんだか特別な日になりそうっ!

 お昼にデザートまでご馳走になり、私……薄野綾女は『次を楽しみにしておこう』と柔らかい笑みで言ってくれる自分の彼氏君に、ふにゃあ~ん♡ となってしまっていた。


(はっ。いけない、いけない……)


 本番まだこれからなのに。

 その本番のために、私は刃君を上目遣いで誘った。


「それじゃそろそろ……服屋さん、行こっか? いつも私が行ってるところでいい?」

「もちろんだ」

「……えへ♡」


(今日はなんだか特別な日になりそう!)


 喫茶店から出た瞬間から繋ぎ直していた手が、ますます熱くなる。

 隣を歩く刃君をさりげなく見上げれば、彼の目はこれから戦場に赴く戦士みたいな闘志を燃やしている……かのように見えた。実際は見たことないから分かんないけど、今日は特にギラギラしてるように見えます!

 そんな彼の様子に、私はある種の確信を抱いていた。今日はきっと特別な日になるんだって。


(はしゃいで、白ワンピ着て来た甲斐があったなぁ)


 ちょっと攻めすぎかな? と思ってたけど、気に入ってくれたみたいでよかった。

 だって、ね。そりゃ、はしゃいじゃうよ。

 なにせ今日は──、


(五月二十三日!)


 ラブレターの日、キスの日だなんて呼ばれてる今日は!


(私の──)


 誕生日、なのですから──!

 昨夜の日付が変わった頃にはリゼットちゃんや刀花ちゃん、吉良坂先輩、鞘花ちゃんのグループ(刃君は入ってないやつ)からお祝いメッセージが届いたものだけど……ふふ、そっかぁ。刃君もちゃんと覚えててくれたんだね!


「……」


 ……どこで教えたかは思い出せないけど。

 あれ? 言った……と、思う。うん。だから今日、デートに誘ってくれたんだろうし。だよね? それで刃君チョイスの下着を誕生日プレゼントとしてサプライズで贈ってくれるプラン……なんだよね、きっと? 多分。刃君はサプライズ派だからなぁ~。

 うんうん。だから私は、デキる彼女としてしれっと気付いてないふりしながら、彼好みの下着を喜んで受け取って……えへ、えへへ、なんならそのまま着けて帰っちゃったり……♡


(ようし!)


 気合い入ってきたよ!

 なんならそのまま延長戦に雪崩れ込んで、ちょっぴりエッチなことしちゃっても私は……な、なーんて! なーんて! 高望みしすぎかな! そう──、


『追加のプレゼントは、俺だ……俺だ……お、お、おおおお俺だ俺だ俺だぁ……(謎のエコー)』


 だなんて! きゃあ~♡ ゴムは用意してきました。健全なカップルとしてね? 私が特別エッチなわけじゃなくてね? 用意してない方が不健全なんだから! マナーの範疇だよこれはっ!


(うぅ、でも……)


 刃君にその気がなかったらどうしよう……デートにゴム忍ばせてくる女の子ってどうなのかなぁ……私がエッチな子って思われちゃったらヤだなぁ。私、エッチな子じゃないのに。ね?


(でも刃君がそうしたいなら私は全然……♡)


 あっ。とはいえっ、私達は今年受験生なんですから! 節度をもってね! ちょっとだけ! エッチなことはちょっとだけにしなきゃ! でないと私の勉強が別方向の熱量へシフトしてしまいますので……。


(うん、決めました……!)


 受験生のうちは、本番なし!

 その代わりにお手々とかお口、お胸を使ってなら……ギリギリセーフということにします! わぁ健全! この誓約と制約で、受験勉強頑張ろうね刃君! それで進学して、シェアハウスするようになったら……いくらでもしていいからね……♡


「あ……こ、ここだよ」

「ほうほう」


 というわけで、やって来ました。

 私も何度か利用したことのある、ランジェリーショップへ。小さい頃はその辺りにあるようなアパレルショップでも間に合わせられてたんだけど……こう胸が大きいと、専門店じゃないと品数が少なくて。刀花ちゃんや鞘花ちゃんも、そうなんじゃないかな?


(な、なんかやっぱり恥ずかしいなぁ……)


 でもここは! あえて大人っぽいランジェリーショップで! 刃君がさっき奢ってくれたように、私もここは彼女としての見栄です!

 私はゴクリと喉を鳴らし、刃君の手をギュッと握りながら店内へと歩を進めた。


「いらっしゃいませ~」

「おぉ」


 明るい照明と、色とりどりの布地が私達カップルを出迎える。さすがに女性用ランジェリーショップともなると、男の人はほとんどいない。


「……いつも思うが」

「うん?」


 にこやかな店員さんに会釈していれば、隣の刃君が難しげに唸る。


「俺の歩む道こそが覇道であるが……こういった場に、男の俺がいていいものか」

「ふふ、ここは大丈夫だよ♪」


 お店は選んでますので~……クラスの子にさり気なく聞いてね。


「でも他のお店は分かんないから、事前にお店の評判を調べとくとか、しておいた方がいいかも」

「そういうものか、気に留めておこう。他にも守るべきものなどあれば、その都度言ってくれ。綾女に恥をかかせたくはない」

「うんっ」


 マナーを守ろうとするのは、いいことだね!

 ちょっと心配だったけど、刃君のその言葉を聞けて安心したかな。さすがは私の彼氏さん!


「して……」


 私が惚れ直していれば、刃君はグルリと店舗全体を見渡す。


「どう選べばいいものか。まずは正確なサイズを測った方がよいのではないか?」

「あ、サイズは事前に調べてあるから大丈夫だよ」


 だから……うん。


「じ、刃君の……お、お好みとか、教えてくれたら……いいかな~って……♡ あ、あくまで、普段使いの範疇でだけど……♡」

「……お好み」


 私がテレテレとして言えば、でも刃君はまたしても難しい顔。


「どうしたの?」

「いや、実際難しいと思ってな」


 というと?

 私がキョトンとして聞けば、刃君は腕を組んで熱い鼻息を漏らした。


「我こそは、少女達の安寧を守護する無双の戦鬼。然らば、俺は少女達の乳房の安寧をも守らねばならぬ」

「は、はい……」

「ゆえに、その選別も慎重に行わねばならん。特に下着は女性の繊細な部分を守護するもの。しかし如何せん、俺はこういった知識に疎い。そんな俺の好みなぞを反映する余地など、実際あるかどうか……」


 大切に思ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと気負い過ぎかなぁ……。


「か、考えすぎ考えすぎ。『あ、これ好きなデザインだな~』とか。もっと単純に『この色いいな~』とか。刃君のそういうのが聞きたいな」

「……そうか? しかし……」


 刃君が棚に近付き、その鋭い瞳を更に細くする。


「……むむむ、多様な種別があるよう見受けられる。はーふ……ふる……もーるど……むむむ、むむむむむむ……!!」

「あはは……そこは私が調整するから……ね?」


 真剣な光を宿す刃君に、微笑ましい気分になる。本気で選んでくれてるのが分かって、ちょっと嬉しい。


「私としては、普通にフルカップブラがいいかなって思うんだけど」

「ふるかっぷ……」

「うん。大っきい人は、だいたいこれじゃないかな? 全体を包み込んでくれて、安定感があるの。形も綺麗にしてくれるよ」

「ふむふむ……?」

「逆にハーフとか、プッシュアップなんかはちょっと私にはキツいかな。いわゆる、寄せて上げるタイプのやつだから」

「ほうほう……?」

「ワイヤーとか、フロントホックのやつとかはあんまり気にしなくていいよ。その日の気分で私も変えてるから」

「うむうむ……」

「……刃君?」

「む? ああ」

「……理解できた?」

「……正直、あまりピンとは来ていない」

「ありゃりゃ……」


 まぁ男の子だもんね……仕方ないよね……。


「……」


 ……よ、よぉ~し。

 私は意を決し、近くを通りがかった店員さんに聞いた。


「すみません。試着いいですか」

「は~い、どうぞ~」

「む?」


 了承を得た私は、チャカチャカといくつかの下着を手に取る。もちろん、色は白とか青のお清楚系のやつを。刃君、この辺の色をそれとなく見てたからね。彼女の目は誤魔化せないよ!

 そうして私は刃君の手を引きお店の奥、フィッティングルームのある方へ。


「……ちょっと、待っててね?」

「あ、あぁ……」


 入室し、シャッとカーテンを閉める。

 そうして私はワンピをハラリと床に落とし──、


「じ、刃君、いる?」

「ああ」

「えと……男の子はフィッティングルームには入れないから……か、顔だけ、こっちに」

「……よいのか?」


 ぶっちゃけグレーだけど……ごめんなさい! 全部買いますから!


「ほ、ほら。見て……」

「……では、失礼して」


 そう断ってカーテンの隙間から顔だけを出す刃君。

 そんな彼の目線を……私は、下着だけの姿で、出迎えた。


「えと……これが、フルカップね」

「おぉ……」


 うぅ、恥ずかしい……顔が熱いよ……。

 で、でも、これは実際必要な知識だから! だから許してください!

 私は足をモジモジと動かしながら、自分の胸を覆う大きめの青いブラを指でなぞった。


「ほ、ほら……自然と持ち上げてくれるから、形も綺麗でしょ?」

「……あぁ。とても綺麗で、柔らかそうだ」

「……手触りも、実際いいんだ……あ♡」


 刃君の手が伸びてきて、私のおっぱいをブラ越しに優しく触る。やぁん……顔だけって、言ったのにぃ……♡


「確かに、すべすべだな」

「う、うん……♡ それで、こっちがハーフカップのやつなんだけど……」


 私は刃君の視線を気にしながらも……そのまま、フルカップのブラを外した。もう、刃君のエッチ……。


「ん……」


 段々と吐息が熱くなっていくのを感じる。

 刃君にそのまま胸も、おへそも、大事なトコロも見られてると思うと……頭がポワポワして、でもちょっぴり気持ちよくなってきちゃう……。


「それで……ね? これがハーフ。布部分がさっきのと比べて小さいでしょ? これは胸のサイズが控え目な子だったり、ボリュームを上げたいような子のためのものなの」

「……なるほど」


 刃君の視線が、ギュッと締め付けられて今にも零れそうな私の胸に注がれている。

 心臓をバクバク鳴らしながら、私はそれもプチッと外し……えっと、次は……。


「あ、こっちの四分の三サイズも、ボリュームを見せたい子なんかが着けてるよ。綺麗な谷間ができるんだって……どう?」

「ああ……とてもいい」

「そ、そう? 四分の三なら私でも普段使いできるし……じ、刃君が好きそうなら、これも買っちゃおう……かな?」

「是非頼む」

「は、はぁ~い……♪」


 い、一点、お買い上げで~す♡


「ほ、他には? 刃君の好きなの、教えてほしいな……♡ 色とか、デザインとかはどう……?」

「……そうだな。喫茶店のウエイトレス着の印象があるからか、綾女には青や白がよく似合う。フリルもな。そうなると……ああ、こちらなどは……」


 刃君がカーテンの隙間から、いくつか差し入れてくれる。


「あれ、刃君、用意してくれてたの?」

「腕を伸ばしてな。店員には見られていないが、監視カメラには映ったかもしれん」


 もうこのお店使えないカモ……。

 私は苦笑しながら、再び下着を脱いで……あぅ、そんなに着替えてるとこを見つめられると……こ、困ります。下手したら濡れて──ってこれ……!


「し、縞パンだ……!」

「うむ、やはり俺の見立てに間違いはない」


 青と白のこのコントラストっ、ちょっとコスプレ感ありませんかっ。それに子どもっぽく……。


「似合うな……」

「…………そ、そう?」

「ああ」


 ……じゃあ、いっかぁ♡ これも買うね♡


「ほ、他には……?」

「では……これなどはどうだ?」


 そうして刃君が、候補の中から一つを摘まんで……おぉ、そ、それは……!


「“ねぐりじぇ”なども、よく似合いそうだ」


 青が爽やかでフリフリなやつを、刃君はそう言って手渡してくれる。でもこれって腰丈のやつだから、ネグリジェじゃなくて分類的にはベビードールじゃ……それも、かなりスケスケで攻め攻めの。それ絶対セクシーランジェリーだよ!


「──っ」


 でも、似合いそうって言ってくれたし……。

 私は今着けていたものを脱ぎ……羽根のように軽いそれを、フワリと纏った。


「……っ」

「──」


 あぁ、やば……。

 生地が薄いから、全部見えちゃってる……下着を着てるのに胸も、アソコも、全部刃君に見られちゃってるよ……♡

 心臓が今にも破裂しそうにバクンバクンと鳴る。だけど刃君のじっと見入る瞳から逃れられない。


「……気に入った?」

「……ああ、とても」


 そう言ってくれる刃君に……、


「……ん」


 ──私は近付き、キスをした。

 カーテンから顔だけを覗かせる刃君の頬に手を添え、何度も、何度も、熱い吐息と舌を絡ませた。


「はぁ、ん……♡」


 銀の糸を引き、至近距離で見つめ合う。

 ああ、私……やっぱり、もうダメかも……♡

 甘えるように鼻先をスリスリと擦り合わせながら、私は小さく刃君に囁いた。


「刃君……」

「ああ」

「……ホテル、行こ?」


 これ着て……して、あげるね……♡


「……」


 さ、さっきも言いましたケド……。

 あ、あくまで、本番はなしね?

 うん。健全。健全に、ちょっとだけ。この火照りが治まるくらいの、本当にちょっとだけエッチなことするだけだから……ね? 絶対……ね? ね? ね?

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