第628話「私がいちばんアホでした」



「クハハハハハハ!!」


 ま ず い で す ! !

 私、ユースティア=ペルフェクティオは、刀を手に高笑いする先生を前に、ダラダラと滝のように汗を流した。

 確かに私達は、世界でも十本の指に入る実力の持ち主です。小さい国くらいなら一瞬で滅ぼせたりもします。

 し か し ── ! !

 生まれてこの方その頂上に君臨し続ける存在ともなると、下々なんかとは隔絶した差というものがあってですね……!?

 たとえ私達五人を一斉に相手取ったとしても、先生からすれば鎧袖一触でしょう。それくらいの差は当然あります!!


「くっ……!」

『ティア!』


 そうなると、私の一億が!

 エリィを地から引き抜き、光を纏いながら必死に思考を巡らせる。

 ど、どうします……!? 説得!? 戦って勝つ!? 無理! この場において一番賢い立ち回りは……!? って、あ!


『よぉよぉ! このクソザコヒーローども! 大人しく降参して俺達"黒龍鬼組"に金を渡しなぁ! それが長生きの秘訣ってもんよ! そうですよねぇ!? 酒上の旦那ぁ!?』


 こ、こんのギャンブラー黒龍様……!!

 いつの間にか黒龍に変化し、先生の後ろに隠れるようにしてこちらへ吠え立てるジーク様! あなたプライドとか無いんですか!? えぇ無いですよね邪龍ですもんね!!

 ですが……それも一つのやり方。勝つ方に賭けるなんて当たり前。こんなへりくだる龍の姿なんて見たくもなかったですがっ。

 しかし──、


『へっへっへ。じゃあ俺が囮になりますんで、その間にやっちゃってくだせぇ酒上の旦那。あ、取り分は俺が四、そっちが六でいいんで──』

「耳障りかつ目障りだ」

『げふぅ!?』


 おーっとジーク様吹っ飛んだ~~~~!!

 いや痛そう~。巨大な龍のドテッ腹に一発、二本歯下駄での蹴りですよ。それもジーク様のギャンブル防御が発動しないように、致命傷にはならないけどメチャクチャ痛いレベルをギリギリまで見極めた蹴りですからね。悶絶ものですよあんなの。自業自得ですけど。


「──ヒーロー蒸着!」

「む」


 私が呆れていれば、結果的にアホアホ邪龍が時間を稼いだ形となり、ランキング二位"鉄壁"のボブ様が赤と金のメタリック鎧をガションガションと装着し終えていた。この変身シーンかっこいいんですよね~、ユーチ○ーブでも結構な再生回数だとか。私も配信とかしてみましょうかね~……酒飲み配信とか?

 ──ボブ=アイアンロジャース様。私の聖弾や青龍様の突きですら貫けない、"アメリカの楯"を自称する最硬の英雄。

 普段は大企業の社長を務めており、国民のピンチとあらば社長室の窓から飛び下りつつ変身し、現場に急行するアメリカンスーパーヒーロー! ちなみに愛妻家!

 そんな正しく人類の英雄とも呼べる方が、キュピーンと仮面の瞳部分を煌めかせ"無双の戦鬼ヴィラン"と相対する──!!


「来たまえ、無双の戦鬼ダーク・ヒーロー

「ふん……」


 掌をクイクイと挑発気味に動かす鉄の英雄に、先生はあまりに無造作に拳を振るう!

 しかし私は知っています。あの程度のパンチでも、先生のそれならば山どころか山脈すら吹き飛ばす威力を有していると……!


「ヒーローガード!!」


 見ているだけで肌が粟立つ攻撃を前に、ボブ様は避けようともせず両腕をクロスさせ……受ける!!


 ──ドンッッッッッ!!!!!!!!


「……ふ、ふふ。さすがに、一発が限界か」


 内臓に衝撃を覚えるほどの激震の後、赤と金のパワードスーツがガラガラと音を立てて崩れ去った。

 たった一発の拳で、世界最硬の鎧が砕け散る。そんな儚い光景を見て、しかし拳を振り抜いたままの姿勢の先生は牙を見せて笑った。


「見事だ」

「ははは!」


 素直な称賛に、英雄は照れ臭そうに笑う。

 無双の戦鬼の拳を、一撃でも耐える。それがどれほどの偉業であることか。やはり二位を張る殿方は伊達ではないですね。


「う~ん設計では、二発なら耐えられるはずだったのだが……また出力が向上したのかな? ミスター・サカガミ?」

「最近、妹と"すぱぁりんぐ"してな。その余熱が、まだ残っているのかもしれん」

「なるほど! 彼女も素晴らしい一撃を放つ豪傑だった。またあの衝撃を味わいたいなぁ!」


 そこまで言って笑い、ボブ様は降参というように両手を挙げた。


「私は別にお金目当てではないからね。ミスター・サカガミが外敵を討ってくれるというのなら、ここまでにしておこう。私にとっては、君の一撃を受けられることの方が価値が高い」

「ふん、変態めが」

「ふ、ふふふ……」


 あー、出ましたよ……これが無ければ完全無欠なイケオジなんですけどね~。

 先生の罵倒に、ボブ様は徐々に頬を染め……ペロリと唇を舐めた。


「ああ、やはり君はいいね……ミスター・サカガミ。君だけが、私の臓腑を揺らすほどの衝撃をくれる。一撃だけで……ほら、もうこんなにギンギンだよ」


 パワードスーツを脱ぎ、ビジネススーツに戻ったボブ様がウインクしながら……自分のスラックスの中心部分を指差す。

 ひえ~~~、女の子の前でそういうのやめてくださ~い。ジャンヌちゃんなんて真っ赤になって顔を覆い、暁麗ちゃまは……あー、よく分かってなさそうですね……。


「目標は二撃耐えることだが……ふふ、その時にはカムショットしてしまうかもしれないな! 今から楽しみでならないよ! また一からスーツを設計しないとね!」

「気色の悪いやつめ……」


 白い歯を見せ親指を立てるボブ様に、先生は「用は済んだ」というようにしっしっと手を振る。

 これで鉄壁様も脱落ですね。って、そうでした! この場を切り抜ける方法を考えないといけないのに、何も考えてませんでした!

 残るは私、ジャンヌちゃん、暁麗ちゃま。先生の紅く灯る目が次に向かう先は……。


「シャオ」

「びくっ!? 服従のポーズじゃ!!」

「……ふむ」


 五位"竜皇妃"、名前を呼ばれただけで陥落ぅ──!!

 翼をたたみ、尻尾も丸め、暁麗ちゃまは犬がそうするようにお腹を見せ、先生に服従のポーズを取った。

 うーん、よっぽど過去に喧嘩を売った際、コテンパンにやられちゃったんでしょうね。さっきの怯えよう……DV受けてる女の子みたいで可哀想でしたもん。いや私達は現在進行形でそれ受けてるようなものなんですけど!!

 そんな地べたでお腹を見せた幼女を一瞥する鬼を前に、正義側であるジャンヌちゃんは悲しそうに碧眼を歪めていた。


「くっ……刃さん、どうして……君は変わってしまった!」

「確かに俺は変わった。だが信念は、顕現した当時から変わらぬ」

「あの頃の君は、いたいけな幼女にそんないやらしいポーズを取らせるような人ではなかっただろう!」


 言っときますけどそのドラゴン百歳超えてますよ。精神は確かに幼女ですけど。でもやっぱり体つきが……仰向けになってるので大っきなお胸がタプンと横に広がり……あれノーブラですかね。それにチャイナ服の深いスリットがピラッと捲れて……ふおぉ~、エグい角度の黒い紐パンですよアレ! 幼げなのにこんな身体と服装だなんて、シスターはエッチ過ぎて心配です! お持ち帰りして宗旨替えさせちゃダメですか? このロリゴン様、自分の国では結構祀られてる存在なんで戦争不可避ですけど。


「戻ってきてくれ、刃さん!」


 凜々しい顔に涙すら浮かべて、ジャンヌちゃんは銀の大剣……デュランダルを構えて突っ込む! だ、大丈夫でしょうか!?


「あっ」


 もちろん大丈夫なんてことはなく、如何なる時でも幸運と不運に見舞われる少女は“運悪く転がってきた”ビールの空き瓶に躓き──ステーン!


「きゃっ」

「ん……」


 先生の目の前で、器用に尻餅をついた……むむっ、ロングスカートとはいえ、あの角度だと先生にパンツが見え……いやちょっと待ってください! ジャンヌちゃんって“パンツを履けばパンチラに見舞われるからパンツを履かない”んじゃありませんでしたっけ!?

 M字開脚気味だった足を、咄嗟に閉じるジャンヌちゃん。赤い頬のまま上目遣いで見るその潤んだ視線は、如実に「見た……?」と聞いていた。見たんですか先生!?


「……うむ」


 しばらくの間の後……。

 先生は顎に手を当てつつ、頷いた。


「俺も好んで下着を履かぬ。そう……“のーぱんめいと”だな、俺達は」

「嬉しくな~い!」


 謎の仲間意識に、しかしジャンヌちゃんは泣いた。

 ──そうして腕を振り上げた拍子に、デュランダルの切っ先が先生の着物の帯に引っかかり……、


 ……ハラリ。


「おっと?」

「へっ……!? えぇ~~~!?」


 くっ、ここからだとちょうど座り込んでるジャンヌちゃんの頭がいい位置にあって見えません! 先生の童子切安綱が!!


「なんっ……!? わ、えっ!? これ、男の人の……!? ぼ、ボクそんなつもりじゃ……!?」


 慌てて立ち上がろうとするジャンヌちゃん。

 しかし今度は自分のロングスカートに足を引っかけ、そのまま顔が先生の股間めがけて……いやいやいや!!


「あ、危な~~~い!!」

「わぁ!?」


 ──私は光の速さでもって、ジャンヌちゃんをお姫様抱っこして戦線を離れた。

 い、色々と危なかったですね……あのまま大きな口を開けながら倒れ込んでいたら、そのまま†エイメン†してましたよこの子!

 地面に優しく下ろし、まだドキドキした様子のジャンヌちゃんの肩に両手を置いた。


「ジャンヌちゃん……ジッとしててください。お願いですから」

「え、でも……」

「 お 願 い し ま す  」

「う、うん……」


 神妙に頼み込めば、ジャンヌちゃんはちょっと引いた顔で頷いてくれた。

 良い子ですねぇ~。いやだって運気がですね~、好感度を如実に反映しててですね~。下手したらそのままズプンっていっちゃってたんじゃないでしょうか? 許しませんよ私より先になんて……主だって許しません!


「……さて」

「はっ──」


 し、しまった……もう残りは私一人に!?

 ジーク様は黒龍姿のまま「痛ぇよぉ~……」と泣いてますし、ボブ様は既に椅子に座ってビール片手に観戦気分。暁麗ちゃまは変わらずエッチな体勢のままですし、ジャンヌちゃんは男性の身体を初めて見た衝撃にへなっと腰を抜かしています。


(ど、どうしましょう……)


 いえ、分かっています。戦う道しか残されておりません。

 なにせここは外交的な場。他国のキーパーソンが集まる中で、聖女とも崇められる私が戦わずして降参したとなればよい笑いもの。エクソシストおよび秘跡編纂省の権威すら落とします。


「っ」


 だからここは……戦うしか!

 たとえゴールデンウィークの時のように、敗北が待っているとしても。要職に就く戦士には、戦わねばならぬ時があるのです!!

 ──しかし、エクスカリバーを正眼に構える私を見た先生は……、


「……ククク」

「え?」


 笑って、結局未使用のままだった刀を消した。

 え、まさか降参? 見逃してくれる?

 そんな甘い考えが浮かんだ矢先……先生は、なんともえげつない行動を取った。


「そら、来い」

「っっっ」


 ──こちらに向けて、両手を広げたのだ。

 果たしてそれは、こちらの攻撃をそのまま受け入れるというポーズか。

 それとも……私という女が、その胸に飛び込んでくるの待ち受けるための準備か。


「どうした、来い」

「う……」

『ティア、どうしました。今こそ好機です!』


 ま、まさか………この場で、私に選べというのですか……!? 立場か、恋かを……!?

 構える聖剣から檄が飛ぶ。攻撃しろと。

 分かっています。今こそ絶好の好機。ゴールデンウィークの時から私だって出力も上がっています。必殺技を放てば、先生の残機をいくつか減らせるでしょう。


「……っ」


 ……しかし。

 しかし、私の脳裏によぎるのは……ここに来てからの、先生の様子。そしてジャンヌちゃんと暁麗ちゃまの顔だった。

 立場のある私と違い……自由に、年頃の赴くままに、彼への好意を示す少女達。満更でもなさそうにそれを受け止める先生……。


『ティア。どうしたのですかティア!』

「う、うぅ~~~……」

『な、なぜ泣いているのですかティア!?』


 ……そん、なの……。


「うう゛~~~……!」


 そんなのぉ……!!


「うわ~~~~~ん!!」

『ティア~~~~~~~~~~!?』


 そんなのって、ズルいですよねぇ!? なんで私だけ我慢しなくちゃいけないんですかぁ!!

 私はエリィを地面に再びぶっ刺し……先生の胸の中に飛び込んだ!!

 あ、あぁ♡ 先生の硬い胸板……♡


「………………先生、ちゅきぃ……♡」

「ククク……ハーハハハハハハハハ!!」


 胸の中で愛を囁く聖女を腕に抱き、魔王の哄笑が響き渡る。


「ああ……良い子だな、ティア? その献身に報い、金は折半としよう」

「でへ、でへへへ……♪」

「そ、そんな、ティア殿……!? ボクを応援してくれるって……!?」

「な、なんじゃあこの生臭坊主は!?」


 裏切られたような顔をするジャンヌちゃんと、愕然とする暁麗ちゃま。うるさいですねぇ小娘達!! もうどうにでもなれですぅ!! 恋する乙女には戦わなくちゃいけない時があるんですよぉ!!


「わ、私がこの中で一番先生のこと好きなんですからぁ~~~! ここはお姉さんに譲ってくださいね!!」

「そ、そんなぁ~~~!?」

「わ、妾の婿殿じゃぞ!?」

「ミス・ペルフェクティオ……一皮剥けたね。私は嬉しいよ……」

「むしろなんで気付いてねぇんだよあの二人は。アイツとベタベタしてた時、ず~~~っと頬膨らませてたじゃねぇかあの聖女サマ。いや向こうもあれで隠してたつもりか? ブラフにもなりゃしねぇ」


 ぎゃあぎゃあとうるさい周囲を無視して、私は先生の胸に顔を埋める。


 そうして私はお金より、立場より、もっと大事なものを……。


 そう──愛を、勝ち取ったのでした。エイメン♡

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