第629話「地球滅びますね~」
「ごきゅ、ごきゅ……あ゛ぁ゛~。やっぱり黒ビールはキレがあって美味しいですねぇ!」
「黒ビールより今のお前の方がキレキレだけどな」
もう何本目かも分からぬビールを呷るティアに、ジークのツッコミが冴える。一方でそんな聖女の姿に、ボブは嬉しそうにしているが。
「ミス・ペルフェクティオ……一皮剥けたね」
「ズル剥け過ぎるぜ」
「ティア殿……まさかティア殿も、刃さんのことが……?」
「見て分かりません!?」
「そのナリで婿殿の膝に乗っとるのヤバすぎんか……?」
そして先の一幕で俺への恋情を暴露したティアは、以降ジャンヌやシャオを牽制するように俺に寄り添っている……正確には幼女がそうするかのように、俺の膝にちょこんと大きな尻を預けていた。
依然として俺の両隣にはジャンヌとシャオが陣取っているが、酒の入ったティアにたじたじの様子である。聖剣は地に突き刺されたままシクシクと泣いていた。
「ククク……」
この集団を一網打尽にできた俺は機嫌よく、こちらにもたれかかる聖女の腰に腕を回す。うむ、良い肉付きだ。
「会うたびに可愛くなっていくな、ティアは」
「ふおぉ……♡ み、耳にっ、耳に『可愛い』って低音で囁かれるのっ、やばっ……♡」
「アラサーに向かってマジトーンで『可愛い』とか囁けるお前も大概──おい撃ったぞ! こいつ警告も無しに致命傷レベルの弾撃ちやがった!」
「ぐびぐび……」
片手にビール瓶、そしてもう片方の手にいつの間にか長大な拳銃を握っていたティアの瞳はかなり据わっている。膝の上に乗るという行為への羞恥か、酔いのせいかは分からぬが顔も真っ赤だ。今の彼女に、滅多なことを言うものではない。それに先の言葉、俺とて手が出るぞ。
半分の確率で致命傷を負っていたかもしれぬジークは、変わらず目でティアを非難する。だがそんな大男に、俺は修道服の奥に隠されしプニプニの腹肉を愛でながら鼻を鳴らした。
「まだまだ青いな、竜殺し。"だからいい"のではないか。そもそもアラサーなど、俺にとっては小娘よ」
「こ、小娘……私、まだ小娘ぇ……♡ でへへ……♪」
「千年単位で生きてる妖怪の定規で人間測って、一人の女の恋愛観ぶっ壊すのやめろよ」
「何を申す。なんなら四十代の人妻もよいし、数百年生きている未亡人で経産婦の長命種も最近はよいと思い始めているぞ」
「ボール球もストライクにするレベルの食いしん坊じゃねぇか」
「今、四十代もいけると言ったかい!? 君に紹介したい女性がいるミスター・サカガミ」
なぜ急に興奮するアメリカンヒーロー。
立ち上がるボブを座らせながら、ジークが呆れたようにヒラヒラと手を振った。
「お前さんがこんな女好きだったとはな~。つーことは"この一年で迎えた五人の嫁"ってのもバリエーション豊かなのか?」
「む? いや……意図したわけではないが、全員十代だな。学生三人、社会人一人、姉上は……専業主婦か?」
「日本の法律には詳しくねぇんだが、犯罪じゃねぇのかそれ?」
そんなものは知らん。
「ストライクゾーン広すぎんだろコイツ……そんで十代に喧嘩売ってる二十代の女もどっちもヤベー」
「ミスター・サカガミ、これは私の妹なのだが──」
「オメーは座れって!」
ジークとボブがやいのやいのとやっていると……クイクイ。両隣から裾を引かれた。
「じ、刃さん……? あの、二十代になりたての女子大生は、どうだろうか……?」
「食べ頃だな」
「婿殿っ。百歳を迎えた立派なドラゴンレディはどうじゃ?」
「食べ頃だな」
「ちょっと! サブヒロイン枠になりたいなら私を通してくださいよ!! 過去の出来事だけではなく、最近のイベントも入ってないと要項を満たせませんからね!」
「別に女にモテてぇと思ったことねぇけど、お前見てると『刺された方がいい男はいる』って思うわ」
「ミスター・ジークも、妻を迎えては? 実はここにお勧めできる女性が──」
「いらね、女は金がかかる。その上でギャンブルまで辞めさせられるようなら俺は死ぬね」
「俺のように稼げばいいだろう」
「お前マジで俺等の分の金、全部持ってく気じゃねぇだろうな?」
持っていく気だが?
「なんのために貴様等と事前に戦ったと思っている。外敵相手に活躍などさせぬためよ。俺が一人で殺し、全ていただいていく。ああいや、ティアとは折半する。理由は可愛かったからだ」
「でへへへへ……♡」
懐いた猫のようにティアが胸板にスリスリと頬を預けてくれる。ククク、よしよし。哺乳瓶に入った黒ビールをやろう。
「お前マジそこまで脳壊したんだからその女については責任取れよ? っていや、金は置いてけって!」
「ぼ、ボクも困る! 奨学金とか色々……!」
「妾は腐るほど金は持っておるからよいが、今日の日付が刻印された記念メダルは欲しいぞ婿殿? そのためだけに来たのじゃからな!」
「えぇい金の亡者どもめっ」
「テメーが言うなテメーが! 当然の分け前をブン取ろうとしてる盗っ人がー!」
人聞きの悪い。
こちらにたかろうとする者どもに向け、俺は不遜げに鼻を鳴らした。
「ふん、異なことを。分け与えられた報酬を奪うのならば、それは確かに盗人の所業。しかし事前に全てを捩じ伏せ獲得する報酬ならば、それは我が覇道における最大の誉れよ」
「意味わかんねーこと言ってんじゃねーぞハゲ」
「そもそも、分配に関してはミスター・サカガミが勝手に言ってるだけだけどね」
えぇい、知らん知らん!
俺はティアを抱き直し、金の亡者どもを睨みつけた。
「それが嫌ならば、俺が外敵を討つ前に一撃でも差し込んでみせろ。貴様等とて超越者であろうが。気に入らぬ理があれば、ぶち壊すのが我等の生き様であるはずだ」
「無茶苦茶言いやがる……つか、その"外敵"ってのはいつ来んだよ!」
晴れ渡る空。荒れ地に心地よく吹く風。未だ、脅威の影もない。
蜂蜜色の金髪を揺らすジャンヌがキョロキョロと周囲を見渡し……苦笑して言う。
「……まさか、珍しくここに来た刃さんがそれだったとか?」
「ゾッとしねぇ話だぜ。だとしたらマジで全額持ってかれるじゃねぇか。誰も勝てねーんだからよ」
「妾は記念メダルだけでよいぞ! あと婿殿の連絡先も……♡」
「私も栄誉と、ミスター・サカガミの一撃があれば。あ、いや、私も連絡先は欲しいな。今度、私の家族と会食でもしよう。その時に、是非紹介したい女性が……」
「うるせぇなテメーらはよ!」
「んお?」
と、また議論が白熱してきた中……ティアがふと、空を見上げる。
我々もそれにつられて見上げれば……む? 何やら一点、一層輝く星が一粒見えるではないか?
「……あ? 流れ星か?」
「それにしては眩しいね」
「……段々と大きくなっているように見えるのは、ボクの気のせい?」
「いや……」
次第に顔色を悪くするジャンヌに、俺は首を横に振った。
「これなのだろう。その“外敵”というのは」
「お、大きすぎなのじゃが!?」
「ふおぉ~、隕石ですか~。この距離であれなら、地球より大きくないです? 地球滅びますね~」
予想よりあまりに巨大な外敵に、取り乱す周囲。この大きさでは、此奴らには荷が重いかもしれんな。
「ふん、軟弱者どもめ」
俺はいまだ遠くある星に向け、掌を向けた。
「我流・酒上流星砕き……がお──」
「おいちょっと待てテメー! 砕いて大丈夫なのか!? 半端に砕いたらバラバラんなって、散弾銃みてぇになんぞ!? 一発で、完全に、消滅させれんだろうな!?」
「そこまで面倒が見られるか。日本は守るが、それ以外は知らん」
「いや見ろ見ろ見ろ!?」
「も、もしかしたら“運が悪い”と、映画みたいにエイリアンを生む細胞とかが隕石に引っ付いてるかも……」
「嫌なフラグを立てんなフランスの嬢ちゃん!」
ちっ、なんなのだこの竜殺しは。先程から文句ばかり!
ジャンヌが真っ青になる横で、俺とジークが睨み合っていれば……ボブが顎に手を当て、唸っている。
「……ふーむ、欠片でも地球に落とさせるのは得策じゃないみたいだね。私達一人だけでは如何ともしがたいところだったが……しかし、ここには幸いにも圧倒的パワーを備える無双の戦鬼がいてくれている。“幸いにも”ね」
「あ……」
ボブの言葉に、ジャンヌが息を呑んだ。
……俺がジャンヌの幸運によって呼び出されたと? であれば、俺が出向く切っ掛けとなったジャンヌにも報酬を払わねばならんが……。
俺が唸っていれば、人類の英雄は「……よし」と一つ膝を叩き、白い歯を見せ笑った。
「私にいい考えがある。チームとして、ここは力を一つにしないか?」
「よっ、我等のキャプテン! キ○プテン・アメリカ様!」
「アイア○マンなのかキャプテン・アメ○カなのかどっちかにしろ」
ティアのおだてとジークの湿った瞳を受け、ボブは「はっはっは」と何が可笑しいのか爽やかに笑う。
それにしても力を合わせるとは……? そうすれば、アレを完全に消滅させられるのか。
「どうする気だ」
「いやなに、実にシンプルな話さ。要は、あの隕石を地球に触れさせなければいいのだろう? ふふ……特に私は、自分のチームを作るくらいこれが好きでね……」
勿体ぶる英雄に、眉を上げて問う。
すると“アメリカの楯”を嘯く男は、茶目っ気たっぷりにこちらへウインクを投げるのだった。
「──ベースボール、知ってるかい?」
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