第626話「俺達アホンジャーズ」
『そろそろのはずかと、ティア』
「はいは~い……よいしょっと」
本部であるバチカン地下を離れ、私……ユースティア=ペルフェクティオは数多の国を駆け抜け、山を越え、先日“世界つよつよランキング運営委員会”さんが指定した地点へと跳んできていた。
聖剣解放状態を解くため、エリィこと愛剣エクスカリバーをクルリと一回転。修道服を手で払いつつ、着地ついでに周囲も見渡しておく。これでも世界最速ですので、こうした召集時には大体一番乗りで、まず状況確認をさせられることが多いんですよね……いえまぁ、私が勝手にやってるんですけど。
「ふむふむ……」
見渡す限り、人気のなさそうな荒野ですね。上も下も赤茶けた土ばかり。ちょっと高低差のある岩壁が気になりますが……まぁ、問題ないでしょう。だってこれだけだだっ広くて人もいないなら、聖剣ブッ放してそれで終わりですもの!
「ふんふふ~ん♪ ボーナスボーナス♪ これなら毎日、世界の危機が訪れてくれてもいいですのにねぇ?」
『不謹慎ですよ、ティア』
右手にある聖剣から窘めるような声が届くが、私はついルンルンで鼻歌を歌ってしまう。
だって億ですよ億! それにぶっちゃけこの定期世界の危機なんて“十恢”が三~四人いれば楽々倒せるレベルですからね~。ちなみに私の序列は三位です。これでも世界で三番目に強い光のシスターなんですからね?
「こんな楽な仕事で大金をいただけるのですから。あぁ、やはり主は我々を見守っておられますね……エイメン」
『使い道は?』
「一応、秘跡編纂省からの出向ってことなんで全額は貰えませんが……ふっふっふ、現代機器嫌いなヨハンナ様に内緒で、地下施設にルンバを大量に放ちますっ」
『そ、そうですか……』
私の完璧な計画に、エリィは微妙な声。え~? 良いと思いますけど。掃除は楽になりますし、なにより縦横無尽に走り回るルンバを見てビビり散らかす上司の怯えた顔が目に浮かびますねぇ!
「さて、ではいつも通りエリィ。頼みますよ?」
『……仕方ありませんね』
やれやれといった吐息に笑みを返し、私は聖剣を地に突き立てた。
一番乗りすることが多いため、自然と役割のようなものも出てくる。こうして地に立てた聖剣を、眩く光らせることもその一つ。灯台代わりである。
「ランキング上位者は大雑把な人が多いですからね~、こうでもしないと迷子……あ」
と、早速。遠目にですが、休日お昼の爽やかな青空の向こうから、こちらにやってくる黒い影を確認。バサバサと大きな翼を力強くはためかせる巨体は……あ~、あの人ですか。ちょっと苦手なんですよね~私。
そうしてエリィが出してくれている光の柱を目印に、その黒い影……いえ、“黒龍”は旋風を巻き起こしつつ降下し、ニュルニュルと人の姿へと戻った。
それは筋骨隆々の偉丈夫。浅黒く焼けた肌に、タテガミのように広がった黒髪は見る者に野性を感じさせる。実際、普段は山に住んでおられるんじゃありませんでしたっけ? 近場の町では指名手配されてるとかで。
「おっ」
そんな四十代くらいのイケオジ様は立ち上がり、私を見つけると歯を見せニカッと笑う。その鋭利な瞳に多少の欲望を乗せて。来ますよぉ~……。
「よォ、バチカンの姉ちゃん! 相変わらず良いケツしてんな!!」
「はいはい開幕セクハラありがとうございます。そちらも相変わらずのようで、ジーク様」
「ガハハ! 数年に一回あるかないかのボーナスだぜ? そりゃあ錆びた翼も広げて来るわなぁ!」
──ジーク=ゲオルクラート様。
ランキングは九位で、“竜殺し”の異名をお持ちの方。竜殺しの魔剣“バルムンク”の担い手であり、己を龍と化して暴虐の限りを尽くす悪龍。
「……」
とはいえ、もう“片方の異名”の方が彼の嗜好に合っているとは思いますがね。
ノシノシと大股で歩いてくるジーク様。それにしても……、
「随分、涼しそうなご格好ですね?」
「ん? ああ」
なんで海パン一丁なんでしょうこの人。というか、魔剣の姿もないのですが。
「バルムンクは?」
「服も剣も、今は質だ。いや負けが込んでてよ……その分、今日は取り返しに来たわけだ。ガハハ!」
何でこの人来たんです? いやまぁ、聖剣や魔剣の担い手は離れててもある程度の力は行使できますけどぉ……実際この人、龍化してここまで来たわけですしぃ……囮くらいにはなってくださいね。
どこから出したのかも分からない酒瓶片手に大笑いするドイツ人男性。眉もお髭も立派なその男性に、私は呆れた吐息をついた。
「魔剣に愛想、尽かされちゃいますよ?」
「さてな。そん時ぁ俺の悪運が尽きたってことさ、別に恨まねぇよ。それはそれで面白い……どうだ、賭けるか? 俺がバルムンクに愛想尽かされるかに。普通にコインでもいいぜ?」
これですよ……。
一枚のコインを取り出して挑発的に笑う、ジーク=ゲオルクラート様。彼を知る者なら、彼のことは竜殺しとは呼ばない。
──博徒。もしくはその能力にあやかり“
「あんたが勝ったら酒を分けてやる。俺が勝ったら、お酌でもしてもらおうかねぇ?」
「天に還しますよ?」
ヘラヘラして提案する竜殺し様にニッコリ笑い、威圧する。悪龍なんてうちの教義的にも絶許な存在ですからね?
まったく、この私に酒を注げだなんて! 喫茶店で私にじゃんじゃかお酒を注いでくれて愚痴まで聞いてくれた私の“
圧を掛ければ、ジーク様は少し酔いを覚ましたのか青ざめた顔をして「お、おぉ……」と冷や汗を流しています。
「……なんか、お前さん更に強くなってないか? いや、どっか根っこの部分から変わったというか……見つめ返したというか、そんな雰囲気が……?」
「えっ♡」
それって……先生への愛が、漏れ出してるって、コト……!?
いや分かりますぅ? 先日のゴールデンウィークでぇ、年甲斐もなくはしゃいじゃったと申しますかぁ……あ~、私やっぱ初恋を捨てられないなって自覚しちゃったと申しますかぁ~♡
「ふ、ふふ……分かりますかジーク様?」
「な、なにがだ?」
「──愛の力ってやつですよ、これが」
「アラサーがなに十代みてーな夢語って──うぉい俺の酒がー!?」
おぉっと思わず銃をブッパしてしまいました。この二十代後半の結婚適齢期ムチムチ聖女を捕まえて“アラサー”の一言で済ませようなんて。主も許しませんし私も許しませんよ。先生も許さないんじゃないでしょうか? 先生も今日来ないかな~。これまで運営さんに聞いても『メールが届かないんですよね~』って返ってくるばかりで……いや電話してくださいよ! 私は緊張してできないので! 先生かもん!
四つん這いになって泣いてるむさい殿方の隣でそう愛を込めて祈っていれば……むむっ! 可愛いおにゃのこの気配! そしてこのジェット音は!
見上げれば、二人分の人影がこちらへ接近しながら、にこやかにこちらへ手を振っているではありませんか。
「ハローハロー! 今回も早いね二人は」
「こんにちは~。拾ってくれてありがとう“鉄壁”殿。ここで……よっ」
ジェット噴射して空飛ぶ赤と金のメタリックスーツの男性。そしてその方の手にぶら下がっていた女の子が、そこそこの高さにもかかわらず手を離した。
蜂蜜色の長い金髪には白い三角巾を結び、紺色のロングスカートをはためかせる少女。背負った銀の大剣をものともせず、軽々と着地体勢を取り……ん?
「おっ、とと?」
しかし、“運の悪いことに”唐突に強い風が吹き──、
「あ、ジーク殿そこは──」
「ぶへっ!?」
……見事、いまだに四つん這いで泣いていたジーク様の背に鋭い爪先が一撃。
「ご、ごめん! お、わっ……?」
そうして衝撃を殺した金髪少女は、しかし地に降り立ってもたたらを踏みこちらへ──むにゅん♡
「きゃっ。あ、ティ、ティア殿……受け止めてくれてありがとう。でも、手が……」
「あ、お気になさらず。良い感触ですよ?」
「そうではなく……ぁぅ……や、やめ……」
一度、二度と指を動かせば、白いブラウス越しに柔らかいお胸の感触が……ぐへへ、また成長しました?
そのままこちらの胸に抱き締めれば、金髪の少女……ジャンヌ=ブーランジェちゃんは照れ臭そうに笑った。
「相変わらず、運が悪いですねジャンヌちゃん。いえ、私は運が良かったですがっ」
「あはは、そちらも変わらずお綺麗で」
「もう大学生でしたっけ? 今度飲みましょうよ!」
「ふふ、えぇ。ボクでよければ、喜んで」
はにかんで離れるジャンヌちゃん。言葉遣いは凜々しいのに、まだまだ少女らしい顔立ちと仕草にキュンとしちゃいます!
(あぁ~~~、金髪碧眼ナイスバディ大学生ラッキースケベられボクっ娘可愛いんじゃ~~~)
味方には幸運を、敵対する者には不幸をもたらす世界つよつよランキング六位“
JKもいいけどJDもイイですねぇ……と若々しいオーラに萌えていれば、パワードスーツを着た男性が足裏からジェット噴射しながら着地して、悶えるジーク様を慰めています。
「大丈夫かい、ミスター・ジーク。いつも通り幸が薄そうな顔だ!」
「うるせぇなボブ……このアメリカンハッピー野郎がよ……はぁ、俺はあの嬢ちゃんと特に相性が悪いんだよ。賭けで勝てた試しがねぇ」
「君が運勢で勝ってるとこなんて、他の者相手でも見たことないけれど?」
「見えねぇとこで勝ってるからここにいんだよ。ったく、不運からも守ってくれよヒーロー?」
「私は目に見える攻撃専門なんだ。運勢は如何ともしがたいが……あらゆる攻撃から、君達のことは守ると約束しよう!」
グッとサムズアップするアメリカンヒーロー様は、今日も爽やかですねぇ。
この方こそ、世界つよつよランキング二位の実力者。世界最硬の防御を誇るアメリカの盾! 誰にも破れぬ“鉄壁”ことボブ=アイアンロジャース様! 今日も前衛タンクお願いします!
「……どうだ、一杯」
「いいね。景気づけにもらおうか……あぁでも、妻に控えるようにと──」
「うるせぇな! 飲め飲め!」
パワードスーツをガシャンガシャンと解除し、普通のビジネスマン風の服装に着替えたボブ様は苦笑してお酒を受け取っている。白い歯と刈り上げた茶髪が爽やかなおじ様……筋骨隆々なジーク様とは対照的に、少々細マッチョ。
「ふむ……」
そんな二人が悪友のように絡んでいるのを見ていると……あれ、なにやら胸がトキメク……? いけません! ボブ様には可愛い奥様が! うほっ♡
イケナイ世界の扉が開かれようとしていれば、隣のジャンヌちゃんがキョロキョロと周囲を見渡しながら言う。
「……いつも来るメンバーは、もう揃ったかな?」
「そうですね~」
公式一位の“剣神”こと酒上刀花様は、お兄ちゃんが戦場に出ることなんて許さないでしょうし。そんな非公式一位の“無双の戦鬼”こと酒上刃様は、そもそも群れることが嫌いですし、世界なんて守りたくもないでしょうし。
四位の“
それって……? と思い至りそうになっていれば、上空に雷を伴った黒雲が渦巻き始めた。あ、しまった。五位のお方を忘れていましたね……。
『──ヒトオスとヒトメス風情が、貧相な雁首を揃えて滑稽じゃのう』
「げ」
空に響く、少女らしく高く可憐ながらも傲慢さに溢れた声。
それを受けてジーク様は苦虫を噛み潰したような顔と声。そりゃあ“竜殺し”としては複雑でしょうね……。
見上げれば、雷雲から覗く細長く巨大な体躯。ジーク様がド○クエ的なドラゴンなら、あちらはド○ゴンボ○ル的なドラゴンですね。
紅い鱗も華やかなそれは、雷霆と共に地上へと降り立つ。全長百メートルはあろうかという巨躯は、いつの間にか小さな少女の姿へと変わっていた。
炎のように紅い髪はツインテールとして優雅に揺れ。爬虫類のように縦長で黄色い瞳孔は、こちらのことが気に入らないとでも言うかのようにキュッと細められ……花の蕾のように愛らしい唇からは、高音での悪態が飛び出した。
「何を見ておる? いくら
「けっ」
ジーク様が気に入らなそうに酒を呷りますが……私は、涎を堪えるのに必死でした。
(はぁ~~~……のじゃロリチャイナツンツンドラゴン娘も可愛いですねぇ~~~♡)
世界つよつよランキング五位“
明らかに人外な、頭に生えた二本のジグザグした角もチャーミングですし。身長も百三十くらい? ちっちゃ♡ でもチャイナ服のスリットから垣間見える生足はプニプニでエッチ♡ ん? いや胸でっっっか。薄野綾女様の低身長巨乳も美味しそうでしたが、これが本物の(?)ロリ巨乳!? え、これ合法? 実際は結構長く生きておられるらしいので合法ですよね!?
「はぁ、はぁ……!」
「ティ、ティア殿? 大丈夫?」
ダメです。討伐してペットにしたいです。
ロリゴンいいですねぇ~~~。なにより「妾は人間になど
外敵もまだですし……ちょっかい、かけちゃいます? ぐへへ……。
しかし、そんな算段を立てている間にもジーク様と暁麗ちゃまは火花を散らし合っています。竜と竜殺しですからねぇ。別に私達って仲間ってわけでもありませんし、こんな風に相性が悪い人達もいるんですよね~。
「やんのか、チビドラ」
「ほぉ……いい度胸じゃヒトオス。妾のコレクションに加えてやろうかの?」
暁麗ちゃまの眼光が莫大な霊力を宿し始める。
あ~、マズいですよ~。彼女の能力“
ジーク様、貴石に変わったら高額で売ってあげますからね……その前に暁麗ちゃまがぶっ壊しそうですけど。
「上等だ。テメーの角でも折って、それにウンコ刺して遊んでやるよ」
「っ、な、んと下品な……! ふ、ふん、死んだな貴様? じゃあの竜殺し(笑)。妾が寝ている間に竜を殺しただけの凡夫」
あーあー、どうするんですかこれ~。私は暁麗ちゃまを応援しますけど~。でもジーク様に死んで欲しいわけでも~。はぁ……集まればこんな体たらくだから、口さがない人に私達のこと”アホンジャーズ”だなんて呼ばれるんですよ?
仕方ありません、ここは聖女として仲介を──、
(ん!?)
こ、この圧倒的なプレッシャーは、まさか!?
その気配に暁麗ちゃまもジーク様もあふれ出しそうなオーラを引っ込め、空を見る。
そこには、暁麗ちゃまが引き連れていた黒雲すら塗り潰すほどの……昏い闇が!
『──どいつもこいつも。この俺の前で下らぬじゃれ合いを続ける気か? 分際を弁えろよ三下ども。俺を不愉快にさせたその瞬間こそ、貴様等の死期と心得よ』
「あ♡」
おっとつい乙女な声が。こほんこほん。対外的には敵対していますので、皆様の前では聖女然としておりませんと。
しかししかししかぁ~し! この偉そうなお声! 肩にのしかかってくるほどの圧倒的存在感!
闇から滴り落ちてくるかのように姿を現わすそのお方こそ! 非公式一位“無双の戦鬼”しゃま……♡
黒い和服を堂々と風に遊ばせ、履き物のカランコロンという音も雅に。こうした場に初めて、酒上刃様が来てくださいましたー! やったー! どういう風の吹き回しです~? ま、まさか私に会いに!? もう~、この前会ったし電話もしたじゃないですかぁ~♡ もう二人で抜け出してデートしません? ふっふー!
「「あ♡」」
……ん?
なんか今、不穏な声が聞こえたんですけど?
私が冷静な仮面を被りつつ、内心で『先生☆』『嫁に貰って♡』と書かれた団扇を振っていれば……え、誰です? 私みたいな恋する乙女の声を上げたのは?
まず隣を見る。フランス美人のジャンヌちゃんが……赤い顔で、チラチラと先生に視線を送っているではありませんか! モジモジと足を動かして。うおっ、ボクっ娘があまりに乙女な仕草!!
それでもう一人はなんと──、
「む、婿殿ぉ~~~~~♡♡♡」
「あぁ?」
先程までの人間を小馬鹿にした態度も何のその!
ちっちゃなロリゴン様が、好き好きオーラをこれでもかと纏い、甘い声と笑顔で駆け寄っていくではありませんか!
「む、婿……? 暁麗殿、ズルい……」
膨れっ面ジャンヌちゃんも可愛くてズルいですよ!
「……」
……いや。
いや、どうするんですこれ? え? わ、私だって駆け寄りたいんれすけお!!?? どうなってるんですか先生!!?? 責任とってくださいよ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます