第623話「黄金週間が終わるとどうなる?」
布団に突っ伏すご主人様と目が合い、共に頷く。
我等は愛し合う主従。ゆえに……以心伝心である!
「……マスター」
「えぇ、分かってるわジン。"オーダー"よ。『ゴールデンウィークをループさせ──』」
「止めろォーーー!!」
「「むぐっ!?」」
ガーネットの号令により、俺は背後の刀花に。リゼットは慌てる綾女に口を塞がれ、あえなく"黄金週間永遠化計画"は頓挫してしまった。無念……。
共に哀しみの涙を流しながら、マスターと同じ動きで布団に顔を埋めた。
そんな憐れな主従を、仁王立ちするガーネットが「あぶね~」と冷や汗を拭いつつ見下ろす。
「ったく、滅多なこと言おうとするんじゃねぇよ……冗談だったかもしれんけど、言われたらマジで"やる"ぞ? こいつはよ」
「うぅ……学園行きたくない……」
「俺もだ……」
「もう、二人ったら……」
綾女の苦笑を受けながらも、顔を上げる気力すら湧かん。制止させたガーネットはもちろん、姉上や刀花までも仕方のないような笑みで我等を見ている。
去年の夏休み明けにはまだ登校未経験だった俺が、渋るご主人様に登校を促したものだが……今ならば、あの時のリゼットの気持ちが痛いほど分かる。
「長期の休み明けとは、辛いものなのだな……」
「いうてたった十日だべ? つーか冬休みと春休みもあったろ」
この十日間は特に濃厚に感じられたのだ……具体的に言えば一年と半ばほどの……なぜだろうか。
「加えて言いますと期間中に一日の登校を挟み、我が愚弟に至っては金曜日を自主休校致しましたからね。世間ではとっくにゴールデンウィークなど明けている事実を認識した方がよろしいかと」
「ん? じゃあなんでリゼットちゃんまで落ち込んでんのん?」
「週明けでも行きたくない……」
「このクソザコメンタルプリティガールがよ……可愛いね♡ おらっ
「いや~~~……月曜は体育があるから特にいや~~~……」
「一番楽しい授業じゃないですか~♪ 私、リゼットさんと体育受けるの好きですよ?」
「私は嫌いよ」
「なんでですかっ! 酷いと思いません姉さん?」
「そう、ですね……?」
リゼットと同じく体育苦手少女である姉上が目を逸らしている。姉上は良いな、学園に通わずとも知識があって……。
背中に跨がる刀花にポンポンと背を叩かれながら、俺は思わず呻く。
「次の休みは……せめて三連休などは……」
「ダーリンに良いこと教えてやんよ。こっから七月半ばまで三連休すら無・い・ゾ♡」
「どうしてそんな酷いこと言うの……」
「両方とも死んでて草」
希望を絶たれた……我々主従は最早生きていけぬ……。
「夢ならばどれほどよかったであろうか……」
「無双の戦鬼にも認知されてる米津○師すごない?」
「ほらほら刃君、元気出して? 楽しいよ? 学校」
「たとえば」
「えっ?」
笑顔で促す綾女に問う。しばらく学園になど行っていなかったため、俺は何のために学園に通っていたのかも忘れてしまっていた……。
「俺は何を楽しみに学園に行けばいい……」
「そ、そうだなぁ……隣の席に可愛い彼女がいて、一緒に楽しく授業が受けられちゃうよ~……? な、なんちゃって……」
「もう一声」
「えっ。えっと……セーラー服姿も見られる~、よ?」
「妹のミニスカニーソ絶対領域も見られますよっ」
「あたしも何が心残りってさぁ……卒業するまでにもっと同級生とか自分の制服写真撮っときゃよかったって思うわけ。離れて分かる、制服姿の女子高生が傍にある生活……」
「キラちゃんといい、動機があまりに不純では……」
「いや、やる気が出てきた」
「お前は……はいはい。もう消しますよ、明かり」
「やめてぇ……強制的に明日にしようとしないでぇ……」
「吸血鬼が闇を怖がんな!」
リゼットの訴えも空しく、姉上が問答無用で部屋の明かりを消した。お労しや、マスター。
仕方なく、既に配置の済んでいた布団にそれぞれ潜り込む。春休みのスキー旅行では別室を取っていたため、この面子で部屋を同じくして眠るというのは何気に初めてだ。愛し、守護すべき少女達が近くで寝てくれる事実に安堵にも似た感情を覚える。明日の登校は憂鬱だが、良い夢は見られそうであった。
布団をかけ直し、天井の木目を眺めながら思わず呟く。
「……楽しい、黄金週間だったな」
「……そうね」
明日が来るのを渋っていたリゼットすら、そこには同意する。楽しかったからこそ、過ぎ去ることが惜しいのだ。
「最初にはガーネットと共に、外国で川下りをし……」
「オメー、カノンちゃんの連絡先ちゃんと消した? 推しのアイドルはもちろんあたしだけだよなダーリン?」
「……」
「おい!!」
ガーネットと過ごすことあらば、また会う機会もあるやもしれんからな。
「綾女と泊まりがけの喫茶店業務をこなし……」
「ふふ、またやろうね♪ その、色々と……えへ♡」
その色々とは"おねしょたぷれい"のことか? それとも深夜の全裸散歩も含まれているのだろうか? 綾女はたまに羽目を外しすぎる……あぁ、次は下着選びデートだ……。
「バチカンの剣姫の襲来に、皆の花嫁姿も見て……」
「私、その時の記憶あんまり無いのよね……」
「あはは、実は私も……」
「リゼットちゃんと綾女ちゃんはだいぶトリップしておりましたからね……」
「妹は兄さんの白いタキシード姿にキュンキュンし、永遠に記憶に刻みつけました!」
「あたしはおらんかったんやが!!??」
今頃、ティアも仕事に追われているのだろうか。聖剣は煩わしいが、二人きりであれば、たまには酒の席にでも付き合うようにするか……。
「マスターとは共にフライング・ダッチマン号に乗船し……」
「まさか邪教徒の存在が明るみに出るなんてね」
「邪教ではありません。純愛です」
「海上に二人きり、同じ部屋で寝泊まりする主従に何も起きないはずもなく……起きなかったわ」
「センパイうるさい」
白銀の吸血姫との出会いも、きっとこれからのご主人様の糧となる。日本に遊びに来るか、むしろこちら側から行くか。その時には、また楽しい時間が過ごせそうだ。
「そして愛する家族と絆を深め合い、一つとなった……」
「キレそうだわ」
「いつまで引きずってんねん」
「こそこそ……さ、鞘花ちゃん……お願いがあるんだけど……その時の動画、私にもくれないかな。かな?」
「あ、綾女ちゃん……?」
「今私達のホームビデオが欲しいとのお声が聞こえたのですが!? 姉さんの可愛さを広めるチャンスです!!」
「やめてくださいまし……!」
他にも時の魔術師との邂逅。不老不死に至るための秘宝の獲得。主張の違いによって妹と刃を交えたことなど……。
「ああ……」
これまでのことを改めて思い返し、俺はそれをゆっくりと噛み締めた。
「思いがけぬ出会いがあり、学びがあり、そして課題もまた多く見つけた」
得るものがあり、そして己に足りぬものも自覚した。
そんな実り多き、楽しい楽しい連休だった。こんな日々が永遠に続いて欲しいと、思わずそう願ってしまうほどに。
「やはり惜しいな……」
「なんなら中間テストもすぐじゃね?」
修学旅行も終え、最早一学期に楽しみなど残っておらぬのではなかろうか?
「俺は日々マスターや刀花、綾女の制服姿を愛でるだけの機械となろう」
「あなたは勉強しなさいよ」
「兄さん……一緒に三年生、やりますかっ!」
「刃君、私と一緒に進学しよう!」
「仮にも私の弟を名乗るのならば、赤点など取らぬように。教養無き者に、この姉を抱く資格はありませんよ」
楽しみが無くとも頑張らねば……!
学生もアルバイトも、この辺りはそう変わらんな!!
「この黄金週間を経て、俺も世界が広がった気がする。励まねばな……」
更なる勉学、戦闘技術や性技の向上、不老不死の探求……知人も増え……あぁ、近頃は金の使いどころも増え、手持ちも心許ないな……。
「まだまだ、皆の下僕としてすべきことが山積みだ」
「ほんじゃあ、ガーネットちゃんが人参をぶら下げといてやろうかにゃあ~」
「ほう……人参、というと?」
俺の唸る声を聞き、ガーネットが明るい声で言う。
「そりゃあオメー、あれよ。ゴールデンウィークが終わるとどうなる?」
「む? ……一学期がまた始まる」
「そう。んじゃあ、一学期が終わるとどうなる?」
「それは……はっ──!」
その答えに辿り着いた時、ガーネットが不敵に笑った気がした。
「知らんのか? 夏休みが、始まる──!!」
「夏、休み……!」
夏休み! なんと甘美な響きだろうか!
アルバイト漬けの日々には夏休みなどという文字は無く、学生の身となり初めて迎える……夏!!
「興奮してきたな……」
「だべ? ゴールデンウィークは個別対応みたいなもんだったし、夏はこの皆でどっか行こうぜ!!」
「ああ!!」
ガーネットの誘う声に、一も二も無く頷いた。もちろん、この中で反対を述べる者はいない。
「どこ行くよ? どっか行きたいとことかある?」
「とりあえず、静かなところがいいわ」
「身体が動かせるところだと嬉しいです!」
「私は多分、どこでも楽しめますので……あ、でも美味しいものとかがあると嬉しい、かも?」
「人混みは避けていただけますと助かります」
「なるほどにゃあ……」
それぞれの要望を受け、ガーネットは少し考え込む。俺もまた該当する場所を探すが……うぅむ、どこぞ辺境の海や山だろうか。そういった“りぞーと”地に逗留するというのも、悪くはないかもしれんな。
うむうむと俺が頷いていれば、ガーネットもまた「分かった!」と皆の意見を纏めた。
「じゃあ夏休みは──人間のいない魔物だらけの異世界ダンジョンで飯を食う、ってことで」
「何が『ってことで』なの?」
「え、面白そうです。妹は賛成です!」
「美味しいけど危険なトコはちょっと……」
「私も徒歩しかないような文明圏は少々……」
「うし、賛成多数ってことで決定な」
「どこがよ」
「ほら、ダーリン? 予定も決まったし締めて締めて!」
反対の声を押し切り、ガーネットが無茶振りしてくる。いったいこの空気で何をどう締めろというのだ……。
「こういう時はとりあえず可愛い声で『明日もきっと楽しくなるよね、ヤス太郎』『へけっ』って言っとけば締まるから」
そうなのか……? あと誰がヤス太郎か。
文句を言う前にも、ガーネットが「じゃああたしに続けよ?」と勝手に場を締めようとする。
仕方あるまい。ここは彼女の流儀に従い、我等の黄金週間を締め括るとしようか。
「いくぜ? こほん……明日もきっと楽しくなるよね、ヤス太郎?」
では、不肖無双の戦鬼……全力で『へけ』らせていただく!!
「へ゛け゛っ゛」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
俺が滑ったみたいにされるのは、些か理不尽だと思った。
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第九章「無双の戦鬼と、黄金の日々」完
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。
また感想等いただけますと幸いです。いつも応援ありがとうございます!
次章「無双の戦鬼と、二度目の夏」
我々の日常は、まだまだこれからだ──!!
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