第620話「ぼ~ちゅ~じゅつ?」



「ところで、結局その賢者の石については保留ってことでいいのかしら?」


 すったもんだあったものの、現在は夕食も終わり、各々話に花を咲かせていた。少々殺風景で閑静な立地にある酒上邸だが、五人もの美少女が一所に集まるとなると、このような和室でも途端に華やかで姦しくなる。

 そうしてワイワイとしながら夕食を摂り、洗い物を済ませた今も皆で卓を囲みながらお茶を楽しんでいた。そんな中で、我等がご主人様が昼間の件に関して口火を切ったのだった。心配性なご主人様のことだ。昼間の刀花の暴れっぷりを見て、今の内に色々と再確認をし事前に芽を摘んでおきたいのかもしれん。

 その証拠にリゼットは、食後のお菓子をモグモグする我が妹へ疑わしげな視線を注いでいる。


「もうあんな怪獣大戦争なんて二度と御免なんだけれど?」

「もちろん、思うところはあります。ですが勝負は勝負ですので、結果は甘んじて受け入れますとも。武士に二言はありません!」

「いつから武士になったの。そんな可愛いものじゃないくせに」

「い、妹はいつだって可愛い妹ですよぅ!」

「踵一つで地球を平らにする妹って可愛いの?」

「はい」

「はいじゃないのだけれど」

「???」

「あなた旗色悪くなったらその顔してゴリ押そうとするのやめなさい。センパイに似ててイラッとするから」

「流れ弾が飛んできたんやが?」


 刀花のおとぼけ顔に、マスターが静かにキレている。余程怖かったのだろうな。それでも変わらず友人として接してくれているのだから、俺のマスターは大変にお優しく良い子だ。兄として嬉しく思う。

 俺が感涙に咽び泣いていれば、リゼットは頬杖をつきつつ憮然として言う。


「他の不老不死に関する何かが見つかった時、また暴れださないでよね……簡単に見つかるとも思わないけど」


 賢者の石以外の手段。

 それについての話題が上がったため、俺も一旦涙を拭き「そうだな」と頷いておく。


「皆の話を聞き、不老不死になるにしても準備が必要であることを悟った。今は俺も、多少の時間を置くことに賛成だ」

「あーね」


 こちらの言葉を引き継ぐように言って、ガーネットが片目を瞑る。


「つっても、容姿のことだけが問題じゃねぇって分かってっかダーリン? それに付随する問題の諸々をよ」

「というと」

「そらぁオメー。容姿が固定化されちまったら、まず一ヶ所に住み続けられなくなるわな」

「……ふむ」


 道理だ。

 最初の十年程度ならばいいだろう。しかし二十年後、三十年後となると、いつまでも若々しい見目を保つ者など異質を越えて異常だ。

 当たり前のことだが、この世界は定命の者のために作られている。数百年後には人類も発展し、不老不死に限りなく近い存在へと至るのかもしれん。だが現状では、超越者が何の問題もなく住めるようにはできていない。

 人類の叡知がそこへ至るまで。仮に不老不死となれば、我々はどうにか世間の目を誤魔化しながら、この世界を生きていくしか道はないということだ。

 そのような道を選ばせてしまうこと。果たしてそれが、少女達の幸せへと繋がっているのかどうか……。


「重いこと言うようで悪いけどねん。あと手段が限られてるって点じゃ、自分の親とも必ずさよならしなくちゃいけないし、交友関係だって早めに切らなきゃなんねぇ。メディアに出てるあたしなんて、アイドル引退したらマジで雲隠れしなきゃリアル魔女狩りに遭っちまうかもね?」

「む……」


 冗談めかして言われるが……胸の奥を抉られた心地だ。

 俺は少女達と永遠を歩みたいと伝えるばかりで、彼女達の事情を深く考えていなかったのではないか。いや、正直に言おう。配慮が足りていなかったと痛感している。

 俺は少女達が傍にいてくれればそれでいい。だが少女達には大切な親も、仲の良い友人もいる。それを切って俺と共にいてくれと言い放つのは……いくら恥知らずの悪鬼とはいえ、傲慢に過ぎるのではないか。

 思わず視線を下げ、黒炭の机の表面を見続ける。

 だが一方で──明るく笑い飛ばすのも、またガーネットであった。


「まっ。千年前には源頼光って担い手を見送って、十一年前には大好きなお姉ちゃんを亡くして。これからだって、放っとけば最期には一人ぼっち確定で大号泣な鬼ちゃんの気持ちだって分かるけどね? ダーリン遺して死んだら、天国での寝覚めも悪ぃだろうし?」

「……救われる心地だ」


 気を遣われていると分かるが、それでも少しだけ心が軽くなる。

 俺はもう、大切な誰かを見送ることには耐えられそうにない。現状、半永久的に稼働し続けることを宿命付けられた殺戮兵器だからこそ、俺は皆の命を俺の域まで引き上げたいと願っている。

 これは俺の我儘だ。そんな弱い心に寄り添ってもらえているというのは、大変に得難くありがたいことである。

 ウィンクして言うガーネットの言葉に、頷くのは静かに湯呑みを傾けていた姉上だ。


「私は構いませんよ、お前と共に永遠を歩んでも。一度置いてけぼりにして、寂しい思いをさせてしまいましたからね?」

「……姉上」

「わ、私もっ! 妹だってず~っと! 兄さんの味方ですからねっ!」

「刀花……くっ、俺は素晴らしい家族を持った……!」


 家族の温かい言葉にまたも涙する。決して軽くない覚悟に、敬意すら抱いた。

 リゼットは呆れ、綾女は微笑ましい光景に涙する中、ガーネットもあっけらかんとして肩を竦める。


「まー、色々脅したけど、あたしだってデメリット差し引いても若いままなら若いままの方がいいもんね。クソかわアイドルガーネットちゃんの可愛さが損なわれるなんて世界の損失だからよ。ぶっちゃけ戸籍とかの書類なんて裏稼業に頼めばいくらでも偽造できるし、いざとなりゃあほとぼり冷めるまで異世界にでも逃げりゃいいしね。やりようなんていくらでもあらぁな」

「感謝する、ガーネット。いつも気を遣わせてすまないな」

「べっつにぃ~? 仮にもあたしらの人生背負うっつーんだから、その辺はキチンと自覚しといた方が後が楽ってだけだしね」


 自覚。

 ああ、分かっている。これまでも、これからも。

 俺は居住まいを正し、改めて皆を見渡し……頭を深く下げた。


「誓おう。俺は皆を、必ず幸せにする。旅路に満足し、永遠を手放すとなった時に……『ずっと幸せだった』と。そう笑顔で言わせてみせるとも」

「へんっ。んなこと言われたら、逆に言いたくなくなっちまうなァ? 最期の台詞、今の内に考えとかねぇと」

「もう、先輩ったら」


 言外に永遠を誓ってくれているガーネットに、綾女も苦笑してからこちらを向く。その真ん丸なアーモンド色の瞳には、じんわりとした愛情が灯っていた。


「刃君。私も……うん。私もずっと一緒、だからね? 寂しくないよ」

「綾女……ああ。俺も、綾女にきっと退屈などさせまい」

「あはは。君が現れてからはずっと目まぐるしいから、ちょっとは手加減してね?」

「クク、承知した」


 相棒と笑みを交わし合う。この信頼は、きっと永遠に変わらないだろう。そう信じられる。

 すると皆の視線が、一つの方向へと向く。まだ何も言っていない、金髪の女の子へ。

 その視線に気圧されたのか、リゼットは「う」と呻き、恥ずかしげに顔をプイッと逸らした。


「や、やめてよ。なんか恥ずかしいし……」

「まぁまぁリゼットさん。永いお付き合いになるんですから、今の内に色々さらけ出せるようになっておきましょうよ」

「あなたはさらけ出し過ぎなのよ。ほら、私淑女だから……」

「ふふ、刃君のこと大好きで、ほんとは一番に『一緒にいてあげる』って言ってあげたかったのに照れちゃうリゼットちゃんは可愛いなぁ……♪」

「み、見透かしたようなこと言うのやめなさいよアヤメ……」

「ぺろ……っ。この味は! ウソをついている『味』だぜ……リゼット=ブルームフィールド!」

「急に作画変えるのもやめて。伝わらないでしょセンパイ」

「クス……♪ 私の卓越した頭脳でいくら思索を走らせようと、リゼットちゃんが笑顔で傍にいてくれる未来しか見えませんわ」

「サヤカまでっ!」


 昼と同じように、まるで末妹を可愛がるかのような温度が皆の瞳に宿っている。

 そんな瞳で見続けられ、リゼットは「うぅ~……!」と観念したように、上目遣いでこちらを見た。その頬は、新鮮なリンゴと同じほどに赤い。


「……あなたの飼い主だもの。その面倒は最後まで見ないと、でしょ?」

「クク、手綱を放してくれるなよマスター?」

「……放さないもん。ずっとね」


 ──ああ、俺はなんと幸せ者なのだろうか。

 そして同時に気を引き締める。不老不死とは決してゴールではないということを心に刻む。あくまでそれは通過点。彼女達にとっての幸福とはなんなのかを常に考え、問題に直面した時には迷わず手を差し伸べられるようにせねば。

 それこそが永遠の伴侶の責務であり、俺にしかできぬ仕事であると心得る。現状に満足などせず、たとえ不老不死の身であろうと精進し続けなければな。

 誓いを新たにしていれば、話題を出したガーネットがカラカラと笑っている。


「かーっ! こんな美少女五人が一生ついていくっつってんだから、オメーマジでお前の人生全部あたしらに寄越しな~?」

「無論だ」

「上等~♪ とはいっても、まずは人数分の不老不死になる術を探さなきゃお話になんねーわけだが」

「俺も寿命という概念を断ち斬れるようになるまで、我が刀身を日々研ぎ上げよう」


 その時にこそ。

 いまだ名称定まらぬ、空白の十三禁忌。その空座。

 禁忌の十二が、皆を不老不死へと導くことであろう。まだまだ学ぶべきこと、やるべきことが多いと痛感する。

 兄がそうして感銘を受ける一方、刀花が「ところで」と姉上に水を向ける。


「妹は聞き逃さなかったのですが、姉さん?」

「はいはい? なんでしょうか刀花ちゃん」


 呑気に聞き返す姉上に、刀花の琥珀色の瞳が名探偵のようにキラリと光る──!!


「兄さんと私が戦いだす前に、なにやら不老不死に関して別の切り口があるような口振りではありませんでしたか?」

「ぎくっっっ」


 おぉ……姉上の顔が真っ赤になったり真っ青になったりと忙しい……信号機の物真似が上手いな。

 その様子に、リゼットもまた「ああ」となにやら思い当たる節があるように頷く。


「そういえば厨房でもそんなようなことを……キスしながらだったから、てっきり場をやり過ごすための方便かと……」

「え? キスしたら不老不死になれる……の?」

「まっさかぁ。したら式挙げた人らは全員不老不死じゃんね」


 ざわめく少女達。その意図は姉上のみぞ知る。俺も聞かされてはいない。

 今度は姉上に視線が集中する中、彼女はぎこちなく笑みを浮かべた。


「えっと、あれですよ。二人の戦いを止めるため、つい口をついて出たと申しますか……」

「嘘とは言わないのね」

「姉さん姉さん! なんだか楽しそうな匂いがします! 妹にも教えてくださ~いな♡」

「私も知りたい……カモ……」

「あたしも~♪ なぜならスケベな匂いがするから」

「えっと、えっとぉ~……」


 困った顔で見られても、俺とて知りたい。


「姉上。今の俺は意気に溢れている。ゆえ、少しの手がかりでも縋りたい心地だ。ここは是非、姉上の知見に頼らせてほしい」

「うっ……」


 事実でなくても構わない。諸人がいまだ成し得ぬ不老不死だ、何を切っ掛けにして辿り着けるかも分からん。材料は多ければ多いほど良い。

 姉上は依然として、身体を縮こまらせモジモジとするのみ。戯れに寄せられた豊満な乳房が揺れるだけの時間が続く。


「……トーカ、センパイ?」


 そんな過ぎ去るだけの時間を無駄と切り捨て、我がご主人様がパチンと指を鳴らす。その両隣に、面白そうだと思ったことはだいたいやりたがる少女二人を侍らせて。


「──吐かせなさい」

「「あらほらさっさー!!」

「な、なにをっ!? ぴゃっ、そ、そこは……! ふ、ふふっ! あははははははははは!!」

「鞘花ちゃん……」


 身体をまさぐられているとはいえ、こんなにも大笑する姉上は初めて見る。大きく口を開け、目に涙すら溜めながら。くすぐっている二人すら楽しそうに笑みを浮かべている。良い友人ができたのだな、俺の姉にも。


「おらっ! 吐け! 吐かぬとこれだぞよ」

「な、なぜ芥川龍之介の羅生門を引用……! ふ、ふふふふふふふふ……!!」

「ね~え~さ~ん♡ 意地悪しないで教えてくださ~い♡」

「ぴゃっ!? ととと刀花ちゃん!? そこはっ、そこはエッチする時にだけ触れるところでぇ……!!」


 いかん、興奮してきたな……。

 三人の美少女による痴態に、綾女共々少々鼓動を早めていれば、限界が来たのか姉上が「わ、分かりました! 分かりましたからぁ!」と観念する。

 だが二人の責め苦は止まらず、姉上は息も絶え絶えにその術を明かした!


「ぼっ──房中術ぼうちゅうじゅつ! 房中術です! お姉ちゃんは弟との房中術で、不老不死を得んとしていましたぁ~~~!」

「は、はぁ……」

「ぼ~ちゅ~?」

「聞いたことないかも……」

「あっ、ふ~ん……」


 リゼット、刀花、綾女はその不可思議な術名に首を傾げ、一方でガーネットは何かを察したようだ。知っているのか?


「むん……?」


 もちろんだが、俺も分からん。疑問を瞳に宿し、姉上を見つめる。

 はて。姉上が恥じらいとともに真っ赤になって隠し立てする、その“房中術”なるものとは……?

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