第619話「恋敵だもんげ」



 ……疲れた。

 私、リゼット=ブルームフィールドは思わずため息をつきそうになるのを我慢しつつ、雅な茶器を傾けて緑茶をすする。本当は紅茶が欲しかったけれど、たまにはこうしてジャパンのワビサビに触れるのもいいものね。

 ──ジンとトーカの怪獣大戦争が一区切りつき、日も暮れてきていたため、私達はそそくさとサカガミ邸に戻っていた。これ以上はちょっとお腹いっぱい。


「ふぅ……」


 異国情緒溢れる妖怪横丁に、多様な妖怪達まではよかったけれど、胡散臭い魔法使いの来訪に、不老不死になる賢者の石、そしてそれを巡っての兄妹バトルまでくるとさすがの私でも胃もたれを起こす。思えば朝から激動の日曜だったわね……これだけ出来事があれば、彼の不貞に関しても少しはうぅんやっぱりダメ絶対許さないわ私だって彼と初めて同士のエッチしたかった!!

 私が一人で勝手に憮然としていれば、居間の大きな机を囲む他の面々の話が聞こえてくる。トーカ、アヤメ、センパイだ。ジンとサヤカは厨房で晩御飯を作ってくれている。


「──それにしても、君ら大技ばっかでバトルモノとしてはちょっと弱かったかもな~。いやまぁ迫力も見ごたえもあったけど。こう、駆け引きとかもした方が見てる側としてはもっと楽しめたかもね」

「モグモグ……ゴクン。確かに……兄さんと愛をぶつけ合うばかりで、いけずな駆け引きとかもっとした方が燃え上がってたかもしれませんね!」

「私は気絶してたからあんまり見られてないけど、あんまり無理はしないでね? 心配になっちゃう……」


 センパイは面白がり、トーカはお菓子片手にさっきの一時をうっとりとして回想し、アヤメは苦笑する。アクティブなセンパイとトーカは楽しかったのだろうけれど、私はアヤメに同意。

 だって心配よ……粉々にされた地球がね。元に戻ってほんとよかったわ……ジンとトーカの心配はしていない。だっておかしいでしょ。ジンは再生能力あるから分かるけれど、トーカは生身のはずなのに掠り傷程度しか負ってないんだから。この妹って何したら死ぬの? 本当に人間? そもそも死ぬの? あーこわ。

 隣人の化物っぷりを強制的に分からせられていると、そんな怪獣妹に一泡吹かせたセンパイはイタズラっぽくそのピンクの瞳を細めた。


「ま、そんな策略なんて必要ないくらいのポテンシャルだったしね。罠とか踏み潰す系兄妹で、色々と大味になんのも分かるわ。んでも……あたしがダーリンだったら、刀花ちゃんくらいなら十秒で倒せる自信があるね。きらっ☆」


 自殺志願者かしら?

 ほら、トーカがやる気になってるわよ。アヤメは青ざめてるけど。


「ほほうっ。じゃあ……十秒だけ、お手合わせ願えますか?」

「いいズェ……『シュガー・メイプル・シナモンロール 変化の魔術』っと。どう?」

「わ、先輩が刃君の格好に……でもなんでお洋服なんでしょうか……?」

「そりゃあ繰り出す技に必要だからさ。あ、結界とか張らなくていいよ。すぐ終わるから♡」


 ウインクするのはいいけれどジンの格好と声でやられるとキモいわね。

 畳の上で向かい合う二人。出方を窺うトーカに、ジンの姿となったセンパイは──、


「はあぁぁあぁぁぁぁあぁ!!!!!!」


 な、なんだかすごい気合いをためて……!?


「ぬおぉぉおぉぉおぉぉぉ──!!」


 そのままゆっくりと両手を下に……え、え!? なになになに!?


「ちょっ!?」


 ──こ、この人!

 なんで、ズボンのチャックに手をかけて!? そそそそんなことしたら、み、見えっ、色んなものが見えちゃ──!?


「ほい、隙アリ」

「あうっ」


 あ。

 この場にいる全員がチャックの行方に注目する中、センパイは密かにジリジリとトーカとの距離を詰めており、その額を指で小突いて尻餅をつけさせた。

 ポンと元の姿に戻り、センパイはイタズラ成功といったようにニカッと笑う。


「フェイントという技術を、こうして技にまで昇華させりゃあこの通りよ。どや?」

「す、すごいですガーネットさん! この妹、見事にしてやられましたっ! 兄さんの秘密の花園が気になって、つい意識がそちらに!」

「ふわー……先輩ってすごいんですねぇ……」


 なんかそれっぽいこと言ってドヤ顔してるけれど、それってつまりセクシーコマ○ドー……。


「ふふーん! ま、大事なのはやっぱここよ、ここ!」


 自分の頭をコツコツと指でついて調子に乗るセンパイ。クレバーって言いたいのしら? だいぶセクシーだったけど。

 まぁでもこの人って、私達の中では出力の割に実際白星多いものね。ジンとトーカの間に割って入る度胸もあるし。なんにも言えなかったわ……。

 センパイとトーカが座り直し、湯呑み片手に喉を潤す。


「ふい~。とはいえ勝手知ったるメンツだし? こんな戦略立てられるの、君達のこと深く知るあたしくらいだから心配ナッシングよ。だってあたし達はそう……な、仲間だもんげ!」


 だからそのもんげってなに?

 アイドルにのみ伝わる古代語かなにか?


「あと自分で言っておいて自分で恥ずかしがらないでよ。もう……」

「ふふ♪」


 アヤメの年上のような笑みに、つい私も赤くなってしまう。

 まったく真面目な顔して"仲間"だなんて……殊更、口に出して確かめるべきことでもないでしょう? そういうのは思ってても、秘めた方が輝きを増すとご主人様は思います。

 それになんか恥ずかしいし……私だって、最近はトーカだけじゃなくアヤメやセンパイ、サヤカのことだって、その……仲間というか、家族というか……うにゃうにゃ……。

 なんだか生ぬるい空気が居間に充満し、センパイが追い出すように手のひらをパタパタと振る。


「ま、いうて奇策打つより、正面からドンパチする方が粋だしカッコいいけどねん」

「むふー、私と兄さん、カッコよかったですか?」


 ニコニコするトーカに、センパイは「ん……まー、ね?」と肩を竦め、アヤメはなぜか頬を染めコクコクと小刻みに頷く。


「……」


 ……まぁ、私も否定するほどではない。やっぱりその、ジンが……ね。

 実際、この平和な現代で、彼の力が抑止力以外の用途で必要になることは稀だ。

 だからこそ、彼がああして戦闘を行う姿というのは貴重である。なんなら今まで、彼が拮抗して真面目に戦う姿なんて見たことなかったかもしれない。ルゥとその眷属達と戦ってる時でさえ、不敵な笑みを崩さなかった彼が……。

 そんな普段は見ない、彼が凛として刀を振るう横顔は……。


「……」


 まぁ、アレよ……。

 戦いの規模とか技の内容とにドン引きはしたけれど、それはそれ。

 戦いに臨む彼の瞳は、更に鋭さを増し。相手の挙動を見つめる顔は、常に真剣さを帯びて。逞しくて、とっても男性的で……。

 そんなかつてないほどに、己の職務を遂行していた彼の姿に。

 恋する女の子的に、密かに結構グッときてたというか……うん。誰かを守って戦う彼は、あんな真剣な顔するんだ……へ、へぇ~? みたいな? 多分私だけが気付いてるだろうけれど、彼のそんな一面……ちょっと、いいじゃない? みたいなっ? そんな彼のカッコよさに、多分私だけが気付いてるだろうけれどっ。


「ま、まぁ、そうね?」

「う、うん……カッコよかった、カモ……」

「まー……せ、やな……? 漫画だったら贅沢に大ゴマいっぱい使ってたね」

「むふー、ですよねっ♡」


 ……うん。


『……』


 あー……なんか、アレね。


 ──彼にキスしてほしくなってきちゃったわね。あの顔で。


 彼のあの横顔を思い出すだけで、胸がドキドキするというか。私の中の女が疼くというか。そんな真剣な顔した彼を独り占めしたいっていうか。他の子より先にそれができたら超気持ちいいだろうなぁ~って……。

 ……ちょっと、仕掛けようかしらね。うん。あ、いえ、そんなこと思ってるのは私だけでしょうから、ここは自然とこの場を抜け出して、彼をそれとなく呼び出して……うんうん。


「よいしょ」


 私は持っていた茶器をコトリと机に置き、スカートの裾を払いながら立ち上がる。


「お茶なくなっちゃったから、ちょっと厨房まで行ってくるわね」


 完璧。理由も自然。

 まさかこの流れで、私が彼の唇を狙っているだなんて、彼女達は絶対分かりはしないでしょう。


「む」

「ん~……」

「じ~……」


 ……う。

 なに。なんでそんな疑わしそうな目で見てくるのよ。ただご主人様がお茶のお代わりに行くだけでしょう!?


「な、なによ……」

「いえ。リゼットさんが自分の足でお茶を取りに行くなんて珍しいな~と思いまして」

「そ、それくらい別に……」


 まぁ……やらないけれど。自分の部屋でお茶が尽きたら、夜中だろうとベル鳴らして眷属呼んで淹れさせるけれど。

 トーカの言葉にギクリとしていれば、彼女はニコリと生ぬるい笑顔でこちらに笑いかけてきた。


「むふー。お茶、私が淹れてきてあげましょうか? ちょうど私も、なぜか厨房に行きたい気分でしたので」

「け、結構よ。あなただって疲れてるでしょう? ここでのんびりしてなさいな」

「まぁまぁ。遠慮なさらず」

「結構。結構よ」


 互いにそう言いながら……ガシッッ。

 言い寄ってきた彼女がお盆を取り上げようとするが、私も力一杯それを握りしめる。お盆の上の茶器が私達の内面を表すかのようにカタカタと揺れている……!!

 そんな茶器を……ひょいっ。


「ふ、二人とも落ち着いて? ここはお姉さんである私が汲んできてあげよっかな~て……」


 伏兵アヤメ……! あなたったらいつもそう……!!

 しかし更にその茶器を……いえ、アヤメ自身ににじり寄るピンクの影が……!


「おっと手が滑ってつい薄野ちゃんのパイオツに」

「ひゃあんっ!」


 アヤメの豊かな双丘を一瞬だけムギュッと揉み、取り落とされた茶器をセンパイがかっさらっていった。

 アヤメは真っ赤な顔で胸を両腕で押さえ、センパイを恨めしげに見る。だがセンパイはどこ吹く風だ。


「まーまー。ここは功労者に席を譲りたまえよ。あたしもちょお~っと、自分の使い魔と込み入った話とかしときたいしね?」

「……へぇ」


 まさかこのセンパイまで乗ってくるなんてね。ゴールデンウィークと今回、彼を使い魔にした一件も含めて……熱、上がってる?


『……』


 しばし、無言で睨み合う。

 ここまで来たら、厨房に行く目的なんてバレバレ。どうにか彼と、僅かでもいいから二人きりの時間をつくって、彼の凛々しい顔と唇を独り占めしたいのだ。


(くっ……!)


 まったく! 人の眷属に、なんてはしたない女の子達なのかしらっ!

 そうしてジリジリと焦れったい時間が続き……あっ。


「アデュー!」


 センパイがバッと身を翻し、居間から出ていく! ま、待ちなさい!!

 居間から厨房まで何も隔てず、そのまま廊下の一直線上にある。猶予は無い! というかこの形式になった時点で私の勝ち目薄っ。

 わちゃわちゃと全員が我先にと廊下に出る。そうしてもたつく私の隣から、早速飛び出す黒い影!


「とーう!」

「うわっち!」


 随一の運動性能を持つトーカが瞬時に追い付き、足払いを仕掛けた。センパイはたまらずたたらを踏み、その拍子に茶器が宙を舞いトーカの手元に──、


「う、筋肉痛でうまく……!」

「あっ」


 先刻の大運動会が効いてるのか、トーカの伸ばした指先が茶器を掠めていく。そのままトーカとセンパイはぶつかって、センパイを下敷きに共倒れした。


「ぎゃん!」

「わー! ごめんなさーい!」

「Gカップおっぱいがクッションになったのでオッケーです!」


 センパイは幸せそうだった……おバカね。

 そんな二人を横目に、茶器はそのまま前から三番目にいたアヤメの元へ──、


「わ、わっ……はぅっ」


 ……キャッチに失敗して、胸元でバウンドした。


「あ、あら……?」


 そして奇しくも、最後には持ち主の胸元にポフッと帰ってきた。ふ、どうやらこの茶器は、大きすぎるバストが嫌いのようねっ! やっぱり程よく巨乳なCカップが大正義なのよねぇ……私の眷属もそう言ってるから。


「や、やった!」


 思わず笑顔になりつつ、テトテトと三人の横をすり抜ける。足は遅いけれど私の勝ち! 亀でも巡り巡って兎に勝てるのよ。これがデスティニーってわけ。

 そうして私は両手で大事そうに茶器を抱えながら、廊下を私なりに一生懸命走る。ぶっちゃけ背後に三人がいる時点で、こっそり彼と逢瀬を重ねる目標なんて壊れちゃってるけど私は走る! 私が一番に辿り着いたってことが重要なのよ。今そう変更しました。


「は、は……!」


 そうして私は爽やかとすら感じられる達成感を得つつ、廊下から吹き抜けになっている厨房に颯爽と身を踊らせれば──!


「──ちゅっ♡ あ……クス、クスクス♪ ねぇ? お姉ちゃんを一生懸命守らんとする、あの時の凛々しい顏……んっ♡ 大変素敵でしたよ、刃や……♡ 私だけの刃や……♡ お前の大好きなお姉ちゃんが、ご褒美をあげますからね……ちゅ……ちゅう~~~……♡」


 サヤカがめっっっちゃくちゃ抜け駆けしてるんだけど!!!


「あ、姉上……!」

「はい、はい。何でしょう? もしや、早速勝者としての特権を行使したいのですか? お姉ちゃんの乳房を、更に大きくせんと……あぁ、ごめんくださいまし。今、触れられたらきっと……いやらしい吐息が、零れてしまうでしょう。いやらしく、エッチな……クス。我が弟は……エッチなお姉ちゃん、お嫌いですか?♡」


 い、いやしい……いやしい~~~~……!!

 ジンの首に腕を絡め、しなだれかかる仕草はまさに「独り占め♡」って感じで……甚だしくイラっとするわ!! それにそんな、糊付けするみたいにべったりと……! どうなの淑女としてぇ!!


「だ、大好きだーーー!!」

「ぴゃあん♪ もう、もっと優しくしてくださいまし……♡」


 もんげーーーーーーー!! (支離滅裂な思考・発言)


「こらーーーーーーー!!」

「ぴゃあぁぁあ!?」


 怒声を上げれば、大きな声や音が苦手なサヤカは彼から唇を離しビクゥっと肩を竦ませる。

 だけど姿勢はそのままのため、私に追い付いてきた子からも彼女達が何をしていたかは一目瞭然であり、一様にその瞳を湿らせた。


「姉さん……私にはキスしてくれませんでしたのに……」

「鞘花ちゃんはいいなぁ……姉弟だからいつでもキスできるし、動画も持ってるし……」

「おうサヤちゃん。あたしの使い魔に一回キスしたら……これからはおっぱい一揉みな。君達もね」

「あの、あのっ。ちが、これは実験で……ふ、不老不死に至る別の切り口の……!」

「嘘おっしゃい!! この、この……!」


 真っ赤な顔であわあわするサヤカに、私は悟った。

 ──私達は時に仲間であり、家族であり、掛け替えのない友人であり……。

 でも! 彼のことに関するとやっぱり──!!


「て、敵ぃ~~~……!!」

「ね~えさん♡ 刀花にも兄さんく~ださい♡」

「あの、私にも~……あと動画も~……」

「フリーズ! ドンムーブ! 青少年保護育成条例違反者としてお前を逮捕する!! 神妙にガーネットポリスの縛につけ!! これから奉行所へ行く」


 全員が……そう、恋敵──!!


 だ、もんげーーーーーーーーー!!

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