第618話「仲間だもんげ!」



 まさかこれほど容易く、我が心臓を貫かれるとは。

 見失うほどに素早く、貫かれるほどに鋭い。手前味噌な話だが、さすがは我が秘奥“人鬼一体”の力だ。


「ぬぅんっ」


 鮮やかな絶命に感心すら覚えながら、俺は貫かれた姿勢のまま右手を鋭く構え、左脇の隙間から刀花を狙う。攻撃後にできた、ほんの僅かな隙を狙って。


「ああ……そっかぁ……」


 しかし。

 刀花はその掌にある心臓から目を離さぬまま、左肘を突き出しこれを迎撃。おかげで、こちらの右手首から先が粉々に砕け散ってしまった。


「私、兄さんのことなら何でも知ってるって、そう思ってましたけど……ん」


 貫かれた周辺の筋肉を収縮させ、彼女の腕を固定させ……ようとしたが、容易く引き抜かれる。傷だらけの大地に鮮血が散った。

 トンと軽くステップを踏み、こちらから距離を取る刀花。その琥珀色の瞳には愛おしさすら乗せて、右の掌で鼓動を繰り返す心臓に魅入っていた。


「……むふー。兄さんの心臓って、こんな感じなんですね? 猛々しく、そしてリンゴみたいに真っ赤♡ 妹としたことが、大好きな兄さんの心臓の色すら知らなかっただなんて……盲点でしたね。ぺろり……あは、味も美味しいです♡」

「愛する兄のことを知って貰えてなによりだ」


 だが俺の心臓を一口囓ったことで、刀花の内包する霊力が上がっている。食べて増えるタイプか……!


「サ、サヤカ……今、どうなってる?」

「私も目を瞑っているので分かりません」


 心臓を貫かれた辺りの場面で目をギュッと瞑ってしまっているリゼットと姉上を横に、俺は即座に心臓を修復。

 そして……“殺されること”が条件の我が機能を、解放する。修学旅行では神便鬼毒酒の影響もあり発揮できなかったが……。

 ゾワリと我が身を覆いだす闇を見て、刀花は嬉しそうに笑みを深めた。


「わお♪ 兄さんの存在を二倍感じちゃいます♪」

「実際、そうなっているからな」


 ──無双の戦鬼は、殺されるごとに強くなる。

 一度殺されれば二倍、二度殺されれば四倍、三度殺されれば九倍……といったように。悪鬼を殺しているはずであるというのに、追い詰められていくのは敵方の方。そういった人間の悪意が詰まった、悪辣な機巧だ。俺は気に入っている。霊力の出力を上げる術とて、この兄にもある!


「よし……」


 先より身体も軽く、刀花の動きもよく見える。単純に能力が二倍となった俺ならば、最早見失うこともないだろう。


「いいですねぇ……今の兄さんも、とっても美味しいそうです。他の所も見てみたいですし、食べてみたいですねぇ~」


 抜き取った心臓を丸呑みした刀花は、ご馳走を見つけた獣のように舌舐めずりをする。

 来るか。だが先のように、容易く背後は取れんぞ。

 注意深く刀花を見るが、彼女はじぃと物欲しそうにこちらを見つめ……にこり。


「我流・酒上流呪術──“けん”」

「む……?」


 はて、初めて聞く術技だが……いや、なんだ? 腹の内に違和感が……何かが腹の中で蠢いている……?


「あはぁ……兄さんのお腹の中、真っ赤で、ピンクで……可愛いですね……♡」

「っ!」


 目を瞑ったまま恍惚とする刀花の言葉に、まさかとこの術技に見当を付ける。

 まさか──見ているのか。俺の腹を……内臓を。

 我が臓器に、“直接目を生やして”……!!

 いかんと思ったがもう遅い。刀花は既に、その口を大きく開けていた。


「我流・酒上流呪術──“しょく”」

「ぐ、おぉ……!」


 一定以上の痛覚は遮断しているが“腹の内から食われる”という不快感は如何ともしがたく、思わず呻く。

 この妹は……我が臓器に直接、多数の目と口を生やし、内側から兄を貪っているのだ……!!


「これは胃ですかねぇ~? 噛み応えのあるこれは腸でしょうか。ん~、でもやっぱり、一番美味しいのは心臓さんかもです。というわけで、もう一口……いただきますね♡」


 絶命する。直ちに復活し、また絶命する。

 愛する妹の呪いによって、兄は食われ続ける。もう十数度は妹に心臓を献上しただろう。時を経るごとに、この場で兄と妹の纏う霊力が莫大となっていく。


「兄さ~ん? いいんですかぁ~。このまま全部食べちゃいますよ?」

「ふ、そろそろ御免被る」


 モグモグする妹を前に、俺は……内側から弾けた。

 血と臓物を撒き散らし、俺は血煙と肉片になりながら宙を漂う。


「ありゃ、解除されちゃいましたか。もう一口くらい欲しかったのですが」

『目や口を生やせぬほど微細になれば、さすがに立ち行かんようだな』


 刀花の目と口を霧散させた俺の欠片達は、そう言いながらここ一帯の広域をドーム状に覆う。


『どれ、反撃といこう』

「むむっ」


 そうして幾重にも血管や骨を延ばし、そのまま刀花を攻撃する。縦横無尽に伸びるそれは、公園に設置されたジャングルジムのようだ。

 見渡す限りの視界から迫る我が血肉に、刀花は時に刀を振り、疾駆し、血管を足場にし滑りながら避ける避ける避ける!


「おぉっとと!」

『器用だな!』

「サヤカ! 今どうなってる!?」

「怖くて目が開けられません。今開ければ一生のトラウマになり、失神すると我が頭脳も告げておりますゆえ」


 そんな地獄のような攻防に、しかし我等兄妹に浮かぶのは……楽しげな笑みだった。


「むふー、全力を出せるのって楽しいですね! 兄さん!」

『クク、ああ。その通りだ!』


 俺が全力を出し、応えられるのは刀花だけ。

 同様に、彼女の全力を受け、死んでも壊れず動き続けられるのはこの兄だけ。


「ふふ、ふふふ♪」

『ククク、ハハハハハ……!』


 ──愛だ。

 全力を出せること。その全力を受け止めてくれること。そんな人が、たった一人でもこの世にいてくれること。

 そんな安心を得られることの、なんたる充足感であることか! 愛する姉をかけての戦いであるにもかかわらず。俺と妹は今、愛を伝え合っているのだ。深く愛し合っているのだ!


「あぁ! 兄さん! やっぱり兄さんのこと大好きですぅ~!♡♡♡」

「俺もだ刀花! 愛している!!」


 口でも愛を唱えながら、しかし身体は相手を滅ぼさんと動き続ける。

 刀花が太陽の一部をこちらに召喚し、一帯の酸素を全て焼き払おうと。

 俺が周囲の惑星の配置と重力圏を変え、一帯の空間と時間をグチャグチャに破壊しようと。

 俺達は互いの無事を確信し、確認し、愛を謳う!


 ──それでこそ! 我が愛する者であると!!


「えい、やぁっ!」

「ふ、はっ!」


 もう二百は絶命したところで、刀花の武とようやく拮抗し始める。ここまで来ると、最早余波のみで小さな星の明かりが消え去っていく。

 一秒の内で億の剣戟を妹と刀で奏でつつ、俺はしかし内心で手をこまねいていた。


(押し込めん……)


 拮抗するがゆえ、どうしても決め手に欠ける。それは恐らく、笑顔で刀を振るう妹も思っていることだろう。

 何か切っ掛けが欲しい。この均衡を壊すような何かが。刀花に小手先のフェイントを仕掛けようにも、全て見抜かれてしまう。より意表を突く何かでなければ、彼女に隙は生まれないだろう。

 周囲には暗黒が揺蕩うばかりで、あとは結界の内で守られるリゼットや綾女、姉上しか……むっ。


「よいしょっ」


 考えに耽りすぎたか。刀花に刀身を押され、距離を取られてしまった。彼女が飛びすさった先にあるものは……少女達の集まる結界のすぐ傍だ。


「ちょっと妹も補給させてもらいましょうかね~♡」


 まだまだ楽しみ足りないのか。それともこの時間を引き延ばしたいのか。

 刀花はニコニコしながら、結界内に向け手招きをする。まさか。


「もう一人の私♪ ちょっと食べさせてく~ださい♪」

「は~い」


 その一連の動きに危機感を覚える。

 まずい。刀花が刀花を食えば、果たしてまたどれほど出力が上がるかも分からん。そもそも元の身体はガーネットだ。食べられて、その損傷箇所は再生するのだろうか?


「くっ……」


 止めねばならん。

 しかし、向こうには刀花が二人。食事という、生物が大きく隙を見せる行為を取ったとて、この妹が二人となれば話は違ってくる。隙が無い。


「ねぇ、そろそろ引き分けでよくない? トーカが太陽を“使い潰した”から、なんか暗いし」

「と、刀花ちゃん? 良い子ですから、環境破壊はそろそろ……」

「やで~す♪ ここからが楽しいんじゃないですかぁ~。なにより勝ちたいですもん♪」


 リゼットと姉上の言葉も右から左。

 刀花は楽しそうに……そして兄に勝利すべく、笑顔のまま「あ~ん」と魔法使い姿の刀花へ顔を寄せ──、


『へ、へ……』

「……ん?」


 ──しかし。

 どこからともなく聞こえる、何かを我慢するような声。いや、発射に備える声か?

 場違いな呑気さを全面に漂わせ、その声は更に『へ……へ……!』と気勢を上げていき……!


『へっっっっぶしょ~~~~~い!!』

「のわーーーー!!??」


 ──顔を寄せる刀花に向けて。

 なんともう一方が被る魔女帽子が、鼻水とツバを撒き散らすほど、思い切りくしゃみをしたではないか!

 それも──ガーネットの声で──!

 真正面から思い切り飛沫を浴びた刀花は、悲鳴を上げて目を瞑っている……! もう一方も混乱し、結界の維持にいっぱいいっぱいと見える!


「好機……!!」


 その正体は分からぬが、感謝するぞガーネット!


「きちゃないです~……むむっ」


 だがこちらの殺気を敏感に感じ取ってか、刀花は僅かに開いた瞼であっても、正確にこちらへ切っ先を向ける。

 このままでは、受けきられてしまうだろう。まだだ。まだ一手、何かが──!


「──唐突だけれど、私の眷属を虐めるあなたに意地悪したくなったわ。今からトーカのウエストを声高に叫びたいと思います」

「なんでですか~~~!!??」

「──血吸! なんかこう、光って!」

「綾女さん!? う、まぶし──」


 勝機──!!

 愛しているぞご主人様! そしていつの間にか目覚めていた綾女!


「我流・酒上流戦意喪失術──!」


 俺は刀花の背後へ迫り……!


「──膝かっくん!!」

「ほへ」


 かくん、と。

 その膝に我が膝を当て、見事地へと膝を立てさせたのだった。完全に彼女の虚を衝き、一本取った。

 無防備に地へ膝をつく妹と、ふんぞり返る兄。今ここに、勝敗の絵図は完成した……。

 完全に毒気を抜かれたことで、刀花も「う、うぅ~~~」と少々不満そうにしながらも、立つ気力を失った。もともと燃費の良い方でもない。これほどの長時間戦闘も初めてのことだ。己の蓄積した疲労に気付き、ここが潮時と思ったのだろう。


「それにしても……ガーネット」

「おん? ナイスタイミングだべ? きらっ☆」


 ポン♪ と小気味よい音を立て。

 魔女帽子がガーネットの姿となり、キラリと目元にピースを決めながら地へと降り立つ。恐らく変化の術か何かで、ずっと帽子に化けていたのだろう。


「いつからだ」

「最初に茶屋で刀花ちゃんから逃げる時♪ 皆、刀花ちゃんに注目してるし、刀花ちゃんはサヤちゃんに注目してるしで、全然分かんなかったっしょ?」

「……しかし」


 では、このもう一方の刀花……元はガーネットの身体だと思っていたモノは……?

 自分自身も不思議そうにする刀花と同じく首を傾げていれば、ガーネットがケラケラと笑って種明かしをした。


「さっき貰ったじゃん? 魔装具のドッベルゲンガーの方だよ、これ」

「あっ!」


 リゼットが得心したように声を上げる。なるほど、道理で瓜二つなわけだ。


「へっへっへ。魔術で作る分身とは違って、魔術も使えるから全然気付かなかったっしょ? とはいえ、まさか最凶兄妹の本気ドンパチが始まるとは思ってなかったし、あたしじゃ迂闊にちょっかいも出せねーと諦めかけてたけど……ま、一発かましてやりましたわ!」

「あの輪に割って入ろうとする先輩ってやっぱりすごいや……」

「さすがですね、キラちゃん……」


 友人として心配していたのか、綾女と姉上がホッと胸を撫で下ろす。俺も安心した。


「助力感謝する、ガーネット」

「ドッペルの方だけど、言ったべ?『妹レイドバトルしようぜ!』って。アイドルに二言はねぇ。リゼットちゃんと薄野ちゃんも、ナイス援護!」

「ま、まぁね? 私の眷属がトーカに負けるのも癪だし」

「私も、これ以上二人には傷付いてほしくなかったし……えへへ……」


 リゼットと綾女の照れ隠しに、ガーネットもニッと笑う。

 そして膝をつきながらブー垂れる刀花にも、その笑みを向けた。


「ままま。力の抜ける決着かもしんないけど……昔のお兄ちゃんにはなくて、今のお兄ちゃんにある力を食らって負けたってことで。どうよ?」

「あ……」

「ふむ……」


 昔の俺にはなく、今の俺にある力。

 それは──、


「大好きなお姉ちゃんを守るのは、ダーリンだけじゃないってことさ♪ だってあたし達はそう……仲間だもんげ!!」

「もんげって何?」

「キラちゃんの照れ隠しですよ」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! ガーネットちゃんが良い感じにまとめてんだから野暮言うんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!」

「もう、先輩ったら♪」


 姉上の周りに、笑顔の花が咲く。

 きっとこの花たちもまた、我等兄妹の愛する姉を守ってくれる。今はそう、信じられる。

 ──大切な友人、家族、仲間。

 その力があれば、どのような脅威も恐るるに足らん。

 その輪の中で、同じくおかしそうにクスクスと笑う姉上。十一年までは考えられぬほど、年頃の少女の笑みだ。


「……ふふ♪」


 その笑みを見た妹は。

 狂喜にふれず。今度こそ皆と同じ色の笑顔を浮かべて、


「はい──負けました♪」


 彼女らしく、へにゃっと笑って。

 己の敗北を宣言……いや。


 大切な仲間達を、信じることにしたのだった──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る