第617話「私が一番ダメージ受けてるんだけど?」



 ──酒上刀花の武について、詳細を語る者は少ない。

 これは常にその兄が、彼女の盾となり矛となっているため、彼女自身が武を振るう機会が少ないことにも起因する。

 だが……決して皆無ではない。例として、世界で最も堅固な防御を誇る男“鉄壁”などは、


『丸裸で立たされてる気分だよ』


 と彼女との一戦を苦笑して語る。

 世界で最も素早い戦闘をこなす“バチカンの剣姫”などは、


『真っ当に全部が強いように見えて、だけど何かがおかしいんです。バグキャラです?』


 などと、顔色を悪くして言い放つ。


「……」


 ……兄として、そして無双の戦鬼として。俺も彼女の運動に付き合う機会が多い。恐らく俺こそが、最も酒上刀花と刃を交えているだろう。

 そんな俺から見ても……やはり、彼女の武威は別格だった。

 両者の意見も理解できる。殊、戦闘に関していえば、我が妹は何とも形容しがたい異様さを放つのだ。

 自由、と称するとお行儀が良すぎる。変幻自在、と語ると品があり過ぎる。

 その一端を……そうだな。我が先手にて、姉上とマスターのお目に掛けるとしよう。


「我流・酒上流十三禁忌が弐──幻燈刃」


 ガーネットの服装をした刀花が姉上とリゼットに結界を張る中、俺は己の手に幻想を作り出す。様々に概念を組み込んだものを、数々の英雄譚を参考にしながら。

 ここではそう、槍がいい。早く、鋭く、過たず、確実に心臓を穿ち相手を絶命させるような……そんな魔槍が。


「むん……」


 血のようにドス黒い一本の魔槍を顕現させ、穂先を下に構える。槍に内包させた霊力や概念により、脈打つ波動に触れるだけで只人など死に至るだろう。

 一撃放てば間合いすら無視し、確実に相手の心臓を瞬く間に穿ち……殺す。

 そんな阿呆らしいとすら思える対人性能をした魔槍を、俺は躊躇なく妹へ気合いを込めて放った。


「ぜぁっ──!」

「? おっと」


 ……これである。


「むふー、兄さんから来てくれるなんて気概を感じますね。一瞬ドキッとしちゃいました♪」

「……」


 片足を引いて半身を開いたままで言う妹に、笑えばいいのか呆れればいいのか。

 この魔槍には理不尽とすら思えるほどに、対人に特化した概念を付与したのは先述した通りである。

 それがどうだ? ポニーテールとミニスカートを軽やかに翻し「おっと」と“避けられた”。俺がガラにもなくグダグダと武具の性能をひけらかしたというのにだ。

 強者の一部には、己の理屈に則り勝利の方程式を確立する者もいる。

 そうして強さを積み上げてきたような者ほど……この妹は、さぞ恐ろしく映るのだろうな。

 俺とてそうだ。俺は理屈を破壊する側の殺戮兵器ではあるが……、


「ククク……まったく」


 ──この妹が、俺相手ですら傷付く場面など想像もできんよ。


「では、私からも。兄さんを打倒し、姉さんには不老不死になってもらえるよう頑張ってお願いしますからね!」


 器用に刀の柄を指に引っかけたまま、刀花は両腕を前へと突き出し、腰を落とした。

 上下に開いた指は虎口を思わせ、その中心に光を逃がさぬほど濃密な黒い霊力が収束していく。先日、刀花が見せてくれた、星を整地するあれだ。


「我流・酒上流星砕き──牙怨がおん


 刀花がグシャリとその口を閉じれば、空間が歪むほどの圧力が俺を襲う。

 星砕きと称するからには、恐らくこの術技は対惑星を想定としたものなのであろうが、刀花はそれを躊躇なく俺という個人へ更に効果範囲を凝縮して放ってみせた。

 星を圧縮する黒い天体。その中心へ強制的に放り込まれた俺は、


「ぬぅんっ」


 重い扉を開くようにして、迫り来る空間の歪みに指をかけ、押し開いた。

 バキバキとひび割れる空間から抜け出し、不発となった魔槍をポイと捨てる。今ので折れてしまった。穂先で空間にヒビを入れる役目は果たしたため、お役御免だろう。

 多少ヒリヒリする掌に息を吹きかけていれば、こちらの無事を確認した刀花が嬉しそうにニコリと笑った。


「さすが兄さん。この程度じゃ小手調べにもなりませんね♪」

「出力勝負であれば、さすがに負けられんな。俺にも兄としての矜持がある」

「むむっ、私にだってありますよぅ。これでも体育の成績には自信があるんですからっ」


 プンプンとする妹に苦笑を返す。俺は力加減が上手くないため、逆に体育の成績が良くない。この妹は普段からどう加減をしているのだろうかと疑問は尽きん。

 日常生活において努めて加減をしている様子も見受けられぬし、相対する者によって自然と在り方や規模を合わせる体質でもしているのだろうか……うぅむ、やはり刀花の武に関しては不明な点が多い。得体が知れぬとも言う。

 不思議な妹だ、と彼女の性能のほどを推し量っていれば、刀花は一振りの刃を生成し、無造作に真正面から斬りかかってくる。その線は、袈裟斬り。

 斬り合いをご所望かと、俺も刀を生成して受ける構えを取る。いなし、もしくは巻き上げで武装解除を狙ってみるか……?


「はぁぁっ!」


 いつもの可愛らしいかけ声とは異なり、鋭い呼気と共に振るわれる斬撃。

 速い。切っ先が霞むほどの速度で振るわれるそれは、山をも断つ冴え冴えしさで我が刃へと吸い込まれ──、


「う、くっ……!」


 ……気が付けば、俺の右腕が握った刀ごと宙を舞っていた。刀など、半ばから真っ二つに折れてしまっている。


(万、といったところか……!)


 油断したつもりはなかったが、想定が甘かったようだ。

 今の一瞬の交錯で、刀花は万の斬撃を俺の持つ刀と腕に叩き込んだのだ。腕の一振りで。たった一度、腕を振っただけで。

 そう──たった一振りでだ。万回にも及ぶ一点同時斬撃を、果たしてどうやっているのか? そんなものは分からん。だが彼女はそうして、ゆえにこうなっている。結果を甘んじて受け入れるしかない。

 そうでなければ、この無双の戦鬼の刀が折れ、あまつさえ腕が飛ぶものか。


「せやっ!」

「つっ……!」


 返す刀で、下方からの二撃目が来る。一撃目に万回の斬撃が込められていたのだ、二撃目には億回が込められているかもしれん。

 次の刀は硬度を意識して構築し、残る左腕で受けた。


「──っっ」


 ギャリギャリと。

 闇の帳に、真昼かと見紛う火花が激しく散る。

 刀は折れてしまったが、腕は無事だ。どうやら受け切れたらしい。だが、おかげで俺の腕は上がり、胴体を晒してしまっている。

 そして、それを見逃す刀花ではない……!


「むふー、と・う・か──日本刀キーーーック!」

「ごふっ!?」


 腹にローファーの爪先を見事抉り込まれ、俺は地平の彼方へと吹き飛んでしまった。腹に力を込めていなければ、土手っ腹に穴が空くところだ。

 ……日本刀という単語に、すわ斬撃が来るかと思い一瞬彼女の手元に注目してしまったのが仇となった。日本刀を持っているがゆえの蹴りなのか。それとも油断を誘うための技名なのか。分からない……。


「くっ」


 身体を捻り、下駄の二本歯を大地に立てる。大きく轍を残しながら、妹の姿が米粒となるほどの距離でようやく止まる。

 いかんな、距離を空けてしまった。利き腕である右腕を再構築しながら、眉を寄せた。妹は遠距離だろうが近距離だろうがお構いなしであるからな。

 その証拠に──キュゥン!


「っ」


 彼女の手元がチカッと紅く灯ったのを合図に頭を横に振れば、灼熱の熱線が頬を焦がし通り抜けていく。背後に広がる闇の中、それに貫かれた何千という星々が跡形もなく蒸発していった。


「……太陽光か」


 その正体に当たりを付ける。

 成層圏もオゾン層も破壊したこの地平は、星々の輝きがより直接降り注ぐ。

 そんな中でも鮮烈に輝き続ける星……太陽の光を刃に収束させ、刃紋でもって反射し擬似的なレーザーを放っているのだろう。


「ガーネットの話を聞いていたな……」


 ガーネットの言っていた、マーリンの扱う神話魔術『厄災の煉獄剣れーう゛ぁていん』その再現だろう。太陽光励起レーザーと言ったか? その一撃は大陸すら焼き払うという。我が妹は「面白そう」と思った技はこうして自分のものにしてしまうのだ。


「──」


 そんな光線が、俺に向けて何百と絶え間なく放たれてくるというのだから堪らない。それも正面からだけでなく、中空に浮かべた刀をも中継し、屈折してあらゆる角度から襲ってくる。ティアの光線銃など可愛らしいものだ。


「埒が明かんな……」


 そんな光線を刀で弾き、斬り裂き、時には手の甲で無理矢理ねじ曲げながらごちる。こちらも遠距離で仕掛けてみるか。


「幻燈顕現──」


 刀花の真上にお馴染み“神の杖ろっず・ふろむ・ごっど”を顕現させる。

 銃の弾倉を模したそれは、破壊の光を撒き散らしながらゆっくりとその体躯を回転させ……轟ッ!

 鼓膜を揺らす轟音と共に、連続で六発の鉄棒を射出する。一発で大陸を粉々にする“神の杖”に、さて刀花は……むっ──!


「そりゃあー!」


 素手で中ほどから棒を掴み取り、クルクルと回してこちらへ投げ返してくるではないか!


「ちっ」


 朱雀は防御したもののボロボロとなり、バチカンの剣姫すら防御がやっとの超兵器にあまりに無法だ。

 熱線と同時に飛んでくる鉄の棒に、俺は足まで使って対応する。一撃一撃が必殺の威力を有しており、これはなかなか骨が折れる……!


(多少の被弾は覚悟する他ないか)


 体躯の硬さには自信がある。そして弾幕攻撃には、一撃で広範囲を薙ぎ払う殲滅攻撃が有効だ。ここは……うむ、アレを借りるか。

 技の溜めを作るため、隙を窺う。光線に光線を弾き返し、中継する刀を耐久値以上に熱して破壊し……ここだ!


「むん……」


 腰を捻り、刃先を後方へ。

 そうして大きく振りかぶる刃に、夜より昏き霊力を込める! 莫大な黒き霊力が刀身を覆い、まるで悪魔の翼のように広がってゆく!!

 熱線が身体を掠めていく中、真っ直ぐに刀花を視界に収め……更に前へと踏み込みながら、一息に振り抜く──!


「技を借りるぞマスター!“下弦の黒・真宵哭月ナクミカヅキ”──!!」

「えっ」


 黒く染まった三日月が放たれ、その巨体で全てを斬り裂いていく。マスターの「なんで知ってるの」といったような困惑声が聞こえたが気にするな!

 愛するご主人様の技を借り、その斬撃は熱線も中空に浮かぶ刀も塵へと変えていく。


「むむっ!?」


 そうして斬撃は瞬く間に刀花へと迫り、暗黒の三日月がその身に吸い込まれ──、


「“下弦の黒・真宵哭月”ぃ──!!」

「ちょっと!」


 なにっ。

 およそ防御の形を取ると思っていたため、その隙を狙う足が思わず止まる。

 刀花の握る刀身から放たれた黒の三日月が、暴風を撒き散らしながら正面からその身を食い合う……!


「っ」


 どちらが勝るともなく。

 美しい三日月は、儚く夜空へと消えていった……。


「……ふぅ」


 刀花の目前で足を止めてしまっていた俺を前に、刀を振り抜いた形で、刀花もまた冷や汗を流していた。


「危ないところでした。まさかリゼットさんの“下弦の黒・真宵哭月”がここで来るとは……。私も咄嗟に“下弦の黒・真宵哭月”を放たなければ、兄さんの“下弦の黒・真宵哭月”を受けきることはできなかったでしょう……すごい技です“下弦の黒・真宵哭月”」

「やめてよ」

「俺もまさか、愛するマスター自慢の必殺技“下弦の黒・真宵哭月”を止められるとは思っていなかった。愛するマスター自慢の必殺技“下弦の黒・真宵哭月”を借りたというのに決めきれぬとは……くっ、すまないマスター! せっかくの“下弦の黒・真宵哭月”を借りたというのに!“下弦の黒・真宵哭月”を!」

「やめてってば」

「リ、リゼットちゃん? その“下弦の黒・真宵哭月”というのは……?」

「やめてったらぁ!」


 マスターの最高に格好良い“下弦の黒・真宵哭月”だったというのに! きっと寝る前に一生懸命考えてくれたのであろう“下弦の黒・真宵哭月”が……!!


「とはいえ、成果がなかったわけではないか」


 悔いもほどほどに、俺は油断せぬまま“それ”に着目する。

 刀花の頭から生えた、闇色の二本角を。

 ──酒上刀花の、人鬼一体だ。溜め無しであれを放つには、本気の姿になるしかなかったのだろう。


「準備運動は済んだ、といったところか。俺もまだ一度も死んでおらんぞ?」

「……ふふ♪ いいですねぇ……ワクワクします」


 ドクン、と。

 その両角から黒い波動を撒き散らし、刀花は穏やかに笑う。

 既に我等の立つ地平は滅茶苦茶に抉られ、斬撃により山脈のような裂け目さえできている。何の対策もせぬままこの妹と戦っていれば、果たして人類は幾度滅びの憂き目に遭っていたことだろうか。

 そんな地獄のような景色の中で……妹の笑みは、それに反して大変に幸せそうである。


「まだまだ、ですよね。兄さん♡」

「ああ。どんどん来い、刀花。その程度で、この無双の戦鬼は殺せぬぞ」

「……むふー♡」


 所詮、遠距離道具など我等兄妹に対し有効打足り得ない。射出し、着弾するまでの僅かな間隙さえあれば、いくらでも対応など可能なのであった。

 ゆえに──直接来い。

 そんな言外の意味合いを含めたこちらの誘い文句に、彼女は陶然として微笑み……。


「──っ!?」


 正面に捉えていたはずの妹の姿を、異常なことに遮蔽物の無い地平で完全に見失い、


「死んでも壊れない兄さんって──素敵、です♡」


 ──背後から、その掌底で心臓をブチ抜かれるのだった。

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