第614話「く~ださ~いなっ♡」
「賢者の石、ねぇ……」
「ああ」
時の魔法使いマーリンから石を譲り受けた後。
店先に席を出す古式ゆかしい茶屋を見つけた俺達は、団子と茶で小腹を満たしがてら先の一幕について話し合っていた。
こちらの左隣に腰かけるリゼットが、俺が摘まむ赤い石を覗き込む。その表情は胡散臭そうにも見えるが、しかし無意識に石の内包する濃密な魔力が感じられるのか、どこか不気味がっているようにも見えた。
「本物であるとしても、ていよく厄介払いされただけなんじゃ……」
「その側面もあるのだろう。効能のほどもふわっとした説明だった」
魔法使い曰く、『体内に取り込んだ人を良い感じに不老不死にする石』とのことだったが……。
その辺りはどうなのだ、と。我等の中で唯一の専門家であるガーネットに視線で聞く。こちらの右隣に陣取り、呑気にピンクの団子をムシャムシャしておるわ。
「団子うめぇ~……ん? あぁ、効能ね。そこは信用して大丈夫だと思うよ。やっこさん、のらりくらりと誤魔化したり秘密を持ってたりはするけど、嘘は言わないからさ。ま、うちのダーリン相手に嘘つくなんて後も怖いしね?」
「それもそうか」
名実共に魔法使いの頂点にいる者だ。その者が言うのであれば、この石は本当に"良い感じ"に不老不死をもたらすのだろう。まずい副作用などは無いと見ていいのかもしれん。詳細は再度詰めねばなるまいが……あの者は普段、どこで何をしているのだろうか。
「あの者に会いたい時には、どのような手順を踏めばいいのだ?」
「あなたがノックするなんて珍し」
「マスター。俺はマスターの忠実なる眷属。その眷属が粗野なままであれば、ご主人様の格を落とすことになりかねん。必要とあらば、そうするとも」
「相手が経産婦で未亡人だから?」
少し何を言っているのか分からないな。
「少し何を言っているのか分からないな、マスター」
「あなたがそう返す時ってだいたい図星の時なのよ」
さすがは俺のマスター、眷属に対する理解が深い。いや俺はしたくはないのだがな? しかし火遊びという謎の遊びを持ちかけられてはな? この世の贅を貪る鬼として後学のためにもなぁ?
湿った目付きをするリゼットに左頬を引っ張られつつ、ガーネットの返答を耳に入れる。
「正規なら、あたしと一緒に面会希望の書類書いてぇ……ん~、半年待ち? 組合ってこじんまりしてるけど世界中にあっから、いっつもそこらへん飛び回ってんだよねあの人。ご当地ラーメン食ってるだけの時もあるけど」
「なるほど。つまり好きな時に会いに行っていいのだな」
「そゆこと」
「???」
向かいに座って会話を聞いていた姉上が、団子の串片手に動きを止め深淵を見つめている……俺とガーネットの出した結論に何かご不満が? その隣で我等の妹は構わず……いや、なにやら物憂げにしながらも団子をパクついておるぞ?
俺も茶で喉を潤しつつ、けったいな石をコロコロと掌で転がす。そうしていれば、こちらも向かいに座り、両手で可愛らしく湯呑みを包む綾女が「えっと……?」と不思議そうに問いを投げた。
「つまり、本当に不老不死になれるってこと? その、良い感じに……? 良い感じっていうのはよく分かんないケド……」
「現状のマーリンのようなものだろう。老いず、死なず。しかし腹は減り、食べ過ぎれば腹痛も起こすと。食の楽しみを変わらず堪能できるというのは、まさしく"良い感じ"と言っても構わんだろうな」
「あー、それにあの人、なんかたまに風邪とか引いてるなぁ。そのたびに不老不死(笑)って笑ったもんだけど、あれも看病イベントを楽しむための"良い感じ"だったのかもしれねぇ……軽い病気にはなるけど、死ぬやつにはかからない的な?」
「本当にふわっとしてるわね……」
解釈の広さにリゼットが冷や汗を流す。俺としては好都合だが、それを得る少女達にとって不安ではあろう。
「刃君はいらないの?」
「俺は顕現時点で、単独でも半永久的に稼働するよう造られている。日々契約者から流れ込む霊力さえあれば、実質不滅の殺戮兵器だ」
俺の分の不老不死は必要ない。
ゆえ、この賢者の石を含めて不老不死の秘宝があと四つは欲しいところだ。ここは姉上の知見を頼ることにしよう。
「姉上。不老不死の秘宝について、他に心当たりは」
「ふむ……」
聞けば、姉上は楚々として団子を湯茶で流し込み、指を一つ立てた。
「色々ありますよ。不老不死も、それこそ死者の蘇生に関しても。ギリシャ神話の中には、かの医神が死者蘇生の薬を完成させ、生命のサイクルを危ぶんだ最高神の雷霆に打たれて死ぬ話などがありますね。先の異邦人である魔法使いが、この世界に執着する理由もこれかと」
「ほう」
マーリンはこの世界の神話に興味を示していたが、そのような逸話が残されているからなのだな。
こちらの納得顔に、姉上はクスリと笑って言葉を続ける。
「して、不老不死に関する逸話ですが……そうですね。かの斉天大聖・孫悟空などは、複数の逸話を所持していますよ」
「複数? 贅沢な猿だな」
「あ~、知ってる知ってる。『閻魔帳に書かれている自分の名前を塗り潰した』とか『長寿になる仙桃をドカ食いした』とかね。どんだけ不老不死大好きなのよって感じ。しかもこの桃食ったのって、閻魔帳の名前消して不老不死になった後だからね。そりゃ釈迦もキレて数百年封印した後、ハゲたおっさんと経典取りに行かせるわ」
「へぇ~……じゃあ、今もどこかで生きてたりするんですか?」
綾女が感心と共に聞けば、しかし姉上とガーネットは首を傾げる。
「どうだろ……つよつよランキングにも名前載ってないし、そもそも西遊記のキャラだし実際にはいないんじゃね? モデルはいたのかもだけど」
「不死を殺す手段とて、多様にありますからね。我が愚弟などもその類いですし。既に何者かに滅ぼされたか、封印されているか、はたまた異なる位相で惰眠でも貪っているか……」
「ふむ……」
あくまで参考程度、といったところか。
とはいえ、閻魔帳に関しては当てがある。今度地獄に再度潜り、新任閻魔である“閻魔まい”の目でも盗んで閻魔帳に手でも加えてみるか。
「ところで」
「うん?」
その他の手段について講じるのもよいが……。
瞳をパチリとさせるリゼットを隣に、俺はその赤い石を掲げた。
「実際……これが欲しいという者は、いるか?」
『……』
一様に黙る。
いや、中には神妙な顔つきで己の身体に手を這わせたり、手鏡で自分を見つめ直したりする者までいる。この反応は……?
若さとは、それだけで有限の宝だ。てっきり引っ張りだこになるかと思ったのだが……隣で身体(特に胸)に手を這わせるご主人様に視線を注ぐ。
こちらの視線に気付いたのか、リゼットは「う~ん……」と何とも言えなさそうな表情で唸った。
「……実際」
「? ああ」
「『今からあなたを不老不死にしますよ』って言われても……実際、困らない?」
「……そうか?」
他の少女達を見る。予想に反し、何度も頷いていた。
「なぜ」
「……まだ成長するかもしれないし」
胸に手を置き、赤い顔でボソッと言う我がマスター。
なるほど……確かに、不老不死といえば即ち不変。成長の余地が残されているのならば、二の足を踏むのも頷ける。俺は今の均整が取れたマスターの美しい体躯も好きだが。若ければよいというわけでもないのだな……。
リゼットの言葉を聞き、ガーネットや綾女も「うんうん」と頷いている。
「あたしも、成長止めるんならもうちょいウエスト絞ってからの方がいいかにゃあ~。いや他にも肌質とか髪質とか、気にしだしたらキリないけども」
「わ、私も、まだ背が伸びるかもしれないし……! それに胸も……刃君は、大っきい方が好きだよね? ならもうちょっと……えへへ……♡」
その気持ちは嬉しいが、内に秘めておいてくれ綾女。特にリゼットからすごい視線で睨まれているぞ。主に俺が。
隣から目で刺されていれば、姉上もまた「ふむ」と考え込むように顎に手を当てている。
「一般的に、身体の成長が止まるのは十八歳前後と言われております。しかし、己の全盛期など過ぎてから自覚するもの。早めに越したことはありませんが……クス、ベストコンディションを考えるとなると難しいものですね」
「姉上はどうだ? 飲むとすれば、希望などは」
「……さて、どうでしょうか?」
「む?」
聞き返され疑問に思えば、姉上はポッと頬を染め口許をいじらしく袖で隠した。
「……先日には、好いた殿方と身体を重ねるという経験を得ました。そして女性というのは、そうしたトキメキを得ると女性ホルモン……特にエストロゲンが分泌されます。これは主に乳房などの女性らしい体つきの発達を助け、髪や肌の潤いを促進すると言われていますね。それで……」
「う、うむ」
言葉を区切った姉上がこちらに潤んだ流し目を送り、片腕でさり気なくタプンと胸を寄せた。和服の中にあってなお存在感を示す、その豊かに過ぎる乳房を。昨夜には俺もたっぷりと味わわせてもらった、姉上の姉上を──!
「……いかがですか? エストロゲン分泌量のピークは二十から三十代と言われています。現時点の大きさでも肩が重く、他人からの視線を煩わしく思うこともあるのですが……」
「ごくり……」
ゆさっ……たゆん……♪
「……よいのですか? お姉ちゃんの成長がこれで止まっても? これからも……クス。お姉ちゃんを抱いてくれるのでしょう? 昨夜の様子を見る限り、我が弟はお姉ちゃんのお胸も大変に好きな様子。もしお前が望むのならば……今よりもっと、お姉ちゃんのおっぱい……お前の手でおっきくしてくれても、私は構いませんよ……?」
ぬっっっっ……!!
「──やはり、生命の循環をみだりに乱すのはけしからんな」
「いきなり賢者になったわよこの子」
「ふわ~……! 鞘花ちゃん、エッチだ……」
「……クス、いやらしい弟なのですから♡」
「えっっっっど。江戸(えど)は、東京の旧称であり、1603年から1867年までに江戸幕府が置かれていた都市である。現在の東京都区部に位置し、その前身及び原型に当たる」
リゼットは冷たい目を俺に向け、綾女は赤くなり、ガーネットは唐突に江戸の解説を始めた。
「いやしかし、よく分かった」
「あなたのおバカさ加減が?」
違う。
「不老不死になるにも準備がいることが、だ。俺のような男には無い視点であった。それについてもこれからは念頭にいれ、機会を図ることとしよう」
「……」
「……胸の大きさのみの話でなく、体調などの面においてもだぞ?」
ご主人様が疑わしげな目で見つめてくるので弁明しておいた。眷属は理解しているぞ?
「……」
……ところで、だ。
「刀花、刀花。話を聞いていたか?」
「……」
先程から黙り続けている妹に話を振る。
どうも賢者の石を見てから、刀花の様子が変だ。心ここにあらずというか、何かを考え続けているように見える。
「刀花ちゃん?」
隣にいる姉上も、優しくその肩を揺らす。
……すると。
「……兄さん」
「む? どうした」
顔を伏せその表情は見えないが……妹が微かに俺を呼ぶ。
しばらくの沈黙の後、顔を上げた刀花は……ニッコリ満面の笑みをこちらへと向け、その両手を差し出すのだった。
「その賢者の石、妹にく~ださ~いなっ♡」
「……お、おぉ」
俺だけでなく、周囲の少女達も意外そうな目で刀花を見る。
この妹が、一番に不老不死を欲しがるとは。いつも健康体そのものゆえ、こうして不老不死を欲する姿が少々意外に映ったのだ。味でも気になったのだろうか? それであれば仙桃の方でもよさそうだが……。
「……刀花が望むのならば」
「わーい♪」
「大丈夫なの……?」
疑問に思いつつも、刀花に石を渡す。
リゼットが不審げにこちらを窺うが、少女の一人が不老不死を受け入れたのだ。俺としては喜ばしいことではある。
「むふー♪」
ご機嫌な様子で、石に魅入る妹。
……その琥珀色の瞳に、少々危うい光が宿っているのは気のせいだろうか。こうした貴石特有の魔性にでも当てられたか? いや、俺の妹がその程度で正気を失うとも思えんが……?
「これがあれば……」
「と、刀花ちゃん……?」
陶然とした様子の刀花を、姉上が心配げに呼ぶ。
だが……次の呟きを聞いた姉上は、サーと顔を青ざめさせた。
「これさえ姉さんに飲ませれば──お姉ちゃんの美しさが永遠のものに。そしてもう二度と死んじゃったりせず、絶対に私の傍からいなくなったりしないんですね……♡ お・ね・え・ちゃ・ん♡♡♡」
「ひぇ」
逃げろ姉上ぇ──!!
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