第612話「それがこれでぇ~す♡」



「へいへ~い!! ねぇ今どんな気持ち? ねぇねぇ今どんな気持ち!? 普段から下に見てる魔法使いの使い魔に、一泡吹かせられちゃった気分はよぉ!? 見た? 見た!? これがあたしとダーリンの絆の力ってワケ! 二度と舐めた口利くんじゃねぇぞオォン!?」

「水を得た魚かってぐらいに煽るわねこのセンパイ……」

「つーか、いつまで脱いでんの。はよ“変身”でもなんでもして服着れば? さもないと揉むぞ、その推定Eカップ未亡人パイパイをよ」

「う~ん、どうも先の改造ブレイカーには、当たった相手の魔力を封じる術式まで組み込まれているみたいでね。解けるまであと三十秒ほどかな? だから今のお姉さんは、魔法も魔術も使えないただの儚い未亡人エルフというわけさ。いやはや、無双の戦鬼というのは恐ろしい存在だね……」


 ひとつまみの情けとして、ガーネットの放った黒いマントで身を隠すマーリンが、苦笑を浮かべこちらをそう評する。

 その端正な顔つきに流れる冷や汗に満足し、俺はいまだ発熱する魔法の杖を袖に仕舞い「ふん」と鼻を鳴らした。それでいい。


「一部界隈の長が、この俺を前にしてあまりに無防備だったのでな」

「……あぁ、なるほど。これは失礼を。無双の戦鬼は守護者にして、同時に抑止力。お姉さんのような組織のトップが無警戒に接しちゃ、それは君の職務の沽券にも係わるというもの……か。これはお姉さんの落ち度だね」

「理解しているのなら、それでいい」


 この無双の戦鬼は、少女達の守護者として常に恐怖の象徴であり続けねばならない。界隈の長に軟派な態度を取られれば、その界隈全体がこちらを軽視しかねん。軽んじられる抑止力など、糞の役にも立たん。

 この白い魔法使いの態度が少々気に食わんというのもあったが、この“分からせ”は守護者としても急務であった。

 その意図が明確に伝わっているようでなによりである。さすがに知識を重視する魔法使い、魔術師界隈の長。その一線を弁えているのであれば、今後の和平も吝かではない。


「……ちなみに。エルフの風習の一つとして、異性に肌を見られたらその者に嫁がないといけないって決まりがあるのだけど……ふふ、どうかな? こんなにドキドキしちゃったの、お姉さん本当に久しぶりで……♡」


 その上目遣いの提案も吝かではな──ぐえ。

 だいぶ本気の力でこちらに“あーむろっく”をキメるガーネットが、目を三角にしペッと唾を吐く。


「目の色変えてんじゃねぇよバカチン。冗談はいいから、さっさと不老不死について教えろや。あとあたしの魔装具の補填も!」

「冗談ってわけでも……あぁ、はいはいそんなに睨まなくても。ちょっと待ってね。『ラーメン・つけ麺・担々麺、変身』っと」


 俺の詠唱開始キーワードを笑えた側か?

 白くゆったりとした衣装を着直し、マーリンは「さて」とつば広の魔女帽子の位置を整えながら言う。


「じゃあまずは魔装具からね。といっても、もう三個出したんだろう? だったら、その三個の中から選ばないとフェアじゃあないな。『魔法使い・魔術師は、知識の先にある運命を直視すること』だ♪」

「えぇ~……全部気に入らなかったんだけど」

「それをどう使いこなすかも、一流魔法使いの腕の見せ所さ。扱いの難しい魔装具なんて、実に君好みじゃあないか?」

「む……そう言われると。んじゃあ、ドッペルで。常時顕現型じゃなくて、あたしが呼び出した時だけ人型になれるようにして。あと喋る機能もオフにしといて!」

「早速甘えるんだから……分かった分かった。じゃあ一ヶ月だけね。その間に、自分で制御する術をきちんと身に付けること」

「あいあーい」


 どうやらガーネットは、己の魔装具としてドッペルゲンガーを選んだようだ。魔力や体力消費がほぼなく、単純に労働力が二倍となるなら、彼女の生活を守護するこちらとしても安心である。

 恐らくドッペルゲンガーが封じられているのであろう水晶玉を受け取るガーネットを横に、マーリンはいよいよといった様子で丸眼鏡をクイッと上げる。


「して、無双の戦鬼君。不老不死になる方法だったね?」

「ああ」

「やれやれ。かの無双の戦鬼にそれを教えたとあっちゃ、各界隈からお姉さんが詰められてしまうんだけどねぇ……」

「ゆえに先の一幕を演じたのであろう? 力で奪われたと、そう言い分が立つように」

「ははは♪ いい落としどころだろう? まさか君と本気で殺り合うわけにもいかないからね」


 抜け目のないことだ。組織の長というのは、こうした危機に対する処理が達者である。

 マーリンと相対し二人でクツクツと黒い笑いを浮かべ合っていれば、俺達の横で少女達がコソコソとやり取りしている。


「……ねぇセンパイ。この魔法使い、実際強いの?」

「んあ? あー、うん。あたしらのダーリンが規格外にバケモンってだけで、このババァも充分バケモンだよ。つよつよランキング七位だし」

「出たわね、その謎のランキング」

「ちなみに一位から十位はアホみたいにツエー奴等……通称“アホンジャーズ”として各界隈から恐れられてるよ」

「バカにされてない?」

「世界の危機には招集されて、一丸となって立ち向かう……こともあるのかもしれないし、ないのかもしれない……」

「どっち!」


 俺は聞いたことがない……招集に応える義理もない。まぁ“バチカンの剣姫ティア”や“金色の魔帝剣使いジャンヌ”にでも誘われれば顔を出してみるか……。


「先輩先輩! マーリンさんはどんな感じでお強いんですか!?」

「エグいよ。まず十秒時止めるじゃん? んで、あのメガネっ娘スキーヤー垂涎の丸眼鏡ね。あれ、やっこさんの魔具でさ。相手が止まってる間にあれ掲げて、超圧縮した重力レンズを生成すんの」

「……どうなるんですか?」


 綾女の素朴な疑問に、ガーネットはケロッとして答えた。


「そりゃあもう。太陽光をべらぼうに収束させて、薙ぎ払え! ってな感じで。このババァの半端ない魔力量と制御能力があって初めて放てる“太陽光励起レーザー”……“魔術の答え”の一つである神話の再現。神話魔術『厄災の煉獄剣レーヴァテイン』の完成よ。一発でもぶっ放せば、日本くらいのちっちゃな大陸なんて一瞬でメルトダウンしちゃうゾ☆ あまつさえそれを自分好みに改良して、二つのレンズで“ガトリングみたいに連射する”ってんだから始末に負えねぇよこの未亡人。はしゃぎすぎ」

「それで七番目ですって……?」


 リゼットの頬がヒクつく。刀花は琥珀色の瞳を一層キラキラさせ「受けてみたいですねぇ~♪」などと言い放っているが……お兄ちゃんは感心しないな……。


「ま、そゆこと。この確殺コンボを耐えられるか、放たれる前に殺せる奴等が世界で六人。うち二人がここにいんだから、心配しなくてもでぇじょうぶだ。あんま年増煽りしたら分からんけど」

「それを一番してるのあなたじゃないの!」

「はは、人聞きが悪いなぁ。そうもできるってだけで、お姉さんはそもそも穏健派だよ。『厄災の煉獄剣レーヴァテイン』だって、デモで放ってみせただけだしね。その後ちゃんと戻したし」

「こえーこえー。他にもどんなトンデモ神話魔術持ってるか分かったもんじゃねぇ。今じゃ失われた秘術も覚えてるし、異世界にしかない魔術も会得してるしで、ぶっちゃけ異世界無双エルフだよコイツ。偉そうな態度は伊達じゃないってわけ」

「だから実際偉いんだってば」


 なるほど……。

 ゆえに、不老不死についても覚えがあるというわけか。それが今や失われた秘術か、異なる世界にのみ伝わる術かは知らんがな。

 穏健派を主張したいのか、おっとりした様子で手のひらをヒラヒラするマーリン。そんな女性に向け、俺は片眉を上げて聞く。


「期待していいのか?」

「まぁ『ある』って言ってしまったからね。お姉さんの魔法だって、厳密に言えばその類いだしね」

「む?」


 この者の魔法は“時を十秒止めること”と“時を五秒巻き戻すこと”のハズだが……。

 その意味深な発言に眉を寄せていれば、姉上が「ははぁ……」と相手をどこか慮るような、何ともいえない表情を浮かべてそれを看破する。


「あくまで、その二つは副産物ということですか」

「んん~、優秀な生徒は好きだよ☆」


 丸眼鏡の奥で、エメラルドの瞳が柔らかく細められる。その奥に、幾許かの寂寥を滲ませて。


「久しぶりのトキメキのお礼に、お姉さんの秘密を教えてあげよう。お姉さんの魔法はね……“自身の肉体の時が止まる魔法”なのさ」

「ん……」


 その含みを持たせた言い方に、ガーネットの魔法の顛末を知る俺は吐息を漏らした。それに気付いたマーリンが、軽い調子で笑う。


「ご名答。お姉さんはいまだ、自分の魔法を上手く制御できていなくてね。止められるんじゃあない。“止まってしまう”のさ。いや、押さえ込めてはいるんだけど。その蛇口の解放具合やちょっとした工夫でねじ曲げて、さっきの二つを使い分けているってだけなのさ」

「……それはそれは」


 なるほど。

 此奴もかのフライング・ダッチマンの船長と同じく、呪われた不老不死の類いか。

 どこか寂しげな空気を醸し出す、何百年と生きているであろう魔法使い。己の中で整理はとっくについているのか、やれやれと肩など竦めている。

 その魔法の源流……己の抱いた渇望を、口にして。


「やはり、寿命の異なる一族と結ばれるとね……どうしても祈ってしまうものなんだよ。『ずっと一緒にいたい』『この時が永遠に続けばいい』ってね。夫に先立たれたことで、まさかこんな形で魔法が顕現するとは。さすがのお姉さんも思ってなかったなぁ……皮肉なものだ。愛する者と、共に生を歩みたいと願っただけなのに。お姉さんだけを置いて、全てがすり抜けていく……」

「ボス……」


 この真実を知らなかったのか、ガーネットすら瞠目し名を呟くのみ。刀花や綾女などは、涙ぐんでさえいる。

 全ての事象を置き去りにする、彼女の運命。

 この無情を知るからこそ、時の魔法使いは魔術の礎に運命という要素を多分に交えているのかもしれん。

 こうして若手にちょっかいをかけるのも、己と似たような者がいれば事前に救うためか。それとも己の呪いを解除する魔法の芽を探しているからなのか……。


「……ジン」

「ああ」


 心優しいご主人様の沈鬱そうな言葉に、頷く。

 マスターの心遣いを汲み、この場でこれ以上の言及はしないでおこう。鬼の目にも涙である。

 ともあれ、不老不死に関する魔法の真実は知れた。自身にのみ作用する魔法など、俺としては空振りだが……その陽炎のように揺らめく儚い在り方は、俺好みの宝に映る。

 なるほどな……世界に独りぼっちの、経産婦未亡人異世界転移魔法使い不老不死ラーメン大好き傷心エルフか……ふむ……“イイ”な……。


「とまぁ、そんなわけで──」


 少しだけ見方の変わった俺達に、マーリンは儚い笑みをおっとりとした微笑みで上書きする。

 そうして纏めるように言葉を区切った魔法使いは、改まった様子でゴソゴソと袖を探り……む?


「じゃあ~ん☆ そんなお姉さんの魔法の漏れ出た部分を丹念にコネコネして結晶化し、良い感じにカッティングした“体内に取り込んだ人を良い感じに不老不死にする宝石”が、ここにありまぁ~す♡ “賢者の石”って呼んでね☆」

『な──』


 なにィいぃぃいぃぃ~~~!!??

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