第611話「経産婦未亡人異世界転移魔法使いエルフ」



「ほう……」


 その剽軽な挨拶に、視線を細める。

 唐突に現れた、魔法魔術組合の長。我が王達の守護者として、警戒に値する魔力を有している者。

 守り刀としては即斬り捨てたいところであるが、仮にもガーネットが「ボス」と呼ぶ相手である。荒事は次善策程度とし、まずは相手の出方を見極めるとしよう。


「……」


 つまりこの者は、何をしにここへ来たか。

 そしてそれは、己の中で煌めいているであろう矜持とどのように繋がっているのか。あるいはそうさせる興味の在処か。

 ……斬り捨てるのは、それを知ってからでも遅くはあるまい? 幸いにも、用件は俺にあるようだからな。加えて言えば、こちらにも個人的に少々気になる点がある。

 白く、花が咲き誇るかのような出で立ち。外見としては二十代後半の女性といったところ。

 時の魔法使いマーリン。この者はもしや……。


「うん?」


 こちらの探るような視線に、マーリンは気を悪くするでもなくキョトンとし、「ああ」と合点がいったかのように自分の耳へと手を這わせた。吸血鬼よりも長い、特徴的に過ぎるその耳へ。


「お察しの通り、お姉さんは人間じゃあない。こっちで言うエルフだよ。君達にとっては大昔に、こことはまた別の世界から来たんだ。いやはや、こっちに来た頃は魔術ももう多少は盛んだったんだけどねぇ……だからこうして、貴重な新しい芽には挨拶に来るようしているのさ。お姉さんを楽しませてくれるような貴重な渇望まほうがあれば、チェックしておけるようにね」

「仕事熱心なのだな」


 自己紹介と、ここへ来た目的を述べてくれて手間が省ける。


「だが、俺が聞きたかったのはそれではない」

「ん? というと? だいたいこの話をすると『異世界エルフすげー!』ってはしゃいでくれる、鉄板ネタだったんだけど」


 異世界の存在などとうに把握している。俺が気紛れに行けるのだから、異なる世界から気紛れにこちらへ流れ込む存在とて当然いるだろう。

 顔の半分を覆うほど大きな丸眼鏡の奥で、エメラルドの瞳がパチクリとする。俺が知りたいのはそのような些事ではない。


「匂うのだ……」

「エルフはお風呂に入ってないっていうのは偏見だよ?」

「違う」


 この熟したかのような芳醇な香り……。

 改めて、俺はマーリンという女を上から下まで見る。俺が気にするのは、その佇まいだ。纏う雰囲気だ。

 長命種特有の、瞳の中に隠した悟り。己は安全圏にいるという確信と、どこか余裕のある態度。おっとりとした仕草。

 我が王達も疑問を浮かべる中、俺はある種の確信をもって一歩を踏み出す。


「魔法使いマーリン、貴様……」

「う、うん?」


 貴様、もしや──、


「──人妻では?」

「この眷属……」


 マスターが軽蔑し切った目を俺に向けてくるが、大事なことだろう! 宝の所有権、その在処を明確にすることは!

 香るのだ! 人妻特有の色気が! 知的好奇心に煌めく奥に、隠しきれぬ艶が! 紅を塗り、弧を描く唇に浮かぶ妖艶が!

 もし、この者が人妻であればこの無双の戦鬼、今後の態度を改めねば──、


「うーん、何か期待してるとこごめんね? お姉さんは人妻ではないかなぁ」

「ぺっ」

「まさか『人妻ではない』ことで唾を吐かれる日が来るなんて、長いエルフ生の中でも初めての経験だよ」


 俺の鼻も鈍ったな。

 だが確かに、人妻にしては瞳に影が差すとは思っていた。長命種ゆえのものかと踏んでいたが……。


「ふん」


 つまらん女だ。やはりここで斬り捨て──、


「夫には二百年ほど前に先立たれてしまっていてね」


 未亡人──!


「それに私の産んだ子にはあまり、お姉さんの遺伝子が強く残らないようでね。共に歩めようはずもなく。雲孫うんそん以降ともなると、変に敬われちゃってなかなか会いに来てくれなくてねぇ……」


 経産婦──!?


「そんな感じで、君のように新たな魔術の寵児が生まれると、こうして寂しさを紛らわせるためにもちょっかいをかけに来ているってわけさ。実際、今広まっている魔術の基礎を作ったのはこのお姉さんだからね。だから現代の魔術師、魔法使いは皆、お姉さんの可愛い子どもや弟妹みたいなものなのさ。ふふ、寂しがりなお姉さんで……ごめんね?」

「ほぉ~……」

「なにが『ほぉ~……』なのですか我が愚かなる弟? それを言うなら阿呆でしょう。お前のことですが」


 姉上の冷たい指摘にもめげず、俺はやるせないように肩を竦める白い魔法使いへ感嘆の吐息をついた。

 なるほど、なるほど。経産婦未亡人異世界転移魔法使いエルフか……これは珍宝だな……。


「──礼を失した。我こそは無双の戦鬼。我が所有者、酒上刀花に贈られし名は酒上刃である。今後とも、よしなに頼む」

「さっき思いっきり唾吐いてたヤツとは思えね~。だから会わせたくなかったんだよなぁ……」


 時と共に磨かれ、研ぎ澄まされた宝には礼を払わねばならん。そうであろう?

 当然の礼儀を示す俺に、なぜかガーネットが嘆く。この者の経歴を知っていたのか? なんともいけずではないか、このような珍品を隠していたなど。俺にも分けろ。


「先の様子から察するに、この者が苦手なのか?」

「ん~、いや昔から世話になってはいるんだけど、なんつーか……天敵?」

「天敵……?」


 穏やかではない単語に聞き返せば、ガーネットは「そ」と小さく言って肩を竦める。


「もちろん、あたしだけのってわけじゃないけどね。まぁ見とけ?『シュガー・メイプル・シナモンロール、油分のついた指紋をポテト・眼鏡につけまくる魔術スマッシュ!』」

「あなたって本当に嫌がらせのやり方が多彩よね」

「照れるぜ☆」


 リゼットの湿った瞳もなんのその。

 ペロリと舌を出しながら、ガーネットはマーリンに向け魔術を射出する。

 魔法少女じみた彼女の愛用ステッキから放たれた茶色い閃光は過たず、薄く笑うマーリンへと吸い込まれ──、


「む……」


 ……見えない壁にぶち当たったかのような音と共に、霧散してしまった。もちろん、マーリンの丸眼鏡にはヒビどころか指紋の一つも付いておらん。

 その結果に目を細めていれば、ガーネットは「な?」と呆れていた。


「言ったべ? 魔術の基礎はこいつが広めたって。効かねぇのよ、魔術が。魔術師殺しの魔法使いだよ、うちのボスは。まー、だから変わり者ばっか集まってるこの界隈を取り仕切れてるってのはあるけどね」

「ははは♪ 人聞きの悪い。この界隈に長いこと身を置くんだ。その基礎に、お姉さんを特別にする術式を組み込まないわけがないじゃあないか? ただのリスク管理だよ」

「常に張ってる防壁に細工してあんのか、こっちが放出する魔術に細工してあんのか。あるいは両方か……あたしも日々、呪文に改良とか加えてんだけどな~。たまにイイトコまでいくんだけど。ま、そういうわけで、イタズラも満足にさせてくれねぇから、あんま相手してて楽しいヤツじゃないんだよねぇ」

「酷い言い種だなぁ。小さい頃には、魔法の手解きもしてあげたのに」

「へいへい、感謝してますよっと。ただガーネットちゃんは照れ屋さんなので、謝意は拳で語りたい派なんだわ」

「普通に『ありがとう、マーリンお姉たま♪』って言ってくれればいいのに」

「そういうとこもね。それにあたしさぁ、なによりあたしより偉そうにしてるヤツ嫌いなんだよね……」

「実際偉いんだけど」


 なるほど、理解した。ガーネットが「天敵だ」と言うのも頷ける。

 実力も地位も上の者が相手であれば、ガーネットもそれは「ボス」と呼ぶだろう。目上は敬う芸能界気質もあるのかもしれんがな。

 魔法使いの最上位、その一端に触れていれば、当のマーリンが「さて?」と空気を切り替えた。


「最初の話に戻るけど、いいかな?」

「最初……」


 はて、なんだったか。

 惚けていれば、マーリンはニコリとその瞳を柔らかく細める。

 

「うん。是非、君の望みを教えてほしいんだ♪ 魔法使い、魔術師になる者は得てして、その奥底に常人では叶わない大望を持っているものさ。私はそれが知りたい。その色が鮮烈であればあるほど『ああ、広めた甲斐があったな♪』と思う。それの手助けをしてあげられれば、とっても満たされる心地にもなる。生き甲斐、と言ってもいいね」


 ガーネットならば、『ファンの皆を思いっきり笑顔にしたい』といったところか。

 魔術は積み上げた知識だが、個人による魔法となるとやはりその者の資質が魔法の内容を左右するのだな。

 そしてそれを、このマーリンは知りたいという。手助けもしたいという。

 俺が王達の矜持、その輝きに見惚れるように。この女もまた、その輝きに見入られているのだろう。この者が元にいた世界では、こういった輝きを放つ者は少数だったのかもしれんな。長命種は寿命が長いゆえ、その生はのんびりしたものになりがちだ。

 そんな異世界の魔法使い、マーリンはこちらへ誘うように掌を向ける。


「さぁ、是非教えてほしいな」

「……ふぅむ」


 つまり、俺が魔術でしたいこと。

 なるほど。それは無論、先ほどリゼットと刀花に述べたものと変わらない。

 俺はチラリと、胡散臭そうにこちらを見るリゼットへ視線を向けた。ほんの少しだけ、まなじりを下げて。


「そうだな。紅茶の味や質を向上させる魔術……あぁ、血でもいいな。それがあれば、是非覚えたい」

「っ、も、もう、ジンったら……」


 腕を組み、プイッと照れ隠しするご主人様も愛らしい。

 次に、こちらの話をワクワクした様子で聞いていた刀花にも顔を向ける。


「お菓子の家を出す魔術もあれば、そちらも覚えたい」

「むふー、兄さん大好き~♡」


 うむうむ。我が才覚が妹の喜びとなるならば、それは兄冥利に尽きるというものだ。


「あとは、コーヒーのコクや香りを向上させる魔術などもよいな」

「あ……♡」


 意図に気付いた綾女が、テレテレとして頭をかく。


「術者自身の演技力を高めるのもよいな。たまに台本合わせを頼まれるたび、演技力の低い我が身を恨む」

「お、おぅ……べ、別にいいケドヨ……気にしてたんか……ったく」


 ガーネットもまた、意表を突かれたかのように憮然として言う。だがその頬は赤い。


「そして、ああそうだな。夢の内容を自在に決められる魔術もよいな。安らかなる眠りなど、贅沢な嗜好品だ」

「……クス♪」


 姉上もまた口許を袖で隠しつつ、くすぐったそうに笑う。

 ああ、そうだとも。俺の力は、全て彼女達に捧げたい。それこそが、俺が彼女達に捧げる愛に他ならないからだ。俺の喜びだからだ。


「どうだ?」


 彼女達のはにかむような仕草に満足し、俺はマーリンへと向き直る。

 しかし──、


「……う~ん」


 ……む?

 なにやら、微妙そうな顔で唸っているな。


「どうした。もしや、そういった魔術は開発されていないなどとは言うまいな」

「あーいや、うん。もちろん、あるよ? あるんだけど……」

「なんだ」


 曖昧な態度に今一度問えば、マーリンは「いやぁ」と苦笑して頬などかいている。


「巷で聞く噂通りじゃないなぁ、と思ってね。かの血も涙もない無双の戦鬼。その大望が、まさかそれくらいのことだなんて」

「……」


 ………………………………ほう。


「もうちょっと……ほら、もうちょっと何かないかな? もっと欲張ってみないかい? 魔法使いのトップにして始祖みたいなものが、目の前にいるんだからさ。既存で無ければ、新しい魔術を作ってあげてもいいし」

「……」


 少々あれだが……まぁ、物は試しか。

 俺は「ね、ね?」とまるでおねだりするかのような魔法使いに、望みを告げた。


「不老不死だ」

「っ、ほう!」

「それも呪いのようなものではない。祝福としての不老不死を、俺は望む」


 この世界が焼け落ちるその日まで。

 俺と王達が、何者にも脅かされず幸せに暮らせるように。

 この悪鬼が最後に求める秘宝が、それだ。

 そう告げれば、白い魔法使いは「なるほどなるほど」とニヤニヤしながら頷いていた。この表情からして、ご満足いただけたようだ。

 だが、肝心な内容は聞けていないな。


「それで? 魔術の始祖殿。人間を不老不死にする魔術、ないし薬はあるのか?」

「んっ……んん~……!」


 腕を組んで唸っている。これは、悩んでいるのか?

 そうして溜めに溜めた後、マーリンはそのエメラルドの瞳を楽しげに細めて言った。


「ある、って言ったら?」

「もちろん、どのような手段を使ってでも奪う」

「……ふふ、じゃあ答えてあげられないなぁ♪」

「──」


 ……あるのか。

 足を動かそうとすれば、しかしマーリンが素早く腕を上げ待ったをかけた。


「まぁまぁ待ちたまえ。教えない、とは言っていないよ? ここは趣向を凝らそうじゃあないか♪」

「……というと」

「出た出た。こういうところも鼻につくんだよな~」


 またガーネットが溜め息をついている。

 恐らくだが、この女は魔法使いや魔術師として目覚めた者に、同じような"試し"をこうして施しているのかもしれん。

 そんなガーネットの態度に笑みを返しつつ、マーリンは少しこちらから距離をとる。

 こちらから離れて、十メートルほど。白いマントを翻し、彼女は楽しげにこちらへと向き直った。


「それじゃあこうしよう。お姉さんに魔術を当ててみたまえ」


 ……ほう、それはそれは。

 長命種の多くは、刺激に飢えがちだ。これもその発露か?


「放つ魔術はなんでもいいよ。お姉さんを驚かせてくれたら、望みの魔術について教えよう。ただし……」


 この女の眼鏡に適わなければ……。


「そうだな……お姉さんの弟子にでもなってもらおうかな? もちろん、お姉さんのことは『マーリンお姉たま♡』呼びでね♪」

「おいおい、んな無茶な──」


 止めようとするガーネットを、手で制す。

 試すような瞳でこちらを見るマーリンに、俺は正面から頷いた。


「いいだろう。約束は違えるなよ」

「! ふふ♪ いいねぇ、キミ……そういう強がりな子は、嫌いじゃないよ☆」

「あーもう……そうやって初心者狩りババァしてっから煙たがられてんだぞ?」

「ごめんねぇ、性分なんだ♪」


 そうしてパチッとウインクをした白い魔法使いは、なんとも無防備にこちらへ向けて両手を広げた。

 それも当然だろう。あの防壁さえあれば、他人から放たれる魔術など恐るるに足らん。仕込みは、とうの昔に済ませているのだからな。あとはそれを受けるだけでいい。


「……どれ」


 自分の杖を、眼前に掲げる。

 詠唱開始のキーワードは設定した。魔術の種類も、ガーネットと付き合う内にそこそこ知れている。やってやれんこともない。


「ふふ、君は何を見せてくれるのかなぁ?」


 杖の先を、切っ先としてマーリンへと向ける。己の防御に絶対の自信があるのか、彼女は微動だにせず待ち構えている。余裕の表情だ。


「……ククク」


 では、こうするか──!


「『ますたー・すきすき・ふぉーりんらゔ』」

「既に面白いな」

「私の前で魔術使わないでほしい……」


 杖が焼け落ちんほどに黒き霊力を注ぎ込み……解き放つ!


「──"星屑一条るなてぃっく吹き飛べ諸共ぶれいかー"」

「ほほう! 詠唱短縮の、しかもブレイカーか!」

「ちょっ!? それ一応、戦略級高等魔術なんだけど!」

「あなたあの時そんな物騒なもの私に向けたの?」


 驚くガーネットとなにやら物申したげなリゼットを横に、黒く染まった破壊の光が暴風を伴って殺到する。

 先ほどガーネットが放ったものとは大きく規模の違うそれは、間違いなく楽しげに笑うマーリンを捉え──、


「う~ん、残念♡」


 捉え……防壁に当たり、かき消えていった。

 中心にいるマーリンは……無傷だ。その余裕ある笑みも変わらない。少し、帽子を揺らした程度か。


「いやはや。ダメだよ? 一級じゃない魔術師がそれ使ったら。まぁそのあたりの規約は、これから私の弟子としてみっちり教えてあげるよ。ふふ、楽しくなってきたじゃあないか♪」

「……」

「感心はしたけど、驚くまではいかなかったねぇ。初心者が初手からブレイカーとは。君は破壊の才能に満ち満ちているねぇ。もう少し突つけば、もしかすれば面白い魔法にだって目覚めるかも! でも、こうして無効化もしちゃったし、今回の勝負はお姉さんの勝ちということで──う」


 さて。

 そろそろ──"しっかり五秒以上経った"か。

 急に押し黙ったマーリンを怪訝に思ってか、ガーネットがその顔を覗き込む。


「……あン? どしたの。この大人げない初心者狩りを楽しむババ──いやなんかすげぇ顔色悪くなっていってんだけど!」


 ハハ、ハハハ……!

 俺がそのザマに唇を三日月の形に曲げていれば、マーリンは怒りからなのか羞恥からなのか、はたまた絶望からなのか。その顔色は赤くなったり青くなったりと大忙しだ。呼吸もより順調に乱れていっているな。既に全力疾走を終えた後のようだぞ?

 そんな俺達の様子を交互に見ながら、ガーネットが混乱したように言う。


「なになになに!? ダーリンなんかしたの!」

「クク……あぁ、した。だがこうなっているのは、こやつが絶えず"している"からだ」

「あ……? こんなゼエゼエ言ってるボス見たこと……いや、ある!」


 ピンと来たのか、ガーネットが最早疲労困憊な域にまで達しているマーリンに向け指差す。


「魔法! 今、魔法を"使い続けてる"な!?」

「はぁ! はぁ……! うぅ……うぅ~~~……!」


 マーリンは涙目のまま喘ぐように呼吸をし、唸るばかり。

 事前に、魔法の内容を聞けていてよかったな。あれは俺が、昨夜のことでガーネットから叱咤され、己の浅はかさを嘆いていた時のことだ。


『……時を巻き戻す魔術などはないのか』

『お前にできねぇことがその辺の魔術師にできるかい! つってもうちの本丸、魔法魔術組合のボスこと"緑髪エルフお姉たま"は時間操作の魔法持ってるけども。まぁいうて"止められて十秒、戻せて五秒"だからムリムリカタツムリだわな』


 そう、時の魔法使いマーリン。

 その魔法は"時間を十秒止めること"、"時間を五秒戻すこと"の二つ。

 俺はとある手法でその後者……"時間を五秒戻す魔法"を、延々と使わせ続けているのだ。危機が迫れば、それを躊躇なく出してくると思ったぞ。


「ハハハハハハ……!」


 ゆえに、"しっかり五秒以上経ってから発動する"ようにしたのだ。決して我が魔の手から逃れられぬようにな。


「ぜ……! はぁ……! あ、あれは、ただのブレイカーじゃ……!」

「既存の魔術は効かぬと聞いていたゆえ。少々、手を加えさせてもらった」

「オメー、初心者の癖にオリジナルスペルまで……」

「良い手本が、常に近くにいたからな」


 ガーネットとて既存の魔術に改良を加え、その性能の向上を図っている。そんな現場は、彼女と交流を重ねるにつれ何度も見てきた。今回は、それを真似ただけだ。簡単に対策などされぬよう、この悪鬼の霊力は濃い目に注ぎ込ませてもらったがな? やはり暴力……!


「はっ……! はっ……!」


 魔法を使えば魔力も精神力も削られ続ける。その果てには極度の疲労、そして気絶が待ち構えているのは全魔術師の知るところだろう。

 ……ああ、きっと。既にその結果を知って戻し続けているマーリンは、この後──、


「くうっ、"時よ止まれ"!」


 世界が、静止する。

 十秒だけ、世界が彼女のものとなる。たった十秒だが、この場から逃げ去るくらいの余裕はあるはずだ。ああ、そうだろうとも。


「に、逃げ──」


 この場に──無双の戦鬼が、いなければな。


「──どこへ行く」

「ひっ」


 彼女の世界に、俺もまた割り込む。

 その細い腕をがっしりと掴み、決して逃がさん。逃がしてなるものかよ。


「時間の静止は貴様の専売特許ではないぞ」

「そ、んな……う、うぅ、こんなの、天敵……」

「ク、ハハハ……!」


 恨みがましそうに見るその瞳に、哄笑で返す。ああ、ガーネットが貴様に向けてそう言っていたな。

 だが、この悪鬼をあまり舐めてくれるな。

 怯えさえ見せる魔法使いに、俺は牙を見せて告げた。


「──図に乗るなよ、魔法使い。俺は生きとし生けるモノ全ての敵だ。この星で生き続けたいと願うのならば、覚えておくがいい」


 たとえ別の世界から来た異邦人だろうが。

 常、この鬼の刃が首筋に触れているものと知れ。


「さて、十秒だ。そして魔力、体力も限界と見える」

「あ、あ、いやぁ……」

「んお?」


 世界が動き出す。

 周囲の少女達も何が起きるのかと注目する中……、


「あ──」


 ──ズバズバ、と。

 彼女の纏う白い花を思わせる服が、全て散り散りとなって盛大に霧散するのだった。


「きゃ──きゃあぁぁぁあぁぁぁ!!??」

「存外、良い声で鳴くのだな。経産婦未亡人異世界転移魔法使いエルフは」

「わーお、プリケツ」

「ひどい……あなた何したの……」


 天下の往来で全裸となり、思わずしゃがみこむ最上位の魔法使い。

 それを前にガーネットの素朴な感想と、ご主人様の引く声が聞こえる。刀花や綾女などは苦笑しているようだ。姉上だけは、事の仔細を理解しているようだったが。


「ふむ。武装解除の術に、お前の斬撃を混ぜたのですね。ゆえ、服が細切れになったと」

「せっかく先程練習し、成功したのだからな。活かさねば勿体ないであろう?」

「あれ成功って言っていいのかしら?」


 どう見ても成功していたであろうがマスター?

 俺は鼻で笑い、真っ赤になってしゃがみこんだままの魔法使いを見下ろす。理解したか? 口の利き方を。


「──俺が彼女達に捧げる無二の愛を『それくらいのこと』などと評した件については、これにて手打ちとする。努々、俺の愛を二度と甘く見ぬことだな。次は服のみでは済まさんぞ」

「オメー、それでちょっとキレてたんか……」

「くうぅ~~~~~……!」


 後悔するような唸りで満足した。俺達にとってはたとえ『そんなこと』であろうと、それは掛け替えのない宝のような日々なのだ。その宝に泥を塗られるようでは、たまったものではないわ。腹立たしい。

 まったく、長命種はこれだからいかん。危機感が薄く、驕り、こうしてより強い存在に喰われることになるのだ。経産婦未亡人異世界転移魔法使いエルフめが、恐るるに足らず──!!

 俺は視線を切り、俺達二人の様子にオロオロするガーネットへ改めて不敵な笑みを向けた。


「まぁ、無論理由はそれだけではないが……クク、やはり俺達は気が合うな。ガーネット」

「ん? あ? な、なに?」


 この白い魔法使いに向け、言っていたであろう?


「──この俺も。俺より偉そうにする奴は、なかなかどうして嫌いなのだ」

「っ、あは☆ あたしも~♡」


 そうして俺達、新しき魔法使いとその使い魔は──、


「「いぇ~い」」


 初の白星に、痛快な笑みを交換して拳を突き合わせるのだった。

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