第610話「ますたー・すきすき・ふぉーりんらう゛」
「はい、サヤちゃん。これあ~げる」
「まぁ素敵なカード。ありがとうございます、キラちゃん」
「わぁ、鞘花ちゃん綺麗……」
「クス、ありがとうございます綾女ちゃん♪」
憤懣やるかたない様子で路地から出て皆と合流しつつ、ガーネットは姉上へ向けカードを指で弾いた。
「サヤちゃんの魔性に、契約の術式もメロメロって感じ? ボスに文句言ったろ。もしもしボス? なんか別の人のカード出てきたんだけど。あ?『線画と色分けは終わってるから待ってて』? ほんまにぃ~? 証拠あんなら見してみ……うぉ急にすげぇ美少女。あたしかな? あたしだったわ。ならヨシ!」
ガーネットがよく分からんやり取りを組合長としているようだが……まぁ色々あるのだろう。あそこの界隈は感覚で生きているところがあるからな。深く突っ込めばドツボにはまる恐れがある。
和服の袖を巻き込み、腕を組んで静観の構えを見せる。そうしていれば、我がご主人様が訝しげな様子でこちらに近付いてきた。
「大丈夫、ジン? 何か変なことされなかった? もしくは変なこと起きなかった?」
ガーネットへの信頼が見てとれるな。普段の行いか。
「大丈夫だ。なにやら魔装具なるものを選別していたようだが、お気に召さなかったらしい」
「ふぅん……? どんなのが出てきたの?」
「拳銃と、簡易トイレと、ドッペルゲンガーだ」
「もう一度聞くけれど、大丈夫ジン? 頭に変なことされてない?」
紅蓮の瞳が湿っぽさを増す。俺は平静だ。
正気を疑われていれば、和服姿の刀花もまたテトテトとこちらに歩み寄る。その琥珀色の瞳は、好奇心でキラキラとしていた。
「兄さん兄さん。兄さんには、何か特典とかなかったんですか?」
「俺にとっては、誇り高き王に跪けることそのものが誉れだが……む?」
刀花に言われ、戯れに自分の身体をペタペタと触ってみたのだが……。
「なんだ、これは……?」
いつの間にか、袖の中に異物が混入されていた。
取り出してみれば、木製の表面にたっぷりと塗られたワックスが日の光を鈍く反射する。長細く、ツルリとした造りにはざらつきも無く、職人の丁寧な仕事が伺えた。
全長は約二十センチと少し、色合いは暗め。およそ人に振られるために造られたであろうそれを見て、イメージするものは絞られる。これそのものが放つ濃密な霊力……いや、魔力をも鑑みればな。
ためつすがめつ観察していれば、こういったことにロマンを感じる妹が、鼻息荒くその正体を看破した。
「それ! 魔法の杖ですか!?」
「……そのようだな」
魔法使いと契約すると、その使い魔にも何らかの特典が与えられるようだが……これもその一つか?
「……つまり、あなたまで魔術を使えるようになったってこと?」
「なぜ嫌そうなのだ、マスター?」
「あなたが魔術を良い事に使うビジョンが全く見えないからに決まってるでしょ」
失敬な。これは色々と夢が広がるぞ?
「魔術とはそれ即ち、不可思議な現象を起こすことであろう? 人類を鏖殺することなどであれば、俺は片手間に終えられるが……」
言葉を区切り、俺は杖を高く掲げた。
「そう、たとえばだ……『紅茶の味を数段階上げる』など、そういった生活面に寄り添った魔術などがあれば、俺はそれを極めたいと思う」
「魔術って最高ね。愛してるわジン」
己に利があるとなると、途端に態度を軟化させるご主人様が俺は好きだ。
「兄さん、兄さん! お菓子の家とか出せませんかね!?」
「ククク、無論。そういった魔術があれば習得しよう」
「わーい♪ 兄さん大好き~♡」
ちょうどここには、講師の資格をも含むとされる一級魔法使いもいることだからな。教え上手かは分からんが、魔術の有無程度ならば把握できるだろう。
「とはいえ、まず俺がどの程度魔術に対し適正があるのか……」
「ちょっ、あんまりブンブン振らないでよ。何か変なもの出たらどうするのっ」
手の中で杖を弄びつつ唸る。これの持ち手を握れば、何かできそうな感触はあるのだが……。
「ふぅむ……」
杖とはつまり、魔法使いにとっての武器に他ならない。それは俺にとっての刀と同じ。ならばまず『使おう』という意志……構えが必要なのではないか?
「どれ……」
「もうそれ居合い……」
そうして腰だめに構えた杖を抜き放ちながら、脳裏によぎる呪文を唱える──!!
「う゛ぃ゛ん゛が゛て゛ぃ゛あ゛む゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ーーー!!」
「これは! 某有名な浮く呪文ですね!」
「こんな相手殺す勢いで浮遊呪文唱える人いる?」
すると青白い閃光が、いまだグチグチと文句を言っているガーネットへと飛び……!
「うっ……! あー、まぁね。あたしって、孤独ってよりかは孤高っていうかさ。ほら、誰にも理解なんて求めてないし? その代わり、あたしも理解なんてしないからさ。お互い、いい距離感保ってたほうがいいよ? あたしって、キレたら何するか分かんないタイプだし……ね?」
「キ、キラちゃん?」
「浮いてる……!」
呪文は成功した……!
「どうやら俺には才能があるようだな……」
「そうかしら……」
リゼットが疑惑の目を向けてくるが……むっ、曲者!
「ヒャッハー! 鬼の大将! 美味そうな女侍らせて──」
「え゛く゛す゛べ゛り゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーー!!」
「げぶっ!?」
「おぉ! 武装解除の呪文も成功ですね兄さん!」
「杖で殴ることが?」
俺は自分の才覚が恐ろしい……!
そうやって三人できゃっきゃとしていれば、こちらの異変に気付いた綾女、ガーネット、姉上もぞろぞろと身を寄せる。
「刃君? なんだかすごい声が聞こえたけど……」
「"
「あーン……? ん? いやそれ杖じゃね? なんでダーリンが魔術師になってんのよ」
「袖から出てきた」
「んな大阪のおばちゃんが出す飴ちゃんみてーにポロンと出るもんじゃねーんだけど……」
俺の手にある杖を見て、三者三様の反応を見せる。ガーネットの反応からして、使い魔が杖を持つのは珍しいことであるようだ。
そんなガーネットが、魔術行使の残滓として先端から白煙をくゆらせる杖を覗き込み「あーあー」と顔をしかめる。
「詠唱開始キーワード設定してないから、魔術が暴走気味じゃん。魔術師初心者がはしゃいでよくやるやつね、これ。あんまやり過ぎると、杖がダメになっちゃうぞ?」
「詠唱開始……お前で言う、"シュガー・メイプル・シナモンロール"というやつか」
「そそ。あれ魔術の出の滑らかさとか、杖の冷却とか、魔力の密封とか清浄とか色々やってっから」
「エンジンオイルの話ですか?」
「似たようなもんじゃんね」
また姉上の魔法使いへのイメージを壊すような要素が……。
こめかみを指で揉む姉上を横目に、ガーネットが「にひっ」と笑う。一人の魔法使いとして、同門が生まれたことが嬉しいのかもしれん。それが己の"だーりん"であれば、なおのこと。
「へぇ~? いいじゃんいいじゃん。このガーネット師匠が色々と教えてあげてもいーよ☆ んじゃまずは詠唱開始キーワードから設定しないとね」
「それは、どのような」
「思い入れのある単語とか、単純に好きな言葉とか。この辺マジでその人のセンス出るし、うちの界隈じゃ挨拶代わりみたいなとこあっから慎重に設定した方がいいゾ☆」
「シュガー・メイプル・シナモンロールは、どういった評価を受けているのだ?」
「『ご実家はパン屋さんですか?』とはよく聞かれる」
なるほど、慎重になった方がよさそうだ。
顎に手を当て、思案に耽る。俺の姿勢を見て、少女達もまたこれについて意見を交えていた。
「兄さんの好きな言葉……"妹"、ですかねぇ……」
「魔術使う時そんな言葉混じってたら相手もドン引きでしょ」
「はいっ。私は"ダンデライオン"とかが入ってると良いと思います!」
「さりげなくお店の宣伝入れようとしないの」
「古事記などの古典から取るというのも雅ではないでしょうか?『爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之』など」
「なんて?」
確かに、聞いていると各々の趣向が見えてくるな。
そんな会話を耳に入れていれば、ガーネットも「楽しいよなこういうの考えるの」とうむうむ頷いている。
「ま、そう難しく考えなくてもいいよ。これ聞くと、もしくはこれ言うとパワー漲るぜ! って感じのでだいたいオッケーだから」
「ぱわー……」
俺の力の源。それはやはり少女達の存在に他ならない。
そんな中でも特に俺が今、こうして幸せな日々を過ごすことができるのは……あの夜、黄金のご主人様に出会ったことが大きい。あれから、全てが始まったようにすら思う。
「な、なぁに?」
「ふむ……」
そんな俺の熱い視線を受け、リゼットが居心地悪そうにモジモジとし、流れる金髪を指でクルクルと巻く。
「はっ──!」
そんな可憐なご主人様を前に、閃いた……!
「『ますたー・すきすき・ふぉーりんらゔ』などでもいいのか?」
「慎重に考えて出たのがそれってヤバイでしょ。二度と言わないでくれる?」
「あ、ごめん。言い忘れてたけど、一回言葉に出したらそのまま登録されちゃうから注意ね。これが結構な罠でさぁ……ちなみに変更は一級になるか、五十年に一回の免許更新の時しかできないゾ☆」
「嘘でしょ?」
俺の詠唱開始キーワードが決定された瞬間であった。
「え~! リゼットさんいいなぁ!」
「これを羨ましく思える精神を私は持ち合わせてないのよ」
「す、素敵な……詠唱? だね……?」
「苦しいフォローいらないからアヤメ……」
「……っ…………っ……!」
「サヤカ? なに顔を背けてるの? そんな呼吸困難になるくらい笑わないでもらえる?」
つかみは上々だな。これは俺もテンションが上がるため、気に入ったぞ。ガーネットは「まーじか」と半笑いでこちらを見ているが。大マジだが?
「して、紅茶の味をよくする魔術や、お菓子の家を出す魔術などはあるのか?」
「んお? あー、まぁあるっちゃある。『紅茶に関して仕入れた知識の分だけ美味しくする魔術』とか『体内のカロリー全消費してお菓子の家を出す魔術』とかがそれやね。いやでも知っての通り魔術師って階級があって、それに応じて使用が許可される魔術もあったりとかそのへんの説明もさぁ……あ」
と、そこで。
ガーネットが何かに気付いたように「そういえば」と漏らす。その表情は、なにやら少々苦そうだ。
「新しい魔術師が誕生したら、"アレ"が来るんじゃ……」
『──"アレ"とは、随分とご挨拶じゃあないかい? 笑顔の魔法使い』
「げっ」
唐突に響き渡る、楽しげな声。
人を食ったような……聞く者によってはおちょくられているようにも聞こえるだろうそんな女の声が、妖怪横丁の通りに響く。
我々の眼前に、風と共に魔力が集まっていく。その中心を睨みながら、ガーネットが嫌そうな顔も隠さずに言った。
「出やがったな、"お姉たまハラスメント"ババァが」
『ひっど。お姉さんの方が遥かに年上なのだから、それくらいは自称してもいいんじゃないかな?』
「押し付けがましいってんだよ。そういう母性とか姉性は押し付けるものじゃなくて、滲み出るもんだから」
『お姉さんは君達の良きお姉さんであろうと、日々尽力してるつもりなんだけどねぇ?』
そうして一際強く風が吹き……声の主が姿を現した。
全身のイメージは、白と緑。
真っ白な魔女帽子と、衣服と一体化しているかのような白いマントが大きく膨らみ、見る者に花のような印象を与える。緑色の美しい長髪を大きく三つ編みにして風に遊ばせれば、青々とした草原に吹く心地よい風さえ感じられた。
背もほどほどに高い。巨大な丸眼鏡の奥にはエメラルドが如き輝きと知的好奇心を湛えおり、一方で唇には妖艶な紅を引く。大人っぽいが、同時に子どもっぽさをも内包する。その矛盾さえ孕んだ雰囲気は、見る者が見れば明らかにただ者ではないと分かる。
そんな活発さと、退廃的無情さとを同時に纏う女は、軽い調子でこちらに「や」と手を振った。
「やぁやぁ♪ 新しき魔術の徒弟。枝分かれする知識の新芽。さぁ、君の望みを言ってみるといい。咲き誇るべき未来のために、お姉さんがちょっとしたアドバイスをしてあげよう」
「……誰だ、貴様は」
「うん? そこの笑顔の魔法使いから聞いてなかったかな?」
ガーネットの纏う魔力は、常人を遥かに越える。
だが目の前に現れたこの女。果たしてガーネットを百人並べたところで、それに匹敵するかどうか……。
警戒と共にその名を問えば、白い魔女は「これは失敬」とどこか大仰にその帽子を取り、笑顔でその胸に当てた。
「──初めまして、無双の戦鬼。お姉さんの名はマーリン。魔法魔術組合の長……彼女に言わせればボスをしている。"時の魔法使い"だなんて呼ばれているが、ちょっと他人より長生きで、魔法や魔術に関する知識があるだけのしがないお姉さんさ」
そうして魔法使いのボスは、イタズラっぽくウィンクをしてみせる。
……俺のマスターより遥かに長い、特徴的な耳をピコピコと動かしながら。
「お姉さんのことは、親しみを込めて"マーリンお姉たま"と呼んでくれたまえよ☆」
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