第609話「そこはランダムじゃなくていいから!!」



「結局、なぜトイレは駄目だったのだ?」

「う、うるせぇな……多目的で芸人がやらかしてるとか、なんかあんだろっ」

「そういうものか」


 忘れてはいないが彼女もまた芸能人。同じ業界でのやらかしには敏感なのだと解釈した。

 とまぁ、そういった一幕もあり──。


「いやだからって路地裏もヤバイけど。外やぞ」

「出入り口は皆が監視してくれておるゆえ、安心しろ」


 使い魔の契約には口付けが必要とのこともあり、我々は今、和風家屋間の薄暗い隙間にいる。

 ここならば、そう人の目もあるまい。監視も頼んだため磐石だ。

 だが改まって向き合う我がアイドルにして魔法使い、ガーネットは拗ねたように小さく頬を膨らませてなどいる。

 

「『これから路地裏でダーリンとキスしてきま~す♡ 皆はそこで、指咥えて待っててね☆』って言わなきゃならんかったアイドルの気持ちを答えよ。配点百点。百点以外は赤点で死刑な」

「恥じらい半分、優越感が半分。どうだ? 運命に選ばれし、我が愛しの魔法使い」

「む……三角」

「ほう。どちらが正解だった?」

「……うるせ。赤点ヤローはさっさと目ぇ瞑れよ」

「断る。俺はガーネットのキス顔を見ることに生き甲斐を感じているのでな」

「コイツ……ほんと使い魔になる気あんのか? 早速命令無視すんだが。ポ○モンでももうちょい素直に技出すぞ」

「従順すぎる臣下など、それこそお前の欲するところではあるまい? お前はじゃじゃ馬であればあるほど、喜んで乗りこなそうとする質だ。俺の主人となるならば、むしろ乗りこなしてもらわねば困る」

「そういやコイツ恋の浮かれポンチじゃなくて妖刀だったわ……あーもう、はいはい。分かったからさっさと済ませようぜ。時間かかってっといらん邪推されそうだし」


 そうして彼女はグイッと、こちらの和服の襟を掴んで引き寄せる。ガーネットは女性にしては身長が高めだが、俺相手となるとこうするか、背伸びをせねば唇には届かん。

 少し前屈みになりつつ、依然としてこちらを睨み付けながらも頬の赤い魔法使いに問う。


「背伸びはせんのか?」

「背伸びはなんかガチ感あってイヤ~。つーかあたしとキスしたいなら、むしろそっちが頭下げんのが礼儀じゃんね?」

「クク、それもそうか」

「嬉しそうなのキッショ……王の資質ダバダバ浴びてキメやがってよ」


 好みの回答だ。ゆえ、こちらも素直に頭を下げた。


「なんぞ、手順や様式はあるのか?」

「いんや。ほんとに魔法使い側が、使い魔のどっかしらの肌に唇を触れさせるだけ。つってもまぁ? ジンクス的なもんはあるけど」


 じんくす……縁起か。

 こうすれば幸運が訪れる、もしくは不運を呼び込む。魔法使いや魔術師は特に重きを置くと聞く。常に上昇志向な彼女のために、これは是非知っておきたい。

 

「それは?」

「……ん~」


 聞けば、彼女は一瞬考えるような仕草をし、


「──ちゅっ。ペロリ♡」

「っ」


 隙あり、と。

 唇を合わせた後、その舌でペロリとこちらの唇を舐めるのだった。

 隠しきれぬ頬の赤みもそのままに、身体を離したガーネットは、イタズラ成功と言わんばかりに舌を出す。


「『舌入れてドキッとさせれば主従円満』だとさ。いやこの段階で舌入れる関係性なんてそらそうやろ、ってツッコミはナシな☆ ぐへへ、戦鬼君ドキッとした?」

「……あぁ、したとも」

「あら素直。良い子でちゅね~。それに免じてあたしも素直に言ったげる」


 どこか早口で彼女はそう言って、照れ臭そうに目を逸らした。


「……ぶっちゃけ、オメーの前に門が現れたの……う、嬉しかった。なんか、マジでデスティニーって感じで」

「……そうか」

「そ、『そうか』ってなんやねん。こちとら一世一代の召喚でダーリン引き当てて、結構舞い上がってるピンク色魔法使いなんだが!?」

「分かっている。言葉を知らぬゆえ、行動で示す。許せよ」

「ひゃっ♡ ……ったく、また事務所の許可なくアイドルにキスしやがって……」

「ああ、すまない。二度目の口付けに、なにか悪い"じんくす"でもあったか?」

「……ないけど。むしろ三回するといいって聞いたり、聞かなかったり? ふあ♡」


 三回と言わず、もう五回ほど口付けをした。これだけあれば、天も俺が彼女に心底惚れておると知れよう。

 互いに熱くなった身体と唇を離し、しばし見つめ合う。これで、契約は完了したのだろうか。


「何か変わったか?」

「ん。まぁ言うてとっくにあたしはオメーの王様だし、普段とそんな変わんないよ。特典はあるけどね」

「ほう。特典とは」

「それはぁ──お、きたきた!」

「む?」


 彼女のはしゃぐ声に呼応するかのように。

 俺と彼女の間、その中空に白い光が集う。濃い霊力を伴ったそれは、何かを生み出そうとしているかのようだ。


「これは?」

「特典その一。契約を果たした魔法使いや魔術師には、その使い魔の格に応じた"魔装具"が与えられる」

「まそうぐ?」

「激レアマジックアイテムのこと☆ なにかななにかな~♪」


 彼女達魔法使いや魔術師が、己の行使する魔術の制御を担う魔具とはまた別の道具ということか。彼女のワクワクした様子から察するに、これもまた無作為に選ばれるのだろう。なぜこの界隈は大事なことを無作為に決めるのか疑問だ……。


「おっ!」


 すると神秘を宿す光が、徐々にその形を成していき……!

 ──ゴトリ。


「……」

「……」


 拝領するかのように差し出された、彼女の手に重く落ちてきたもの。

 少女の手には少し大きい、鉄の塊。鈍い光を放ちつつも、それは人類の叡知の結晶としての精緻な造りを見せつけている。それの引き金を引けば、すぐさま人を絶命たらしめる威力を発揮するだろう。

 ──拳銃だ。拳銃が落ちてきたぞ。


「……」

「……」


 なんとも言えぬ心地で、その人殺しのための道具を見つめる。これが……"まじっくあいてむ"? およそ神秘からかけ離れているように感じるが。


「……ん~、あのね。そういうんじゃないんだよね」

「……そうかもな」


 玄人のような顔をして、ガーネットはスマホを取り出す。どこに電話をかける気だ?


「あ~、もしもし? ボス? なんか使い魔契約したらさぁ……チッ。あーもう! "マーリンお姉たま"! これでいいんだろめんどくせぇババァだな! ……そう。なんか拳銃出てきたんだけど。あ? "絶死の凶銃ガングレイヴ"? いやそんなイカした名前とか聞いてねんだわ。当たったらどんな奴でも死ぬ? 性能も聞いてねぇから! そもそも鉄砲玉に当たりゃだいたいのモンは死ぬだろ!! こちとら甘々キッスしといてこんなん出てきて萎えポヨ侍なんだってばよ!」


 ぼす……あぁ、今朝方に少し名前の出た、魔法使い魔術師組合の長か。会ったことはないが、こういった術式に精通しているのだろう。会話を聞く限り、一癖ありそうな人物ではあるみたいだが。


「え? クーリングオフ対応可? 三回まで? ほーん、それ料金は? いらない? あ、そう。んじゃそれで。んあ?『おめでとう』? ぉ、ぉう、ドモ……」


 照れ臭そうに「あー、くそ。いらんこと言ったわ……」と言って電話を切るガーネット。

 そうして鈍く光る拳銃をポイっと捨てれば、それは光がほどけるようにして消えていった。


「……なんか、やり直せるって」

「……いい加減、そういったことを無作為で決めるのはやめた方がいいのでは」

「それは聞けねーな。あたしら──こういう生き方しかできねぇからヨ」


 さすがだ……。


「こうじゃないと気持ちの良い脳汁が出ないわけ。つーわけで、もっかい……あぁもう、どういうテンションでキスすりゃいいんだよ!」


 と言いつつも、初々しく口付けをしてくれるガーネットが、俺は好きだ。


「ん……さーて、今度こそガーネットちゃんにピッタリな萌え萌え可愛いマジックアイテムかもん!」


 すると再び、光が集まり出す。

 だが此度は中空ではなく、彼女のスカートにある小さなポケットへと収束していった。それほど小さい何かが?

 と、思いきや──、


「うおぉぅ!? なんか出そうとしたらズルズルっとでかくなってったんだが!」


 不思議なことに、ポケットからニュルリと大きさを変えながら出てくるモノ。それは四角くピンク色で、ともすれば大変に見覚えのある形状をしていた。

 ……扉だ。一枚の扉が出てきたのだ。それを認めたガーネットは、その透明度の高いピンク色の瞳をキラキラとさせた。


「こ、これはっ! もしかしなくても"ど○でもドア"! みんな大好きな"どこで○ドア"じゃん! うおぉマジ超大当たり! 瞬間移動の魔術はまだ開発中だから諦めてたけど、魔装具ではあんのか! これで交通費ゼロだし寝坊し放題じゃ~ん!」

「よかったな」

「にしし、リゼットちゃんの前に開けてビックリさせちゃろ♪」


 見合うものを手に入れた彼女は、ご機嫌にそう言ってノブに手を掛けた。

 ──ガチャリ。


「……」

「……」


 しかし、その向こうに広がっていたものは……。


「……」


 ──個室のトイレであった。


「…………」


 無言のまま、彼女はそこに入る。

 ……扉を閉めて一分と少し。どこか清々しさを感じさせる顔で彼女が出てきた。うむ、使い心地はよかったようだな。


「いや"どこでもトイレ"とかいらねぇんだわ!!」

「そうか……?」


 ピッタリだと思うが……。

 しかし余程気に食わなかったのか、ガーネットは目を三角にして扉を足蹴にした。さらば、有用な道具よ……。


「も゛っ゛か゛い゛!!」

「お、おう」


 聞くところによると、次で最後のようだがいいのか? そう聞く暇もなく唇を奪われた……。


「最早、情緒もなにもあったものではないな……」

「最初に十分供給してやったろ。あと次変なの来たらボスをシバく」


 八つ当たりをされる長が不憫でならん。

 すると眩いばかりの光が、今度はガーネットの隣で収束していき──、

 ──ポンッ♪


「おっ?」

「……ほう?」


 そこには──もう一人の、ガーネットがいた。

 地に足がついておるため、どうやら幻影というわけでもなさそうだ。顔立ちも、服装も、瓜二つである。


「へぇ~! ドッペルゲンガーなんてのもアリなんだ。かーっ! 可愛さ二倍、労働力も二倍? こりゃあガーネットちゃん、芸能界でも魔法使い界隈でも天下狙えちゃうな!」

「気に入ったようだな」


 このアイドルは人目のないところで努力を重ねるゆえ、日々の疲労にはこちらとしても思うところがあった。もう一人の自分がいるとなれば、彼女の重労働も多少は緩和されるだろうか。


「よろしくぅ! 二号ちゃん♪」

「……」


 肩をパシンと叩かれる分身体。

 だが分身体の反応は芳しくなく、なにやらこちらをじぃ~と見つめ……ポフ。


「あん?」

「む?」


 なぜかこちらの胴に抱きついてきたのだが。

 そうして分身体は、潤んだ瞳で上目遣いをくれて──、


「……刀花ちゃんとサヤちゃんだけ、ズルい……」


 なに?


「……ついツンケンしちゃったけど、あたしだってほんとはダーリンとエッチした──」

「『シュガー・メイプル・シナモンロール! 星屑一条ルナティック吹き飛べ諸共ブレイカーァァァァァ──!!』」

「ガ、ガーネットぉぉーーーー!!」


 本物が放つ破壊の光に飲み込まれていった……最期に儚い笑みを、俺に向けて……!


「はぁ……! はぁ……! ふ、不良品送り付けて来やがって……」

「なるほど、深層心理を表現する分身体か。やはりピッタリ──」

「それ以上なんか言ったらキ○タマ潰す」


 震えた。


「って、ぎゃー! 三回クーリングオフしちまったんだが!? あ、やべ、手続き完了って見なされてカード生成始まってる!」

「どれも破格の性能に思えたが……ん、カード?」


 再び中空に光が収束しようとしているが、今度は魔装具とやらではないのか。


「なんだそれは」

「あー、契約の証みたいなもん。手続きが完了すると、魔法使いと使い魔のツーショットが印刷されたカードが贈られんのよ。ぶっちゃけ、これ目当てで契約するミーハー魔術師もいるレベル。なんなら有名魔法使いとか魔術師は量産してファンに売ってたりする。マニアには高く売れるんだわこれが!」

「記念品のようなものか」

「そんなとこ。はぁ……まぁ~、魔装具はあとでボスにたかるか……カードはカードで、あたしもちょっち憧れてたりはしてたしね」

「ふ、そうか」


 つまり、俺とガーネットの結ばれた証というわけだ。それは確かに、喜ばしい。


「俺にもあるのか?」

「あとでコピー渡してやんよ。なんならサインしてやってもいいぜ?」

「それは助かる。俺とガーネットの、運命の証なのだからな」

「っ……お、ぉぅょ」


 赤くなった頬をプイッと逸らす我が魔法使い。愛らしいことよ。

 そうして中空に浮かぶ光が、徐々に形を整えていく。

 カードと言うだけあってそれは長方形の形を成し、まるで印刷機のように下からその絵柄を生成していく。

 うむうむ。背景には白と青、そして赤の調和が精緻に描かれており美しい。キラキラとした雰囲気の中にも、どこか儚さを纏っておるな。

 そして中心には"でふぉるめちっく"になった俺と、黒い着物も雅な大和撫子。目元などさすが俺とそっくり──ん?


 いや、これは──!?


「…………」

「…………」


 そ こ に は 美 麗 な 姉 上 の イ ラ ス ト が ──!!


「いやそこはランダムじゃなくていいんだわ!!!!!!!」






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すまない、ガーネットちゃん……。

というわけで、八章『無双の戦鬼と、薄明の少女』のイメージイラストが届きました!近況ノートで見られますよ!

イラストレーター様はもちろん、いつもお世話になっているmaruma(まるま)先生!


その運命はひどく儚く、透き通るほどに美しい──。

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