第498話「担い手まうんと」



「──ユースティア=ペルフェクティオ。あなたこそ、私だけの王だ。闇の中でもずっと聞こえていましたよ……この私を呼ぶ、懸命な声が」


 ティアがただ"あへがおだぶるぴーす"(という名称のぽーずだったらしい)をしていただけのことを、よくもまぁこれほど劇的かつ好意的に解釈したものだ。

 あの顔の本来の意図や真理は不明だが、俺から見れば笑いを耐えるのに必死になるほどの形相だったというのに。懸命であったのはその通りだが。

 その甲斐あってか、エクスカリバーは先程の怒りの発露により、憑き物が落ちたかのように本来の気質に戻っていた。

 その衣装も黒のドレスではなく、白ブラウスと青スカートの簡素な出で立ちへと戻っている。あのドレスは姉上の趣味だったのかもしれん。

 後ろに纏めた金のシニヨンヘアーに、怜悧なエメラルドの瞳が騎士然とした印象を与える。そんな見慣れた姿に戻ったがゆえか、ティアも歓喜と共にその名を呼び、跳んで抱き付いている。


「エリィ! お帰りなさい!」

「はい、ティア。無様な姿を晒してしまい、申し訳ありませんでした」


 再会を言祝ぐ主従に、ステンドグラスから光が降り注ぐ。この一瞬を絵に切り取れば、数百年後にはさぞ神聖な宗教画にでもなったことだろう。

 そんな清らかな空気の中で抱き合う主従を横目に、俺もまた光線に飲まれて四散した肉体を再構成した。

 そうして「ふん」と鼻を鳴らし、こちらはこちらで少女達へと向き直る。


「さて、障害は排除した。挙式の準備をするか」

「まず服を着なさいよあなた。どうして制服も一緒に再構成しないの」


 我が主ながら異な事を。


「式を挙げるのならば着替えるのが道理であろう。どうせ着替えるのならば、最初から脱いでいた方が効率的と判断したまでだ」

「くっ、この眷属……恥の概念が無いせいで全裸チャンスを当然の権利かのようにモノにしてくる……!」


 リゼットが努めて俺の首から下を見ないように視線を固定しつつ、唇を噛む。さすがは一流の淑女。異性の身体への興味を優先させぬ、その自制心と貞淑さは一級品である。が……、


「むふー……大勢に祝福される結婚式も捨てがたいですが、今の兄さんを見てますと……ふむ、どうでしょう。二人だけでの教会で、ありのままの愛を誓い合う"全裸結婚式"という新たな一手が、シナプスのスパークによりビビンと舞い降りてきましたよ。やはり大好きな兄さんの逞しい肉体は、この妹に神がかり的なインスピレーションを与えてくれます……!」

「も、もう刃君ったら、隠しなよぉ……うぅ、また一人でする時の解像度上がっちゃう……ドキドキ……♡」


 約二名は、こちらの下半身をガン見し新たな着想を得ているようだ。

 王にもそれぞれ突出した色があるが、こうして王とその道具が高め合えることができれば、それは理想的な関係性と言えるだろう。そう、俺の裸体が王を高みへと導く──!

 ……一方、異性関連において大変な恥ずかしがり屋である姉上は先程「ぴゃうっ!?」と可愛らしい声を上げてギュッと目を瞑ったままのようだが。

 そんな姉上が、恐る恐るといった様子でこちらに問う。


「……そ、そろそろ着ましたか?」

「いいや」

「早く着なさい。幼稚園児でもできることが、どうしてお前にはできないのですかっ」

「効率性の話をしたはずだが。そもそも姉上におかれては、昔に服越しとはいえむんずと──」

「ああああああああれは犬猫などのようなペットに対する感覚でっ! け、決してはしたない女とは思わないでくださいましっ」


 まぁ、名も号も無いあの頃の俺は、まさしく意思の無い道具やペットが関の山だった。その言い分は理解できる。

 とはいえ──そう言って頬を染める少女に対し、俺は唇を喜悦に歪めた。


「ならばその動揺は、この俺に異性を強く感じてくれている証左というわけだな?」

「…………さ、さて。どうでしょうね?」


 プイッと横を向きすっとぼけるが、姉上は落ち着き無さそうにその長い黒髪を手で撫で付けている。その機会は少ないが、図星を突かれた時にする彼女の癖だ。

 そんな乙女な仕草を繰り返す姉に、俺も涎が垂れる思いである。着々と、姉上の中に恋心が芽吹き始めている事実を確認して。


「ククク……」


 生まれる前から感情を抑制する術を身に付けていた少女。そんな女の子が果たして、その感情を遂に制御できなくなった時……この姉上が、どんな顔を俺や刀花に見せてくれるのか。今から楽しみでならん。

 それはきっとこの黄金週間中だろうかと夢想しつつ、とりあえず今はここへ来た目的を果たさんとする。"ぶらいだるふぇあ"による食事とドレスの試着だ。エクスカリバーが正常化した今、障害は全て排除できたといえよう。

 そう結論付けた俺は、いまだ十字架の前で抱き合う二人に視線をやった。


「どれ、ここからの段取りは任せていいのかティア」

「あ、はいはい。もちろんいいです──」

「いえ、お帰りいただきましょう。これ以上接するのはやはり危険です、ティア」


 笑顔で頷こうとするティアを遮り、エメラルドの瞳に敵愾心を宿らせる聖剣。先程まで姉上に操られていた身だ、その警戒ももっともではあろう。立ち上がったティアを背後に隠し、対峙するように俺と向き合っている。

 だが……俺としては承服しかねる。なぜならば俺の王がドレスを着たいと、馳走を味わいたいと言ったのだ。


「……ほう」


 ならば──どのような手を使ってでも、貴様等にはそれを供してもらわねばなるまい。それを促すのもまた、この無双の戦鬼たる俺の仕事と心得る。

 俺はピクンと片眉を上げ、挑戦的な笑みと共に一歩前へと踏み出した。


「己の王たる者の言葉を遮り、あまつさえご意見とは。一の従僕である"王の剣"が聞いて呆れるな」

「時として良き王たれと、諫言を呈するのも我ら刀剣の務めだ。あと服を着ろ」

「いいや、厳密には違う。それで王を守っているつもりなのだろうが、そんな仕事は盾でもできる」


 我々は人殺しの道具……刀剣なのだ。

 我々刀剣にとって“守る”というのは、“斬り殺すこと”と同義であることを忘れてはならない──!


「王が安全であることなどむしろ大前提。我々刀剣の守護、真髄はその先にある。王の語る理想を、斬り殺すことでもって世に刻み付けた時にこそ……我ら刀剣の存在価値は証明されるのだ。『やれ』と言われて『できぬ』と答えた瞬間、その刃はナマクラ以下へと成り果てる。お前は今、それをしたのだと自覚しろ」

「ふん。私はティアの道具であり、同時に生涯のパートナーだ。その安全を優先できるのならば、私の存在価値など示せなくて構わない。ティアのみを輝かせるその道こそが、私と彼女の王道だ。それと服を着ろ」

「安全を確保すること、王の理想を叶えること。どちらかしかこなせぬなど、二流の刀剣であろう?」

「理想に溺れて判断を見誤る道具など、それこそ三流だろう」

「……」

「……」


 バチバチと、我らの間に火花が散る。

 ここに来たのはティアの提言だが、事前にこの聖剣の許諾を得たわけでもなければ、先の出来事ではエクスカリバーはむしろ被害者のため恩に感じることもない。

 ゆえにこそ、対等な立場にある刀剣として意見がぶつかる。いや、己の奉仕の形が言葉となってぶつかり合っているのだ。


「「ぐぬぬぬぬぬ」」


 俺は式をしたい。

 エクスカリバーはそれを阻止したい。

 互いに抱く刀剣としての矜持を掲げ、俺達は再び激しくぶつかり合う──!


「はんっ、何が『安全を確保する』だ。現に貴様は、学園には来なかったではないか。笑わせる」

「無論、その時とて忠言はした! しかし、ティアは『誠意を』と言って聞かず……ヨハンナも『二度大丈夫ならもう大丈夫でしょう』と楽観的で……」

「それでお座りして待っていたというわけか。確かにそれも一つの忠誠であろうが、俺に言わせればそれで安全を守っているとは口が裂けても言えんな」

「貴様とて鞘花様──こほんっ、貴様の姉君に単独行動させた結果、先程のようになったのだろう!」

「俺程度では縛られぬ覇者ということだ! そして俺は彼女達を戒める鎖になどならず、道を切り開く刃として並び立つ者であろうと常々思っている!」

「肝心な時に隣におらず、お尻ペンペンしたくせにどの口が! 叱ることと縛ること、そこに何の違いもありはしないでしょう!」

「違うのだ! 縛ることと、愛を伝えることは全く別だ!」

「私だってティアを愛しているからこそ言っている!」


 妖刀は率先して敵を見つけ排除する、破壊の守護。

 聖剣は敵を迎え撃つことで排除する、守護のための守護。

 敵を斬り殺す結果こそ同じであるのに、そこに至る過程が違いすぎるゆえ決して交わらず、相容れることはないのだ。

 やはり俺達は反りが合わない。それを再確認しながら互いを睨み、言い合いにも熱が入っていく……!


「この不良刀剣が! そもそもなんだその担い手の多さは浮気性め!」

「俺の心は移ろいなどしない! 皆が俺にとって掛け替えのない王であり、俺もまた全員を真剣に愛している! それに浮気性というのならば、貴様は姉上に鞍替えしただろうが! 貴様の方が罪は重い!」

「あ、あれはっ、鞘花様の美貌に見惚れていた隙をつかれ……あ、こほん。油断さえなければ、私は主を変えたりなどしない!」

「ふん! やはり俺の方が主を想う愛は深い!」

「いいや私の方が深い!」

「張り合うな! では貴様は担い手と“でーと”をきちんと重ねているのか。口付けは!」

「無論している! デートプランだって毎回変えてティアを楽しませている!」

「はんっ、ならば乳を吸わせたことは!」

「ある! 吸ったこともある!」

「深夜に全裸の上、犬の首輪を付けられ散歩したことは!」

「あるわけないだろう馬鹿か!?」

「ちょっと待って。ジンにそれしたヒトがいるってこと? 誰。アヤメ知ってる?」

「き、きききき吉良坂先輩とかじゃ、ななななないかなぁ~~~~~~~……???」

「確かにやりそうね、あのセンパイ。帰国してきたらシメとかないと」

「ごめんなさい先輩……」


 俺達刀剣が言い合う横で、何やら背筋が凍るようなやり取りが繰り広げられていたが……。

 しかし俺がそれを知る由もなく、聖剣と言い合いを……担い手“まうんと”をとり続けていた。


「そんな甘やかした関係性だからこそ、この俺相手に二対一で負けるのだ! 担い手と刀剣は、互いに高め合う存在でなければならん! 覇道と覇道が交わることで化学反応が起き、全てに勝利する方程式……いやさ黄金式が生まれると知れ! マスターが見ていたサッカー漫画でもそう言っていた! その点、我が王達は百点満点である! 見習わせたいものだ!」

「野蛮! ティアは聖女で、私はそれを守る騎士! 守護にも規律が求められ、それが結果として澄んだ美しさと清らかな矜持に繋がる! 我々こそがこの世界において、最も美しい主従関係だ!」

「笑止! 作られた美しさなど、野生におけるのびのびした優美さとは比べるべくもない! 王は誰よりもまず、自由でなければ輝かんのだ!」

「貴様が死体で城を築き上げる間に、私のティアは民と共により強固な城を作り上げる! どちらが優秀な王であるか、言わずとも分かるというものだな!」

「いーや、俺の王達の方が!」

「いーや、私の王こそが!」


 刀剣にとって、担い手は至高の王。最高の存在である! それは如何な王を戴く刀剣とて変わりはしない世界の真理。

 ゆえ、それを証明しなければ気が済まない──!


「えぇい、もう我慢ならん! 王よ、“俺”を使え!」

「ティア、“私”を抜いてください!」


 そうして遂に堪忍袋の緒が爆散した我等は、己が絶対とする王の威光を示さんと振り返り──、


「「……ん?」」


 ………………いない?

 目を点にしていれば、外へ出るものとはまた別の扉がガチャリと開く。この聖堂の横合いあたりだ。

 そこからひょっこりと顔を出すのは、白金色の髪を揺らす女性、ティア。そしてその下から金髪の髪を靡かせる少女、リゼット。

 二人は我々の顔を見て苦笑し、手招きなぞしている。


「まだやってたのですか? もうフェアのお料理食べ始めてますよ? ふふ、平和が一番! エリィも早く。実は良いワインが酒蔵にあってぇ」

「ジン? 早くしないとトーカとサヤカが全部食べちゃうわよ? その聖剣とお喋りを楽しみたいって言うのなら別だけれどね。あといい加減服を着なさい」


 そう言い残し、再びバタンと閉まる扉。その向こうからは、女性陣の楽しそうな声が漏れ聞こえてくる。


「……」

「……」


 …………………………なるほどな。


「やはり、俺の王は最も自由だ」

「やはり、私の王は最も清らかだ」

「……」

「……」

「「ふんっ」」


 互いにそっぽを向いた我等は、とりあえずは己の信奉する王の給仕をするため、負けじと全速力でその扉へと食らいつくのだった。

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