第496話「体操服着させて縄跳びさせろ」



「姉さん! "どう"でしたか!?」

「そこは『大丈夫』とか聞くところじゃないの」


 折檻を終え、姉上を長椅子の一つに座らせれば、駆け寄ってきた刀花が寄り添いそんなことを聞いている。リゼットは刀花の言に物申したいようだが。

 そして当の姉上はというと……、


「…………ぽっ」

「いや『ぽっ』て」

「……いいなぁ」

「いや『いいなぁ』て」


 指を噛み、無言のまま赤くなって視線を逸らす姉と、それを羨む妹。この姉妹相手に、ご主人様のツッコミも忙しそうだ。


「姉上も、これで少しは分かってくれるとよいのだが」


 親の胎内にいた頃から姉上は人間の悪意に晒され、それによりまた命を落とした。

 その生い立ちゆえか、姉上のやり方は人の恨みを買いやすいものが多い。

 愛情たっぷりに育てられた妹と異なり、怨嗟を土壌に染み込ませた悪の花……いつか一度厳しく叱らねばならぬこともあるかとは思っていたが、難しいものだな。


「さて」


 姉上には後でティアに謝罪をさせるとして、次なる問題はやはりこの聖剣だな。いや、姉上の霊力に侵された今は、最早魔剣か。


「……」


 祭壇の前に立ち、人型をとるエクスカリバーは茫洋とした目付きで中空を見つめ続けている。

 黒のドレスは華やかだが、しかしその肌は蝋のように白い。エメラルドの瞳には一切の光がなく、死体かと見紛うほど生気を感じられなかった。

 その変わり果てた姿を前にして、元の持ち主であるティアは遠慮がちにこちらへ声をかけてきた。


「あ、あのぉ~、な、治りますよね? ね? 治らなかったらさすがに先生のお姉様といえど私も恨みますし、バチカンのエクソシスト達と戦争になってしまうのですが~……」

「ああ……」


 ティアを含めた悪魔祓い全員を鏖殺するのも忍びない。となると……、


「綾女」

「う、うん。力を貸して、"血吸"……!」

「おぉっ、これが噂の!」


 阿吽の呼吸で綾女の手に渡り、神刀を抜く。


神刀祓除しんとうばつじょ──旭光刃きょっこうじん!」


 綾女が俺を振り下ろせば、聖堂に夜明けの光が満ちた。あまねく魔を祓う、神刀の聖なる光が。

 ──しかし、


「……あ、あれ?」

「顔色はよくなったかもしれんが……うーむ」


 その光が晴れてなお、エクスカリバーは沈黙を貫いたままだった。

 俺から手を放した綾女も、その手応えの無さに首を傾げている。


「なんで……?」

「……さすがに同じ出力の道具であれば、年季の違いが如実に出るか」


 長年をかけて凝り固まった悪意と、いまだ成り立ての神刀使いでは技量に差が出るのは必定と言える。


「せめてあと半年もあれば勘所を得、なんとか祓える程度には錬度も追い付こうがな」

「ご、ごめんなさいユースティアさん……力不足で」

「は、半年も待てませんよっ! うち結構人不足なんですからね!?」


 秘密組織ゆえの人員不足は、どこも共通か。朱雀めも嘆いていた。

 時間をかければ治ると聞いて安心はしたようだが、さすがに半年は待てぬと言う。それはそうだろう。俺とて半年も少女達と会えぬとなれば、干物となって猫の餌にでもなってしまう。

 俺と綾女が難しげに唸っていれば、椅子から立ち上がった姉上が、しょんぼりとした様子でティアに頭を下げている。


「も、申し訳ありません……私の粗相で……」

「本当ですよっ。今すぐ治してください! 治らなかったら弟さんを一生借りていきますからね!」

「う……」


 聡明な姉上が息を詰まらせ、着物の袖を指でコネコネする。そもそも治るようにはしていなかったのだろうから、姉上も咄嗟に治療法を思い付かぬらしい。

 俺を借りていくというティアの言葉に不安を感じた刀花に袖を引かれていることも加わり、なんならまたちょっと姉上は泣きそうになっていた。事態はいまだ逼迫している。


「……む?」


 なにか打開策はないものか、とエクスカリバーを観察する。

 そうしていれば、一部の変化に気が付いた。その視線の向きが……?


「……ティアを見ている?」

「えっ?」


 やはりそうだ。

 ティアが動くたび、その姿を僅かに視線で追っている。先程の旭光刃の影響か、やはり刀剣とその担い手の絆は切っては切れぬという証左か。


「エリィ、エリィ! 私が分かりますか! あなたの担い手、ユースティア=ペルフェクティオですよ!」

「……」


 言い聞かせるように己の名を言って、ティアはだらんと下げられた両手を握る。

 しかし……あまり反応は芳しくない。まだ足りぬか。


「もっと声をかけるのだ。その脳を刺激するように」

「エリィ! 恋人の声が届かないのですか!」

「もっとだ。二人だけの良い思い出などでその意識を手繰るのだ」

「初めてキスを交わした日を覚えていますか……?」

「あら、なんだか素敵エピソードっぽい」

「──ベロンベロンに酔った私がふざけてあなたにキスして、『あ、私って"そう"なんだ』と、真の愛に気付かせてくれたのですよね……」

「最悪だったわ」

「あと直後に戻しちゃってごめんなさい」

「最悪の更に下を直後に更新するのやめてくれない?」

「ふふ……今では笑って振り返ることのできる、二人だけの良い思い出ですよね」

「『二人だけの良い思い出』って振りで最初に出てくるのがこれ? いや確かに深くは刻まれるのでしょうけれど……」


 情緒あふれる恋が好きなご主人様が一瞬期待し、直ぐ様ドン底に落とされていた。話を聞く限りエクスカリバーはよくやっていると思う。

 そしてそんなエクスカリバーはというと、


「……」

「どこか疲れた顔をしていないか?」

「どうしてっ!?」


 血色が悪くなったような……果たしてその思い出とやらは、エクスカリバーの中で良いものとして刻まれているのかどうか……。

 もっと良い話はないのかと視線で問えば、ティアはエクスカリバーとの温度差にムキになったのか口早に言う。


「はっ、初めてのエッチの時はっ!」

「すごいアクセル踏むわね急に。これ私達聞いてていいやつ?」

「──お酒に酔った勢いで!」

「あなたお酒やめた方がいいんじゃない?」

「勤務時間中に!」

「力持つ者って嫌よね。替えが効かないから、下手に解雇できないのだもの」

「人気のない教会の裏で!」

「どの口で普段から『アーメン』って言ってるのかしらこの聖女さん」


 そもそも聖職者が勤務時間中に飲酒淫行する状況とは……?

 バチカンとは随分と末法めいている国のようだな。いやこの者等が普段から好き勝手しているだけなのかもしれんが。それは上司も『セーラー服のコスプレして潜入しろ』と命ずるわけだ。


「どうですか! なにか思い出しましたかエリィ──いったぁ!?」


 ティアがエクスカリバーにデコピンされている……今の状態でそれはよっぽどだぞ。


「どうしてぇ……」

「お酒でしょ」

「場所もかなぁ……そういえば昨夜もお外のトイレで……」

「ちょっ、ちょっとしたスパイスではありませんかぁ!」


 リゼットと綾女の言葉に、言い訳をかます聖女。聞き間違いでなければ『ちょっと』と言ったか? 最早スパイスが主食になっているよう聞こえたが……乙女の純情は、もう多少大切にしてやった方がよいのではなかろうか。


「もう思い出話はよい……逆効果な気すらしてきたわ」

「そんな……エ、エリィだって最後は気持ち良さそうに──」

「そういう生々しいのやめて」

「私はもう少し聞いてみたいですけど。参考までに!」


 姉上と"一緒に"を狙う刀花が琥珀色のおめめをキラキラさせているが……まぁ後で頼む。

 すごすごと引っ込むティアを横目に、俺は腕を組んで唸る。


「うーむ、ティアを目で追っている以上、切り口は間違えていないと思うのだが……」

「ふふ、お口は黙りでも、身体は正直に聖女わたしを求めるのですね♪」

「この聖女絶対イケナイ同人誌からも日本語勉強してるでしょ」

「え、リゼットさんはどうしてそれが分かるんです?」

「そっ、れは……こう、ほら……ほ、保健の授業で……?」


 日本の高等保健教育はさておき、エクスカリバーがティアを求めているのは確かであるように思う。問題はどういった質においてティアを求めているのかだが……。

 俺もエクスカリバーの視線に倣い、何か掴めぬかとティアをじっと見つめる。


「ふーむ……」

「あ、あの……先生? そんなに熱く見つめられると……それもエリィの前で……」

「なんでちょっと興奮してるのこの人……もう聖女じゃなくて性女でしょ」

「いくら私の顔がよくってスタイルもよくって男性経験は無い食べ頃のシスターで最強のエクソシストだからって……」

「属性の洪水やめなさい」


 そこにセーラー服のコスプレも加わるのだから恐れ入る。いや、待て。


「……格好、か」

「はい?」


 セーラー服姿でくねくねしていたティアが、こちらの呟きにキョトンとする。ペットは飼い主に似るという……ここは試してみるか。

 俺はカツカツと靴を鳴らし、ティアの背後へ回る。ちょうどティアがエクスカリバーの前へと来る位置だ。

 そして俺は手を下へと持ってゆき──!


「技を借りるぞガーネット。亜流・酒上式……秘め事よパン舞い上がれティーラ──!」

「ほえ?」


 バッと、その短いスカートを掌底の風圧でもって持ち上げた! 

 それにより、白ストッキングに秘められた鋭角な黒下着が晒される……!


「ふぉぉぉぉ!!?? なななな、なにをぉ!?」


 真っ赤になってプリーツスカートを押さえるティアだが、それをするには遅すぎる。既に周囲の少女達も、バッチリとその目に収めていた。


「うわ、食い込みえっぐ……」

「シスターさんって、下着もエッチなんですね!」

「更衣の時のは見間違いじゃなかったんだぁ……」

「い、いやっ、これはっ、趣味というわけではなく! ほら、修道服って結構下着のラインが出てですね! セーラー服を着るとも思ってませんでしたから、替えの下着も急には用意できずにですね!?」


 あとで姉上に聞いたが、これは"てぃーばっく"という種類の下着らしい。女性陣の反応からして、なかなかに覚悟を要する下着のようだ。

 だが、その甲斐あってか……!


「見ろ、ティア! エクスカリバーの目が皿になっているぞ!」

「はっ……!?」


 そうなのだ! 死んだ目をしていたエクスカリバーだが、今は食い入るほどにティアのスカート部分を見つめている! やはり!

 俺がしたり顔で頷けば、その反応に気付いた刀花が隣のリゼットに聞く。


「こ、これはっ! どういうことなのでしょうリゼットさん!」

「どうもなにも、似た者変態主従ってだけでしょ」


 エクスカリバーは魔に堕ちてなお、求めているのだ。

 そう──ティアの痴態を。恋人のあられもない姿を!

 これだ。先の思い出話より、よほど反応がある。この路線でいけばきっと……!


「よし、いい調子だぞティア」

「私は絶不調なのですがっ!?」

「もっとだ。もっとエクスカリバーめを誘惑するのだ」

「ゆ、誘惑です……? えっと……だ、"だ○ちゅーの"……?」


 聞き馴染みの無い文言と共に、ティアが腕を寄せて谷間を強調する。豊かな双丘がセーラーブラウスをこれでもかと押し上げ、青の襟から覗く深い谷間がなかなかに誘惑めいているが……。


「今のは何らかの呪文か……?」

「今のなに?」

「うーん、聞き覚えがあるような……?」

「姉さん、姉さん。"だっちゅ○の"ってなんですか?」

「──"だっ○ゅーの"とは、九十年代後半に活躍した女性芸人コンビが生み出したネタです。先にトークでわざと場を冷やし、最後にこの『だっち○ーの』を言いながら胸を強調することにより、場にオチをつけるわけですね。今で言う、なかやまき○に君の"パワー"や"ハッ(笑)"と似たような使われ方で……しかしその起源には諸説あり、もともとはツッコミの言葉だったのですがボキ○ブラ天国にて異なる使い方をされたのが切っ掛けで──」

「謝るので……謝るので解説やめてもらっていいですか……あと私、お姉様と多分同じ世代の香りがするので仲良くなれそう……」


 ティアがさめざめと泣いている……知らぬ間に秘孔を突いてしまったか。


「エクスカリバーの反応も悪いな。古いネタはやめるといい」

「ふっ!? 古くないんれすけお!!??」


 キレすぎて呂律が回っていないぞ。本人としては会心の誘惑仕草だったのかもしれん。あとなぜか姉上も「うっ」と胸を押さえダメージを受けていた。

 依然として大きな反応は無いが、ティアを見つめ続けるエクスカリバー。まだだ、まだ足りん。


「……こういう時は、専門家に聞くか」


 先程、術技を借りたばかりで申し訳ないが。

 俺は国内から、更に遠くへと霊波を飛ばし──、


「聞こえるか、ガーネット」

『いや~ん♡ 彼ピのモーニングコールで起きるのガーネットの密かな夢だったの~♡ なんて言うと思ったかガーネットちゃんがまだスヤスヤ寝てたでしょうが!!』


 時差を考えれば、カナダはまだ早朝らしい。起き抜けで機関銃のように言葉を放つのはさすがである。


『んで、爽やかに別れといてなに急に? も、もしかしてぇ……ガーネットたんの声がぁ、聞きたくなっちゃったのかにゃあ~ん? にゃんにゃ~ん? かぁ~! 仕方のねぇハーレム野郎だよまったく──』

「今、バチカンの剣姫の相手をしているのだが、年嵩のある女性にピッタリな誘惑方法なぞ何か思い付かないか」

『──体操服着させて縄跳びさせろ』


 甘い声色から、即座に真剣なものになる切り替えの早さもさすがだ。


「なるほど、感謝する」

『あとで動画送って☆ つか私抜きでなに面白そうなことしてんだよ~。デュフ……あたしも混ぜてよw』

「ではな。川下り、応援している」

『ぅおい!!』


 遠い地から、ガーネットの健康と仕事の成功を祈っているぞ。


「話は聞いていたな。今すぐ体操着に着替えて縄跳びをするのだ」

「嫌です……」

「見ろ、エクスカリバーが親指を立てているぞ」

「もう意識戻ってませんかねこれ!?」


 そうしてティアは「ひーん!」と泣きながらも、体操着袋を持って端の懺悔室へと引っ込む。

 衣擦れの音を聴きながらしばらくして……小さな懺悔室の扉がガチャリと開く。


「や、やはり、この薄着は、少し……!」


 そこから現れたるは──パツンパツンに盛り上がった白シャツの裾を、懸命に下へと引っ張る成人女性の姿。

 その仕草により、たっぷりとした乳房が自在に形を変え、余計にその豊かさを強調している。生地の薄さも加わりレースのふんだんにあしらわれた黒い下着が透けて見えた。

 下は学校指定の青いハーフパンツを着用しているティアだが、ズボンという着衣自体に慣れがないゆえか、落ち着きなさそうに白ストッキングに包まれた太股を擦り合わせていた。"まにあっく"な組み合わせだな。ご主人様の黒ストッキングや妹のミニスカニーソも滾るが、これもなかなか……。


「ふえぇ~ん……」


 羞恥によって紅潮した肌にはしっとりと汗が浮かび、足も膝同士がくっつくほど内股となりモジモジしている。

 その姿は授業中にも見たものだが、今はその白金色の長髪も二つ結びから"くらうんはーふあっぷ"へと変貌を果たし、濡れた女性の色香とでもいうべきものがムンムンと漂っていた。薄着と肌の露出により垣間見える、大変もっちりとした肉も抱き心地がよさそうであり……、


「──ほほう」

「ジ~ン~?」

「に~い~さ~ん~?」

「……体操服かぁ」


 思わず感心した声を漏らせば、膨れたリゼットと刀花に頬をつねられてしまった。綾女は何か思案しているようだが……。

 そんな俺の不埒な視線に、ティアも更に真っ赤となって身体を縮こまらせた。


「うぅ……主よ、我等が罪をお許しください……」

「ふぅむ、あれだな。一度汗をかいた服を再度着ることにより、香りもまた醸造され──」

「お許しくださいぃぃぃぃぃ!!!!」


 天晴れ、気合いの入った縄跳びだ!

 重力に負け気味なその長乳も、跳躍に合わせてだっぷんだっぷんと重そうに揺れておる。丈が短いゆえ形のいいヘソがチラリと覗き、ハーフパンツの淵に乗っかり余った腹肉も美味そうだ!

 煌めく涙と汗に青春の光が宿る。身を削る心地で縄跳びするティアを前に、件のエクスカリバーは……!


「────」

「おぉ、見ろティア! エクスカリバーがお前を見ながら、無言で鼻血を出しているぞ!」

「ほ、ホントですか! 私、今輝いてますか!?」

「無論だ。あともう一押しあれば、落ちると見える!」

「エリィ! もっと私を見て……! ほらっ、二重跳びですよ二重跳び!」


 頑張れティア! あともう一踏ん張りだぞ! 周囲の気の毒そうな視線を自覚する前に完遂するのだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る