第314話「二人は良き友人であるようだな」



「そいじゃ予定通り引っ越し作業始めますんで、お邪魔します~。きらっ☆」

「は、はぁ……」


 カードで解錠した“たわまん”、その玄関の先。

 ホテルの待合にも似た広間、そこに待機する受付(こんしぇるじゅと言うらしい)に一言断ったガーネットが、笑顔でこちらに振り向き手を振る。


「んじゃ、よろ~♪」

「ああ」

「し、失礼します~……」


 この施設の豪奢さに気後れ気味な綾女を連れて、数々の段ボールを持った“俺達”がゾロゾロと続く。

 その百鬼夜行を困惑して見つめる受付に、ガーネットが一応といった体で釈明をしてくれる。


「あ、この人達ってば兄弟なんですよぉ。大家族でぇ」

「そ、そう、なのですね……?」


 たとえ信じられぬ光景であろうが、実際に目の当たりにし、思考の逃走経路をこうして用意してやれば、後ろ向きにも納得してしまうのが人間という悲しい生き物なのだ。

 冷や汗を浮かべて我等を見送る受付を横目に、広間の奥へと足を進める。して、ガーネットの部屋に行くためには……む、これは……?


「おお、見ろ綾女。エレベーターがあるぞ」

「ふふ、そりゃあるよぉ。刃君、階段で五十階に行くつもりだったの?」

「エレベーターの付いた集合住宅施設など、俺は見たことがなかったのでな」

「悲しすぎんだろ国宝が貧困生活送ってたとか。刀剣ファンが泣くぜ……」


 デパートなどにあるものより巨大なエレベーターに乗り込みながらそう言えば、ガーネットがわざとらしい泣き真似をする。

 確かに、リゼットに拾われる前はオンボロアパート暮らしだったが、あれはあれで今思えば悪い生活でもなかった。

 たった一部屋に、身を寄せ合って生きる。だが狭いというのはつまり、手の届く傍に大切な温もりがいてくれるということだ。

 常に妹の姿が視界にある生活……ああ、悪いものではなかったとも。とはいえ、あのように貧相な住宅など、俺の妹には相応しくないと言えばそれまでなのだがな。刀花には本当に、苦労をかけた……。


「くっ、俺にもっと甲斐性があれば……!」

「分かった、分かったからエレベーターで泣くのやめれ。他の刃も泣き始めちゃったじゃねーか。つか狭っ」

「むぎゅう」


 さすがに重量制限ギリギリまで攻めた人数ではこうもなるか。ガーネットと綾女が、俺という海に溺れておるわ。


「く、苦しい……おい変なとこ触ったら引っぱたくかんな。でもこうしてファンに囲まれんのってちょっと悪くないかも……ハーレムみたいで」

「っ!」


 揉みくちゃにされてなお若干幸せそうな顔をするガーネット。そしてその言葉に、綾女もなぜかピクリと反応し、頬を染めながらもすっかり大人しくなった。その軽い体重をほんの少しこちらに預けてくれているのは、俺の気のせいではあるまい。


「む、着いたか。残念」

「なるほどなぁ……分身できんならこうして一人逆ハーレムも可能ってことか……悪いこと思いついちゃったなァ、薄野ちゃん?」

「の、ノーコメントです……」

「えぇ~? ホントは想像してんでしょ~? ベッドの上でぇ、複数の刃からイジワルされる薄野ちゃん……んほぉ~、脳が破壊されるぅ~。クソが、めっちゃイラついてきたわ……」

「せ、先輩っ! そんなダメなことしませんよぉ!」


 真っ赤になった綾女が、勝手にイラついているガーネットに追いすがっている。だがそんなこと俺とてせんぞ。俺が俺に嫉妬して崩壊するわ。

 鼻息を鳴らして、絨毯の敷かれた廊下を行く。それにしても廊下にすら絨毯とは……天井も高い。周囲の調度品やドアの金細工からして、まるで高級ホテルを思わせる。本当に賃貸なのか?


「ほい、じゃあここね」


 綾女と共に物珍しさにキョロキョロしていれば、先んじていたガーネットがこちらを誘導する。


「オープン~♪」


 そうしてまたしてもカードで解錠をした、その扉の先には……、


「ふわぁ……!」


 その先にある居間を見た綾女から、感嘆の息が漏れる。

 一目見た印象は、まず広い。そして明るい。奥行きのある壁の白と、一面に連なる巨大な窓ガラスが大きく日を取り入れるがゆえの印象であろう。


「まー、まだ家具設置してないからってのもあるだろうけど。どう、広いっしょ? これなら連日、女の子を取っ替え引っ替え連れ込めるってもんよぉ、デュフフ」


 悪いアイドルがいる。これが枕営業か……。

 今後の目論見にほくそ笑んでいるガーネットだが、まず住める環境を整えねば始まるまい。


「家具の配置は決まっているのか?」

「んー、まぁだいたいは。だいぶテキトーだけど」

「先輩っ、風水には気を付けた方がいいですよっ」

「お、おう……どうした急に」


 過去に風水で痛い目を見てしまった綾女が、ガーネットにそう言い含む。ある程度はこちらで気を配った方がいいだろう。


「では、指示を頼む」

「うい~。とりあえず服とかは別室に衣装部屋があるからそこね。食器とか日用品の詰まった段ボールはここに置いといて。んでベッドは二階っつーか、ロフトの方でぇ~……」

「すごいねぇ、刃君。部屋の中に階段があるや……」

「窓の外も見てみろ、絶景だぞ」

「おぉ~……!」


 ガーネットの指示にテキパキと従いながら、綾女と共に部屋を散策する。

 ここまでの部屋の高級さとなると目に映るもの全てが新鮮なのか、庶民派の綾女も先程から感心しきりだ。己の背丈より大きい窓ガラスにくっつき、外を眺める様は年相応で可愛らしい。

 豆粒のように小さい地上を睥睨しながら、ふと綾女が首を傾ける。


「……こっちの壁一面ガラスだけど、外から覗かれないのかな?」

「この高さでは、望遠鏡が無ければ難しいのではないか? まぁトップアイドルが住む部屋となれば、その労苦を惜しまぬ輩が多数であろうが」

「いやいや、外からは見えねぇ加工してあっから。タワマンは広さとか豪華さだけじゃなくって、そのセキュリティが頼りになるから住む人が大半だし。さっきのコンシェルジュとか見たべ?」

「ああ……」


 なるほど、そういった側面もあるのか。

 安さには安い理由があり、高さもそれと同じくするというわけだ。悪貨が良貨を駆逐するのとは逆で、高価というのは、それだけで悪客を寄せ付けぬものである。

 綾女と二人で頷いていれば、しかしガーネットは頬をポリポリとかいてみせる。


「ま、でもデメリットも当然あるけどね」

「そうなんですか?」

「うん。ゴミ出しが大変」

「あー……」


 そんな一気にスケールの小さくなった悩みに、苦笑を浮かべる綾女。それは……確かにな。俺も覚えがある。

 我が足も駿足とはいえ、森深くの屋敷から近隣のゴミ捨て場まで赴くのはそれなりに億劫だ。ならば魔法使いといえど、一人の少女が休日の朝に地上数十メートルの高さからゴミを出しに行く気分はどれほどのものか、想像に難くない。


「あとスマホの電波もねぇ……はよWi-Fi設置しないと……」

「あ、ホントだ! 電波が無い!」

「ほう?」


 それは良いことを聞いた。


「つまり今、二人は孤立無援ということか。なるほどな……」

「おう生々しいこと言うのやめろや、エロエロ魔人がよ……」

「じ、刃君、めっ!」

「冗談だ」


 危機感を覚えたのか、きゅっと身を寄せ合う二人に肩を竦めつつ、段ボールを検めていく。表面に黒ペンで何が入っているのかが書いてあるため、そう迷うこともない。


「これは食器類。化粧品、小物類……む、こちらは下着類か。どれどれ」

「『どれどれ』じゃねぇんだわ。誰が開けていいっつったんだよ」

「既に箪笥や机も設置し、分身も用済みと思い消した。小物もそれとなく置いていかねば、時間などいくらあっても足らんぞ?」

「デリカシーも足らねぇんだよ。いや、ちょ、広げんな広げんなバカっ!」


 薄ピンクの下着は、彼女の言う“見せパン”ではなく、普段使いするもので恥ずかしいらしい。可愛らしく照れおってからに。


「他は……ああ、日用品はこちらの棚に置けばいいのか?」

「お、おう……ん? あれ、こんなコップとかあたし持ってたっけ」

「それは俺のだ」

「何しれっと自分のもんも紛れ込ませてんじゃい! あたしの部屋ぞ!? さりげなく私物を増やしていく系のヤンデレかテメーは!? 入れるなら薄野ちゃんの私物にしてくんな!」

「あはは……よーし、私も手伝いますねっ」


 そうして騒がしくしながらも、引っ越し作業はほぼ滞りなく進み、夜にはガーネットの奢りで焼き肉パーティと相成ったのであった。

 そうして解散し、その帰り道。「もう車はいいかな……」と遠慮した綾女をお姫様抱っこして、今日も何事も無く平和だったと安堵しビルの上を跳んでいれば……、


「それにしても、刃君も隅に置けないなぁ。先輩まで刃君のこと好きになってるじゃん」

「……ほう」


 ……どうも、彼女の気持ちは筒抜けだったらしい。しかし、一体どこで……。

 不思議がっていれば、綾女が呆れ混じりに苦笑した。


「いやぁ、男の子を部屋に呼ぶ時点でね。だって先輩、学生時代にも結構男の子から言い寄られてたけど、ガードは堅かったんだよ? そんな先輩が男子を新居に呼んで、お引っ越しを手伝わせるんだもん。そもそも、二人の様子を見てたらすぐに分かるよ?」

「……ならば、そう言えばよかっただろうに」

「ふふ、ごめんなさい。慌てる先輩が可愛くって、つい。在学中はイタズラをだいぶされたし……おあいこってことで」


 そう言って、悪戯っぽくペロッと舌を出す綾女。敵わないな、これは。


「誤魔化せていたと思っていたのだがな」

「乙女心は複雑なようでいて、とっても分かりやすいのも可愛いところなのです」

「それは……何かの受け売りか?」

「……実体験、かな?」

「クク、なるほどな……」


 そんな、すっとぼける恋する乙女の一人を抱き直し。

 俺は充実した心地で、夜空を駆けるのだった。





「いやマジで私物置いていきやがったあのヤロー……」


 あたし、吉良坂ガーネットは二人と解散した後、新居に戻って部屋を物色していた。渋い顔を浮かべて。


「これじゃ女の子呼べないじゃん……」


 あたしが使うのより大きめのマグカップ片手に、ガクリと肩を落とす。事務所の後輩とか呼んだ時どうすんのさこれ。いやこれくらいだったら誤魔化せるか?


「……ま、いっか。言うほど悪い気も、まぁ……しないし?」


 なーんちゃってなーんちゃって!

 いやいや、ちょっと新婚さんっぽいなとか思ってねぇしぃ~? 今日一日薄野ちゃんにもあたしの気持ちバレてなかったしぃ~? 余裕よ余裕!


「とりあえずあとで全部物置に隠しとこ……んじゃ今日はもう風呂に~……ってうぉい! 着替えまであるじゃねぇか!」


 お泊まりコースかよぉ!

 おいおいおい、仮にもアイドルの私室ぞ? ファンから清らかな存在として扱われてる偶像ぞ? その生活空間に、ズカズカと男の影を臭わせやがってよ……。


「そもそも、あいつ自前の霊力で編んだ和服がメインだろうが。こんなシャツとか……シャツ、とか……」


 ……おっきいな、このシャツ。


「……」


 ……ちょっと。

 ちょっと……いやちょっとね? やっぱあざとさメインを売りにしてるあたしからしたら、まぁ、ね? やっとかないとな~って感じで、ね? いや別に他意は無いよ?


「風呂風呂~」


 自分の丈には合っていない、その白シャツを脇に抱えてバスルームへ。

 そうしてたっぷりと時間をかけて身体と髪を念入りに洗う。自分の身体はアイドルにとって商売道具だかんね。武器の手入れには時間がかかるってもんよ。

 入浴を済ませ、暖房の効いた部屋で誰に憚られることも無く裸のまま髪と身体を乾かし……どれどれ。


「うおぉ……えっちじゃん?」


 姿見の前に立つ自分の姿に、悦に浸る。

 うぅむ、さすがあたし。裸ワイシャツも様になってんじゃーん? こりゃグラビア方面でも売り出せるな……。いやさすがにこんな際どい衣装は着ないけど。


「ふぅ~、バカじゃねーのあたしぃ~♪」


 ボタンを開けて谷間を晒し、太股も大胆に見せている格好があたしのテンションを破壊する。風呂上がりの火照った身体と湿った髪もグッド!

 なにより……好きな男の衣服だけを身に纏っているという状況に、バカだなと思いつつもときめきを止められなかった。なんせブラもパンツも着けてないからね! ふぅ~えろーい!


「あー、おもろかった」


 そのまま、バフッとベッドにダイブする。久しぶりに恋する女の子したわ。アイドルって職業をやってると、プライベートの時間をあまり捻出できなくていけねぇ。嫌なわけじゃないけどね。


「あ……刃の匂い……へへっ♪」


 だから今日は、一段と良い夢が見られそう。


「おやすみ、ダーリン……」


 襟の部分を少しだけ引き上げて。

 あたしは彼の香りに包まれて。一人のただの女の子でいられる、夢の世界へと旅立つのであった……。


 ま、夢に出てきたのは薄野ちゃんだったけど。


 やっぱり薄野ちゃんがナンバーワン!!

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