第313話「無免許は同乗者もしょっぴかれちゃうゾ☆」



 高速で回転するタイヤが、舗装されたコンクリートをしっかりと掴めば、心地よい振動が車体を伝う。こればかりは、徒歩などでは得られぬ感覚である。


「いや~、助かるわぁ」


 ハンドルを握ってしばらく経った頃、隣の助手席から改めてといった具合で声を発する一人の少女がいる。

 今日は特に変装をする必要性がないのか、肩出しの白いトップスと、青と白のシンプルなチェックスカートも華やかに。彼女のシンボルであるピンクの髪も、優雅に風に遊ばせて。


「まさか刃が大型トラックをポンッと出せて、しかも運転までできるなんてね。これなら知らない引っ越し業者に見られたり身バレしたりする心配もないやね」


 そして見た者全てを笑顔にする、とびきりの笑顔をこちらに向けて。

 我等がトップアイドル・吉良坂柘榴は透明度の高いピンクの瞳をご機嫌に細めながら、その感謝の理由を述べた。

 そう。現在、俺はこの魔法使いのため、引っ越し業者の真似事をしている。

 先日の念話魔術の折、彼女がチラリと言いかけていた『ホテル暮らしも飽きたしそろそろ引っ越したい。でも知らない引っ越し業者はちょっと怖い』との言は記憶に新しい。ならば守護を主命とするこの無双の戦鬼が、こんな時に動かないわけにもいくまいて。

 そういったわけで、今日は彼女の"ぷらいべーと生活"を守護ることが、我が使命というわけである。


「気にするな。道具にとって、見初めた相手の役に立つことこそ、至上の喜びなのだからな。……本来の用途とあまりに異なることに関しては少々不服であるが」

「既にお嬢様にお茶淹れたり、妹を甘やかしたりしてる殺戮兵器(笑)が言っても説得力ねぇ~。素直に『日本一可愛い女の子、ガーネットたそのお役に立てて嬉しいわん!』って言いたまえよこのツンデレめ~」

「あまり調子に乗ると、この積み荷の乗ったトラックを空に飛ばすぞ」

「こえーよ。F○15かよ」


 そんな下らないやり取りを前部座席でしていれば、


「……でも、刃君って武器しか出せないんじゃなかったっけ?」


 今度は後部座席から、そんな疑問の声が飛んできた。今日は連れがもう一人いる。


「そういう不思議なのはよく分かんないんだけど、前にそう言ってなかったっけ」


 重箱の隅をつつくといったわけでもなく、素朴な疑問として首を傾げるのは、カフェオレ色のショートカットがよく似合う少女……薄野綾女だ。

 こちらはガーネットが『薄野ちゃんも新居見に来る~?』と軽く誘った結果である。綾女の性格からして新居とやらを見るだけでなく引っ越し作業まで手伝ってしまうだろうが、小柄な彼女が怪我をせぬようこちらも気を配っておかねばな。それと今日は休日であることと慕っている先輩からのお呼ばれということもあってか、前髪の一部が編み込みになっており、そのおめかし具合が大変可愛い。服も常より気合いを入れて、飾り気の少ないシンプルな淡い青のシャツと、灰のフレアスカートを合わせている。控え目に言って結婚したい。

 して、その疑問についてだが……、


「車の発明から、この機械が今まで何人の人間を殺していると思っている」

「すっげぇ嫌な理由だわ……」

「あ、はい……」


 二人がドン引きするが、まぁそういったわけだ。この俺が人殺し以外の道具など出すものか。

 確かに俺はほんの少~し機械音痴かもしれんが、こうした道具はある程度扱えるのだ。


「だが哀れな道具よ……ただの移動手段でありながら、使い手が愚かなばかりに……」


 労るようにして、そっとハンドルを撫でる。

 俺が出したからには、この子を本来の用途でキチンと使ってやらねば! 安全第一! なにより二人もの大切な少女の命を乗せておるがゆえに!

 信号が青になったことを確かめつつ、俺はしっかりと目視でも他車両や歩行者の影がないかを確認する。


「右よし! 左よし! ……アクセル全開!」

「全開はやべーよバカチン」


 ぺしり、と隣から手が飛んできた。いかんいかん、つい気合いが空回りしてしまった。

 ゆっくりとアクセルを踏み込む俺を、ガーネットはじっとりとした視線で見つめている。


「あたしの大事な荷物も積んでんだから、安全運転で頼むぜマジで」

「分かっている。といっても、服や書籍ばかりだったではないか」

「ばっか、女の子にとって服は財産よ? あとただの本じゃなくて魔術書ね。これらは組合から借りてるやつだから、傷付いたり紛失したら弁償しなきゃいけないんだかんな。一冊数百万はくだらねぇから、暴走なんてしようもんなら覚悟しとけよ。あと薄野ちゃんっていうあたしの嫁もね」

「……なるほど、心得た。それと訂正するが綾女は俺の嫁だ」

「お? やんの? お? お? テメー、運転しながら一級魔法使いに勝てると思って──んひゃうんっ♡」


 ペロリ。


「ちょっ!? おっ、オメー! なに事務所の許可得ずにアイドルの眼球をカメレオンみてーに舌伸ばして舐めてくれてんじゃい! う、おぉ~……サブイボ、サブイボすごい……なんだ今の。でもちょっと癖になるかも……」


 真っ赤になって捲し立てるガーネットに満足を覚える。因果応報。勝ったな、綾女は俺の嫁である。

 そうやってぎゃあぎゃあ騒ぐ前部座席を見て、綾女は冷や汗を流して話題を変えようとする。


「あはは……でも刃君ってすごいね。車の運転までできちゃうなんて。頼れちゃうなぁ」

「できるぞ。俺の脚の方が速いとはいえ、こう荷物が多いとな」

「へんっ、薄野ちゃん甘やかすなって。あたしだって免許さえ取れば運転くらい……ん?」


 綾女の褒め言葉に得意になっていれば、ガーネットが言葉を途中で切る。

 そのまま、疑わしげな瞳で俺を見た。


「……刃って、車の運転できるんよね?」

「できるぞ」

「……刃って何歳だっけ」

「戸籍上は十七歳だぞ」


 鍛造は千年前であるが。

 そこでガーネットは、満を持した様子で言葉を綴った。


「もう一つ聞いていいかな……国が認めてる運転免許取れる歳って、何歳だっけ」

「……」

「じ、刃君……?」


 ……勘のいい魔法使いは、あまり好きではないな。


「む、高速に合流する」

「おい」

「刃君!?」


 ちなみに──……十八歳からだ。

 加えて言えば、大型免許はそこから更に三年ほどの習熟を要する。


「おいテメー! 運転が"できる"ことと運転を"していい"ことは同義じゃねぇぞー!!」

「刃君、免許、免許は!?」

「いつも思うのだが、高速の合流はどうも慣れん。次で行くか……よし、南無三っ!」

「「南無三っ!?」」


 俺は、無双の戦鬼。

 たとえ数十時間以上の教習が必要な車両であろうと、片手間に使いこなしてみせる──!


「降ろしてくれぇーーー!!」

「私……私、寝ますね……」

「逃げるなぁー! 薄野ちゃん! 直視できねぇ恐怖から夢の世界に逃げるなぁー!」


 そんな阿鼻叫喚に包まれながら、俺達はガーネットの新居へと車を走らせるのであった。のんびりとな。


 そうして我等の街と比べ、ビルも人もより多い他地域にある街の中心部へと進行した。

 数時間経って日も昇り、ビルのガラスに光が幾重にも反射し宝石のようだ。良い引っ越し日和である。

 そう頷きながらトラックを降りると、ヘロヘロになった二人も後に続いてきた。休憩所には立ち寄ったのだがな。


「つ、着いた……五体満足で……」

「私、ちょっと気を失ってました……」

「無事もなにも、当たり前だろう。信号も道交法も全て遵守した」

「法律を守れてねーんだよバカタレ。もう二度と頼まねーかんな」


 プンプンする彼女に肩を竦めておく。ワガママなお姫様だ。せっかくこの臣下ファンが馬車を用意してやったというのに。

 それにしても、


「ふわぁ……それにしても、おっきいねぇ」

「そうだな……」

「そらぁ、みんなの憧れタワマンだもんね」


 旅の疲れも吹き飛ぶほど。

 綾女の感嘆の吐息と、ガーネットのドヤ顔にも素直に頷くというものだ。

 トラックはマンションの入り口近くの路肩に停めたのだが……相当見上げねば、最上階など見えんぞこれは。


「これは……確かに、引っ越しには骨が折れような」

「頼りにしてるぜぇ~?」

「……報酬は弾んでくれるだろうな」

「……言っとくけど、あたしの部屋に入れるからって今日はえっちなこと無しだかんな」


 友人である綾女に気を遣っているのか、ガーネットがコッソリと背伸びをし、そんな耳打ちをしてくる。


「口付けがそこまでとは、純情なのだな」

「十代の初恋なめんな、ばーか」


 クク、赤くなって頬を膨らませるその表情も可愛らしい。その可憐な顔でもって、今回の報酬としてもいいが。


「だから……」

「む?」


 しかし、ガーネットはその姿勢のまま、更にこちらの耳へとその可憐な唇を近付ける。甘く香る吐息が、少々くすぐったい。

 そうして彼女は体温をちょっぴり上げて、コソッと秘密の言の葉で戦鬼の鼓膜を揺らした。


「刃──だいすき」


 ……なるほど。


「……報酬を受領した。前払いでな」

「へへっ、この鬼チョロいわ」


 その一言こそ、価千金である。強がって憎まれ口を叩く、照れ臭そうな顔も相まって。

 それは、日本全国の老若男女が欲してなお手に入らぬ煌めく宝。普段から歌に乗せ笑顔に乗せても、それはあくまで一定までで留まらせていた、一人の乙女として非常に大切なもの。


 ──トップアイドルの、真の恋心。確かに頂戴した。


「……」

「……」


 砂糖菓子にも似た甘い香りを残して、身体を離した彼女と視線が交錯する。

 ああ、しかし未だ俺だけの王にならぬ少女よ。こうして手が届きそうなところで、今日もスルリとすり抜けていく。なるほど、これがアイドル……すたぁということなのか。


「……仲良しさん?」

「いや別に好きじゃないよ!?」


 そうして数瞬見つめ合っていれば、こちらの様子に気付いたのか綾女がそんなことを言う。


「……ふぅん?」


 だがそのクリっとしたアーモンド色の瞳に、ほんの少しだけ湿っぽいものを見たのは俺の自惚れに過ぎぬのだろうか。

 ちなみに綾女には、俺がガーネットを欲しているという事実は告げてあるが、ガーネットが俺に懸想をしていることは話していない。ガーネットから口止めを念入りにされているのだが……はてさて。

 そんな真意を見抜こうとする綾女の視線を前に、ガーネットが手を叩き早口で言った。


「う、うっし! じゃあチャキチャキやってこうや。あたしと薄野ちゃんは部屋で座布団を暖める仕事に従事すっから、刃は段ボールを全部運んどいてね。ちなみに五十階の角部屋だから。はいよろしくぅ!」

「もう、ダメですよ先輩。刃君、私も手伝うからねっ」

「えぇ~? いいじゃんいいじゃんラクしようよぉ~。なんならお風呂一緒に入ろうよ~。ジャグジー付きよ? ジャグジー」

「私、着替えとか持ってきてないので……」

「んもう! あたしの服貸すに決まってんじゃーん! でもブラのサイズは合わないだろうから、ノーブラのままでぇ……彼シャツならぬカノシャツ? んほぉ~!」


 いかん、このままでは俺の綾女が悪い魔法使いの魔の手にかかってしまう。

 だが甘いな魔法使い。この俺が馬鹿正直に、このような単純作業に手間ひまかけるものかよ。


「我流・酒上流十三禁忌・終の十三──サカガミジン」


 パチンと指を鳴らし、十数人ほどまで人手を増やす。俺の分身と言う名の人手を。何箱あると思っているのだ。これを一人でなど日が暮れるわ。


「わ、刃君がまた増えちゃった」

「忍者かテメーはよ」


 わらわらと増えた俺に綾女が少しビックリし、これが初見のガーネットは呆れながら、俺の一人を指でつついている。


「うお、ちゃんと実体がある……ただの分身じゃなくて影分身かよ。やっぱ忍者だってばよ」

「あまりちょっかいをかけると噛みつくぞ」

「人格まで……へぇ~、いろいろ悪さできそう。なぁなぁ、一体ぐらい常にレンタルさせてよ。レンタル代なら払うからさ」

「断る」


 キッパリと断れば、ガーネットが「えー」とブー垂れる。


「なんでさー、ケチ。別にやべー魔術の実験台にしようとか考えてないって」


 そういう問題ではないのだ。


「俺とはいえ、他の男が貴様の横に侍るなどとてもではないが耐えられん。嫉妬で狂うわ」

「あ──そ、そ?」


 なんでもないような反応をするが、ポッと頬が染まっている。女の子という生き物は、不意打ちに弱いものだ。む、男でもそう変わらんか。


「……やっぱり、仲良しさんだ」

「あたしの一番は薄野ちゃんだからぁーーー!!」


 二枚舌め、どさくさに紛れて綾女に抱き着きおって。

 しかし今日の綾女には苦労をかけるな。慕う先輩に、心の底では大好きで結婚したいと思っているであろうこの俺から想われるという板挟みだ。……これはむしろ、綾女の"はーれむ"なのではないか?


「……まぁよい。そら、俺達。さっさと荷物を運べ」

「「「「俺に命令するな」」」」

「貴様らァ……」


 先の見えぬ引っ越し作業。

 その一つ目の仕事は、まず聳え立つクソのような態度を見せる不良社員共を調伏するところから始まるのだった。

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