第271話「この悪鬼羨ましすぎるぅ……」



「こっち方面には何があるのかしら?」

「おっきめのデパートとかですね。一階のフロアがまるごと食べ物屋さんになってる規模の素敵なお店達がズラリと!」


 あたしの目の前ではおっきめのお尻が左右に揺れて素敵な光景が広がってるけどね! これどこのバ○ミヤン? あー、目的を見失いそう。

 だって見てよ。数十メートル先には隣り合って歩くマイマザーと鬼の背中。そして目の前には、金髪お嬢様の厚着に隠れたシュレディンガーの小ぶりなお尻と、黒髪ポニーテール美少女のスキニーパンツに包まれた大きめのお尻が魅惑的に揺れてるのよ?

 こんな素敵な光景を目の前にして、この美少女スキーヤーたるあたしが大人しくしていられるわけがないんだよなぁ。


「そろそろ触るか……♠」

「なんだか邪な視線を感じるのだけれど……」


 おっと、リゼットちゃんが視線に気付いてお尻を押さえちゃったぜ。でもそんな仕草も不満げな顔も、どっちも可愛いってやっぱ美少女ってずりー存在だよなぁ?


「気のせい気のせい。あたしのことは、寝る前に見つけたゴッキーだと思って無視してくれたまえよ☆」

「絶対に無視できないやつ来たわね……」


 んもう! 呆れた顔も可愛いわねっ! ちくしょう、段々腹が立ってきたわ!


「こんなきゃわいい女の子二人が鬼の魔の手に……彼女も彼女で彼女も彼女とか羨ましすぎるこれもう独占禁止法違反でしょ……」

「泣いてる……」


 泣くわぁ!

 こうして不当な独占が起きるからあたしに美少女が回ってこないんだい! なんか転売屋みてーだな。あの鬼は大金出しても絶対手放さないだろうけど。いや余計質悪いな!

 くそう……でもよく考えれば、今はあの番犬という名の狂犬が珍しくこの子達の傍にいない。ということはあのプレイボーイに一矢報いるチャンスなのではっ!? 具体的にはお触りとか! え? バレた後のこと? 宵越しの銭は持たねぇ! んじゃ早速……、


「あ、あのさ……手とか、繋がないっ?」

「なんで急に付き合いたてのカップルみたいなこと言い出したの……声も裏返ってたし……」


 緊張したんですぅー。こちとらそんな経験ないんじゃいこのリア充共がぁ! もっかい言い直そ。


「デュ、デュフフ……せ、拙者と肌と肌による契りを結んでいただけますかな?」

「なんか嫌……」

「私は別にいいですよ。はい♪」


 あ、好きになっちゃった。

 邪気一つ無い笑みと共に差し出される刀花ちゃんのお手手ぇ……あ! 好きになっちゃったぁ!!


「むしろ刀花ちゃんがあたしのこと好きまである。いや、ここまでしてくれるんだから絶対そうだわ結婚しよ」

「トーカ、やめときなさい。厄介なストーカー被害に合う可能性があるわよ」

「もう、リゼットさんったら照れちゃってぇ」

「そう見える?」


 ツンデレって、相手に都合よく扱われたら終わりよな。業の深い属性だぜ……可愛いけど。さっきからあたし可愛いしか言ってなくない? でも仕方ないよね!


「美少女はお手手すらめんこいなぁ……あったけぇ……しゅべしゅべぇ……味もみておこう」

「こらそこの変態」

「むふー、ありがとうございます。でも先輩の手も可愛いですよ?」

「ちょっとリゼットちゃん聞いた今の? あたしプロポーズされちゃった」

「日本語って難しいわね」


 眉間を痛そうに押さえる英国貴族ちゃん。

 日本語は怖いぞぉ? こんなに曲解し放題な言語もないだろうね。なんで『月が綺麗ですね』が『アイラブユー』になっちゃうのよ。そんなんじゃ気軽に異性と天体観測行けないじゃん……って思ったけど異性で天体観測行ける時点でそれもう脈アリだから何も問題なかったわクソが。あ、そうだ。


「ちなみに夏目漱石はそんなこと言ってないっぽいからそこんとこ注意ね、知らんけど」

「日本語って難しいわね……」

「ですねぇ……」


 まぁよくあることよ。

 なんなら敵は本能寺にいないしシャ○子は悪くないよ。やだもーは言ってた、別作品で。


「あ、リゼットちゃん写真撮って写真。あとで童子切に『刀花ちゃんと手ぇ繋いじゃった』って自慢と、ヤローの脳の破壊を試みるから」

「殺されそう」


 でぇじょうぶだ。今の時点で、あの人妻と鬼のせいで君たちの脳が破壊されかかってるんだから後でならなんとでも言えらぁ。

 そうしてリゼットちゃんにため息をつかれながら写真を撮られつつ、その元凶になりかねない二つの背中を見る。


「実際どうよ。君達のダーリンが人妻と浮気してたら」

「殺すわ」


 わーお、ノータイムだぁ。まぁ当然だけど。これは童子切ぃ、死んだな?

 華麗な返しに口笛を吹いていれば、リゼットちゃんはその背中を見ながら、キッと紅い瞳を細める。


「だいたいねぇ、不遜なのよ。こんなに可愛いご主人様が我慢して恋人してあげてるっていうのに、妹だけに飽きたらず看板娘だのアイドルだの人妻だの……私だけの眷属のくせに……!」

「あっ、ふーん……」


 いや、童子切死なないわこの口ぶりだと。

 これはあれだね。こうやって口ではツンツン言ってても、実際に浮気だったら怒るよりも先に泣いちゃうタイプと見たねこの子は。

 独占欲と、信頼と、愛情の分、裏切られた時にその高低差で身を壊すタイプだわ。つまり、愛がメガトン級に重い──!


「ふふ、可愛いですよねリゼットさんは」

「ま、ぶっちゃけこんだけ想われたら男冥利に尽きるんでない」


 あー、羨まし。童子切は感涙に咽ぶべきよー? してるか。


「つか、涼しい顔してるけど刀花ちゃんはどうなのよ」

「兄さんは浮気する時は『ちょっと浮気してくる』って言いますので」

「歪な信頼関係過ぎる……」


 歪すぎて逆にまっすぐに見えるレベル。一点の曇りもない笑顔に凄みを感じるわー。


「じゃあ仮に。仮の話で、大好きなお兄ちゃんが秘密で浮気してたら?」

「んー……そうですねぇ」


 そんなことはあり得ないと言わんばかりの涼やかな顔で、ちょこんと顎に指を当てる刀花ちゃん。なにその仕草可愛い。今度あたしも真似しよ。

 うーんお兄ちゃんの不貞を疑わない、妹の鑑だねこれは。きっとお仕置きも『めっ!』って感じで軽く小突くくらいの可愛いもの──、


「えっちしないと出られない部屋を作って、そこに閉じ込めちゃいます。もちろん、私と一緒に♪」


 やべーぞ手篭めだ!

 いやこえー……さっきと浮かべる笑顔の質が変わらないのがこえー……仮にも血を分けた兄貴とセッ──こほん。ね? チョメチョメすることをなんとも……いや、確実に自分にとっても相手にとっても幸せなことに違いないと信じて疑わない顔だわっ! 恐ろしい子っ!


「……」


 でもこんな可愛い妹に襲われちゃうとかご褒美でしかないよなぁ!?


「ふっ、ぐす……ふえぇ……」

「なんで急に萌えキャラみたいな泣き声上げるのあなた……」


 羨ましすぎて……。

 貧富の差に啜り泣いていると、リゼットちゃんが「で?」と腕を組む。


「あなたはどうなのよ、先輩? 自分の母が不倫してたら」

「家出して薄野家の養子になって、薄野ちゃんをあたしのママにしようかな! あと童子切から慰謝料ふんだくる」

「ジンが払うの……」

「うちのママンが自分から不倫するわけねー! 十中八九、悪鬼に騙されたんでい!」

「まぁ、かもね。あの眷属、よく『人妻か……』って何でか知らないけれどよく感心してるし」

「手広すぎんだろストライクゾーンがよ……」


 去年まで中学生だったJKから人妻まで完備たぁ恐れ入る。むしろボール球あんの? いやーん、あたしまで狙われちゃったらどーしよぉー☆


「とりあえずムカつくから邪魔したろ。『シュガー・メイプル・シナモンロール』」

「あら可愛らしい呪文」


 せやろ? 糖尿病まっしぐらよ。

 というわけで指を二人の背中に向けて……くいっと。


「『風よ、上へ吹け!』」

「それして何になるの?」

「童子切の前髪を上げてハゲみたいにする」

「地味に嫌なやつ……」

「に、兄さんはハゲてませんよう!」


 髪の恨みは恐ろしいと知るがよいよ。って、あ!


「やべ、間違えてお母さんのスカートが上がっちった」


 マリ〇ン・モ〇ローみたいになっちゃったじゃん。やっぱ変身しないで魔術使うと力加減がダメだわ。あの衣装ってある程度の制御装置も兼ねてるからね。

 くっ、下手したら二人のラブコメを手伝っちまったんじゃ……いや大丈夫だわ。見向きもしてないわあの鬼。むしろお母さんがちょっと傷付いてるじゃんごめんねごめんねー!


「しかし母上よ、その歳で縞パンはどうかと思うぜ……」

「……リゼットさん。リゼットさんって今どんなパンツ履いてます?」

「え、なんでいきなり……く、黒だけど。なんで?」

「むむむ……この妹、ああいうあざといおパンツも履くべきかと思いまして。ちなみに今は白なんですけども。兄さん白好きですし」

「あの眷属ならもうなんでも喜ぶでしょ……」

「熊さんパンツでもいいですかね?」

「いいんじゃない温かそうで。私はドン引きだけど」


 なんつー会話してんねん。あーでも、あたしも復帰するならそろそろ見せパン買っとかないとなぁ。ぐふふ、皆で行こっかぁ……お姉さんがいろいろ見繕ってあげるからぁ……。

 そう頭の中で素晴らしい計画を思いついていれば、前方で動きがあった。早速刀花ちゃんが指を差す。


「あ、お店に入っていきましたよ」

「なになに? ラブホかな?」

「なわけないでしょ……」


 リゼットちゃんノリ悪いぞー☆

 そんな若干機嫌悪そうにするリゼットちゃんが、腰に手を当てて聞く。


「で、なんのお店なの」

「新しくできたお店っぽいですね。えっと……あ、パティスリーですね」

「──パティスリー?」


 刀花ちゃんの答えを聞いて、なにやらピクリとリゼットちゃんが眉を上げる。ちなみにパティスリーとは、練り粉菓子専門のベーカリーのことね。ケーキとかパイとかを売ってんの。

 頭の中で情報を整理していると、そういえばと思い出すことがあった。


「ああ、なんかお母さんが新しくできたお店のこと話してたっけ」

「……ふぅん?」


 私の言葉を聞き、リゼットちゃんが意味深に呟く。そうして一つ頷くと、得意気に唇の端を上げた。


「そうね、当ててみせましょうか。『チョコが美味しいお店』とか言ってなかったかしら?」


 えっ。


「……なに、エスパー? 正解だけど……」

「……クス。そ♪」

「!?」


 な、なんだいなんだい。急にリゼットちゃんの機嫌が良くなったんだが!? 博士、これはいったい!?

 目を見開くこちらの様子に気が付いたのか、リゼットちゃんは余裕たっぷりの様子で「ああ、ごめんあそばせ」と優雅に笑う。


「あの子の意図が分かったのよ。これ、デートなんかじゃないわね」

「へ、へぇ?」

「……むむ? あ、そういうことですか」


 おお、刀花ちゃんまで分かっちゃったみたい。


「トーカ、当日は手伝ってね」

「ふふ、分かりました。たっぷり愛情を込めちゃいましょうね?」


 う、うおぉなんだこの置いてけぼり感……! でもなんだか二人は超幸せそう。この笑顔をうちのマザーと逢い引きしてるあんちくしょうが浮かべさせていると考えると鶏冠にくるなぁ!


「くっ!」


 こうなったら当初の計画通りお触りしてやるぜぇ……! この元トップアイドルは、自分が一番目立ってないとやーやーなんでい!

 へっへっへ、いまだリゼットちゃんの乳も揉ませてもらってないらしい童子切、悪く思うなよ。リゼットちゃんの程よく手のひらに収まりそうな淑女パイパイは、あたしが美味しくいただいておくからよ……あ、ついでに刀花ちゃんのたわわもいただいちゃおうかにゃあ! ひゃあ我慢できねぇ!


「ぐへへ……」


 そうしてあたしは、ほとんど八つ当たり気味に二人のお胸に手を伸ば──、


 ガシッ!


 ……そうとしたんだけど、止められたよね。

 なんか……地面からというか。物理現象を無視して、二人の影から守護るようにして飛び出てきた、二本の腕に。

 果たして誰の腕か? 暗がりの底から響いてきた声で察せられる。


「──斬り落とされたいか、貴様ァ……」


 オイオイオイ。

 死んだわ、あたし。

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