第270話「吉良坂家崩壊の危機……!」



「ただい魔術師~っと」


 言いながら玄関を閉め、ポイポイっとランニングシューズを脱ぎ捨てる。

 はい、日課のロードワーク終了。アイドルは一に体力、二に笑顔だかんな!

 それに休日の朝に走ると日光も気持ちよくって特に捗るってもんよ。道端で遊んでるロリも多いしな! ぐふふ、お姉ちゃんとかまくらでいいことしよっかぁ~……。

 あたし、吉良坂柘榴ガーネットは首にかけたタオルで汗を拭い、そんな益体もないことを考えながら、黒髪が揺れる頭に手をやった。


「あー、カツラ暑い……」


 そしてそのままズルズルとカツラを取り、靴箱付近にある帽子掛けに雑に乗せる。これやったら来客あった時にビビり散らかされるか、お父さんにあらぬ同情がいった後にお母さんから怒られるんだけどね。

 お父さんまだフサフサなのに……ごめんやでマイファーザー。文句なら意地悪で黒染めしてくんない童子切に言ってくんな! 命の保証はしねーけどな!


「シャワー浴びよっと」


 あたしアイドルだから臭くないけど、放置したら余裕で風邪引く気温だしねあたし臭くないけど。

 アイドルの汗はなんかこうフワァっていうか、スパァって感じの甘くて柑橘系な感じの香りだから。いや本当よ? アイドルの身体はぁ、甘~いお菓子とぉ、爽やかなフルーツでできてるのだ☆ なんだそれスムージーかよ。

 あたしの身体から分泌する体液とか全部タピオカミルクティーになんねぇかなぁ、なんて思いつつリビングの扉を開ける。この時間なら、お母さんはここでのんびりしてるはず──、


「おかーさーん、シャワー浴びるから着替え用意しといて……おん?」

「あっ、ガーネット……も、もう帰ってきたの?」


 おや?

 姿見を前にして、なにやらあせあせとした様子でこちらを振り返るあたしのマッマこと、吉良坂瑠璃ラピスラズリアラフォー魔女……なん、だけども。


「……なして二十歳の頃の姿になってんの?」

「あ、これはぁ……お、おほほほ」


 眉を寄せて疑問を突き付ければ、お母さんは間延びした声で言って苦笑する。

 そう、若い。見た目が。もうピチピチ。あたしの母親なだけあって、可愛いっていうか綺麗なんだよなぁ若いと余計に。あらあらうふふな柔らかい笑みで、長い黒髪もツヤッツヤ。

 ──もちろん、本当に若返っているわけではない。前に童子切に言ったように若返りの薬なんてのはまだこの世にはない……のだけど、これはちょっとした小技なのだ。

 この界隈には"他人に変身する薬"、というものがある。変身したい他人の皮膚や髪の毛を入れれば、その人に変身することのできる薬だ。

 しかしこれに、状態よく保存しておいた若い頃の自分の髪の毛などを入れて飲めば……ご覧の通り。輝かしい頃の自分に大変身というわけ。

 まぁ変身薬なんて半日くらいしか効果もたないし、若返りの薬と銘打つには程遠いちょっとした小技みたいなもんなんだけどねこれ。ワザ○プにも載ってるし。


「なに、お父さんとデート? でも今出張中じゃん? まさか、イマジナリファーザーとデートとかいう高度なプレイ? ただでさえご近所さんに『吉良坂さんとこってちょっと電波入ってるよね』って噂されてんだからそういうのやめなー?」

「ちょ、ちょっと人と会う用事ができただけだからぁ」

「ほーん……?」


 その言葉に首を傾げる。

 お母さんがこれを使うのは、だいたいお父さんとデートする時だ。女はいつだって好きな人には綺麗な姿を見せたいもんだからね。女の子はいつだって誰だってアイドル! きらっ☆

 ……でもそれにしたって今日は随分と気合い入ってるじゃん? お父さんいないのに。余所行きのスカートなんか履いちゃってさ。メイクも念入りで爪もピカピカのピ〇ピカチューやばいやばい。


「……」


 つかエロいな、所在なさげに鏡の前で佇むあたしのマッマ。

 見た目若いのに、精神が経産婦なもんだからその分の余裕が顔に出ちゃってるんだよね。そう、年若い姿に、不相応に落ち着いた雰囲気という決して同居し得ない属性の絶妙なハーモニーがですねぇ……現実にエルフとかの長寿種族なんかがいたらこんな感じなんだと思うわ。

 うんうん、これならあたしもオギャれそう! ぐへへ、まずはその今は昔の張りのある両乳、こちらから揉まねば無作法というもの……。


「ママぁ……」

「じゃ、じゃあお母さん、ちょっと出てくるわね。お昼はもう冷蔵庫に用意してあるからぁ~」

「うぉい!」


 早口でそう言い残して、お母さんはそそくさと部屋を出ていった。まだ娘さんがオギャれてないでしょうが!!


「……こいつはくせぇな?」


 玄関が閉まる音を最後に静まり返ったリビングで一人、人妻の背中を見送ってそう呟く。

 これはプンプンとにおうぜ。なんだなんだぁ? 夫がいない間に人妻がおめかしして人と会うだぁ? もう字面だけでやべぇな……あ! これ薄い本で見たやつだ! ダメです印鑑お願いします。


「こうしちゃいられねぇ!」


 どたどたと自室へ駆け上がり芋ジャーを脱ぎ捨てる。その勢いのまま、あんま目立たないお忍び用の服に……ヘシンッ!

 仕上げにシーブリ〇ズを頭から浴びて階下へ。そんでさっき置いた黒髪カツラを、ライダーがヘルメットを手に取る動作よろしく装着!


「吉良坂家の平穏は──あたしが守護る!」


 これは、家族の絆を守護る戦いである!

 ……決して、魔法の練習にちょっと疲れたからって息抜きしようってわけじゃねんだわ。まだ失敗続きだからって多少はリラックスをー、とかね。

 それに最近のあいつ、なんか気軽に頭撫でてくるし褒めてくるしで調子狂うんだよなー……悪い気はしないケド……。




「さてさてぇ?」


 おし、いるな。

 住宅街から少し抜けた先にある、クソリア充の待ち合わせによく使われる駅前広場。そこに我が母の若き頃の姿を見つけたあたしはほくそ笑む。

 へっへっへ、あたしの目から逃れようったってそうはいかねぇ。薄野ちゃんストーキングで培われた、あたしのスニーキング技術を舐めないでもらおうか!


「……にしても、遠目から見たらマジで恋人待ってる女の子じゃん」


 そわそわと落ち着きなく身体を揺らして。腕時計を見たり、手鏡で前髪をチェックしたりと、見てるこっちがハラハラするくらい。

 つか、そんな様子見てるとマジで不安になってくるんだけど。え、ホントに浮気とかじゃないよね? あたしてっきり「ま、どーせお得意さんとの別口契約交渉くらいでしょ」って軽い気持ちで、相手を確認したらさっさと帰るつもりだったんすけど……。


「っべー……」


 嫌な汗かいてきた。

 おいおい……まさか本当に暇を持て余した人妻のイケナイ火遊び現場なのん? ひえー、とりあえずスマホ構えとこ。もうここまで来たらフ○イタルフレーム狙っちゃうぞ☆


「来るなら来やがれ……」


 ど、どんな感じの男かなぁ。

 やっぱ遊び歩いてる感じのパツキンのムキムキ兄ちゃん? それともムキムキの外国人? 全部ムキムキじゃねーの! いやここは若い女の子という可能性も……それなら許す! だがお父さんが許すかな!?


「くっ、すまねぇ親父……無力な娘を許してくれ。せめてベストショットにしておくからよ……」


 こそこそと。

 お母さんから見て正面に位置する電柱へ移動し、身を隠す。ここならバッチリ顔が撮れるな、相手さんの顔もね。存分に脳を破壊されてくれたまえよパッパ……。


「……遅いなぁ、早く来ないとナンパに遭うじゃん」


 ナンパされてる母親なんて見たくねー……ここって色んな人が通るし、それ目当ての人も多いんだよね。可愛い子が三歩くらい歩くたびに声かけられるレベル。いやこえーよ神○町かよ、もしくは異○町。ブルセラはやめろ!


「──っ」

「おっ?」


 顔を上げたお母さんの顔が華やぐ。

 来たか! 女の子なら歓迎しよう。汚いおっさんならぶっ殺す。もしくはあたしのいまだ加減知らずな魔法で廃人にしてやるぜ!

 そう心の中で誓いを立て、カメラを母の目線の先に向けようとする。


「……うん?」


 ……だがそうする前に、特徴的な足音が耳に飛び込んできたのだ。


 ──カラン、コロン。


 現代ではまずお祭りの時くらいでしか聞くことのできない、木製の塊がコンクリートを打つ音……下駄の音だ。最近少し、個人的に聞き馴染んできたけども。


「……ま、まさか」


 その聞き覚えのある音色に、どっと脂汗が流れる。

 こ、この時代錯誤で自信満々で、何があろうと決して歩みを止めねぇっつーかどけぇ! と言わんばかりの俺様系な足音は……!

 半ば確信しつつ、視線を横に。そうすればあたしの喉から空気が漏れた。


「げっ──」


 ぱ、パターン黒! 戦鬼です!

 どの時代の人間だよとツッコミを入れたくなる、黒い和服姿の俺様野郎が若々しいママンに近付いていくではありませんか!

 う、嘘だ……いやいや。あれじゃん? たまたまこの時間この現場に居合わせただけとかじゃ──あーん! お母さんが照れ臭そうに手ぇ振ってるぅー! ウソダドンドコドーン!


「くっ、なに話してる……聞こえねぇ!」


 合流してなにやら朗らかに会話してっけど、ここからじゃ全っ然聞こえん! なんで"十数メートル先にいる人妻と鬼の会話を聞く魔術"が存在しないんだこの世界! 開発しとけよな!


「い、行った……」


 しばらく会話した後、二人は連れ立って商店街の方へと消えた。せめて手を繋いでいかなかったのを喜ぶべきなのか……? いやいや。


「あ、あんのどぐされハーレム野郎ォ……!」


 ゆ、許せねぇ……!

 よりにもよってあたしのママンに手ぇ出すとはよぉ!


「しかも秘密のデートだとぅ……!?」


 おいおい、この皆のアイドルガーネットちゃんを差し置いて、先に人妻ラピスちゃんと!? お、おかしいでしょうが!! それは順番が違うんじゃねぇのかい!?


「やっぱ現代でハーレム作ってるような鬼はダメだな」


 いや普通にダメなんだけども。

 でも日本の法律って重婚を禁止してるだけで、二股は犯罪でもなんでもねぇんだよなぁ……不倫は不法行為として慰謝料請求できるけど。おかしくね? これもう法律の穴でしょ司法仕事しろ。うおぉ弁護士かキム〇クを呼んでくれい……!


「お、追うべきなのか……!?」


 分からねぇ……あたしゃもう何を信じていいのか分からねぇよ! でも写真は撮ったよ! これもう薄野ちゃんに送って「これをばらまかれたくなかったら……どうすればいいか分かるね?」ってする!? 寝取られたら寝取り返す……倍返しだ!


「悪く思うなよハーレム野郎……」


 せっせと薄野ちゃんとのメッセージ欄を開いて画像を添付しようとする。

 今の段階で百パーセント、オメーが悪いんだからよぉ……社会的信用にグッバイ、こんにちは絶対零度の視線。傷付いた薄野ちゃんはあたしの女。え? 法廷は基本、疑わしきは罰せず? うるせー! 知らねー! ロストジャッジメントぉ!


「──行ったわね。追うわよトーカ!」

「ラジャーです!」


 ……おっとぉ?

 なんかきゃわいい女の子の声が二人分聞こえてきたぜぇ?

 ちょうどあたしが隠れている電柱、その隣にあるベンチにさりげなく座っている二人の少女。その目線は、先程消えた人妻と鬼の背を確かに追っていた。

 こちらには気付いていない様子の少女達に、あたしは笑顔で手を挙げて歩み寄った。


「うぇ~い、そこの可愛い子達ぃ。今暇ぁ? 暇ならあたしとストーカーごっこしなぁい?」

「お生憎様。私のこれは、自分のペットがヤンチャしないかどうか見張ってるだけだから。……まったく、また理由を聞く前に私の前から消えて……ブツブツ……」


 ふぅ~、金髪ツンデレお嬢様は言うことが違うやね。


「あれを“ペット”って言い切れる胆力すげーわ。どっちかって言ったらそっちが囲われる側なのに」

「ちょっと、『囲われる』とか言わないでくれる。まるで私があの子の下みたいじゃない。いい? 私が上、ジンが下。あの眷属がどれだけすごい力を持ってようが、これが絶対なの。この私がお目こぼししてあげてるだけなの。オーケー?」


 腕を組んでそう堂々と宣言するのは、こっちに向けて紅い瞳を鋭く細めるリゼットちゃん。小柄なのに、纏うオーラが並じゃないわ。

 うーん、すごい。これが王者の貫禄ってやつなんだねぇきっと。多分、見習わなくちゃいけないところだ。


「オーケーオーケー。ほんで、妹ちゃんは? どういう理由?」

「私は興味本位です。兄妹間で隠し事は無しですからね!」


 にっこりと笑う刀花ちゃんは遊びですねこれは……。

 リゼットちゃんは完璧に独占欲だけど、刀花ちゃんはそれすらも超越してる感じ。なんつーの? 浮気してるかもしれない兄を見ても、“でも妹がいつでもナンバーワン!”ってのを疑いもしてないみたい。こっちも王の器だなぁ……。

 やっぱ童子切の担い手になるような子は、精神性からして違うわ。“自分が上だ”ってナチュラルに考えてる。あたしに足りないのは、きっとこういう所なんだろうなぁ……。


「私達は追うけれど、あなたはどうするの? あの一見若い子、あなたの母親でしょう」

「お、おう……まぁ追うけども。マジで家庭崩壊の危機だったらマズいし」

「では、レッツゴーです!」


 いけないいけない。ちょっぴり鬱になってる場合じゃなかったぜ。

 そう、今は吉良坂家の平穏を守護る戦いの最中! 戦士に休息は許されねぇ!


「ふんふふーん♪」

「ちょっとトーカ、鼻歌やめなさい。“存在感を斬ってる”とはいえ、なにであの子に気付かれるか分かったもんじゃないんだから」


 ……やることのスケールも違うもんなぁ。

 ま、ま、あたしも二人の背中を追うよ。それにリゼットちゃんはいつものお嬢様然とした暗めのブラウスにロングスカートだけど、刀花ちゃんは動きやすさを重視してるのか、今日はズボン姿だし。


「……」


 ……いいね。

 元気いっぱいなポニーテールに、青いデニムがよく似合う。特にぴっちり張り付いて強調された大きめなお尻がいい。美少女のズボン姿ってこう……たまに見るとクるよね。


「よしっと」


 これならお尻を追うのにも気合いが入るってもんよ! そして刀花ちゃんには、ガーネットちゃん的ベストジーニスト賞あげちゃうぜ! きらっ☆

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