第259話「エガオの魔法」



 ──"煌栄きらさかガーネット"。


 その名を経歴と共に告げれば、目前に立つピンク髪の少女が顔を強張らせる。

 どうやら……当たりらしい。


「……あんたの知り合いに、あたしのファンでもいた?」

「ふん。俺の妹が昔、テレビでお前を見たのを覚えていたようでな」


 ばつが悪そうに聞く吉良坂に、鼻息を返す。

 容姿が成長していたためすぐには思い出せなかったようだが、特徴的なピンク髪を見てピンと来たらしい。これまで学園で話題にならなかったのも、その成長した容姿と偽装した髪のおかげだったのだろう。

 そんな経歴を過去に持つ女と対峙していれば、先程から床でグルグルと目を回していた少女も、ハッとした様子で吉良坂を見上げる。


「煌栄ガーネット様……私も、聞いたことがございます」

「おっ、ほんとにー? 可愛いロリに覚えてもらえてて、お姉さん嬉しいなぁ~。サインいる?」

「ろ、ロリではございませんっ。中学二年生です、頭もすこぶるいいですっ。ですがサインは欲しいです!……コホン」


 俺が仕置きと事実確認のため連れ回した陰陽局支部長……仕事着である巫女服を纏った六条このはが立ち上がり、一つ整理するように息をつく。


「煌栄ガーネット様。六年ほど前、大手のアイドル事務所にスカウトされ、華々しくデビュー。可憐な容姿や高い歌唱力、運動神経もさることながら、小学生にあるまじき裏表の無い抜群のトーク力や度胸で、芸能界を一時とはいえ席巻したマルチタレント」

「『聞いたことがある』ってくらいの情報量じゃねぇ~……この子、ウィキペディアかなんかなん?」


 こういった時に、六条がいると手間が省ける。

 誤魔化すように軽口を叩く吉良坂だが、俺にはその姿が崖に追い詰められた罪人のように見えるぞ。


「当時小学生という年齢的な物珍しさもありましたが、その熱意や才能が見出だされ、たった一年でジュニアアイドルの権威的なグランプリに輝いた、少女達の憧れの星」

「照れるぜ」

「あなたと共演した方々は口々にこう言うそうです。『とても面白い女の子』、『小学生とは思えない舌鋒でビビる』、『生まれながらの芸人体質』」

「それほどでもあるかなぁー……ん? それ褒めてる?」


 惚けた調子で相槌を打つ吉良坂。

 だが、次の一言で、彼女は押し黙った。


「そして──『なぜか近くにいると"どんな時でも楽しい気持ちになる不思議な女の子"』とも」

「……」


 ここが、この女の泣き所だ。

 言葉を呑んで俯く吉良坂に、六条は窺うようにして続きを口にした。


「……グランプリを獲り、これからの活躍にも期待が高まる中……しかし、突然の"活動休止"。理由は詳しく明かされず、一身上の都合とだけ……」

「……」

「吉良坂様、いったい何が……やはり、あなたが魔法使いであることと関係が……?」

「……あーあ、やんなっちゃうなぁ。この時期に身バレするとかさぁ」


 どこか心配するように聞く六条に、ため息と共に吉良坂は肩を竦めた。

 そうして「やれやれ」と口にしつつ窓枠に腰掛け、その吐息に諦観を滲ませる。


「お察しの通り。スカウトされて『わぁい』って飛び込んで、順風満帆なように見えたアイドル生活。それを途中で止めたのは……あたしの、魔法のせいなんだわ」

「魔法……」


 魔法。

 以前、リゼットから聞いたことを思い出す。魔法とは、学べば誰でも使えるような魔術とは異なり、その者特有の再現不可能な異能の力であると。


「して、貴様の持つ魔法とはどのようなものなのだ」

「話したくない。って言っても、まー見逃してくんないよね」


 当然、俺は主の命でここにいる。個人的な興味もあるがな。

 視線で促せば、吉良坂は脱力して肩を落とし、まるで長年の憑き物を落とすかのような長い息を吐く。

 そうしてしばらくの沈黙の後に、ボソリとその正体を明かした。


「──エガオ、だよ」

「む?」

「笑顔、ですか?」


 六条と共に首を傾けるが、吉良坂は「そそ」と軽く同意を示した。なんだ、それは?


「エガオだよ、エガオ」


 吉良坂は己の両頬に人差し指を当て、見本を見せるようにぐいっと持ち上げてみせる。


「"他人をエガオにする魔法"……それがこの、ガーネットちゃんが生まれ持った魔法使いとしての力でぇございます」


 頬に指をやったまま、魔法使いはおどけた様子でそう明かす。

 だがその説明に、六条は疑問を持ったままのようだ。


「他人を笑顔にする魔法……ですか? それは、特段害の無い力なのでは……」

「そだねー。人間、どんな時でも笑顔でいたいもんね。でも、ちょっち怖くなっちゃってさー」

「怖い……?」


 キョトンとする六条に、吉良坂は軽い調子を崩さず言い放った。


「そ。想像してみ? ──さっきまで目の前で怒ってた人とかが、こっち向いた瞬間急に笑顔になんの」

「っ」

「ほう……」


 息を呑む六条の隣で俺も頷いていれば、吉良坂は「参った参った」と言わんばかりに苦笑する。


「どんだけ悲しいことがその人に起こってても、どんだけその人があたしのことを嫌ってても……その魔法でみーんなエガオになんの」


 そうして、自嘲するように唇を歪めた。


「──もうね……周りの人間が全員、案山子に見えたよね」


 ……なるほどな、そういうカラクリか。

 他人を笑顔にする魔法と言えば聞こえはいいが、それはつまり……、


「強制的な、感情操作……」

「いやー、気付いた時はマジでおしっこ漏らしたわ。『あれ? こいつ一見笑ってるけど、目の奥が笑ってなくね?』って」


 冗談めかして吉良坂は言うが、恐らく冗談ではあるまい。

 思うに、判明した当時は意図的な力ではなかったのだろう。学園でも、この魔法使いはこう漏らしていた。


『別に、望んで得たチカラじゃないのにさー』と。


 それを証明するかのように、吉良坂は言葉を続ける。


「ほら、魔法使いって『この子はこういう魔法が使えますよ』ってラベルが貼られて生まれてくる訳じゃないからさ。普通の人がどんな才能を持って生まれてくるのか分からないのと一緒でね。六条ちゃん? の方でもたまに聞くでしょ? 知らず知らずの内に変な能力持っちゃった子が暴走して大事件~、みたいな」

「そう、ですね……」


 六条が呻くように同意を示す。

 高い霊力を持った子どもが暴走を引き起こすのは、こちらの界隈でもたまにある話だ。

 今回の場合はそれが、たまたま目に見えにくい部分で大きく作用し、なまじ優秀な生まれであったからこそ……。

 

「だからさぁ、あたしの時は……もう、色々と手遅れだったのよ」


 "その時"を思い出すのか、透明度の高い柘榴色の瞳がドロリと濁る。


「皆、笑ってた。あたしを見てる人が、もう皆。貼り付いたエガオで、ビー玉嵌め込んだみたいな無機質な目で……あたしを、じっと見て──うっ」


 吉良坂が口許を押さえる。さぞ、大きく絶望したことだろう。

 今もテレビに映る、少女の過去。輝かしい、輝きの極地に至った者。


『ありがとうー! あたし、頑張ってよかったー!』


 それらが。

 これまで積み上げてきたものの全てが、無為に帰した瞬間だ。きっと己の立つ足場さえ、信じられぬ心地だっただろう。


「……」


 ああ──とても、芳しい。


「……いつからだったんだろうって。あたしがしてきたことって、なんだったんだろうって」


 昏い感情を覗かせる魔法使いが、罪を告白するようにポツポツと漏らす。


「もう喜んでた自分がバカみたいでさ。『あたしは皆を笑顔にできるんだっ!』って。でも気付かないままやり方をずっと間違えてて……それ以降、自分の魔法も封印して……」


 チャリ、と。鎖に繋がれた赤い宝石が胸元で揺れる。


「一応、魔法使い的には、"魔法を使って人の為に働いた"って功績が認められて、飛び級で二級はもらったけどさ。今思えば、あれは『魔法から離れて、しばらく休め』ってことだったんだろね」


 魔術を修めようとする者、魔法に目覚めた者はほぼ規則的に魔術学校へと入れられる。

 だが、その者の持つ検定の位で免除が為されるのは、以前にも聞いた話だ。

 頭の中で整理していれば、吉良坂は「まーでも?」と一転、飄々とした雰囲気で肩を竦める。


「あたしもいつまでもウジウジすんのは性に合わないし? それに物心ついた時からお母さんを見て"魔法使い"には憧れがあったし。魔術なら問題なく使えるわけなんだから、こう手を替え品を替えってな感じで頑張ってたわけよ。とある学園の生徒会長になって、身を粉にして……みたいな?」

「なるほどな……」


 先程の功績の話からして、人の為に魔法や魔術を使うことが、魔法使いや魔術師にとっての分かりやすい実績なのだろう。

 だからこそ、この少女は生徒会長となり、恐らく魔術を駆使しつつ活動をしていたのだ。


 ──早々に一級となり免除を得て、己の恐れる魔法に触れないために。


「けどまぁ、"魔法使い検定"だからね。魔術なんか使ってても、そらぁ上手くはいかないわけ」

「あの書類にあった『魔法を使わなければ受からない』というのは、そういうことか」

「そ。ワンチャンいけるかなって思ったんだけどねー……」


 その嘆息は、すげない検定を下した者達へ向けたものか。

 それとも……儚い展望を抱き、情けない姿を晒す己に向けたものか。

 じっと吉良坂の顔に視線を注ぐが、彼女はすぐに力なく笑う。もういいでしょ? と言うように。


「ま、そんな感じよ。かくして将来を嘱望された魔法少女にしてアイドルだったガーネットちゃんは、そんな自分に嫌気がさして、やさぐれ二流魔法少女となって今に至るのでしたー……どう? 満足? 笑っていーよ。はは、笑えよ」

「吉良坂様……」


 笑顔を操る魔法使いが浮かべるには、あまりに空虚なエガオだ。六条も、沈鬱げに名を呼ぶことしかできない。

 確かにこれは悲劇だ。望まぬ力に翻弄され、人生に惑う少女など、同情されて然るべき存在であろう。


「ああ、合点がいった」


 そうしてそんな魔法使いに向け、俺は──、


「──つまりは貴様、負け犬の類いか」


 特大の、侮蔑を投げた。


「………………あ?」

「や、安綱様……!?」


 何を言われたのか分からない、といった具合の間抜け面を見せる吉良坂に、嘲りも隠さず肩を揺らす。

 まったく。刀花から「アイドルさんはすごいんです! 王国を持ってるんですよ!」と熱く言われていたためどれほどのものかと思っていたのだが……蓋を開けてみれば、この程度か。


「……今、なんつった?」

「負け犬と言ったのだ、たわけめ」


 あまりの怒りによるものか、顔色を白くする吉良坂にもう一度言葉を投げる。


「魔法使いにとって、魔法とは己の一部であると聞き及んでいる。そうだな、六条」

「へっ? は、はい……その方の身体の造りや神経そのものが、魔法を使うための一つの回路となっておりますれば」

「つまり、この者は自分の身体さえ満足に動かせぬ赤子というわけだ。そら、望み通り笑ってやろう」

「っ! ん、だとぉ……?」


 その柳眉が逆立つ。だが……それだけ。事実だからだ。


「心底失望したわ。王の気質を持ち、昏き感情を抱えつつもこの体たらく……貴様はそう、器ではないのだ」


 とんだ期待はずれ。俺の鼻も鈍ったものだ。

 王とは、即ち総てを蹴散らす者である。捩じ伏せる者である。その対象は周囲の環境であろうと、己自身であろうと本質は変わらない。己の生きやすいよう、何かを破壊するのが王だ。

 だがこいつはどうだ。環境を変えようとするでもなく、己を変えようとするでもない。いつまでも同じところで立ち止まったまま、間抜け面を晒すだけの無能に過ぎない。


「なんっ……あ、あたしだって、少しは努力して──」

「努力だと? 方向性の間違った足掻きなど、努力とは言わん」


 それはただの逃げだ。己の対峙すべき敵に対し、正面から臨まずして何が努力か。

 この小娘も、内心ではそんなことは分かっているのだろう。その怒りが、俺の言葉を受けるごとに萎んでいく。


「努力というのならば、貴様はその魔法を使いこなそうとするべきだったのだ」

「そ、れは……」

「それがなんだ。誰でも使える魔術で誤魔化そうだと? 小賢しいにも程がある」

「う……うぅ……」


 悔しげに、吉良坂は唇を噛む。何も言い返せずに。


「……」


 ……その姿に、苛立ちが募る。

 違うな。"ここ"ではない。


「つまらん人間だ。その様子なら、昔のお前のアイドルとしての働きなど、見るに堪えんものであろうよ」

「……」


 どこだ。


「まさに怠惰。貴様の姿は、まさしくそれよ」

「……」


 どこにある。


「貴様がこれから修めようとする魔術など、役にも立つまい」

「……」


 貴様の──、


「ああ、そうだ……」


 ──貴様の、誇りの在処は。


「きっと、貴様のような赤子に魅了された人間など、程度の低い塵共だったに違いあるまい?」

「──っ!!」


 その時。


「……あたしのファンを……」


 悔しげに身体を震わせるだけだった少女は、


「──あたしを応援してくれてた人達を、バカにするなぁ!!!」


 その瞳、怨敵を睨まんが如く。少女は身体の全身から怒気を放つ。

 ああ、ここだな……貴様の、譲れぬ想いの在所は。

 貴様の、何をもってしても絶対に守護りたいと思える“本気”の在処は……!


「さっきから勝手なこと言うな!! あたしが……あたしが、どれだけ応援してくれた皆に申し訳ないって思いながら、ステージを降りたと思ってる!!!」


 その熱を、少女は晒け出す。無念の涙を流しながら。


「あたしだって、皆と一緒にもっと楽しく笑っていたかった! でも……でも仕方ないじゃん! それが自分の力じゃないかもなんて分かったら……最初から、偽物だったかもしれないって分かったら……」

「だから逃げたのか」

「っ、あ……あたしは、皆のためを思って……あたしがいない方が……」

「それが逃げだというのだ!!」

「っ!?」


 こちらの怒声に、少女は身体を震わせる。体のいい言い訳ばかり用意しおって。


「恐怖から逃げるな! 王とは、恐怖を与える側の者であり、抱く者のことではない!」

「そ、それができたら、苦労は……!」

「貴様ができなくて誰ができる! 貴様の身体は、貴様にしか動かせん! 己の持つ武器を恐れるような王に、民は決して従わん!」

「──だったら!!」


 一際大きい声を放った後、堕ちた王は俯き、言葉を絞り出す。


「だったら……助けてよ」


 その声はまるで乞うように。


「だったら、教えてよ……力の使い方を。あたし、自分が怖いんだよ……もう、もう……自分でもどうしたらいいのか、全然分かんないんだよぉ……!」

「……」


 そう震えながらも、助けを求める声を上げた。

 顔を涙でぐちゃぐちゃにし、迷子のようなか細い声で。


「ファンの皆のためだけじゃない、あたしだって……あ、あたしだってぇ……!」


 己の望みを吐露しながら、少女は顔を覆ってしゃがみこんだ。己の中にある恐怖を知ってから、今までそうしてきたように。


「……」


 ……道ながらに足を止める者には、二つの種類がある。

 一つは、歩くことに疲れた者。別の道を探そうと手をこまねき、諦めて力尽きた者。

 そしてもう一つは、


「あたしだって──また一緒に、皆と心から笑いたいんだよぉ……!!」


 ──振り返った時、大切なものをすぐに確かめられるようにする者だ。


「……」


 ああ、悪くない煌めきだ。

 今はすっかり褪せてしまった王の資質。しかし、磨き直せばきっと誰をも魅了する宝になると確信させる想いの強さ。

 だが……、


「ふん、違うな」

「な……」


 思わずため息をつけば、吉良坂は鼻白む。

 まったくもって、“なっとらん”。


「昼間の俺の話を聞いていなかったのか? その身を弁えれば、戯れに力を貸してやることもあると」

「……?」


 えぇい、呆けた顔を晒すな情けない。最後まで言わねば分からぬのか。


「──人間ならば、生き様を魅せて道具を従わせよ」

「っ!?」


 そうとも。

 王道を再び歩むと決めたのならば、貴様には相応しい態度というものがある。不安げな顔を浮かべた王など、飾りにもならん。


「……安綱様って、やっぱり面倒くさいですよね」


 うるさいぞ、六条。分かったような口を利くな。


「……ちょっちティッシュ取って……ありがと。ズビビー! うぉ鼻血出たー!?」


 机にあった箱を放り投げれば、吉良坂は豪快に鼻を噛む。最後の一言は余計だったが。

 そうしてしばらく、鼻水と涙をぐしぐしと拭った吉良坂は「すーはーすーはー」と深呼吸をして、


「やーやー! 童子切安綱ぁー!」


 こちらに向けて、びしぃっと居丈高に指を指す!

 ピンクの髪も自慢げに揺れ、その瞳には澄んだ色を取り戻している。

 ウジウジとするだけだった態度は見事に消え失せ、魔法少女らしくその相貌には希望を乗せて。


「──力の使い方、あたしに教えてみろやぁ!!」


 にっ、と歯を見せ傲岸不遜に。

 見惚れるほどに魅力的な笑顔で、そう言い放つのだった。


「ク、クククククク……!」

「な、わ、笑うなー! こ、こういうことやろがい!?」

「ククククク……ああ、これは失敬した」


 顔を真っ赤にする吉良坂だが……ああ、悪くないぞ。

 己の身体を動かすのに、いちいちお伺いを立てる人間などいないのだからな。いい傾向だ。


「いいだろう、魔法使い。この力の権化たる無双の戦鬼、戯れにだが力を貸してやる」


 言いながら、チラリともう一度テレビに視線を移す。

 ……ここに来る前に、リゼットと刀花もまたこの映像に目を通していた。だからこそ“オーダー”を使ってまで、俺をここに遣わしたのだ。


 ここで失うには、あまりに惜しい宝であると。


「……」


 それに、俺にとってもそう悪い話ではない。

 この少女が再び返り咲けば、それはきっと素晴らしい宝になり……折れれば、更に色濃くなるであろうその絶望を喰らってくれる。

 そしてなにより、


『ひぐっ、ぐすっ、嬉しいよぉ……ごめん衣装係さんこれで鼻噛むわズビー! うぉ鼻血出たー!?』


 テレビにはいまだ、小さな女の子の歓喜する姿が鮮明に映し出されている。

 ……その弾けんばかりの笑みも、頬を伝う涙も。決して、偽物の宝などではないはずなのだからな。


「クックック……」


 王としてはまだまだ未熟。

 玉座の座り方から教えてやらねばならん、赤子同然の少女であるが……その生まれながらにして美しい器、この俺が磨き直してくれるわ。


「俺が貴様を──誰もが従う王にしてやろう」

「うわぁシンデレラも裸足で逃げ出す誘い文句だぜぇ……」

「いらんのか?」

「い、いるぅー! マジ助けて、助けろ? おう助けろやオラァ! 吐いた唾飲まんとけや言質取ったかんなぁ!!??」


 そうして。

 絢爛なる城から、這々の体で逃げ帰ろうとしていた一人のシンデレラにして未来の王は……、


「っしゃあ、もうヤケよヤケ! 矢でも鉄砲でもかかってきやがれってなもんよぉ! おらっシャドーボクシング! シュッシュッ!」

「だ、大丈夫なのでしょうか……ちゃんと責任取ってくださいね、安綱様?」

「ク、ハハハハハ」


 未練がましく振り返るだけだった道を、今度は妖刀と自前の魔法を携え、


 全速力でもって、逆走し始めるのだ──!

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