第214話「やっぱり妹がナンバーワン!」



 いやぁ、綾女さんは分かってますねぇ。


「おはようございま~す……」


 なんとなく小声で囁きつつ、兄さんの寝室のドアを開ける。


「よいしょ」


 そうしてスルリと部屋に身体を滑り込ませ、当然のごとく内側から"鍵を閉める"。よし!


「ふっふっふ~」


 そんな私こと、兄さんの最愛の妹である酒上刀花は口許に手を当てて「むふふ」と笑った。


「珍しく完全に無防備な兄さんを起こす機会をくれるなんて、さすがは綾女さんです、年長者さんです。家族の顔を立てるということを分かってらっしゃいますね!」


 そうですとも。

 私、酒上刀花は現在において兄さんの唯一の肉親。血も魂も繋がっている家族なのです! 兄さんに関しては全てにおいて優先される権利を持っているのです!


「むふー、小姑さんに気を遣えるのはポイントが高いですよぉ~」


 こんな機会をくれた綾女さんには、後でお菓子を差し入れちゃいましょう。大サービスとして兄さんに"あーん"してもらう権利もつけちゃいますね!


「さてさて、兄さーん……寝てますね」


 綾女さんに感謝しつつ、静かに眠る兄さんの傍らに立つ。

 通常時であれば、この辺りで気配を感じて兄さんは起きてしまいますが……今回は起きる気配が全くありません。スヤスヤです。

 きっと私がここで"お願い"をすれば、兄さんは刹那の内に目を覚ますでしょう。もちろん、そんな無粋なことは致しませんよ? 当然ですよね?


「……むふー」


 スヤスヤな兄さんを眼下に収め、私は満足げな吐息を漏らして手を合わせます。


 あぁ……ダメですよぉ、兄さん?


「では、いただきます」


 ──恋する妹の前で、そんな無抵抗な姿勢のままじゃあ……ね?


「あー……んっ♡」


 ~ただ今、恋する妹が乙女にあるまじき音を立てて兄の唇どころか口内を蹂躙しています。しばらくお待ちください~


「────ぷはぁ……ご馳走さまでしたぁ、ペロリ♪」


 私と兄さんを繋ぐ銀の糸をチロッと出した舌でプツンと切り、うっとりと頬に手を当てた。

 はぁん♪ まな板の鯉な兄さんも素敵ですよ。イタズラな兄さんも大好きですけど、これはこれで別の趣があって堪りませんねぇ……ちょっぴりゾクッとしちゃいましたよ。私ってベッドの上では"こう"なのかもしれませんね? クスクス……。


「まぁ兄さんが望むのでしたら可愛い妹はどんなプレイでも応じますが! でも痛いのは少しだけですよ?」


 酒上家家訓!

 "妹には世界一優しく!"ですからね。


「……本当に起きませんね、お疲れだったんでしょうか」


 一人で盛り上がっていても一向に目を覚まさない兄さんの姿を見て、少し首を傾げます。

 妹としたことが、兄さんの疲れを見抜けていなかったのでしょうか……いえそんなことあり得ませんね! 私達は一心同体の兄妹なんですから! お互いに知らないことなんて何一つありませんと胸を張って言えますので!


「……ふふっ」


 なーんて、今ではこんな風に言えちゃいますが。

 私と兄さんが出会った頃なんて、何一つ噛み合ってませんでしたけどね。


「兄さんは無口で、感情も無くて、無愛想の無い無い尽くしさんでしたもんねー?」


 ベッドに腰掛け、兄さんの眉間の皺を伸ばしてみます。ふふ、無愛想さんなのは今でも変わりませんでしたか。


「小学生の私に『我が所有者よ~』なんて言って膝まで着いて。さすがにそんな歳じゃ私でも意味がよく分かりませんでしたよ?」


 兄さんと出会う以前のことなんてほとんど忘れてしまいましたが、そんな風に人に接されたことのなかった私は困惑しきりだったのを覚えてます。


「親もなく、施設で育って……訳も分からず戦鬼創造の儀式に巻き込まれて」


 私と同じ色の髪を指でそっと掻き分けながら、過去へ思いを馳せる。とてもではありませんが、まともな幼少時代とは言えませんでした。

 そんな何も持っていなかった自分の前に、唐突に現れた正体不明の"ナニカ"。当時は私も困ったものです。


「何を考えているのか分からなくて、何でもすぐに殺そうとして、何をするにも不器用で……」


 今思えば、兄さんの第一印象はドン底の部類だったかもしれません。

 ですが……、


「──どんな時でも私を守ってくれて、私のことがとっても大事なんだって伝わってきて。分からないことだらけの中でも、それだけは本当のことで」


 だから……私はこの人と家族になろうって、そう思ったんです。


「何一つ持ってなかった私に、無い無い尽くしのおにーさん……ふふ♪」


 そう考えると、思わず唇が綻ぶ。

 無い者同士で、きっと最初からお似合いだったんですね、私達は。

 ですが、今はもう全然違います。


「こんな豪邸に住まわせてもらって、学園にも通わせてもらって、大好きな人もできて。まるでおとぎ話のシンデレラですね?」


 昔々あるところに~、なんて。

 悪い鬼さんが女の子を幸せにする話なんていうのは見たことありませんけど、一つくらいならあってもいいですよね。


「ふふ……欲しがりな妹でごめんなさい、兄さん」


 何も持っていなかったからこそ、私は何でも欲しがってしまうのかもしれません。

 まぁ私が欲しいのは最初から最後まで兄さんなんですが……最近は私だけの兄さんとは言えなくなってきましたからねー。


「でも、案外悪くない気分ですよ」


 施設にいた時、引き取られていく子どもが羨ましかった。この子は今から、この優しそうな大人の人に全てを与えてもらえるんだって。


 ──家族になるんだ、って。


「リゼットさんに綾女さん。そしてリンゼちゃんに彼方ちゃん!」


 周囲にいてくれる人達の名前を呼べば、自然と笑みが深まる。胸の奥がポカポカする。


「そうです」


 私は──家族が、欲しかったんです。

 無条件で信じ合える、そんな関係が羨ましかったのです。それが、小さい頃の私が一番欲しいものでした。


「ありがとうございます、兄さん。私の、初めての家族になってくれて」


 今でも鮮明に覚えています。

 "私を守ってくれるおにーさん"から、"本当のお兄ちゃん"になってくれた時のことを。


『──刃お兄ちゃんって、呼んでもいいですか……?』


 そう切り出した時、私は震えていました。ありったけの勇気と極度の緊張と、そして断られたらどうしようという恐怖に。

 ですが、そんな私を前に兄さんはキョトンとして、


『あぁ……そういえば、俺にはそういった名も無かったな。謹んで拝領しよう』


 なんて、いつも通りな感じでしたよね。


『この戦鬼、これよりは"刃"と名乗ろう』

『むー……』

『なぜ不満げなのだ、我が所有者よ』

『むむむむむ~~……!』


 せっかく私が勇気を振り絞ったのに、兄さんはその意味が分からないほどのニブチンさんでしたね。


『……さ、“酒上”、です』

『……?』

『"ただの刃"じゃなくって、"酒上刃"なんですぅー!』

『何が違う』

『全然違いますよう! じ、刃お兄ちゃんの鈍感さん!』

『ん……この感情は"羞恥"に……"憧憬"……? あぁ──なるほど、そういう……』

『わっ……どうして急に頭を撫でるんですか?』

『……自分でもよく分からない。だが、今はこうしなくてはいけないような気がしたのだ……“我が妹”よ』

『あっ──えへ、えへへへへ♪』


 私が名前を付け、私と一緒に何もかもを積み上げてきたお兄ちゃん。大好きなお兄ちゃん。


「最近ちょっぴり浮気気味な兄さんですけど~」


 でも、家族が増えるのはきっと良いことですよね?


「兄さんの妹は私だけで、妹を一番に愛してくれれば、それでいいですよ」


 懐が広くて優しい妹でよかったですね、兄さん?


「むふー……もうちょっとマーキングしちゃいましょうかねぇ」


 過去をなぞり、胸の奥から好意が溢れそうになった私はもう一度兄さんに顔を近付けます。


「兄さんは私だけの兄さんなんですからね。名前を書いておきませんと!」


 そうですね、ではリゼットさんのお株を奪って兄さんの首にでも熱烈なチューを♡


「むふふ、いただきまー……ん?」


 あれ? 兄さんの首に何か……はっ!?


「こ、これは──!?」


 な、なんだか兄さんの首に既にキスマークがあるんですけど!


「だ、誰ですか妹を差し置いてこんな吸血鬼な所業を……まさか!?」


 私はサッと顔を青くして、兄さんお布団に鼻を近付けます!


「クンクン……こ、こっちには、挽きたてのコーヒーのような香り──!?」


 ガバッと鼻を遠ざけ、私はおののくようにして身体を震えさせました。あ、足下がふらつきます……。


「た、大変です……兄さんが……! 兄さんが……!」

 

 え、えっ──!


「寝てる間に……リゼットさんと綾女さんにエッチなことされちゃってますよ!」


 な、なんて非道なおこないなのでしょう……抵抗できない状態でエッチなことを迫るなんて!


「よよよ……」


 ポフッと、ふらつくままにベッドに身体を預けます。

 ああ、可哀想な兄さん。知らない間に身体を穢されてしまっていただなんて……許せませんよねぇ!


「……シーツ冷たいです」


 よく見たらエアコンの温度も下げられてしまっています。真冬ですよ! これでは兄さんの身体が冷えちゃいま……す、ね……?


「……」


 ……冷えるのはいけないことですよね?


「──偉い人は言いました。冷えた人の肌は、人肌で温めなさいと」


 というわけで……。


「人命救助です! 兄さんの命は、私が救います!」


 だから脱ぎますね!

 いえ、これは決してエッチなことではありませんよ何言ってるんですか! 美しい兄妹愛ですよね!


「下着も~……えいっ♪」


 ブラのホックをはずせば、兄さんに育てていただいたおっぱいがたゆっと揺れてしまいます。いやぁん♪


「はぁはぁ……兄さぁ~ん、兄さんも脱ぎ脱ぎしましょうねぇ~……じゅるり」


 おっと、いけません涎が。くっ、人命救助は困難を極めますね!

 そうして私が兄さんのお着物をはだけていると──、


 ──ドンッドンッ!!


 激しくドアを叩く音が部屋に響きました。


「むふー、入ってまーす♪」

『やっぱり! トーカ! トーカ開けなさい!!』

『り、リゼットちゃんそんな乱暴な……』

『いいえアヤメ、あなたは軽率よ。意識の無いジンのいる部屋にあの妹を送り込むなんて!』


 失礼ですねぇ、私は人命救助中ですよ?

 ですがそうですか、綾女さんがリゼットさんに伝えてしまいましたか。

 ……少し、遅かったようですけどね!


『くっ、ご丁寧に鍵が! だからアヤメに頼んだのに! トーカ、今何してるの! 正直に答えなさい!』

「リゼットさん静かにしてください。私は今、お二人に乱暴されて傷付いた兄さんを癒やしているところなんです」

『乱暴って何!?』

『あー……』


 リゼットさんの怒号と、綾女さんの気まずそうな声が聞こえてきます。あまり大きな声を上げないでくださいね、兄さんのお身体に障りますから。


「兄さんは今、妹の人肌で傷を癒やすべきなのです」

『人肌……? ま、まさか……! トーカ、あなた今どんな格好しているの!』

「なかなか難しい質問ですね……」

『何が難しいのよ!』


 いやぁ、これがなかなか……。


「片足にパンツが引っかかってる状態は、果たして“生まれたままの姿”と言えるのでしょうか。その謎を探るべく、可愛い妹は兄さんの眠るベッドへと潜り込みました……」

『──どいてアヤメ。この扉、斬るわ』


 おぉ、怖い怖いです。

 ですが、今は私だけの兄さんですので。


「むふー、我流・酒上流十三禁忌が参──滅刻刃・刹那♪」

『んなっ!?』


 ──ガキィン、と。


 扉の方からとてつもなく硬い物同士がぶつかる音が響きましたが……扉はもちろんビクともしません。私が指を鳴らして、扉一帯の時を止めましたので。時間停止は防御にとても向いているんですよ?

 リゼットさんも最近は兄さんの力を上手く引き出すようになったみたいですが……ふふふ、まだまだこの妹と比べれば年季が違いますよ。


「というわけで……にーいさんっ♪」


 私は兄さんの上に乗り、正面からその逞しい身体を抱き締めます。

 むぎゅうっと私の胸が兄さんの胸で大胆に潰れ、トクントクンと互いの鼓動を交換し合いました。

 兄さんの体温と私の体温が混じり合い、まるで一つの生物になったような一体感。少し身じろぎすれば、何一つ隔てたものがない私の素肌に兄さんを敏感に感じて……、


「ぁんっ♪ 兄さん……す・て・き、ですぅ♡」

『開けなさい! ブルームフィールド市警よ! あなたを淫行の容疑で逮捕するわ!』

『ご、ごめんねリゼットちゃん。まさかこんなことになるなんて……』


 扉の外が騒がしいですが、私は既にどこ吹く風です。

 お二人はもう兄さんを味見したんですから、あとは妹に譲るべきですよねー?


「むふー。ではでは、ここからは若い者同士でたぁっぷりと堪能させていただきますねぇ……」

『誰が年寄りかこらー!?』

『あわわ……』


 ふふふ、私が本気を出せばこんなものですよ。


「やっぱり妹がナンバーワン、です♪」


 まだまだ兄さんは渡しませんよ。


 だって兄さんは、


「“私だけの兄さん”、なんですからね♡ ん~……」


 ちゅっ──♪

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