第215話「このゲームは満場一致で没収です」



「うぅむ、なかなかに良い夢を見ていた気がするな」

「その前にまず隣で裸の妹が寝ている事実を気にしなさいよあなたは」

「???」

「私がおかしなこと言ってる空気出すのやめなさい」


 起き抜けに顎に手を当て唸る俺にリゼットが冷たい目を向けるが、我が思考は彼女の言葉を咀嚼しきれない。

 起床した兄の隣に裸の妹が寝ていることなど、妹を持つ全国の兄にとってはよくあることだろう? まったく何を言っているのか。


「マスターはたまに世間知らずになるな」

「どうやらあなたの世間と私の世間にはかなりの隔たりがあるみたいね。異世界かしら?」

「知っているぞ、これが"かるちゃーしょっく"というやつであろう?」

「どこの文化圏から輸入したのその悪しき慣習は?」

「むふー、嫉妬ですかぁリゼットさん?」

「は?」


 いまだその柔らかな肢体を晒す刀花がニコニコしてこちらに抱き着きながら言えば、リゼットはピクピクとこめかみに青筋を浮かべた。なるほどな……。


「人は図星を指された時、感情を昂らせるものだ。眷属ながら主の気持ちを察せず、失礼した」

「これが嫉妬に見えるのなら悪いのは目かしら? それとも頭?」

「はっはっは、照れるな照れるな。ご主人様の意を汲むデキる眷属として、これからはマスターを起こす時に全裸で添い寝するようにせねばな」

「やってみなさい、地獄にご招待するわ」

「リゼットさんいいなー、うーらーやーまーしーいーでーすぅー」

「トーカはさっさと服を着なさーい!!」

「きゃあーん♪」


 リゼットが脱ぎ捨てられた服を勢いのままに掴み、刀花に服を着せようと奮闘している。まるで小動物のじゃれ合いのようなその光景は、見ているだけで微笑ましい心地にさせてくれる。やはり目覚めて一番の“とうりず”は脳細胞の奥まで届く。


「もはや姉妹のようではないか、なぁ綾女?」

「そ、そうかなぁ?」


 先程から苦笑してこちらを眺めている綾女に話を振る。おお、そうだそうだ。


「綾女の夢を見たぞ」

「へ、そうなの? どんなどんな?」


 俺の言葉に、綾女はそのくりっとしたアーモンド色の瞳に興味深そうな色を宿す。


「聞いて驚くがいい。なんとな、綾女に口付けをされる夢だったのだ」

「んっ!?」


 腕を組み神妙に頷きながら言えば、綾女の口から妙な音が漏れた。


「へ、へぇ~……ち、ちなみに、どんな感じだったのかな~って……」

「いやこれがなんともな。複雑そうな、申し訳なさそうな……それでいて幸せそうな。一言ではまるで言い表せない顔で、我が額に一瞬だけその可憐な蕾を控えめに触れさせたのだ」

「へ、へへへへぇ~……?」


 多少の発汗が見られるが大丈夫か。

 それにしても我ながら欲求不満だろうか? 綾女を欲するあまり空想で紛らわせようとは、情けない限りだ。


「しかし口惜しい。夢ならば、もっと幸せ溢れる表情をさせたかったものだ」

「あ、う、ウン……ソウダネ。イツカネ」

「なぜカタコトになった」

「ナンデモナイヨ……?」


 その目の泳ぎようでは何でもないようには見えぬが……まさかな。


「ははは、まさか綾女が本当に口付けてくれるなど都合の良すぎる妄想というものだ」

「ソウダネ、ジンクッタラオチャメサンナンダカラ~」

「そうだとも。あの"良い子"という文字が服を着て歩いているような綾女が寝込みを襲うなど、我ながら噴飯ものだ。そうであろう?」

「ソソソソウダネェ~、ゴハンコボシチャウヨネェ~……ほんとは起きてたんじゃないの刃君」


 ああ、早く綾女をこの戦鬼自らの手でもって幸せにしたいものだ!

 なぜかこちらを湿っぽい目で見つめる綾女へそう決意を漲らせながら、「さて」と一つ切り替えるようにして呟いた。


「──人生ゲームでもするか」

「すごい唐突だね……」

「いや、寝ながら考えていたのだ。彼方はまだ悩んでいるか?」


 現在、霧の中にいるであろう愛娘の名を呼ぶ。

 「やりたいことを探せ」と助言はしたが、俺の意識はそこで途切れたからな。

 俺の疑問を聞き、刀花と揉み合っていたリゼットが息を切らせながらこちらへ歩み寄ってきた。服を着せるのに成功したらしい。


「はぁ……はぁ……えぇ、そのはずよ。そんな簡単に答えの出せるものでもないし」

「寄せ寄せ……はい、リンゼちゃんも一緒に悩んでくれているみたいですよ?」


 刀花も片腕を上げ、脇の下辺りを手でグッグッとしながら答えてくれる。寄せて上げるのも忘れない、向上心の高い妹である。


「それでジン、なんで人生ゲームなのよ?」

「あれは人間の人生の縮図を遊戯化したものだろう? ならば、まさにその人生に悩める彼方の光明の一つにならんかと思ってな」

「言うほどそうかしら……?」


 リゼットが首を傾げるが、抜かりはない。通常のものであれば一笑に付す提案だ。


「ということで、ここに無双の戦鬼作の人生ゲームを用意した」

「ねぇどこから出したの?」


 細かいことは気にするな。

 俺が寝ている間にせっせと作っておいた人生ゲームの盤を取り出せば、三人は興味深そうにしてそれを覗き込む。リゼットは少々胡乱げだが。


「あれ、兄さんこれ……」

「気付いたか、我が妹よ」


 見かけは通常のものと遜色無いが、俺が拘ったのはマスの方だ。

 感心したような刀花の声に釣られ、綾女が「なになに?」とマスに書かれた文字に目を通した。


「『商いが軌道に乗り、ダンデライオン二号店を建てる。プラス二千万円』……わっ、ダンデライオンだって!」

「うむ。この屋敷にいる者の思考や夢、理想を"斬り取らせてもらった"のだ。それを貼り付けてある」

「なに勝手に人の思考盗んでるの?」

「俺の物はマスターの物、マスターの物は俺の物だ」

「ジャパニーズジ○イアニズム……!」


 当然のことだな。

 だが我がお嬢様はお気に召さないご様子。


「だいたいあなたが作るものなんて絶対ロクなものにならないんだから……」

「失敬な、愛娘を憂う我が気持ちの発露であるぞ?」

「じゃあちょっとやってみます? えいっ♪」


 盤を検分しようとするリゼットに先んじ、刀花が付属のルーレットを回す。

 クルクルと回る運命の車輪が示す数字は……『1』だ。一つ目のマスに皆が視線を移し、リゼットが代表としてそれを読み上げた。


「えーっと? 『人類鏖殺成功。ご主人様と妹と友のみの存在する美しい世界となった。ゴールおめでとうお前が一着だ』……」


 ……。

 …………。

 ………………。


「「終了ぉーーー!!!」」

「こらこらこらこらー!?」


 俺と妹が「いえーい!」と諸手を挙げて勝鬨を上げれば、すかさずご主人様が待ったをかける。


「ご不満が?」

「無いと思ったの?」

「マスター、終末のラッパが吹けば選ばれなかった者は死に絶えるのみだ。なんちゃらの黙示録にもそう書いてある」

「だから?」

「それが人生」

「あなたこれ情操教育に使う体で話してなかった?」

「それが人生」

「お黙り、とりゃっ」

「何をするマスター……!」


 リゼットがどこからともなく出した黒ペンでマスを塗り潰す。俺の理想郷が!


「なんということを……」

「こっちの台詞よ。検閲は仕事しなさい」

「基本無作為に選んだため俺も把握していない。敷かれたレールなど興が削がれるというものだからな」

「あなた人生ゲーム作る気ほんとにある?」


 無論だとも。


「これが戦鬼の粋を尽くした、人生ゲーム……いやさ、"覇道ゲーム"だ」

「私の耳が悪くなったのかしら、もう名前を変えたわよ。人生ゲームを作る気があるって言ったその口で」

「我が娘らもまた覇道を歩む素質を秘めた者達。ならば遊戯もそれに相応しい格というものを用意せねばなるまい?」

「もうずっと寝てればよかったのに……ちょっ、こっちのマス!?」


 げんなりした様子で吐息を漏らしていたリゼットだが、とあるマスを見つけた瞬間焦った声を上げた。


「『ドームライブ後、電撃結婚をしアイドルを引退。あなただけのアイドルになる。プラス一億円(トップアイドルのカードを所持している場合、更に倍)』って、これ……!?」

「アイドルといえばマスターだな」

「リゼットさん……」

「リゼットちゃん……」

「ち、ちがっ!?」


 なんとも言えない生温かい視線を一身に浴びるマスター。だが俺は嬉しいぞ!


「そのようなことを考えてくれていたのか」

「べ、別に“あなた”のことだなんて言ってないでしょ!」


 真っ赤になって否定するが、そう書いてあるではないか。

 いじらしいリゼットの姿に、俺のテンションも上がる。


「いやはや、だがマスターは既に俺にとっての一番星。"とっぷあいどる"だぞ! リズー! アイドルのマスター最高だぞー! 略してアイドルマス──」

「や め な さ い こ ら」


 サイリウムの代わりに輝く小太刀を振っていれば、リゼットのドロップキックが炸裂する。世界一可愛いぞ!


「このおバカ眷属ぅ~……! ちょっと見せなさい! アヤメとトーカのもあるでしょ!」


 自分だけ爆弾が爆発したのが許せないのか、リゼットは涙目になりながらも道連れを作ろうとする。いい根性をしているな。


「『新メニューが上手くいく。プラス二百万円』、『奨学金を手に入れる。プラス五百万円』、『宝くじがはずれる。マイナス百万円』……ちょっと、なに無難なとこに落ち着いてるのよ! 覇道はどこ行ったのよ覇道は!」

「それが人生」

「ムカつくこの戦鬼……!」


 紅玉の瞳を鋭く細めるが、そういった平凡を打ち砕くのもまた覇道の在り方よ。


「あ──ほら、見て!」


 そうやってリゼットが指差す先のマスには……どれどれ。


『刃君が、私を捕まえてくれる(結婚マス)』


「……」

「……」

「……」

「……」


 ……重い沈黙の中、見つけた責任を果たすためかリゼットが一番に口を開いた。


「……すごく……ガチっぽい……」

「~~~っっ///」

「リゼットさん、謝ってください。綾女さんが羞恥で泣きそうになってます」

「ご、ごめんなさいアヤメ──って一番に謝らなきゃいけないのはジンでしょうがーーー!!」

「すまん……」


 宝には二種類ある。

 奪ってなお輝く宝と、秘すことで輝きを増す宝だ。綾女のその気持ちはまさに後者のもの。軽々しく暴いていいものではない。何事にも趣というものがあるのだ。


「このマスは俺が消しておこう」

「そうなさいな……」


 キュッキュッとサインペンを走らせ、マスを消す。俺は何も見なかった。


「まったくもう。こんな危険物、娘の教育によろしくないわ。私達の心臓にもね」

「本当ですねぇ、怖いです」

「いやトーカは大丈夫でしょ」

「な、なんでですか。私だって兄さんに秘密を暴露されてキュンキュンしたいですよ」

「そういうところよ。というかね……」


 不満げに頬をプクッと膨らませる刀花に、リゼットは「あからさますぎて敢えて今まで指摘しなかったけど……」と前置きして、ある部分を指差した。


「この長いマス、トーカでしょ」


 そう言うマスターが指すマスには──、


『十六歳聖夜、第一子を授かる。十七歳、第二子。十八歳、第三子。十九歳、第四子。二十歳、第五子。二十一歳、第六子。二十二歳、第七子、二十三歳──』


 と、延々と子宝が記載されているマスがある。はみ出て裏まで続いているくらいだ。


「んもう、やめてくださいよリゼットさん。恥ずかしいからって私のせいにしてぇ」

「私はこんな頭お花畑な思考回路してないのよ。あなた頭の中に王立植物園でも広がってるの?」


 我が妹の綿密な家族計画というやつだ……さもありなん。そしてこれを晒されて微動だにしないあたり、刀花はまさしく覇道に相応しい魂を持っていると言えよう。俺は兄として誇らしい。


「だがこちらには、刀花が小さい頃に書いた短編小説があるぞ。『小説が重版となる。プラス一千万円。なおこのマスに止まった者は付録にある小説を音読せねばならな──』

「そぉい!」

「何をする我が妹よ……!」


 可愛さの中にも真剣さを帯びた妙なかけ声と共に、俺の手から盤が取り上げられてしまった。


「こんなオイタをするゲームは没収です」

「賛成だわ」

「私も、それがいいかな……」


 むぅ、三人に言われれば是非もない。


「自信作だったのだがな……」

「どこにそれを感じたのよ……」


 こう、雰囲気的に。


「仕方あるまい。少々物足りんが、普通の人生ゲームに興じるとするか」

「この時間なんだったの……」

「……おはようの挨拶では?」

「それだけで普通こんなに疲れないのよ……ほんと、ずっと寝てた方がよかったんじゃないのこの子」

「はっはっは、こやつめ」

「私、結構本気で言ってるんだけど?」


 さて、復活もし気力も充分。

 愛娘の相談に乗ってやるとするか。少女達と共に。

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