第五章 「無双の戦鬼と、襲来の双姫!」

第166話「家出をノリで!」



 冬の冷たい空気が、見上げた月をより澄んだものへと昇華する。

 窓辺から優しい月光が差し込み、耳は穏やかに薪が燃える音を拾う。時折、カップがソーサーに置かれる音さえその調和を崩さない。

 そんなちょっぴり眠たくなるような暖気に包まれた洋館の一室には、まさに上流階級の者が憩う場としての相応しい空気が――


「もー! 限っ界っですわっ!!」


 ……流れてなどいなかった。


「……リンゼお嬢様、うるさい」

「うるさくもなりますわ!」


 ガシャーン、とティーセットをぶちまけたるは、豪奢な金髪ツインテールを振り乱す一人の少女。

 その少し黒みがかった紅の瞳を三角にして、彼女はテーブルの傍らに侍る、メイド服を着た少女に不満をぶつけていた。


「カナタ! 一言言ってきてちょうだい! 『自重なさいませ』と!」


 美しく凛とした声で命令を下す少女。

 しかし、それを聞くメイド服の少女は余人には何を考えているのか読めない、深い琥珀色の瞳を細めて首を振る。その動きに合わせ、右に結った黒髪のサイドテールがゆらゆらと揺れた。 


「……嫌。あの部屋に入るのは勇気がいる。お嬢様が直接言えばいい」

「え、あたし――こほん、余が!?」

「……その一人称、合ってない。可愛くない」

「う、うるさいなっ……カッコいいからいいのっ」


 言葉少なに言うメイド少女に、金髪の少女がムキになったように頬を膨らませる。

 メイド少女の声は呟くような声量であったが、まったく暗さを感じさせない。川のせせらぎのように透き通るその声は、確実にその者の胸を抉っていく。


「……さすが中学二年生」

「なっ、カナタだってそうじゃん! それにカナタの方が拗らせてるじゃんかー!」

「……なんのことだか」


 一方は仕立てのいいドレスで着飾り、一方はメイド服で傍らに侍る。しかし会話の内容は主従としては気安いものであり、少女達が不和を抱く様子もない。

 いつも通りのやり取りだ、と。彼女達を知る者が見ればそう思っただろう。


「……じゃ、がんば」

「いや『がんば』じゃないし!」

「……口調、いいの?」

「あ……コホン。とにかく、あの方達にはもう少し分別というものを――」

「……仕方ない。旦那様、人型取れるの夜だけになって久しい。奥様と触れ合える時に触れ合うの、当然」

「そ、それはそうですけれどっ。だからって毎晩毎晩……」


 そう言って、二人は耳を澄ませる。

 すると聞こえてくるのだ。上階の寝室から、楽しそうな……時折、教育上あまりよろしくなさそうな声が。


「ねえ、冬休み中ずっとこれですの?」

「……弟か妹、どっちがいい?」

「ファ○ク」

「……お嬢様、下品」

「……おファ○ク?」


 どこで覚えてきたのか、そんな下品な言葉を口にする金髪お嬢様に、黒髪メイド少女はかすかに嘆息を漏らした。


「……そんなに自分に構ってほしいなら、直接言えばいい。甘えん坊のリンゼお嬢様」

「は、はぁっ!? そんなんじゃないし! お父様もお母様も、もう少し人目を気にして欲しいってだけ!」

「旦那様も、中学生の私達にどれくらいの距離感で接するべきか決めあぐねてるみたい……こうやってお嬢様が無駄に反抗するから。面倒くさい。旦那様、たまに泣いてる」

「うっ……だって、なんか甘えるとか、ダサいし……うぅ~でも分かってるよそんなことぉ……」

「……よしよし、いい子いい子」

「……こういう時だけお姉ちゃんぶって。自分だって甘えたい癖に」

「なななななにをおっしゃる兎さん」

「図星刺された時真顔で震えるのマジでやめて怖いから」


 ガタガタと真顔で震えるメイドの撫でる手を払い、金髪ツインテールの少女は腕を組む。


「コホン。これはもうあれね……"家出"ですわね。何が悲しくて冬休み中ずっと両親の濃厚なイチャイチャを見てなくてはなりませんの」

「……どこ行くの。陰陽局は社宅いっぱいって支部長言ってた。出張依頼もない」

「ダンデライオンはどうですの?」

「伯父様も伯母様も喜んでくれると思う……けど、近所過ぎるし、多分仕事手伝わされる」

「……ふん」


 つまらなさそうに、金髪の少女は鼻を鳴らす。


「……せめてお父様が日中にも活動できたら」

「そうしたらもっと構ってもらえるのに」

「そうそう――ってだから違うって!」


 そうして二人で「うーんうーん」と考え込んでいると……メイド少女がポンと手を叩き、懐から一冊のノートを出した。


「じゃあ……こういうのは?」

「え、なになに? あっ、それお母様の黒歴――奥義書!? お父様が隠してるはずじゃ……」

「……『パパ、貸して?♡』って言ったら喜んで貸してくれた」

「お父様……そしてお労しやお母様……」

「これのさん番目ときゅう番目を合わせたら……」

「ふむふむ……え、どうなるの?」

「……おバカリンゼ」

「バカじゃないし!?」


 一冊のノートを覗き込む二人は計画を練る。

 ……それは冬休みの、ちょっとした旅行の計画。


「あ、なるほど、それなら"今の"屋敷で気まずい思いしなくて済みますわね。"学生の時分"でしたらきっとまだマシでしょうし、上手くやればお父様の具合もよくなるかもですわね!」

「……じゃあ、行く? 書き置きとかは?」

「大丈夫ですわよ、お父様とお母様だってたまにふらっといなくなりますもの」

「さすが大胆。覇者の器」

「カナタだって同じ血が流れてるじゃありませんの」

「うん。『覇者とは――』」

「『――他を蹂躙し、己が道を邁進する者である』ね」


 共に崇敬する者の言葉を重ねて、一瞬だけ互いに微笑み合う。こういう時はノリと勢いだと学んでいるのだ。


「それじゃ、カナタは参番目を。止めるのではなくて、逆転させる感じでね」

「お嬢様は玖番目? 探せる?」

「ちょっと待ってくださいまし……うぅん、どの"枝"もガードが固いですわね。これもしかして他のお父様が警戒してるんじゃ――あら、この"枝"だけなんだか雑に切り貼りされてますわ。ここなら行けそう!」

「じゃあ、そこ」

「ええ、それじゃ行きますわよ! わたくし達の平穏な冬休みのために!」

「そして旦那様にいっぱい甘やかしてもらうために」

「そう! お父様にいっぱい――って違うから! これは任務なの! "オーダー"なの!」


 やいのやいのと言い合いながら題目を掲げ、二人の少女は天にその手を掲げる。

 天地すら鳴動するほどに濃密な霊力を……受け継いだ覇者の力を携えて。


「――ディオニソス・アーツ! えっと、ツリーワールドぉ……"剪定"って英語で何て言うの?」

「……安直。ダサい」

「だっ、ダサくないし! 掲示板でも『最高にクールじゃんw』って評判よかったもん!」

「よもや手遅れ……普通でいい。失敗したら、多分大変。息、合わせる」

「……分かりましたわよ、もう」


 そうして少女達は、お出掛け気分で家を出る。


『酒上流十三禁忌がきゅう――樹界剪定刃じゅかいせんていじん!』

『酒上流十三禁忌がさん――滅刻刃めっこくじん逆巻さかまき


 覇者の卵に相応しい、ちょっぴりスケールの大きい初めての家出へと。

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