第159話「祭りは、もう終わりだ」



「我流・酒上流キャンプファイヤー――『五山送り火』」


 ボウッと勢いよく燃え立つ炎の音と共に、屋上が揺らめく灯りに包まれる。

 燃え盛る大剣を"大"の字に積み上げたそれは、既に撤去された校庭のものと比べても遜色ない。

 満点の星空の下に、幻想的な炎。

 そうして最後にスマホから緩やかなメロディを流せば、俺達だけの舞踏会の幕が上が――


『あっつ! ちょっとこれ熱いですって! あっあ゛ー! 髪が焼けるー!』

「うるさい、そのまま逝ってしまえ」


 給水塔から逆さにぶら下げた、鋼糸でぐるぐる巻きにした提灯がやかましい。

 そんなぼんやりとした灯りを放つ、俺と綾女の逢瀬を邪魔しくさった幽霊少女は"大"の字の中央上で軽く炙られていた。

 彼岸へ霊魂を送り返す炎を模したキャンプファイヤーだ、さぞ心地が良いだろうよ。


『あっ、あっ、なんか気持ちよくなってきました! 身体がフワフワするというか! 全てがどうでもよくなってきたというか!』

「よし、逝け。逝き死ね」

『あ゛っ、ホントに逝く! 逝っちゃいますー!』

「……なにバカなことしてるのおバカ」

「止めてくれるなマスター。俺は今……えー、最後の"のーつ?"を通知で邪魔されて"ふるこんぼ?"を逃した心地なのだ」

「私に分かりやすいよう頑張って説明してくれてありがとう。その気持ちはすっごくよく分かるけれど、だからってカレンにあたらないの」

「ぬぅ……」


 主が言うのならば仕方あるまい。

 指を鳴らして化野の拘束を解けば、彼女はすぐさま炎から離れ『いやー、三途の川の向こうで両親が手を振ってましたよ。私、両親知りませんけど!』などと突っ込み待ちな言葉を吐いている。突っ込まんぞ。


「まったく……」


 手ぬるい。

 あと少しで綾女という宝を手中にできたものを。これではまた、「それはダメなことだよ!」でなんだかんだガードの固い彼女を崩し直さねばならない。

 口惜しさと共にその情景が脳裏をかすめる。星明かりと炎で色づいた綾女は、本当に美味そうで――


「こら、今はご主人様に集中しなさい」

「おっと、これは失礼した」


 思わず臍を噛んでいれば、手を取り合うリゼットから叱責をくらってしまった。いかんいかん、今は集中せねば。

 俺は改めてプクっと頬を膨らませた彼女の小さな手と、芸術的に細い奇跡のウエストに手を回してステップを踏む。緩やかなメロディに合わせて。


「むふー、練習のおかげか兄さんも上達しましたね」


 刀花もご機嫌にポニーテールをぴょんこぴょんこと弾ませながら、元気よく足を動かしている……分身体の俺と手を取りながら。


『なんで自然に増えてるんですか戦鬼さん。アメーバなんですか?』


 結局、どちらが先にダンスの相手をするか決められず、こうして俺がノリで影分身をすることになってしまった。

 まあ、屋上にこしらえた俺達だけのダンス会場のため人目につく心配はないが……


「同じ俺とはいえ、よくも俺の妹の手を……」

「あなたどれだけ心狭いのよ。それに向こうも『よくも俺のご主人様を……』って言ってるわよ」


 同じ俺だからな。

 だが二人を同時に幸せにするため致し方なし。涙を飲もう。それに最終的に統合したら記憶も経験も俺のものになる。影分身とはそういうものだと、どこぞの忍者も言っていた。


「ほらジン、もっと身体寄せて。わんつー、わんつー」

「ふふっ、兄さんここで高い高いです。きゃあー♪」


 胸が当たるほどにリゼットと距離を詰め、刀花の両脇に手を差し込んで持ち上げる。

 彼女達の微笑みと楽しそうな声を聞けば、だんだんと溜飲も下がっていく。それと同時に目も奪われてしまう。


「あ、こらジン。もっとゆっくり……そう、いい子ね」


 リゼットは麗しい金髪を炎に煌めかせ、フォークダンスというお遊びとは思えぬほどの優美な動きで、こちらに息を合わせている。導くように。

 指の先まで美しさという芯が行き渡った彼女は、まさに貴族という特権階級に属するに相応しい貫禄と美貌を持ち合わせていた。

 ちょっぴり赤く染まった頬を誤魔化すため、お澄まし気味な表情を作っているのも愛らしい。


「兄さん兄さん、次はお姫様抱っこしてください!」


 一方、刀花はリズムに合わせながらもアレンジを加え、喜色満面の笑みを浮かべながら元気いっぱいに踊る。

 彼女がステップを踏むその度に、自慢の黒いポニーテールが楽しげに尾を引き、短いスカートとニーソの間からチラチラと白い太股が覗く。

 闇夜にあってなお輝き、踊る彼女達はまさに妖精そのもの。

 そんな彼女達と手を取り合える俺は、きっと特別な存在なのだと感じた。そして彼女達が手を取り合うのもまたこの俺。なぜなら彼女達もまた特別な存在だからだ。


「なんでちょっとキャンディのCMみたいになってるの……」


 む。

 口に出ていたか、リゼットがジト目で突っ込んできた。

 いかんな、彼女達の存在が尊すぎて妙な電波を受信してしまったか。だが存外、偽らざる俺の本心が表れていた。うむ……


「可憐に舞う妖精を、いつまでも手元に留めておきたい……」

「なんかヤンデレっぽいわね……」

「具体的に言えば将来的に二人には専業主婦となってもらい、俺が働きに出て二人を全霊で養いたい」

「一気に所帯染みたわね」


 妖精の羽根をむしるなど、それこそ趣が損なわれるというもの。彼女達は縛られることなく自由であるからこそ、その魅力が引き立つのだ。

 とはいえ、至高の存在である彼女達が社会に出て、下らん人間の下につくというのは許しがたい、とも思ってしまうのが難しいところだ。くっ、俺はどうすれば!


「私は専業主婦でもいいですけどね。むふー、仕事に疲れて帰ってくる兄さんを出迎える、可愛い新妻の妹!」

「"新妻の妹"って単語がもう最高に頭痛くなるわ」


 刀花がうっとりとした顔で言う未来の展望に、リゼットは頭が痛そうにこめかみを揉み、化野も『リア充爆発すればいいのに』と呟いている。


「そしてもちろん、そんな兄さんにかける言葉は『ご飯にしますか? お風呂にしますか? それともぉ、可愛い可愛い奥さんですか? あ・な・た♪』」

『リア充ホントに爆発すればいいですのに』


 ボンッ――!


『ホントに爆発したーーー!?』


 ああ、いじらしく胸をツンツンとし『あ・な・た♪』と囁く刀花の尊さを許容できず、向こうの俺が臨界を超え爆発四散してしまった。わかる。


『私は何を見せられているのでしょう……』

「羨ましかろう」


 四散した俺を取り込みながら、俺は鼻高々に笑い飛ばす。


「前途ある者の煌めきというやつだ。死者にとっては目が焼けるほど眩しく映ろう」

『むっ……まあ、そうですけど』


 なにせ二度と手に入らぬ、手からすり抜けてしまったものだ。長い時をここで過ごす間にも、思うことはあっただろう。


「まあそれも、明日で終わりだがな」


 メロディも一区切りついた。燃え盛る大剣を消しつつ、帰り支度に入る。


「私達は明日の調査についていくつもりだけど、カレンはどうするの?」

『……ここで、待とうと思います。少し、怖いので』


 リゼットの問いに、迷いつつも化野はそう答えた。震えそうになる肩を抱いて。

 まあ、さもありなんだ。俺達は明日、割り出した"センセ"とやらの住所を訪ねるつもりでいる。そうすれば、自ずと結末を迎えることになるだろう。

 その場所で男が立ち往生していれば御の字。であればそのまま屋上に連れていく。

 しかし可能性は低いが、もしもいなければ……化野の恐怖は想像に難くない。だからこそ、この少女は最後まで自分から探しに行くことをしなかったのかもしれん。


『大丈夫、です。きっといてくれます。……『ずっとあなたの手を引いてみせます。絶対にこの手を離したりしません』って、言ってくれたから……』

「華蓮さん……」


 その言葉は、どこか言い聞かせるように。

 指に嵌まる銀の指輪を唯一の縁として、彼女はそれに縋るようにして言葉を紡いだ。


「……大層な言葉を吐いたものだな」


 リゼットと刀花は痛ましげに化野を見つめているが、俺は面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 なにが『この手を離さない』だ。見るがいい。

 その言葉を信じるからこそ、目の前の哀れな幽霊はその手をどこまでも冷たくしながら……いつまでも、いつまでも待ち続けている。

 前髪で見えぬその瞳に、涙を溜めながら。

『ここにいる』と誰かに伝えるように、泣き声を上げながら。


「ふん……一人の男なら、自分の女を泣かせるなというのだ。明日、俺からも文句を言ってくれる」

『あはは……よろしくお願いします』


 別に元気付けるために言ったわけではないが、化野はふっと笑って頭を下げてくる。

 ……そんな態度に、一握りの苛立ちを覚えた。滅びを受け入れた人間ほど、つまらないものもない。

 現れぬ思い人も、そんなお前の態度も……俺は気に入らん。


「……礼などいらんぞ、これは契約なのだからな。お前はそれに従い屋上を明け渡した。ならば俺は必ずお前の思い人をここに連れてくる。これは絶対だ」

『はい』

「明日だ。覚悟は済ませておけ」

『……はい』


 神妙に頷く化野にじっと視線を注ぐ。

 分かっているな?

 屋上の明け渡しはあくまで条件の一つ。報酬はまた別にあるということを。

 俺は主と妹を両腕に乗せ、見せ付けるように角を生やす。俺が正義の味方ではないということを知らしめるように。

 ……その二人は少々物言いたげだが、知らんぷりをして。


「さらばだ、幽かなる者よ。吉報を待ち、せいぜいその身を清めておくことだな」

『……お待ちしています』


 ふん、強がりおって。肩が震えているぞ。

 二度目の死でも想像しているのか。それともお前を喰らうであろう目の前の鬼が恐ろしいか。

 だが……その意気は買おう。姿を見せぬ男より、お前の方がよほど男らしいわ。

 俺はそんな化野に頷き、二人を乗せて闇夜に跳ぶ。


 祭りは、もう終わりだ。

 鎮められた迷える魂は、祭りが終われば消え去るのが道理なのだからな。

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