第141話「行きたくないぃ~……!」
「というわけで、我がクラスの出し物は“たい焼き屋さん”に決定したぞ」
「粒あんですか!? こしあんですか!?」
「ふ、そう急くな俺の可愛い妹よ……お好みで選べるぞ」
「きゃあん♪ さすがです兄さん!」
「クク、急くなと言うに。喜ぶのはまだ早い……カスタードもあるのだ」
「兄さん……結婚してください!」
「式場はもう押さえてある」
「兄さん!」
「刀花!」
ひしっ!
「お待たせしましたー、季節のタルトと――何で抱き合ってるの二人とも?」
「結納品はたい焼きでいいらしいわよ、この二人」
「え、どういうことかな……?」
放課後の喫茶ダンデライオン。
午後のお茶と夕食の間隙を縫うような客足の少ないこの時間に、俺達ブルームフィールド邸の三人は綾女の給仕を受けながら語り合っていた。
「私の結婚式のスピーチはリゼットさんにお願いして、リゼットさんの結婚式の時は私がスピーチしますね」
「私、誰と式挙げるのよ……」
「え、兄さんじゃないんですか?」
「妹と挙げた後に? もう無茶苦茶ね……」
「ウエディングドレスか白無垢か……迷っちゃいますね」
「あ、私、断然ウエディングドレス派だから」
むむむ、と悩ましげに唸る刀花にキッパリと宣言するリゼット。
確かに、透き通るような白い肌にあの純白はよく映えよう。
「ふーむ……」
なるほど、マスターのウエディングドレス姿か……。
「くっ……!」
想像するだけで目頭が熱く……!
「うっ、ぐす……立派になって……!」
「なんであなたが泣くのよ、あなたが新郎でしょ……」
「生まれた時はあんなに小さかったというのに!」
「知らないでしょ私の生まれた時のこと。それに誰でも小さいでしょその時は」
「それでは刃君、リゼットちゃん、指輪の交換をお願いします」
「承知……!」
「え、この謎のポジションの人と指輪交換するの私!?」
「ではこの給料三ヶ月分の指輪を……」
「ストローの袋が給料三ヶ月ってどんだけな仕事よ」
クスクスとからかうように笑う綾女の指示に、ストローの袋で作製した輪っかを嵌めようとしたが叩かれた。悪ふざけが過ぎたか。
「何の話してたの?」
「ああ、我がクラスがたい焼き屋に決まった話をな」
俺が準備委員に組み込まれてから幾日か経ち、数日の相談をもってそう決定したのだ。
テキパキとケーキをテーブルに置いていく綾女に、俺は頭を下げた。
「これも綾女が事前に話を通しておいてくれたおかげだ、礼を言う」
「ふふ、いいよいいよ。刃君が積極的に学祭に関わろうとするのは良いことだからね」
「聖女か? どれ、礼に俺のケーキをやろう。あーんしろ」
「えっ、いやその私は別にあの……あ、あーん……えへへ……」
『むっ』
はにかんだような笑みを浮かべる綾女に微笑ましくなっていれば、不満げな声と共に左右から裾をつかまれグラグラと揺らされる。自分達にもやれと仰せだ、承った。
「一年の演劇はどうなったのだ?」
「あーん、もくもく……ん、想定通りね」
「白雪姫を元に色々混ぜたものをやるみたいで。配役はもちろん、リゼットさんがお姫様で私が王子様です! あーん……もっきゅもっきゅ」
そういうことらしい。夢の共演だな。
「キスはするのか?」
「します」
「いやしないでよ……」
『えー……?』
「なんで乗り気なのこの兄妹……」
「綺麗ですよ、リゼットさん(キリッ)」
「ちょ、ちょっとやめてよ、あなたキリッとした顔したら刃に似てるんだから……わー!? 顔近づけないでー!?」
最近この主と妹が睦まじくじゃれ合う姿を見ると、胸がときめくという謎の現象に襲われている。己の性能の不具合は早急に解明しておかねばなるまい?
「綾女、いいビデオカメラを紹介してくれ」
「4Kとかかな?」
四つのK……?
噛み殺す、斬り殺す、縊り殺す、蹴り殺す機能付きということだろうか……良いカメラだな気に入った。
俺を挟んでわーきゃーする二人を横目にカメラに思いを馳せていれば、しかし脇に立つ綾女が「うーん」と悩ましげに指を唇に当てた。
「でも刃君、課題はまだ山積みだよ?」
「……そうだな」
偶然、クラスメイトの家がたい焼き機を所有していたという点が決め手になったが、やるべき作業はまだ残っている。
綾女は指折り、それを数えていった。
「あんこの発注先も安いところを探さなきゃいけないし、焼く練習もしなきゃだし」
「何より店舗の設置スペースだな……」
露天は基本、外だ。火を使うとなれば火災報知器が鳴ってしまうからな。
だが、これがなんとも……。
「あら、そんなに難しい問題なの?」
「意外にもそうなのだ」
迫る刀花を両腕でグググと押さえながらも、リゼットが不思議そうに首を傾げている。
そんな彼女にも見えるよう、俺は机上に一枚のプリントを広げた。
それは、仮の配置が細々と描かれた学園の図面であった。
「一般来校者がよく通る校門付近には、最終学年である三年生が優先的に配置される」
最後の学園祭であるからな、それはまあ分かる。
両隣で頷く気配を感じながら、指で図面をなぞる。
「そして一年もまた、初めての学園祭ということで楽しめるよう少し目立つ位置に配置されるのだ」
「え、じゃあ二年生さんはどうなるんですか?」
「『去年やったし、来年もあるから』というやつだな。いわゆる“つなぎ”の位置を強いられる」
「潤滑油みたいことしてるのね」
確かに。だがその言葉はあまり好きではない……バイト時代の面接でよく言った苦い思い出があるのだ。
『御社で潤滑油のような存在に』
と言ってよく苦笑されたものだ。何が可笑しい!!
「そして今年は運悪くも屋台の比率が多く、我がクラスの配置に難儀しているのだ」
「さすがに体育館裏でやるわけにもいかないからねー」
眉を寄せて綾女と図面を覗き込むが、大方の目立つ部分には既に他クラスの露天がひしめいている。
まったく、数え上げればキリが無い。
「ちっ、人数だけしか誇るもののない人間め……いっそ数クラスほど消し飛ばせばいいのではないか?」
「はいはい」
真剣に相手をしていないような態度でリゼットに軽く手を振って流される。俺は悲しい。
「――あれ? 兄さん、ここの空白は何ですか?」
溜め息を吐いていれば。
同じく図面を覗き込んでいた刀花が、とある部分を指差してそう告げた。そこは……
「東棟の……屋上か?」
東棟といえば、特別教室を主とした施設が連なる棟であり、あまり普段使いはしない場だ。
この薫風学園の校舎はアルファベットの“H”の形となっており、東棟はその右側の線ということになる。
その空白部分を見ながら、リゼットも首を傾げた。
「……妙ね。西棟の屋上はいくつかお店が入ってるけれど、東棟には無いなんて」
昨今では珍しく、この学園は屋上が生徒に開放されている。
俺達もたまに屋上で弁当を食べているが……思えばクラス教室のある西棟ばかりで、東棟のことはよく把握してはいなかった。
「これはどういう……」
「あー……」
「知っているのか、綾女?」
三人で首を捻っていれば、綾女が何やら曖昧な表情で声を上げている。
「何か事情でもあるんですか?」
「うーん、私も聞いただけでよくは知らないんだけどね?」
そう言って綾女は。
顔をこちらに近付け、コソコソするように手を口に当てる。
どこか仄暗い雰囲気を纏う様はまるで、禁忌に触れる者のそれであった。
「これは友達から聞いた話なんだけど……」
「え、なに怖い話……?」
その導入から、我が主は青い顔をする。早い早い。
「昔々あるところに……」
「きゃー!?」
「早いと言うに」
これで怖かったら桃太郎も聞けんぞ……。
こちらの腕を抱きながら震える我が主を撫でつつ、綾女の話に耳を澄ませる。
「昔、この学園に通っていた一人の女の子がいたのね。その子は真面目で問題も起こさないような子だったんだけど……ある日、とある男性を好きになったんだって」
「ほう」
「でもその関係が問題になったみたいで、周りから猛反発を受けて……嫌がらせもあったみたい」
「お相手は先生とかでしょうか、可哀想です……」
「少女漫画のような話だな」
誰が恋仲になったかなど当人同士の問題だろうに。これだから人間は下世話なのだ。
「段々とエスカレートする嫌がらせに衰弱していった二人はね……」
「ふ、二人は……?」
か細い声で問うリゼットに、綾女は言葉を溜めて……重々しく言った。
「――東棟の屋上から飛び降りて、自殺しちゃったの」
「っ」
「それ以来、屋上にね……出るんだって」
「ひっ」
「夜な夜な愛しい人を求めて泣く、女の子の幽霊が!」
「ひー!?」
いや怖い要素などあったか?
ガタガタ震える吸血鬼を抱きながら、綾女の話に「ほうほう」と息を漏らす。だが……
「そのような曖昧な噂話に、学園側の判断が左右されるものか?」
「あはは、まあそういう危険なことがあった場所ってことだから、学園側も気を遣ってるんじゃないかな。どれくらい前の話か分からないから、ほぼ形骸化してるっぽいけど」
「なるほど……?」
つまりはちょっとした慣習のようなものか。
「それは今でも語り継がれているのだな」
「うん、実際に聞いたって噂も流れるくらいだし」
「……ほう」
ということであれば……元を絶てば突き崩すことは可能と見える。屋上であればスペースとしても申し分ない。
「ならば――」
我が覇道を阻む悪しき慣習など――この俺が断ち切ってくれようではないか。
「ククク……今夜やることは決まったな」
「うわ、刃君悪い顔」
「じ、ジン? まさか……」
顔面蒼白になるリゼットに不敵な笑みを返す。
「奮え、我がマスター。我が主たる者、怖れは克服せねばならない。俺を握る覇者に恐怖など許されないのだからな、共に行くぞ」
「いやー!?」
「刀花、晩飯は俺が作るから仮眠を取っておけ。今夜は忙しくなる……久しぶりの獲物だ」
「了解です!」
恐怖の声を上げるリゼットに対し、ビシッと敬礼を返す刀花に満足げに頷く。さすがは俺の妹だ。
そんな俺達の様子に、綾女が苦笑しながら言う。
「私は霊感とかないからついてけないけど……無理しないでね、刃君?」
「これも学園祭準備委員会の任務と心得る。ただの噂であればそれを証明し、霊の仕業であれば一刀の下に斬り伏せる」
「あはは、そんな仕事聞いたことないけどね……」
ならば俺にしかできない仕事ということだ、誉れというやつだな?
俺は一つ頷き、決意と共に腕を振り上げて宣言した。
「それでは今夜――下らぬ因習を断ち切るべく、除霊活動をおこなう! 殲滅対象は自殺した女幽霊! 総員、戦闘準備!」
「おー、です!」
「行きたくないぃ~……!」
「だ、大丈夫かな……?」
俺は三者三様の声を聞きながら、俺らしい仕事を前に熱意を燃やすのだった。
なに、幽霊のような脆弱な存在など、一太刀で滅してくれるわ。
ククク……ハーハハハハハハハハハハハハハ!!
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