第127話「これが戦鬼のきっくおふというものだ」



 パチン、と。

 いつものように指を鳴らし、ここ一帯の人間との縁を斬る。そうすれば、周囲にチラホラ見えていた人間の姿が徐々に消え、しばらくすれば完全に無人となった。

 これで周囲から注目を浴びることもない……文字通り、好き放題できるというわけだ。


「さあ二人とも――“俺”を使え」

「って言っても、どうすれば……?」

「ああ、兄さんに考えがある時はこうするんですよリゼットさん」


 我が覇道を繰ると同時に、我が身を抑制する鎖の役割を担う二人の少女。

 彼女達に鎖を断ち切ることを乞えば、リゼットは困惑し、刀花は慣れたものでこちらに笑顔で声を掛ける。


「兄さん、“お願い”があります」


 どこか甘えるように。

 しかしそれは無双の戦鬼の一切を担う“所有者”として、その身を縛る鎖を破壊する行為であった。


「――『全霊を賭して、頑張ってください』」

「……命令を受諾した」


 瞬間。

 刀花に繋がったラインから、彼女を示す莫大な陽の気が流れ込んでくる。

 それに合わせ、我が肉体も戦装束に姿を変える。

 その身は夜の衣を纏い、頭部から天を嘲笑う歪曲した角を生やす。その角は既に、少女の願いを叶えるべく莫大な霊力を発露させ、目を焼くほど白く白く輝いている。

 この状態でも我が面前に敵はないが……しかしまだだ、まだ足りない。


「さあ、マスター?」

「え、ええ。……ジン、“オーダー”よ」


 二つ目の鎖を担う少女を促せば、彼女は少々慣れない様子ながらもピンと胸を張る。

 いかなる時でも我が主たれという言を守る誇り高き少女は、声も高らかに自分の下僕へと命を下した。


「――『全霊を賭しなさい!』」

「……承知した、我がマスター」


 再び霊力の波動。

 彼女に繋がるラインから、鮮血が如く芳しい陰の気が流れ込む。


「安綱様、角が……」

「ク、ハハハ」


 今や我が戦鬼たる威光を示す二本の角は片方が白く、片方が紅く煌々と輝いている。

 純粋に見えてその実、何者にも染まらぬ傲慢な白。

 全てを血に沈め、暴政を敷く高慢な紅。

 我が角から垂れ流される彼女達の王としての気質……それを体内に取り込み、掌握する。


「ハハハハハ!!」


 人間としての陽の気、魔としての陰の気。

 通常であれば相反する二つを無理矢理混ぜ合わせ、機構のように燃焼させ戦鬼の内を循環させる。諸人であれば刹那の間ももたず内側から爆発四散する程の濃密な霊力。

 我が心臓を要とし熱き血潮と共に流れるそれは、戦鬼という名の殺戮兵器に炎を灯す!

 循環。

 循環循環……!

 循環循環循環循環循環循環循環循環循環――!!


「ハーハハハハハハハハハハ!!!」


 最早呼気すら覇気を纏う。

 身体から沸き立つ白と紅の霊力は只人の目にすら映り込み、景色を陽炎が如く揺らめかせる。

 いいぞ! これほどとは!

 それは巡る陰と陽。月と太陽。

 陰極まれば陽と為し、陽極まれば陰へと転ず!

 それはまさしく世界の在り方。俺は今まさしく、一つの世界を体現しているのだ!

 だが、まだだ――!


「ダメ押しといこう……六条!」

「は、はい!」

「これで俺を刺せ」

「は、はい!?」


 高揚感と共に牙を見せながら、六条に造りだした刀を放る。

 わたわたと小柄な身体でキャッチすれば、少女はその刀を見て目を見開く。


「と、とんでもない神威の籠もった刀です……え、と、こんなもので刺してしまえば、安綱様といえども死んでしまいますが……」

「それでいい、早くやれ」


 刀を手にもたもたする六条を急かす。お前がやらねば意味がないのだ。

 俺の言葉に迷いながらも鞘から白刃を抜き放つ六条を見て、リゼットや綾女は眉をひそめた。


「死ぬのがいいって、どういうことかしら……?」

「あれ、リゼットさん知りませんでしたっけ」

「刃君って、残機があるんだよね?」


 我が性能の全てを知る妹は、首を傾げる二人に少々得意気な笑みを浮かべる。


「はい、兄さんは四九九回死んで、私を殺さないと何度でも復活します」

「一時間以内に、でしょう? 確か前にも聞いたことあるわ。一時間で残機が復活するからって、最近ギャグみたいに気軽に死んでるわよね」

「はい。ただ、今から見ることになるのは兄さんに基本的に備わった性能なんです。使われたことはなかったんですが――」


 俺を創り出す術式を考えた人間は、相当に悪辣な人間だったらしい。


「兄さんは主と認めた人に殺されたり、自殺してもなんともないんですが……」


 六条が。

 俺の主人でもなく、所有者でもない者が。


「“敵”と認識している人間に殺されるとですね……」

「と、とーう!」


 なんとも力の抜ける情けのない声と共に。


 “敵”が――我が心臓に致命傷を穿つ。


「――レベルアップするんです」

『!?』


 我が心臓を白刃が貫いた瞬間。

 豪風と見紛う霊力の奔流が地を舐め、夕日に染まる伽藍を揺らす。

 角に纏う霊力の輝きなど、最早目を眩ますほどだ。


「……一撃で、五回といったところか。よかったな、六条。敵と認識する者が俺を五回も殺したのは史上初だ、喜ぶがいい」

「な、なんですかこれは……!?」


 泡を食ったように動転する六条に哄笑を上げる。


「我が機構に備わった基本性能だ」

「兄さんは敵に殺されるたびに強くなるんです。一度殺されれば二倍。そして三度殺されれば――」

「三倍?」

「おっと、あまり私の兄さんをなめないでくださいリゼットさん……九倍です」

「あなたちょっとは自重しなさいな」


 俺に言うな。俺を鍛造した者に言うがいい……殺したがな。

 まったく、性格の悪いことよ。これだから人間は。戦鬼を殺し追い詰めたと思えば、逆に追い詰められるのは殺した側となるのだ。悪辣にも程がある。


「まあ、この機能はそこそこ気に入っているが」

「あはは……すごいね、刃君って。ビックリ箱みたい」


 悪魔のように笑う俺に苦笑を浮かべながら綾女は首を傾げる。


「じゃあ刃君は今、五回殺されたから……二十五倍?」

「うむ」

「限界の四九八回目にはなんと、二十四万八千四倍です!」

「絶対一生使わない設定出てきたわね……正直言われてもピンと来ないし」

「リゼットさん、考えるんじゃないんです……感じるんです」

「もっと意味分かんないから……ねえ、アヤメ?」

「刀花ちゃん……分かる!」

「ですよね綾女さん!」

「嘘でしょアヤメ……」


 常識人だと思っていた綾女にハシゴを外されたマスターが絶望している顔が見える。お労しい……。

 ちなみにその引き金を引いた六条は……


「――い、いえ、各隊は待機を! 現在、戦闘行為への心配はありません! へっ、私ですか? 私はその……事態の趨勢を見極めるべく現場に待機をですね。こ、来ないでください! どんな危険があるか分かりませんし――責任!? それは、そのぉ……!」


 おそらく霊力の波動を感じ取った陰陽局からの電話だろう。

 耳にスマホを当てながら焦ったように指示を飛ばし、同時にこれから起こる事態への責任からなんとか逃れようとしている。はっ、これだから公務員は……。


「ね、ねえ刃君……?」


 俺がそんな風に湿っぽい目で六条を見ていれば、綾女がなにやらもじりと足を動かしながら尋ねてきた。


「私は何かしなくていいの?」

「む? そうだな……ああ、見ていてくれ」

「見るだけでいいの?」

「くく、違うな綾女」


 周囲と比較し、少々手持ち無沙汰な雰囲気の綾女。

 だが、お前には最も重大な役割があるぞ。


「"よく"見ていてくれ。お前のただ一人の友が、最高に格好をつける瞬間をな」

「あ……ふふ。うん、分かったよ! よーく見てるからね刃君!」


 一瞬キョトンとしてから、胸を叩いての満面の笑み。

 ああ、それでいい。友を助けるために格好をつけるのは、きっと良いことなのだからな。刹那の間も目を離すなよ。


「む……で? そんな力をどうするつもりなのよ」


 そう笑顔を交換する俺達二人を、ほんのちょっぴり面白くなさそうに見ながらリゼットは呆れたように腰に手を当てる。


「ふ、なに。サッカーでもしようと思ってな」

「サッカー……? あ、さてはこの喫茶店を蹴っ飛ばして移動でもさせるつもりね!? ダメよ、水道とか電線とかどうするつもり?」

「マスターは小さいなあ」

「小さくないわよ! 挟めるくらいあるわよバカ!」


 赤くなって胸を押さえるリゼット。

 誰も胸の話はしとらんだろうが。刀花や綾女が近くにいるから敏感になっているのだろうか……。

 だが我が主たるもの、己の下僕のスケール程度は把握しておいてもらいたいものだ。


「我がマスター。今お前の前に立つは無双の戦鬼。ひとたび刀を振れば屍山を積み、拳を振るえば天地を割る。世界の在り様すら我が手に降る、天下無双の覇者である」

「は、はあ……」


 ……さすがに飾り過ぎたか。

 まだ訝しげな表情を崩さない我が可愛らしい主に、俺は出来るだけ優しく聞こえるよう語りかけた。


「――地球は、丸いよなあ?」

「へ? そ、そうね?……………まさか」


 ク、クハハハハハハ。

 事ここに至り青ざめるマスターの反応を楽しみつつ、俺は今にもはち切れそうな霊力を纏った右足を後ろに振り上げる!

 その体勢はまさしく、シュートを放つ前のサッカー選手に酷似していた。その足が向かう先には、白と黒の斑に彩られたボールは無いが――


 あるだろう? 大きく、そして丸いのが。


「刮目するがいい。我が愛する少女と我が友に……この天壌を越えし力を捧げよう」

「ちょ、ちょっと!?」


 ああ……知っているぞ。

 こういう時は童心に習い、この言葉を用いるものと聞いた。


「これが――」


 サッカーをしよう……


無双の力おれを使いこなすということだ――!!」


 地球おまえが、ボールだ!


 ――その時、地球が動いた。

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