第128話「我が友も、かっこいいではないか?」
「……太陽の位置、さっきと微妙に違いますねブルームフィールド様……」
「……そうね、違うわねコノハ……」
哀愁漂う雰囲気で肩を並べ、先程と少し違う位置から当たる夕日をぼんやり眺める我が主と陰陽局支部長様。
そんなほぼ目が死んでいる二人を尻目に、戦闘態勢を解いた俺は満足げに息を吐いた。
「ふ、暴力はやはり何物にも勝る……」
「さすがです、兄さん! やっぱり私の兄さんはこうでないといけません!」
「くくく、そう誉めるな我が最愛の妹よ。綾女も、見ていてくれたか?」
「うん。かっこよかったよ、刃君!」
「そうだろうそうだろう」
「むふー、兄さんここでかっこいい決め台詞をお願いします」
「――"俺は、素手の方が強い"」
「きゃあん♪ 私が中学生の時に考えた"兄さんのかっこいい決め台詞"ナンバー二百五十六ぅー! 痺れますぅー!」
「お、多いね刀花ちゃん……」
興奮しきりの刀花に、綾女が少々冷や汗をかいているが些細なことだ。
兄は常に、妹にかっこつけなくてはならない。酒上家家訓である。
「うぅ……本部にどう報告すればよいのでしょう……」
「方位を変えるため戦鬼が地球を蹴って地軸をずらした、そのままでいいだろう」
「いいわけがありませんよぉ!」
うわーん! と六条は涙目で頭を抱えている。
「何万年もかけてずれるようなものを一息になんて……そもそも地球の自転に干渉したら、遠心力や慣性で地球上の全てがトマトのように潰れるはずですのに、なぜ私達は平然としてるのですか!? いつの間にかこうなっていたのですが!」
「知らんが」
「知らんが!? 術理は!?」
「こう、雰囲気」
「雰囲気!?」
あー、うるさいうるさい。我、無双の戦鬼ぞ。
戦鬼が本領に理など要らぬ。
「影響? 被害? 笑止。文字通り方位のみを変えただけだ。それ以外の現象など斬り捨てたわ。この俺が許さん。ゆえにごちゃごちゃと考える必要などないぞ、よかったな」
「ご、ごり押し……」
少女の願いを叶えるためならば、俺は全ての不都合を取り除き望む結末を手に入れる。
俺は元よりそういう道具。俺を使役する者こそが、三千世界に覇を敷くのだ。
「神秘に理屈を求めるほど不毛で無粋なこともない」
「人間にそれを言いますか安綱様……」
「時代を経るごとに型に嵌まることしかできん。だから今の人間は戦鬼に勝てぬのだ、精進せよ」
「バカになることが精進なのでしょうか……」
おうバカって言ったか?
「いい度胸だ、神秘をその身で味わいたいと見える。そら、高い高ーい」
「高い高ーーーーい!?」
二十メートルほどの高い高いはどうだ。だいたい六階建ての高さだぞ。
「もうジン、意地悪しないの」
「駄々っ子をあやしているだけだ」
落ちてきた六条を適当に片手でキャッチしていれば、我が主もようやく調子を取り戻してきた。
「ごめんなさいねコノハ、うちの眷属が。責任は全部この子に押し付けていいから」
「ふん、なんだったら本部へ共に報告しに行ってもよいぞ?」
「正義の味方の本拠地に突っ込むラスボスがどこにいるんですか……ぐすっ、巫女姫様に会わせますよ」
「それは……微妙なところだ」
「あら、誰なの?」
苦し紛れに言う六条に、リゼットは首をかしげる。
そんな彼女に俺は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「……京都の本部に身を置く、陰陽局の象徴的存在だ」
「へえ、あなたがそんなこと把握してるなんて珍しいわね」
「あはは、兄さん昔『しゃらくさい』って言って本部のある京都に突っ込んだことがありまして」
「あるんだ……よく壊滅しなかったわね」
俺としてもそうしたかったのだが……
「どうも調子が狂うのだ、あの少女の前に立つとな」
「我らが巫女姫様は色濃く源氏の血を継いでおられますからね。噂では前世の記憶を保持されているとか」
「こういった言い方は好かんが、孫娘を見ている気分になる」
みっちゃんに握られていた頃を思い出し、どうも殺す気分になれなかった。みっちゃんも中々にいい繰り手だったからなあ。
しみじみと感慨に耽っていれば、刀花がニコニコしながら手を叩く。
「ふふ、でもこれで一件落着ですから、皆で京都に遊びに行くのもいいかもしれませんね」
「刀花様、おやめください……」
「歴史的文化財いっぱいあるところに絶対連れて行っちゃダメでしょこの子は……」
「何を言う。触ってないのに勝手に壊れるだけだ」
「刃君それお婆ちゃんが機械触ってる時によく言うやつ……」
ああ、機械もよく壊れるな。勝手に。
俺は肩を竦め、話の流れを断ち切った。そろそろ呑気な世間話はこれくらいにしておかねばな。
……先程から聞こえるのだ。店内で母君が電話で話をしているのがな。そしてその内容も。
「――あ、あやちゃん!」
「わ、なにお母さん?」
すると、手に持った電話もそのままに母君が店内から出てくる。
息せき切ったその様子に、電話から始まった不幸を思い出すのか綾女は少しビクリとしたが……
「れ、連帯保証人の件……なくなったって!」
「………………え」
その言葉で。
綾女が目を見開き、呆然と声を漏らす。
「なくなったっていうか、お義兄さんと縁を切ってた息子さんが借金の話を今知ったみたいでね! 『うちの親父が迷惑かけてすいませんでした!』って今、電話が!」
「…………ほんと?」
「そう! さっき急に電話がかかってきて!」
「…………ほんとに、ほんと?」
綾女の声が、震えていく。
「うん、そうよあやちゃん!」
「…………お店、なくならない?」
「うん……!」
「…………パパとママと、ずっと一緒にいられる?」
「……うん!」
「夢じゃ、ない……?」
「うん……うん……!」
「……ぐすっ、よかっ、たぁ……!」
今ここに。
涙を流し、抱き合う親子の姿をもって報酬を受領した。
報われるべき人間が報われぬ。そのような不条理を覆す尊く……そして強き人間の姿、確かに見届けたぞ。
だが――
「……まだ落ち着くには早いぞ」
「な、なに……?」
抱き合っているところ悪いが、俺は綾女の肩を叩く。
「まだ、なにか……? あれ、刃君いつの間にウェイター服……」
「見てみろ」
「え? あ……」
くいっと、親指を後方に向ければ……見えるだろう、聞こえるだろう。
『ほら見て、この前来てめちゃめちゃ美味しかったのこのお店!』
『いい雰囲気のお店じゃん』
『へえ、こんなところに喫茶店あったのか』
――お前達の良きサービスを期待する人間達の姿が、声が。
続々と集まってくる客に、綾女は口をぽかんと開けている。
「な、なんで、こんなに……」
「それだけの力量が本来ならばあったということだろう。胸を張れ」
「う、うぅ~~~~……!」
「胸を張れと言ったぞ俺は、泣くな。……俺は先に行く。母君ももうとっくに店内だ。お前は泣くより、まず言うべきことがあるだろう?」
「……うん!」
「お前も、かっこいいところを見せてみろ。見ているからな」
「っ……任せて!」
ごしごしと綾女は袖で涙を拭う。強い子だ。
俺はそんな彼女の様子を確認した後、背中をポンと押し店内へと入っていく。
これでもこの戦鬼、残業は得意でな? もう一仕事するとしよう。
「――いらっしゃいませ、ダンデライオンへようこそ!」
……くく、かっこいいではないか。我が友よ。
チラリと振り向けば小さい背中。
だが、どうだ。その姿は宝石のように輝いている。
棘だらけだった道の果てに。
ようやく全てを取り戻した少女の元気いっぱいな声を聞きながら、俺は一人指を鳴らすのだった。
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