第120話「我流・酒上流十三禁忌――終の十三」



「うーん? 美味しそうに見えるよう撮るのって結構難しいね……」

「光をもっと当ててみたらどうでしょう? ちょっと窓際に移動させますね」


 カフェ巡りの翌日。

 臨時休業となったダンデライオンにて俺、リゼット、刀花、綾女は昨日持ち帰った情報を元に、よりよいサービスへの工夫を凝らしていた。

 ちなみに綾女の両親は現在、自己破産関連で弁護士に相談をしに行っているため留守だ。

 まあ俺が口止めする前に、綾女が両親に俺の正体を喋ってしまったため、いてもいなくてもやりやすさは変わらないのだが……余計な気を回さなくて済むのはありがたい。


「兄さーん、ちょっとこっちに光当ててください」

『こうか?』


 朝日の煌めく店内にて。

 先程から、サンドウィッチと紅茶のセットが載った銀のトレーをあらゆる角度から四苦八苦して撮影している刀花と綾女。

 彼女らに応え、俺は窓から差し込む日の光を、自らの刀身で反射してみた。

 琥珀色の液体揺蕩う透明なグラスに当てて、より輝くように……こうか?


「刃君、ほそーい」


 綾女の言葉に、なぜか無性に傷付いた。


『八十センチあるんだが?』

「あ、でもこの光の細さ、木漏れ日みたいでいい感じかも! いただきっ!」 


 綾女は手にしたカメラを構えパシャパシャとシャッターを切る。俺の見栄などどこ吹く風だ。

 むぅ、太刀の中でも大きい方なのだぞ? 四捨五入したら三尺の大太刀なのだからな……。


「……まあいい。それで、SNSの準備はできているのか?」

「はい。ツイ○ターとイ○スタにダンデライオンの公式アカウントを作成しておきました。人気店さんとも相互になっておきましたし、仕込みはバッチリです!」

「さすがだ、我が妹よ」

「むふー」


 得意気に胸を張る可愛い妹の頭を撫でり撫でりとする。

 薄野家はどうもあまり機械に明るくはないようで、この辺りは現代っ子の刀花がやってくれていた。


「よし、とにかく目立て。物を売るには宣伝しかない」


 そう。

 今はダンデライオンの知名度アップのために、SNS関連を充実させようとしている。

 人気店は売りの宣伝を欠かさない。アカウントとやらを持っていなかったダンデライオンにそれを持たせ、自分が呟くだけでなく、他の人気店にも紹介してもらおうという魂胆だ。


「まあ宣伝するにも武器がいるのだが……マスター、そっちはどうだ?」

「そうねえ、この季節のケーキには濃い目のダージリンがいいんじゃないかしら」

「分かった! ちょっと出してくるね!」


 ちょこんと席に座り、メニュー表とにらめっこしている我が主がそう言うと、綾女は飛ぶ勢いで厨房へと走っていった。

 それを横目に、難しげにいまだ頭を悩ませている我が主に声をかけた。


「この武器にはマスターの肥えた舌が頼りだ、任せたぞ」

「言い方……にしても、軽食やデザートと合うオススメのお茶でセットメニューねえ」


 一瞬眉をピクリと動かしながらも、リゼットは肩の力を抜きそう呟く。

 以前からの課題だったダンデライオンの武器。つまり何を推していくかというものだが、今はこれが限界だった。

 だが、悪くはない。


「昨日のカフェ巡りで分かったが、ここの料理や菓子の味は決して他店に負けてはいない。ならば新しいものを開発し博打を打つより、既存の組み合わせで勝負するべきだ」


 未知数なものにコストを費やすのは、今この店では難しい。

 だからこそ、今あるものを組み合わせ、武器を作るしかない。

 それがこの“英国貴族のお嬢様が選ぶ、優雅なティーセットメニュー”であった。華も十分あり、早々あるサービスではないだろう。


「幸い、茶の種類は豊富なようだ。お嬢様の舌、頼りにしているぞ」

「うぅ、お腹痛い……」


 何気に緊張に弱いお嬢様だった。


「よしよし」

「や、やめてよ恥ずかしい……」


 先程まで、茶の味がどれほどのものか確かめるべく結構な量の茶を試飲した彼女のお腹を撫でれば、恥じらうようにしてぎゅっと、彼女は俺の手を押さえた。


「何を恥ずかしがる、今更だろう」

「だ、だって……いっぱい飲んだから、ちょっとお腹膨らんでるし……」


 見れば確かに、リゼットのお腹は取り入れたお茶で少々ぽっこりと膨らんでいるように見える。ほぼ誤差だが。

 俺はもう一度、そのすべすべ柔らかいお腹に手を当てた。


「――お、動いたぞリゼット!」

「ふふ、元気な赤ちゃん。きっとあなたに似たのね……ってなんでよ! 水分よ水分!」

「リゼットさん、いつの間にノリツッコミまでできるように……」

「絶対あなた達から悪い影響受けたわね……」


 暇な時にお笑い番組を見ているからではないだろうか。

 ブルームフィールドを離れ、様々な娯楽に手を出し始めている我が主なのだった。最近は“ぶいちゅーばー”とやらを“あかすぱ”で殴りつけるのがマイブームらしい。“あかすぱ”……ミートスパゲッティでも喰らわせているのだろうか。


「ケーキと紅茶持ってきたよー! これも写真撮ってアップするんだよね?」


 そんな風に三人で戯れていると、厨房から戻ってきた綾女がトレー片手に首を傾げる。

 いそいそと彼女は撮影の準備をするが、俺はそれに待ったをかけた。


「ああいや待て、店員と共に宣伝する」

「店員と?」

「ああ、メイド喫茶のように店員がメインというわけではないが、店員もまた喫茶店を構成する要素の一つなのだからな」


 客寄せする要素は多いほどいい。

 それが少々あざとくてもだ。いや、あざといほど分かりやすくていい。


「洒落たデザートに透き通る紅茶、そして見目麗しい店員と来れば宣伝としては申し分無しだ」

「み、見目麗しい……え、えへへ……もう、刃君ったら」


 俺の言葉に、綾女がくしくしと照れ臭そうに前髪をいじる。身を捩るたびに、彼女がデザインしたというエプロンワンピース風の制服が花のようにふわりと揺れた。

 だが……


「いやお前は撮らんぞ」

「刃君ってさ、意地悪だよね」


 なぜそうなる。意地悪なのは認めるが。


「SNSは全世界に公開するものだろう? 確かに綾女は見目麗しいが、これ以上お前に危険が及ばぬよう極力顔出しは避けたいのだ」

「麗しい……あ、ありがと……コホン。でも、じゃあ誰が?」

「ふ、そんなもの決まっている」


 リゼットや刀花にやらせるのは言語道断だ。

 そもそも彼女らに店員をやらせるつもりはない。輝かしい彼女達のサービスを受けるなど、愚かなる人間には千年早いというのだ。

 セットメニューの紹介で使うべく、“英国お嬢様”としてのリゼットの写真も撮ってはいるが、目を隠すようにして手を当てさせ、素性が分からぬようにする徹底ぶりだ……なぜかいかがわしいな、この写真。

 とまあ、彼女らを守護する者として、顔出しは認められない。


「というわけで――がばぁ」

『わ゛ーーー!?』


 店内に少女達の絶叫が響き渡る。

 なぜならば、大きく開けた俺の口から……白く細い手が何かを求めるように這い出てきたからだ。

 白い両手はメキメキと顎を割り、その全身をズルリと流体が如く波打たせ、床にベチャリと音を立て着地。

 ゆらり、と。裾の長い和服と髪を幽鬼のように揺らして立ち上がりたるは―― 


「はい皆様、お久しゅうございます。あなたのお姉様、鞘花でございますよ」

「犯されそうになった時より怖かった」

「―――」

「リゼットさん! 白目で失神はヒロイン的にどうかと!」


 あらあら、少しお茶目が過ぎましたでしょうか。

 綾女ちゃんは真顔で感想を述べ、刀花ちゃんは気絶したリゼット様の肩を揺らして気付けをしています。

 クスクス、可愛らしいこと……。


「リゼットさん!」

「……うっ? あれ、私何を――ひっ」


 気を取り戻したリゼット様は、私の方を見て小さく悲鳴を漏らし、頬をひくつかせておいでです。まあ可哀想に。


「きっとお辛いことがあったのですね……」

「……前々から思ってたけど、サヤカってホラー担当でしょ」

「あら、そんなことありませんわ。ただ少し愛の発露の仕方が独特なだけですわ」

「それってヤンデレ……ひい近い近い! 目が怖いんだってば、光を灯しなさい!」


 揺れるように近寄ってリゼット様の可愛らしく小さな手を握れば、涙目でそんなことを仰る。

 いけずなことを……クスクス。


「え、っと……このすごい綺麗な人って、刃君、でいいんだよね?」

「クスクス、めっ。鞘花、とお呼びくださいね、綾女ちゃん」

「ジンよ、ジン。身体は女だけど演技してるだけの」

「す、すごい、本物の女の人みたい……」


 少々心ここにあらずだった綾女ちゃんは気を取り直し、観察するように視線を動かしています。


「現実離れした綺麗さというか……」

「分かるわ、なんて言うかあざといのよね。おっぱいおっきいし」

「私の理想の姉さんですからね!」


 言いたいことは分かりますよ。リゼット様は少し私怨が入っていますが。

 刀花ちゃんの理想をモデルに、様々な要素を付け加えたのが私ですので、どこか作り物めいて見えるのかもしれませんね。


「まあ、その分かりやすいあざとさが、今は必要でございますから」


 私はそう言って、綾女ちゃんからセットの載ったトレーを引き継ぎ、掲げてみせた。


「こんな角度で、そっと微笑む……いかがでしょう?」

「おぉ~……おっとと」


 窓から差し込む朝日を背景に。

 トレーを片手に、唇に指を当て片目を瞑って微笑みを浮かべる。ふふ、サービスショットでございますよ?

 呆けたようなため息をつきながらも、カメラを持った綾女ちゃんは慌ててシャッター切り始める。


「すごいなあ、これなら私より断然いい宣伝になりそうだよ!」

「クスクス。男なんて胸おっきくしておいて、控え目な笑みを浮かべていれば釣られるものでございますので」

「台無しだよ……やっぱり刃君だ……」


 たまに刀花ちゃんとこの姿でお買い物に出掛けますが、よくサービスしてくれるのですよ?

 少しおどおどしながら屈んで胸元を見せれば、若いアルバイトの男の子が、特に。


「あざといわ~、ちょっと前髪長くして気弱でチョロそうに見せようとしてるのあざといわ~」

「クスクス、か弱い乙女と思い私に手を伸ばせば火傷してしまいますよ?」

「姉さんは炎というより、ほの暗い水というか……」


 気付いた時にはもう手遅れ。戦でもそうありたいものですわね。


「私でしたら身の程を弁えない輩が来店されてもどうにでもなりますので、安心して宣伝をしてくださいましね」

「ありがとう、鞘花ちゃん!」


 ふふ、素直でいい子。

 だからこそ、報われてほしいのです。


「さて、目を引くメニューにキャスト、宣伝。あとは人員についてでございますが……」

「あ、うん。アルバイトは今は雇ってないんだ。客足が遠のいて、両親と私だけで回せるようになっちゃったからね」


 あはは、と苦笑するその顔に多少の寂しさが見え隠れする。

 きっと昔は、店員側にも活気があったのでしょうね。


「うーん……でも確かに、これが上手くいってお客さんがいっぱい来てくれたら、今の人員のままでは少しキツいかも」

「利益が出るほどの客足を仮定した場合、具体的には、いかほどの人員が必要でございましょう?」

「そうだね、あと五人……十分な休憩や休みを考慮したら十人弱くらいいてくれると安心するかなあ」


 ふむふむ、そうなのですね。

 とはいえ、新たに人手を増やして使い物になるまで研修を行う時間的余裕や、人を雇うお金も無し。

 今必要なものは、即戦力かつ費用や疲労の心配の要らない――そう、奴隷のような者。それも複数。

 そんな、今の状況に果てしなく都合のよい者が、いったいどこに散らばっているのか?


 ――クスクス、ここにおりましょうや。


「……とは言っても、極力“アレ”は使いたくはなかったのですが」

「“アレ”? ……あっ、姉さんまさか」


 悩ましげに吐息を漏らせば、刀花ちゃんが何かに気付いたように声を上げる。

 分かり合うような姉妹のやり取りに、リゼット様は少しムッとして問い質される。


「ちょっと、アレって何よ?」

「刀花ちゃんが考えてくれた技の中で、私、無双の戦鬼すら忌むべき技ですわ」

「そうです、それこそは……」


 我流・酒上流十三禁忌――終の十三


 人間の在り方、歴史、文明、命すら弄ぶ数々の禁忌の中にあり、鬼すら忌避する最後の禁忌。

 重苦しく「あれを御しきるのは骨が折れますよ……」と呟く刀花ちゃんに、リゼット様や綾女ちゃんも空気に飲まれてゴクリと喉を鳴らした。


「な、なんだかすごそうだね、リゼットちゃん……」

「そうね……それが喫茶店の経営にどう関係あるかは分からないけれど。で、どんななの?」


 では、お見せしましょうか。

 私も幾分、これには慣れておかないといけない部分もありますので、予行練習といきましょう。


「我流・酒上流十三禁忌――」

「っ」


 私は霊力の光輝く指先を合わせながら、暗く呟く。

 そうすれば、その暗き声に応え、指先の光が黒く黒く穢れていく。日の光の中にあって、しかしそれすら許さぬように。

 全ての光を呑み込む黒が、その身を貪欲に染めきった時……私はその忌むべき、禁断の名を呼んだ。


「終の十三……『サカガミジン』」


 パチン、と。

 指が高らかに鳴る音と共に、その指先の黒が弾ける。

 視覚化された呪いというものは、恐らくこのような形を取るのだろう。

 そう思わせるほど禍々しい、汚泥のようなモノが指先からあちこちに飛散した。壁、床、窓にすら。

 貼り付いたそれは、日光すら反射しない。その黒は、まさに深い深い穴のよう。覗き込めば、そのまま落ちてしまいそうな深淵。

 ……それは、言い得て妙なもので。


『ク、ハハハ……』

「な、なに……?」


 哄笑が一つ。


『ハハハハハ』


 さざ波のように、哄笑が二つ、三つ。


『ハハハハハハハハハハハハハハハ』


 更に更に更に増え、今は少々鳴りを潜めたセミの大合唱のよう。

 その渦中にあり、可愛いご主人様はへばりついた黒へと近付きそれを覗き込む。


「…………え?」


 ――そして、ソレと目が合った。


 そう、それは穴。汚れた穴なのです。


 ……穢れきった存在が、再び生まれ落ちるための。


「ひっ」


 声を漏らし、飛び退くリゼット様が立っていた場所に……穴から這い出るようにしてソレは姿を現す。

 夜より暗い衣を纏い、瞳には人間への憎悪を灯し……


「これ……ジン……?」


 ――額には、天を嘲笑うように歪曲した二本の角を生やして。

 それが、飛び散った黒から次々に生まれ落ちる。それはまさしく、戦鬼と寸分違わぬ形をしていた。


「これこそ、戦鬼が秘奥」


 ただ独りで星すら斬り殺す、四九九の命を持つ鬼。

 その鬼を切り分け、あまつさえ命を与えれば……これこの通り。

 百鬼夜行とはまさにこのこと。人間が唯一、戦鬼に勝る“数”すら覆し、屈辱と絶望を与える最後にして最大の禁忌。


「それが終の十三……『サカガミジン』ですわ」


 たった一度さえ殺すことすら叶わぬ鬼。それが四九九体に増殖するなど、悪夢以外の何物でもないでしょう。

 夢でもなく幻でもなく、カラクリ人形ですらない。幻影のように私の指示を逐一与えねば動かぬものでもなく。

 それら一人ひとりが、自我を持った私。孤軍にして軍勢。まさしく、無双の戦鬼なのです。


「まあ、今は綾女ちゃんの言葉通り十人程度に留めておりますが」

「ビックリしたあ……うわ、ホントそっくりじゃない」

「刃君がいっぱいだ……」


 初めてこれを見るお二人は、目を丸くしてそう呟く。

 そんな中で特にリゼット様は、近寄って増殖した戦鬼を覗き込んでいた。

 ああ、いけません!


「ふふ、おかしい。ほら見て、眉間のシワもそっくり――」

「リゼット、俺のマスター」

「へっ!?」


 今までうつむき、動かずにいた戦鬼。それが唐突に動き、彼女の手を優しく握る。

 その動作はまさに人形では再現できぬ、彼女への敬愛に溢れた動き。

 それもそのはず。

 なぜならば、それら全てが本当の酒上刃だからである。


「へっ、あのっ、ジン……?」

「ああ、愛しいマスター」


 そうしてリゼットに手を伸ばす一体の戦鬼は、いつもするように彼女の身体を優しく抱こうとし――


「――俺のマスターから離れろ、殺すぞ」

「むっ!?」


 しかしそれは未遂で終わる。

 氷山すら生温い冷たい声と共に、甲高い金属音が割り込んだからだ。


「さ、サヤカ!?」

「ククク、鞘花の姿を取っておいて、本音が漏れているぞ。甘いのではないか?」

「調子に乗るなよ。俺から分かたれた分際で」

「“俺”も“俺”だ、そうだろうが?」


 瞬時に造り出した刀を手に、鍔迫り合いの音がカチカチと鳴る。

 軽口を叩いているようで、至近距離で睨み合う瞳には極大の殺意をぶつけ合い、俺と俺は刀を合わせていた。


「あー、やっばりこうなっちゃいましたか……」

「と、トーカ、これは!?」

「刀花ちゃん! どうすれば!?」


 少し離れたところで、離脱したリゼットも混じった三人の声が聞こえる。


「そもそも、どうしてこれが最も兄さんにとって忌むべき技なのか……」


 沈痛な面持ちで刀花が言う間にも、俺はリゼットに狼藉を働こうとした俺を殺すべく刀を振るう。


「それはですね……」

『そ、それはっ!?』


 百、千、万……億の剣戟が瞬きの間に交わされ、最早その剣速は神ですら見通せぬ領域へと加速していく。まだだ、まだこいつを殺しきるには足りぬ……!


「……取り合いに、なるんです」

『……へ?』


 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。


「貴様ぁ! 俺の大事な少女達には指一本触れることすら許さんぞ!!」

「ああ!? それはこちらの台詞だ、たわけがァ! 貴様こそ、俺以外の俺が少女達に気安く声をかけるでないわ耳が穢れるだろうが!!」

「そもそも複数の俺など必要ないのだ! 俺が複数人分の働きをすればよい話だからなぁ! 貴様らはいらん、さっさと死ねぇ!!」

「貴様が死ね!!」

「いーや貴様が死ね!!」

『よくぞ吠えた、来い!!!』


 伝染する殺意。いつの間にか全員が刀を抜き殺し合う阿鼻叫喚の地獄が顕現する。

 冗談ではないのだ。

 例えそれが寸分違わず自分であろうと……俺以外の男が少女達に触れようとするなど、断じて許せないのである!


「まさに『私のために争わないで』となるわけなのです。私をめぐって争う兄さんと兄さん……ふ、ふふ……むふふ……」

『えぇ……』


 どこか歪んだ笑いにドン引きする二人の声を聞きながら、俺は内心舌打ちをする。

 まったく、だから嫌なのだこの技は! 俺は俺の性能を気に入ってはいるが、俺は俺を好きにはなれないのだ! 殺す……!


『我流・酒上流決戦剣技基礎の型ぁ……!!』

「ちょっ!? 一番ヤバイの撃とうとしてるわよ! 誰か止めてー!?」 

「うーん、お店壊されるのは困るなあ……」

「そんな問題じゃ!? と、トーカ!」

「仕方ありません、リゼットさん耳を貸してください。いいですか――」

「えっ、なに!?」


 調度品を壊さないようやり合っていたがもう我慢ならん。

 少女達の寵愛を受けるのは俺独りでいい。覇者は二人と並び立ちはしないのだ!


『斬り失せろ、滅相じ――』


 そうして全てを斬り滅ぼす一太刀を、大上段から振り下ろ――そうとしたところで、


「――la la la」


 ……美しい。

 そうとしか思えぬ天上の歌声が、俺達の耳を支配する。

 その歌声は、一生懸命に胸に手を当て歌う、一人の金髪の天使から発せられていた。


『ああ……』


 目に映る自分を殺そうと迸っていた殺意が……その歌声によって溶かされ、霧散していく。

 争いなど……最早どうでもいい。この天使の歌声の前では、全てが些事なのだ。

 俺達は振りかぶっていた刀をガランと取り落とし、その歌声に静かに身を委ねる。

 循環していた霊力の影響で煌々と真っ赤に染まっていた瞳の紋章も、徐々に力を失っていった。


「すごいよリゼットちゃん! 攻撃色が無くなっていくよ!」


 攻撃色言うな。


「ナ〇シカみたいだね!」


 言ったなー。


「ふふ、まあ分裂しようと、どこまでいっても兄さんは兄さんなので。ちゃんと言えば、言うことは聞いてくれますよ」


 妹の少し安心した声を聞きながら、まるで金色の野に降り立って歌うマスターに戦鬼達は跪く。

 それはまさに、王女に忠誠を誓う騎士のようであった。

 

 こうして、「なんで私がこんなことを……」と少し恥ずかしげに歌うマスターの初々しい姿のおかげで、俺達は馬車馬のように働く人手を手に入れることができたのだった。


 ……後に、「ねえ、オーダーで一言諫めるだけでよかったんじゃないの?」というお嬢様の疑問の声に、戦鬼と妹は気まずげに目を逸らしたという。

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