第121話「君ほんとにラブコメ主人公?」
新しいセットメニューやスタッフを加える日が目前に迫ったダンデライオン。
私、薄野綾女は今日もこの夕暮れの時間、両親を手伝うべくエプロンを身に纏ってフロアに出る。
まあ手伝うとは言ってもセットメニューの金額決めなんかは、さすがにパパとママに頼りきりになっちゃったけど。
とはいえ自分に出来ることもきっちりやっておかないと。今のうちにメニューの予習や接客の練習をするのは良いことだからね。
それに……
「――じゃあ酒上君。レジの扱いは分かるかしら?」
「ああ、それについては覚えがあるぞ、母君。過去に経験済みだ」
「そう? じゃあ接客練習してみましょうか。私がお客様として……『すみません、スープの中に虫が入ってるんですけど』って言われたら?」
「お似合いかと、お客様」
「はいブッブー」
「む……?」
そんな感じで。
お客さんのいない時間を見計らって、最近は刃君の研修をしてるんだよね。
今はフロアのテーブル席で、刃君とママが二人で接客練習をしているみたい。
ただ……
「ははあ、分かったぞ母君。あーんをして虫を食わせた方がよかったのだな? サービス精神旺盛だな」
「酒上君はもうちょっと人に優しくなりましょうか」
そんな、感じで……。
接客態度にちょおっと難ありなんだよね……いつも楽しそうな笑みを絶やさないママも、今は困った笑い方になってるよ。
「もう刃君、そういう時は謝罪してから替えを出すか、無料券をお渡しするんだよ」
私はそんな二人に近付きながら言う。だけど、刃君はなんだか不満そう。
「客が嫌がらせに入れたものかも判断できん内に、こちらが謝るのか? 解せんな……」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないでしょ? だったらまず優先すべきはお客様がくつろげる環境を守ることだよ。ここは来店された方々に一時の癒しを味わってもらう場所――喫茶店なんだからね」
「……綾女がそう言うならば、そうしよう」
納得いかないって顔に書いてあるけど、私の言うことをとりあえず飲み込んでくれる。
そんな彼の態度に、私は苦笑を漏らした。
もう。男の人達から助けてくれた時とか、色んなことでアドバイスしてくれた時とかは頼れるお兄さんって感じでカッコよかったのに。
こうして彼が不得意分野に相対する姿を見ていると、途端になんだかやんちゃな弟ができたみたいな気分になっちゃう。言ったら怒りそうだから言わないけど。
「ふふ、でも酒上君、本当にいいの? 無償でうちのお手伝いをしてくれるなんて……」
「気にするな、母君。俺は人間とは違う原理で動いている」
私達の会話を微笑ましそうに見ていたママは、頬に手を当てて彼に聞く。これも、今まで何度かしてきた問答だけど、彼の答えは変わらなかった。
「俺は鬼だ。精神的に疲労を感じることはあれど、肉体的な面においては無尽蔵と思ってくれて構わない。それに金より価値のあるものを、俺は見せてもらったのだからな。これはその返礼のようなものだ」
彼は今、自分の正体を隠していない。
お店の手伝いをするのに正体を隠したままじゃ不便っていうのもあるんだけど……それ以前に、私が両親に喋っちゃったんだよね。テンション上がっちゃって。
半信半疑だった両親も、連れてきた彼が角を生やすのを見てビックリ仰天してたっけ。
まあもう今はすっかり受け入れて、気安い感じで話す仲にはなってるんだけど……
「そうは言っても、何もお返ししないのも経営者として心苦しいわ。ただでさえ助けてもらってばかりなのに……そうだ、その辺りはあやちゃんに任せるわね。身体は小さいかもだけど、頑張り屋さんで、結構尽くすタイプなんだから」
「ちょっ、ママ!?」
「それはいいことを聞いた。俺も自分は尽くすタイプであると自負している。知っているぞ、こういう関係を"ツーカーの仲"と言うのだろう?」
「刃君まで!?」
い、いきなり何言ってるの!? あと刃君その言い方はだいぶ古いよ!
私はカァッと顔が熱くなるのを感じながらも、ブンブンと首を横に振った。
もー! 刃君がここに来るようになってからというものの、ママはたまにこうやってからかってくるのだ。
あの日――私と刃君が友達になった日の夜に、私が興奮気味に刃君のことを喋ってしまってから、なんだかママが変に勘違いしちゃって……。
そういうんじゃ、ないのに。私と刃君は、その、普通の友達で……。
「……ちらっ」
こっそりと、彼の横顔を覗いてみる。
ずっと昔に見上げた横顔と同じで、その顔は時が止まっていたみたいに変化がない。
切れ味の鋭そうな目に、気難しそうな眉間のシワ。この世全てに飽いたような、つまらなさそうな色を隠しもしないその相貌。
だけど……
「ん? どうした、綾女」
「っ、あ、えっと……」
彼がこっちに視線を向けた時。
その厳しそうな表情が、ほんのちょっぴり和らぐ。
昔は怖そうだな、と思った顔。編入したての頃は、普通に見つめていられた顔。
だけど今、その横顔を見ていると……なんだか、胸がポカポカしてくる。温かいココアを飲んだ時みたいに、じんわりと胸の奥が熱くなっていく。
彼の視線に言葉がつまる私は、それでもとつとつと言葉を紡いだ。
「その、確かにしてもらってばっかりっていうのも悪いし、刃君は何か私にして欲しいこととか、ない?」
……ママが言う通り、出来るなら私も何かお返ししてあげたい。彼は返礼だって言うし、喫茶店の問題はまだ解決してないけど、なんだか私が貰ってばかりのような気がするから。
そんな私の言葉に、だけど彼は腕を組んで難しそうに唸った。
「友情とは見返りを求めぬものなのではないのか?」
「うーん、ちょっと違うというか、場合によりけりというか……」
私が困ったように笑うと、隣でママが笑みを深める。
「酒上君、確かに感謝の気持ちっていうのはこちらから求めるものじゃないわ。強制するものでもない。だけどそれと、気持ちを贈り合うっていうのはまた別のことなのね」
「ほう……なるほど、合点がいった。さすがは綾女の母君だな」
感心したように、刃君はママに向けて頷きを返す。
……彼は私のママのことを母君、パパのことを父君と仰々しく呼ぶ。なんでも、
『綾女をここまで育て上げた……つまりは職人ということだ。良い作品を造る腕の立つ職人には、一定の敬意を払わねばな』
ということみたい。そういえば日本刀の側面もあったんだよね。
人間を激しく憎む彼だけど、一度認めた相手には結構甘いのかもしれない。私も、両親を褒められて悪い気はしなかったし。
そんな、ママの言葉にしきりに頷く彼は、少し考えるようにしてからこちらに言葉を投げかけた。
「なるほど。では……そうだな、綾女が色々と仕事について教えてくれるか。戦鬼とは蹂躙する者だが、同時に仕えることを喜びとする。俺の主がリゼットと刀花であることは不変であるが、この店でバイトするということは限定的にお前に仕えるのだと言えなくもないからな」
「う、うん! 任せてよ!」
その言葉にポンと胸を叩けば、
「頼りにしている」
「ひゃっ……」
彼は膝を折り、こちらの頭に手を乗せた。
男らしい大きな手で、だけど力を入れ過ぎないように、優しく。
「う、うぅ……」
……ねえ、気付いてる? 今、君がしてるその目。君の大切なご主人様や可愛い妹を見る時の目とそっくりなんだよ?
そんな目を向けられたら、私……頭がふわふわして、どんな顔したらいいのか分からないよ。
――もし……もし、私が「リゼットちゃんや刀花ちゃんみたいに甘えさせて」って言ったら、君は私をいっぱい甘やかしてくれるのかなあ。
「……にやにや」
「はっ!」
俯いてされるがままになってたら。
ママがすっごいやらしー目でこっちを見てる!
「そっかー、あやちゃんそうなんだー?」
「な、なにがっ!?」
「おっと」
彼の手を振り払う勢いで、思わずガバッと火照った顔を上げる。
「し、親愛表現だから! 友達の間では普通のことだから!」
「私まだなにも聞いてないんだけど?」
「はうっ!?」
だ、だって、そんな……もぉー!
「厳しい道を行くわねえ。でもこればっかりは当人同士の話だから。思い出すわあ……あの人と出会った頃、私もまだ初心な乙女でその感情の名前も知らなくてね?」
「き、聞いてないから!!」
ち、違うよ!?
ママが期待してるような、そういうんじゃないから!
そもそも刃君にはリゼットちゃんと刀花ちゃんがいるんだから! そういうのは、その、ダメなことだよきっと! 日本の法律的に! 今の時点でダメだけど! え、どうなってるのかな!?
「ま、まったくもう……ほら、刃君こっち来て。伝票の書き方教えたげる」
私は彼の手を取って、そそくさとカウンターの方へ連れていく。
そうだよ、今はそれどころじゃないの!
刃君には本格的な調理以外のほとんどを手伝ってもらう予定だから、今のうちに色々教えてあげないと! 逃げたわけじゃないよ!?
そうして早く一人前になってもらって、将来的には私が憧れるパパとママみたいに、仲良く二人で喫茶店の経営を――って違う違う!
「もー、ママが変なこと言うからぁ~……」
「なんだ、誤解を与えたか?」
「誤解……っていうわけでも、その、ゴニョゴニョ……」
「うん? ははあ、さては――」
私が言いにくそうに口をモゴモゴさせていると、彼はしたり顔で顎に手を当てた。あ、これ彼の天然が炸裂する流れだ。
そう思った私はホッと一心地つき、一体彼がどんな天然ボケをかますのかと、耳を澄ませ……
「――綾女は俺のことが好きになったのだな?」
「ラブコメ主人公にあるまじき察しのよさ!?」
え!? ちょっ、えぇ!?
そこは「え? なんだって?」って言ったり「また俺なんかやっちゃいました?」って言う流れじゃなかったかな!?
すごいね鈍感系主人公も真っ青だよ! 私的にはその辺りは聞き流しておいて欲しかったかなー!?
「いや、そのっ、あのっ!?」
「ああ、気に病むな。好きという感情はコントロール出来ないものなのだ」
か、語るね!?
「――と、妹が言っていた」
刀花ちゃんがね!? 言いそう!
「ま、待って待って! 私、そんなこと一言も言ってないよね!?」
「違ったか?」
な、なんでそんな自信満々なのかな……って彼はいつも自信満々だった。
そんな風に、「どうなのだ?」と迫る彼に、私は……私は……!
「……わ、私もその、まだよく分かんないので……ほ、保留にしておいて、くださぃ……」
「そうか。理解出来た暁には聞かせるがいい。楽しみにしている」
俯いてボソボソと蚊の鳴くような声で言えば、彼は一つ頷いて、そのまま伝票を片手にレジを弄り始めた。
な、なんなの……なんなのー……!?
こういう時ってさ、普通男の子ってもう少し焦ったり赤くなったりするものなんじゃないのかな! なんで平然と次の仕事に移ってるのさあ!
なんていうか……刃君って、やっぱり普通の人間じゃないんだなって、思い知らされた気分だよ。
そんな彼はレジの操作を誤ったのか、排出される長大なレシート相手に「おお!?」と目を白黒させている。君さっき、レジ出来るって言ってたじゃん……。
「……刃君さ、いつか本気で刺されるよ?」
「ふ、既にマスターに何度か刺されている。問題ない」
あ、そうですか……問題大ありなんじゃないかな。
「……やっぱり君は、悪い鬼さんだよね」
「最初からそう言っているだろうが? 鬼に善性を期待するなというのだ」
「ええー……」
なんか、刃君もリゼットちゃんも刀花ちゃんも、いろんな意味で器が大きいんだなあ、と凡人代表の私は思うのでした。まる。
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