第119話「メイドさんプレイもしたことあるんだね!」
「はい! こちらは妖精の森から汲んできた霊験あらたかなお水です☆ ご注文が決まりましたら、そちらの魔法のベルでお呼びくださいね☆」
“きゃるーん☆”といった擬音が適切なほどの過剰なウインクを残して去っていくメイドを横目に、俺は思わず首を傾げる。
よ、妖精の森だと……?
この鋼鉄のビル郡の中にあって、いったいあの者は何を言っているのか……コンクリートジャングルということか? 妖精は都会にいたのだな。
四人がけのテーブル席に案内され、そんな不可思議なことを言われ水を出されたのだが……目の前に置かれている水は、なんの変哲もないミネラルウォーターに見える。
「うんうん、さすが人気店。設定も徹底されてるね!」
目の前に座る綾女は、なにやらひとしきり頷いている。ちなみに四人がけのテーブル席にあって、俺の両脇は主と妹でしっかり固められていた。
「俺はただのメイド喫茶と聞いていたのだがな」
「あんなメイドいたら即解雇よ……」
おお、さすがはメイドや執事を多く侍らせていた経験を持つ者は言うことが違う。
多少のカルチャーショックを感じているのか、隣に座るマスターは疲れたように眉間を指で揉んでいる。
「あはは、まあ純喫茶みたいな本格的なやつじゃなくて、一種のアトラクションみたいな部分のあるお店だからね」
そんなリゼットの姿に苦笑を漏らしつつ、綾女は指をピンと立てそう言う。まるで先生のようだ。
「通常では味わえない体験や雰囲気を楽しむ、そういうことがコンセプトの喫茶店もあるってことだね!」
「ほう、なるほどな。つまりはそういった夢の国……○ッ○ー○○○のいる○○○○ー○○○みたいなものか」
「はーい、兄さんやめてくださいねー」
やんわりと刀花からたしなめられる。
なぜだ、不思議な力が働き一つも発音できなかった気さえするぞ……。
まあいい。つまりは一つのアトラクションのようなものだと理解していればいいだろう。
「ということは、ここのメイドは一種のキャストというわけだ」
「色んなバリエーションのメイドさんがいるんですねえ……とっても可愛らしいと思います」
「はっ、俺の妹の方が可愛いに決まっている」
「やん、兄さんったら♪」
「何張り合ってるの……」
げんなりした様子で言うリゼットを横目に、店内を歩き回るメイドを観察する。
コスチュームは基本的にフリルがふんだんにあしらわれたメイド服だが、所々に差異が見受けられる。
それこそ妖精の羽を付けていたり、中には猫耳を付けている者さえいた。
「……ジン、猫耳見付けたからって飛びかかっちゃダメよ?」
「俺をなんだと思っている……」
じっとりとした瞳で言うご主人様に、眉をひそめてそう返す。
猫ならなんでもいいわけではないのだぞ? そもそも人間が猫の真似事などおこがましいというのだ。
「たかが人間が猫を真似たところで……だがリゼットにゃんなら大変可愛らしいと思うにゃん」
「ぶっ殺すわよあなた……」
先程のことをからかえば、この世で唯一俺を殺すことの出来る少女は殺意のこもった目付きで睨みをきかせる。よほど恥ずかしかったのか目がマジだ。おお怖い怖い。
肩を竦め、俺は興味無さげに周囲から視線を切ろうとするが……
「あ、でも刃君の意見も聞かせて欲しいな。この中では唯一の男性だし。ここは男性客からの人気があるみたいだから」
「ん……そうか」
綾女にそう言われ、仕方なしにもう一度視線を巡らせる。
確かに、客は男性が主と見受けられる。まあ中には女性もいるにはいるが。
だが、この店が男性に顧客を絞っているのは明白だ。男性受けのするサービスや制服、そしてキャストがあからさまに前面に出ているのだからな。
ふむふむ……こういった喫茶店の形もあるのか。
「なるほど、確かにちょっとした非日常を味わうのにはいい環境だ。茶も飯もあり、物珍しいサービスもある」
「うんうん、女の子も可愛いしね。……刃君って、さ。ああいうのが好み、なのかな?」
チラリと上目遣いでこちらを見て綾女がそう言った瞬間、両隣に座る少女達の肩がピクリと動いた気がした。
「好み……それはメイドが、ということか?」
「そ、そうだね。噂で聞いたんだけど……刃君って、家に帰ったら二人にメイド服着せて酒池肉林の宴を開いてるって聞いたことあるよ」
「なんだそれは、俺から着せたことなどないぞ」
「“俺から”? あっ、ふーん……」
俺の言葉で何かを察した綾女は二人を見る。
俺の両隣の少女は当時を思い出しているのか、サッと頬を朱に染めていた。
「そもそも俺が仕える側だからな。服装は可愛らしいとは思うが、メイドという職務に特別感はあまり感じん」
「そういうものなんだ。なんだ、じゃあやっぱりただの噂だったんだね…………よかった」
「いやメイド服着たマスターに気絶するほどキスはしたことはあるが――」
「はーいはいはいジンもアヤメも! 注文しましょうよ注文!」
あながち誤解でもないということを説明しようとしたのだが、真っ赤になって爆発するリゼットに遮られてしまった。
別に恥じる仲でもないと思うのだが……俺の言葉を聞き綾女は「はわわ……」と頬を染め、刀花も照れ笑いを浮かべていた。ここが潮時か。
俺は一つ頷き、手近にあったメニュー表を見やすいよう机に広げた。
メニューは基本を押さえているように見えるが……
「しかし高いな」
「そう? 普通じゃない?」
「お嬢様、一般的にオムライスは数千円もしないのだ」
キョトンとする金髪お嬢様に苦笑する。たまに忘れてしまうが彼女は貴族なのである。俺もたまに忘れる。
「あー、その辺の値段設定はきっと特別サービス込みでのやつだよ。ほら」
綾女が小さく指を向ける先には……
「それでは、美味しくなる魔法をかけさせていただきますね! 美味しくなぁれ、萌え萌えキュン☆」
客の前に出したオムライスに向けて、メイドが指でハートマークを作りながらそんなことを言っている姿があった。
魔法だと……?
「あの者、魔術師か。なるほど、常人に達し得ぬ技を提供するということならば、この値段設定にも頷け――」
「なわけないでしょ、あなたってたまに天然になるわよね」
「兄さん可愛い……」
違ったらしい。
「……ならば詐欺ではないか。美味しくなる魔法をかけるという話のはずだ。これではかていないということになるではないか」
「往生際が悪い………言ってたじゃない。そういうポーズよ、ポーズ」
「いえ、リゼットさん。一概にポーズというのも。料理に愛情を込めるのは美味しさの秘訣ですし。ね、兄さん?」
「なるほど。マスターが俺のことを『好き好き大好き!』と思いながら作ってくれたあのカレーのようなものか」
「なんっ!? やっ、そう、なんだけどもっ! ……あなたね、帰ったら覚えてなさいよ」
羞恥か怒りで顔を赤くするリゼットに満足しつつ、理解に至る。
確かに、俺も目の前に出された料理に主や妹がたっぷりの愛情を込めてくれるというのならば、大枚はたくのも無理はないと思える。そういう理屈か。
俺はうんうんと頷きながら、まとめを口にした。
「つまりこの店は、愛に値段を付けてそれを売り物にしているのだな?」
「刃君、言い方……」
「兄さん、その言い方はアイドルのファンさんとかを敵にまわすかと……」
綾女と刀花が冷や汗を流す。言い方がよくなかったか。
だが、これもなかなか面白い価値観だ。喫茶店内で、曖昧模糊としたものに値段を付け、売り物にするというのはな。料理や茶だけではないということだ。
そういったアプローチもあるのだな……存外、喫茶店というのも奥が深い。
それに、
「――なにより、客も店員も楽しそうだ」
「え?」
俺の言葉に、綾女は意外そうな声を上げる。
「先の喫茶店も陽の気で溢れていたが、この店は特に強い」
見渡せば、メイドと客は思い思いにお喋りをしたり、ゲームに興じたりしている。
そしてその顔は、いずれも楽しげな笑顔だった。
「奉仕の心だけでなく、店員自身も楽しいと思えるのも、人気店の一つの特徴なのかもしれんな」
「店員自身も、楽しむ……」
何かを噛み締めるように、綾女は言葉を反芻している。
最近、なにかと背負い込むことが多かったからな、どこか感じるものでもあったのだろう。
「動物を相手にする時と同じだ。店員が緊張した面持ちであれば、客も伸び伸びと楽しめまい……店員というのは、その店の顔も同然なのだからな。笑顔を浮かべぬ者に、微笑みは返ってこない」
「うん。……うん、そうだね!」
仕事を楽しむというのは難しいことかもしれん。実際、俺は楽しいと思えたことなど一度もない。
だが、この子ならば。
思わずそのカフェオレ色の髪を撫でればくすぐったそうに笑う、この心優しい少女ならばきっと出来るはずだ。
なにせ、お前は――俺の友なのだからな。
「すごい、ジンがまともなこと言ってる……」
「兄さん、熱でも……?」
お前らも大概ひどいな。
「ふむ。だが、方向性は見えてきたかもしれん」
人気店を巡ることで、その秘訣を垣間見た。
とはいえ、ダンデライオンで再現できるかと言われると、そうもいかないものの方が多い。料理のバリエーションや茶のグレードなどは早々変えられるものではない。
材料費や運搬費などは、最も金がかかるもの。金のない喫茶店には酷な話だろう。
と、するならば……
「人件費、そしてサービス料だな」
「あ、人件費も無いんだけど……」
「ああ、そこは気にしなくていい。友情は見返りを求めない、そうだろう?」
「え、そ、そうかなあ……?」
少し意味が違うような、と苦笑する綾女に不敵な笑みを返す。
ククク、俺をただで使うなど、もしかすればお前こそがこの世で最も強欲な者なのかもしれんな。
どれ、我が友のため、一肌脱いでやるとするか。
「とはいえまだ構想段階だ。今はここのサービスを受けて英気を養うとしよう」
「あ、じゃあ私ミルクティーで」
「私はオムライスー!」
少女達もいい加減、腹を減らしているだろうからな。
俺はまず目の前の少女達を笑顔にするために、机の片隅に置かれた魔法のベルとやらを高らかに鳴らすのだった。
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