第31話「報酬は高くつきそうだな、マスター?」



「さて、見るがいいマスター。雑草は悉く抹殺した。報酬を貰おうか」

「この惨状であげるわけないでしょ――ってこっち来ないでよバカバカー!?」


 多少のハプニングはあったが無事任務を遂行した俺は、つかつかと浴場の壁を跨いでご主人様に近づいていく。

 しかし我がご主人様はそれが不満なようで、美しい肢体を腕で隠し真っ赤になってきゃあきゃあ喚いた。


「ふん」

「ああああなたそれ以上近づいたら『オーダー』で自害命じるからね自害! だ、だめだってばまだ夕方だし心の準備が――あ、あら?」


 俺が指を鳴らすと同時に、喚くリゼットの身体が光に包まれ、ポンという少し間抜けな音とともに豪奢な黒いドレスが顕現した。


「え、なんで……? あ、ヘッドドレス可愛い……」

「刀花の巫女服と同じ要領だ」


 ちょうど裸を見てサイズもわかったことだ、こちらであつらえさせてもらった。

 黒髪に和服が映えるように、やはり西洋人にはドレスが似合う。ふんだんにフリルをあしらった、外に向かうにつれて広がっていく袖や裾……いわゆるゴシックロリータというやつだ。

 着る者によっては、着せられているという感覚が如実に出る衣装だが彼女にそんな心配はいらない。特にリゼットは容姿が整っており、凜とした雰囲気も相まって、いまやまさにお姫様と言って差し支えない雰囲気を醸し出している。


「さ、お姫様?」

「え、きゃ――」


 しげしげとフリルを見たりヘッドドレスの位置を直したりしていた彼女の膝と肩を支え、ふわりと抱き上げる。

 冷静になる暇を与えず両断した壁の淵にちょこんと座らせ、彼女のすべすべとした足を手で包み込んだ。


「忠誠を、我が主」

「あ……ぅんっ」


 つま先に唇を落とすと、リゼットは艶のある声を上げて身体を震わせた。隠すように手の甲を口元に当て、その紅い瞳を潤ませてこちらを見つめている。


「ジン……」

「リゼット……」


 最後に唇を落とした彼女の足へ、紅いハイヒールをまるでおとぎ話のように彼女に履かせてフィニッシュ。

 ここに、彼女の蕩けた表情をもって報酬を受領した。


「ジン……」


 彼女は感極まったかのように瞳を潤ませ、その可憐な唇で俺の名を呟く。そしてその雪原のように白い手を俺の頬に寄せて……、


「いや誤魔化されないからね?」

「やはうぃらめか?」


 ムニィっと頬を柔らかい指でつねられた。


「兄さーん、天井なくなっちゃったんですけど」


 お仕置きを受ける中で、青いエプロンを着た刀花が崩壊した壁の横からひょっこりと顔を覗かせた。その顔には天井が崩壊したことへの驚きはなく、いつも通りの天真爛漫な笑顔を変わりなく浮かべている。さすがは我が妹である。


「ってここお風呂じゃないですか。に・い・さ・ん?」


 と思ったらニコニコした顔はそのままに重いオーラを醸し出し始めた。さすがは我が妹である。


「そうよ、この人ったら私の裸を見たあげくこんな服まで着せて……まぁ悪くないセンスだけど」


 裾をヒラヒラさせてご満悦ながらも、不満げな瞳は俺に向けて細められている。そんなに天井を壊したことが不満なのだろうか。


「……ご主人様の裸を見て、なんとも思わないわけ?」

「そっちか」


 あぁ、知っているぞ。よく刀花も言っている乙女の意地というやつだな?

 じっとりとした目を向けるご主人様に、俺はいつものように鼻を鳴らした。


「ふん、俺は鬼だぞ? 人一倍欲塗れに決まっている」

「ふぅん、それにしては随分と落ち着いているじゃない」

「……リゼットさん、下です下」


 下? と呟きマスターは俺の顔から視線を下げる。首、胸、腹、そして――


「やん、もう兄さんったら♪」

「おっと、俺の童子切安綱が」

「!?」


 リゼットが向ける視線の先……そこにはズボン越しにもわかるほど屹立した我が名刀が鞘走っていた。


「分かったか? もっとよく見るか?」

「キャー! 寄らないでよバカ! 隠しなさいよバカぁ!」

「お前が言い出したんだろうが」


 なんとも思わない? バカ言え。彼女達を守護する戦鬼のプライドにかけて抑制しているだけで、欲自体はかなりある。俺は傍若無人な鬼ゆえな。


「これは刀花にも言っていることだが、俺に『そっち系統』の命令は絶対にするなよ」

「な、なんでよ……?」


 涙目になりながらもチラチラと見て「お、おっき……絶対入らないぃ……」と呟くマスターに向けて言い含めるようにして伝える。


「確実に止まれなくなる。俺が満足するまで、お前達を激しく責め立ててしまうだろうからな」

「っ!」


 何を想像したのか、リゼットは顔をリンゴのように真っ赤にし「は、はひ……」と小さくコクンと頷いた。


「したーい……」

「おい」


 我が妹はしかしその琥珀色の瞳を蠱惑的に揺らし、人差し指を自分の唇に当てて俺を見つめていた。こらこら、真実の愛はどこにいった。涎を拭きなさい。


「……天井直すか」


 身の危険を感じたので俺は誤魔化すようにして呟いた。さて、如何様にして直したものか。やはり滅相刃で時間を斬り飛ばすのが一番楽で確実か……?

 顎に手を当て、我がマスターを見た。「な、なに……?」と呟いて身を守るようにして腕で身体を隠している。まだ引きずるか。


「ふむ……」


 いつもなら刀花と人鬼一体するところだが……礼装も着せたことだし、これはいい機会かもしれんな。


「マスター……滅相刃に挑戦してみるか?」

「……え?」


 その提案にマスターはキョトンとし、隣の刀花は「滅相刃するんですか、私以外の女と……」と暗く呟いている。俺も滅相刃するのは、お前だけだと思っていた……。


「よし、まずは面接だ。名前と年齢を教えてくれるか?」

「リゼット=ブルームフィールド、15歳です」

「こういうのは初めてか?」

「は、はい……総てを滅ぼす妖刀を握るなんて初めてで緊張を――ってなにやらせるのよ!」

「冗談だ。よし、覚悟を決めろマスター」

「え、え?」


 ほどほどにして、仕切り直すように手を叩いて告げる。

 うむ、これは好機だ。屋敷を復元し、生活基盤も整いつつある。確かにそれは彼女の意志あってこその現在ではある。しかし、彼女自身は自分を力の無い吸血鬼として見ており、それをコンプレックスとして抱え、いまもまだその殻を破れずにいる。

 俺は彼女を主人として仰いでいる。彼女の生き様は実に尊いものだ。それは心の底から認めている。だからこそ俺はこの子に尽くすと決めた。

 ――しかし、その心の裏で自分を弱者と断じる主人など、天下五剣にも数えられるこの俺が許さん。

 『強く生きる』と言うのならば、名も実も取って貰わねばな?


「さぁマスター……――『俺』を使え」

「――」


 血のように紅い靴を履いたシンデレラに問いかける。

 お前は階段を上るのか、上らないのか?

 もしお前が望むのならば、俺は主人に魔法をかけよう。

 12時までというケチくさい魔法などではない……永久に続く血塗られた魔法を。


『お手を、お姫様?』

「――っ」


 姿を変え、差し出された柄頭を彼女は息を呑んで凝視する。


 さぁ弱き吸血鬼よ、呪われし刀に手を伸ばせ。

 さすれば――


 さすればこの無双の戦鬼が、貴様を高みへと導いてくれる。

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