第14話「詠唱は中学生の時に私が考えました!」
『鬼さんこちら、手の鳴る方へ』
刀花が俺を呼ぶ。
天魔よ来たれと手を叩く。
『所有者』にのみ許された呪歌を口ずさみ、彼女は禁断の力に手を伸ばす。
「――」
その手に俺の手を重ねた瞬間、俺の姿はかき消え、漆黒の鞘に収められた刀が刀花の手に顕現していた。
歌う、唄う、謳う。世界に聞かせるように、世界を呪うように。
「鋼を重ねて
琥珀色の瞳を細め、彼女は俺を正面に寝かせるように構え柄を掴んだ。
『生き血を啜りて十重二十重』
彼女の歌に応えるように朗々と唱える。
唱えるごとに風が吹き、地が鳴動を始めた。
「天を堕とせ」
『地に唾を吐け』
世界すら嘲笑う。俺達にひれ伏せと布告する。
ただ強欲に、ただ傲慢に。それが当然と疑わずに世界を壊せ。我が持ち手にはそれが許される。
なぜならば――!
「『
何者だろうと、我らが覇道を止め得ることなど出来ぬがゆえに!!
「――顕現せよ、
我が真銘を所有者の少女は叫ぶ。
血塗られた刀を鞘から抜き放った瞬間、星が鳴く。風は吹き荒れ、大地は恐怖に震えた。森の小動物が我先にと生存本能に従い逃亡を始める。
「っ……」
リゼットも恐怖に息を呑んだ。可視化するほどの霊力の奔流、刀身から今もなお滴り落ちる冒涜の血。血液を固めて構築したのかと疑うほどの穢れた刃。
そして、それらを差し置き最も異様なモノが――
「つ、角が……」
刀花の頭から、戦鬼を象徴する力の権化……歪曲した二本の角がその身に顕現していた。
まるで脈打つように霊力の波動が角から迸る。生きているかのような脈動に、生物的嫌悪をかき立てられたのか、リゼットは口を押さえつつ一体化した二人を眺めた。
――その姿はまさしく、遍く存在を害する世界の敵だった。
「ふー……」
「っ」
刀花が体内の余計な熱を吐き出すように息を吐き、リゼットに視線を送る。リゼットはその威容に刀花の瞳をまともに見られずに、射竦められたように身体を揺らした。
言葉すら呪いを帯びそうな禍々しい姿となった刀花が、ついにリゼットに言葉を投げかけた。
「いや変身バンクも入れたかったんですけどね」
『無茶言うな』
「えぇ……」
緊張感が一気に霧散した。
へにゃりと笑い、我が儘を言う刀花に突っ込みを入れる。
世界を恐怖させながらも、いつも通りな俺達の様子にリゼットは脱力し声も出ない。
「だって変身ですよ、変身! 衣装チェンジとか! BGMとか!」
『妖刀に何を求めているんだ』
「できないんですか……?」
『……できるが』
「あ、できるのね」
リゼットも思わず突っ込む。
だが今そういうことをする雰囲気ではなかっただろう。主人の願いを無骨に叶える戦鬼を演出したかったのだが、妹の前では形無しだった。
『はいテイクツーでーす』
「わーい」
「え、やるの!?」
刀花が俺を再び鞘に収める。
角は引っ込み、風がピタリと止み、地震も収まる。今頃都市部では大騒ぎになっていることだろう。俺の知ったことではないがな!
「行きます、童子切安綱!!」
『チャラチャラッチャチャラララ♪』
「あなたが歌うの!?」
再び俺の銘を叫んで抜き放ち、刀花の姿が光に包まれる。
洋服が虹色の光を帯び、そこから新たにコミカルな音とともに形成されていく。
半袖のシャツは神々しき白い襦袢に換わり、ミニスカートはその丈を伸ばし緋袴となった。
刀花はそのたびに可愛らしく体勢を変えポーズをきめ、ついにはどこかにふわりと笑いウインクをする。どこを見ているんだ……?
そうして光が収まり、俺をかっこよくクルクル振り回して決めポーズ!
「人鬼一体フォーム! 世界の敵、ここに惨状!」
『うーん可愛い、最高』
「コミカルなくせに物騒すぎる」
神に祈りを捧げる巫女服に身を包んだ刀花だが、持っているのは血の滴り落ちる妖刀に、禍々しいオーラ。もちろん世界は再び恐怖に鳴動し始めた。
満足げに息を吐く刀花と俺に、リゼットは疲れたように問いかけた。
「……で、なんなのそれは?」
『道具が真価を発揮するのは、所有者に使われたときと相場は決まっている』
そもそも道具が勝手に動くなんざ『暴走』以外の何物でもない。
『つまりは常に暴走中の俺を完全制御し、100%の性能を発揮する姿』
「それが、これです!」
「テンション高いわねー」
リゼットのテンションが刀花について行けていない。まぁ無理もない。俺を握るということは世界を掌握するに等しい。刀花曰く「全能感がすごいんです」らしくテンションが上がるらしい。
「それで、何が出来るの?」
『なんでも斬れる』
「え、何するつもり……?」
『まぁ見ていろ』
そろそろ終わらせないと地球がヤバい。
リゼットを下がらせ、刀花は屋敷を前に俺を上段に振り上げる。
俺の負の霊力と刀花の正の霊力が螺旋を描き、刀身を包み込み、肥大化し、天を衝く。
螺旋を描く奔流は加速し、ついには巨大な一つの刀身を形成した。
「我流・酒上流決戦剣技基礎の型――」
基礎にして応用はないたった一つの型。
『――
『斬る』という行為の極地。
それは二の太刀すら必要としない、一太刀で事足りる総てを滅ぼす刃なり。
「これが――」
天を衝き形成した霊力の刃を、
『
屋敷に向けて一気に振り下ろした。
「――」
世界が色を無くす。音を無くす。あまりの光量と音量により世界から一瞬なにもかもなくなったかのような錯覚に陥るほどの衝撃に世界が悲鳴を上げた。
十秒か、一分か……どれほどの時間が経ったかわからない間隙の後、地面の揺れは収まり、世界は安寧を取り戻す。
『マスター、もういいぞ』
「え……?」
衝撃に腕で顔を覆っていたリゼットに声をかける。
おそるおそるといったように腕を下ろし――
「え……」
目の前に広がった光景に目を見開いた。
荒れ果てた森のお屋敷。
それが今では新築かと見紛うほどの煌めきを放ち少女を出迎えた。
剥がれ落ちたタイルは傷一つなく、窓ガラスは黄昏の光を反射しまるで宝石のように輝く。ドアの前に積まれていたゴミの山は綺麗さっぱりなくなっている。
まるで時が巻き戻ったかのようだった。
「す、すごい……どうして……?」
『なんでも斬れると言っただろう?』
その言葉に偽りはない。
「新築以降の『歴史』を斬り捨てました。このお屋敷は新築のようではなく、まさしく新築ですよ」
「な……」
呆けたように口を開いたまま固まるリゼット。
『ククク。さて、自己紹介をしておくか』
その顔に満足を覚え、俺は改めてリゼットに語りかける。
『我が『所有者』酒上刀花に与えられし名は酒上刃。五百の魂を生け贄に、鬼を斬った妖刀を媒介に創造された無双の戦鬼である』
いつしか語った文句に言葉を追加し彼女に投げかけた。
『そして我が銘は童子切安綱。所有者に鬼の力を与える血塗られた刀だ』
刀花が血払いをするように俺を振る。
『俺は斬ることしか能のない刀でな』
だが、ひとたび抜けば野菜だろうが炎だろうが、概念ですら斬り伏せてみせよう。
『長い付き合いになる。せいぜい上手く使うがいい、我がマスター』
リゼットに向けてにこりと笑い刀花が俺を鞘に収める。
鈴のように澄んだ音が、まるでお城のように輝く屋敷の前で木霊した。
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