第15話「忠義ってしゅごい……」
「わぁ……!」
リゼットが玄関を開けると、暖色の灯りが彼女を迎え入れた。
シャンデリア風の照明が大きくホールを照らし、鮮やかな赤いカーペットを更に色濃く彩っている。
二階へ上がるための大階段も、漆の香りが今にも漂ってきそうなほどの光沢を放っていた。
「ふふ」
リゼットは紅い瞳を煌めかせながら、屋敷の調度品や天井を眺めている。視界を移すたびに身体も動くため、まるで舞踏会で踊るお姫様のようにくるりくるりと回っている。
「ふむ……」
お気に召したようでなによりだ。
俺も確認の意を込めて周囲に視線を巡らせる。
「思ったより化けるものだな」
「もう完全に豪邸って感じですね」
隣に立つ刀花も「はえー」と感心したように屋敷に見入っている。
荒れ果てたものを先に見ていたからか、まさかこれほど輝いた屋敷になるとは思っていなかったのだ。
夢の中で見たリゼットの屋敷も立派なものだったが、ここも正直負けていない。ブルームフィールド……よほど栄えた家であるようだな。
「兄さん、見てください暖炉に鹿ですよ鹿」
「ご丁寧に虎の毛皮も敷いてあるな」
談話室らしい部屋を試しに開けて覗いてみれば、なんとも分かりやすい金持ちアピール。これは維持費にも相当金がかかるな。どうりで放置されるわけだ。
「どうお洗濯すればいいんでしょうね……」
「見当もつかん。クリーニング屋にでも持っていくか」
対応してくれるかは知らんが。
「よっと。さて、マスターこれからどうする」
刀花と一緒にどっかと大人数用のソファに座り、いまだキョロキョロしているご主人様に声をかける。
声をかけると彼女は一瞬ピクリと肩を震わせ「マスター……」と小声で呟いている。その頬は少し緩んでいる……が、気を取り直したようにコホンと咳払いをしてこちらの方に歩いてきた。
「ど、どうするって?」
「俺たちのことだ。俺はお前の眷属となったのだからな。今後の方針を確認したい」
吸血鬼の文化など未知数だからな。眷属とは何をするものなのか、知っておかねば生活に差し支えるだろう。
「私が決めていいの?」
「当たり前だろう、『我が主』」
そう言うとリゼットは頬をサッと赤くした。
彼女は強い吸血鬼に憧れている節がある。今その一端に手をかけたはいいものの、やはり家での扱いに慣れきっているのか、いざこういう扱いをされるとなると照れるらしい。難儀なやつだ。
「そ、そうね――」
リゼットは誤魔化すように金髪をかきあげた。掃除の影響により埃で汚れているものの、その髪はいまや照明の光を浴びて、宝石も恥じるほど輝いている。
「眷属はご主人様の近くに侍るのが一般的よ」
そう言いながら彼女は少し躊躇いを見せながらも、刀花が座る反対側、俺の隣に腰かけた。なぜ大人数用のソファに密集したがる。
「だからもちろん、二人にはここに住んで貰うわ」
「私眷属じゃありませんけど、いいんですか?」
「もちろんよ、家族を離れ離れになんかさせないわ。それにトーカにも助けてもらったのだし」
言葉の端々に優しさを織り混ぜリゼットは刀花を受け入れる。刀花はにっこりと笑い「ありがとうございます、お世話になりますね」とリゼットに感謝を伝えた。
「ふむ、この家を直した褒美みたいなものか。思わぬ拾い物だ」
何気なく呟いたが、この言葉を聞いたリゼットが妙な反応を見せた。「えっ?」と呟き、「あー……」と思案するような声を出して、なにやらモジモジし始めたのだ。厠だろうか。
リゼットは顔を赤らめ、チラチラと俺を見るばかりで何も言わない。
なんだ……? この子は何を考えている……?
眷属へのご褒美って何をあげればいいの?
私はジンの「褒美」という言葉を聞いてハッとした。彼は屋敷を直したことに対しての褒美を、ここにトーカと二人で住むことと捉えたみたいだけれど、眷属が一緒に生活することが当たり前な価値観で育った私には、全然そんなつもりはなかったのだ。
そもそも、彼には昨日泊めてくれたりいろいろ世話を焼いてもらった恩があるからここに呼んだということを、屋敷の惨状を見た衝撃ですっかり忘れてしまっていた。
「……」
これは、ご主人様としての度量か試されてるわね……。
功績を上げた眷属に褒賞を与えることは、吸血鬼社会にとってままあることだ。ただその内容はその一族や関係によって幅が広く、これといって決まりはない。まさにご主人様の器の見せ所であった。しかし――
彼って何を貰ったら喜ぶのかしら……?
一歩目で躓いた。そもそも自分達は出会ってから二日目だということを今更ながら思い出す。彼の記憶を見たり、自分の記憶を見られたりして二日分より濃い情報を持ってはいるが、それはあくまで個人の記憶の概要であり、趣味嗜好はまだ把握していない。
「……」
断ち斬れていた彼とのパスは完全に繋がっている。つまり、彼の情報は調べようと思えばいくらでも調べられる。主人にはその権利があるからだ。
……だが、なんだかズルをするようでなんとなく嫌だ。昨日も「プライバシーの侵害は感心しない」と言われたばかりだ。
それに、彼のことはきちんと自分で一から知っていきたいし……。
チラリと横目で彼を盗み見る。
私のことを「マスター」と呼んでくれる大事な眷属。吸血鬼としての力ではなく、心根を見て忠誠を誓ってくれた気持ちのいい人。そのちょっぴり低い声で「マスター」と呼ばれるたびに、なんだか胸がドキドキする。
私より背が高いから、彼を見ようとすると自然と見上げるような体勢になってしまう。ご主人様として、彼に喜んでもらえるものをあげたい。果たして彼が喜ぶご褒美とはなんなのか……。
彼のこれまでのことを思い出す。なにかヒントはなかっただろうか。彼が妹以外で好きなものは……。
「はっ……!」
気付いてしまった。
彼が妹以外に好きなもの……、もしくは好きな者。
――それって私じゃ?
つ、つまりはなにか物とかではなく、行為で感謝を示すという方向も……?
「~~~」
思わず顔が熱くなる。
そういう話も、聞いたことがあるといえばある。褒美と称して眷属とそういう……い、イケナイことをするイケナイ人達がいるということも。
「っ」
ごくりと喉を鳴らし、思わず夢想する。
月明かりの素敵な夜に、ベッドへと押し倒される私。ジンは荒い息をしながらも耳元で囁くの。
「リゼット、俺の可愛いご主人様……」
「だ、だめよジン……こんなこと、私達主従なのに……あっ!」
「もうお前への忠義がこんな風になってしまったぞ」
「や、やだ、すごい忠義……あっ、あっ……」
「俺の忠義、受け取ってくれ!」
らめえええぇ! 忠義溢れちゃううううぅ!!
いけない! これはいけないわ!!
そもそもそういうのはきちんと順序立ててからじゃないと! デートとか! 告白とか!
「はぁ……はぁ……」
日中の疲れが祟ったのか妙なことを考えてしまった。いけないわ、私はリゼット=ブルームフィールド。ホイホイ男に身体を許すようなそんなはしたない子じゃありませんことよ。で、でも彼がどうしてもって言うなら……。
「どうした、マスター?」
「顔が赤いですが体調でも悪いんですか?」
こちらを気遣う二人を、熱の出た頭でボーッと眺める。あぁ、なんだかぼんやりして難しいことが考えられない。彼の喜ぶご褒美……ご褒美……。
「……ねぇジン、私のこと好き?」
「む?」
私の質問に、彼は少し不思議そうに声を上げたが、
「ふむ、そうだな。理想に殉じ、高潔であろうとするその姿は、敬愛に値すると言えるだろう」
そうスラスラと答えた。
や、やだこの眷属ったら。私のこと好きすぎない? だから、しょうがないわよね……?
「……ジン、ご褒美に一度だけ私の好きなところに触れていいわよ」
「……ほう?」
「なっ!」
い、言ってしまった。でも仕方ないじゃない! 彼の好みなんてわからないし! 彼は私のこと好きみたいだし! あくまでご褒美だから!
彼は顎に手を当て、思案しながらもこちらに近付いてくる。
「主人からの褒美なら、受け取らないわけにはいくまい」
「兄さん騙されてはいけません! きっと後で高額請求とかされるやつです!」
ジンの隣でトーカがぎゃあぎゃあ言っているが、私は正直それどころじゃないくらい胸がドキドキしていた。
ど、どこに触れられるの? 頭? 唇? 胸?
彼の腕がこちらに伸びる。一センチずつ近付くたびに心臓が張り裂けそうなくらい鼓動が早くなっていくのがわかった。
あ、あ、やっ、やっぱりダメ――
「――」
ゆっくりと腕を上げた彼は私の髪に触れて、
「っ」
「あー!」
髪に付いた埃のことなど構わず、敬愛を込めた口付けを落とした。
「ふむ」
身体を離した彼は何かを確かめるように声をあげる。隣で「あー! あー!」と騒ぐトーカの頭を撫でながら。
「なるほど、主従関係……存外悪くない。これからもお前の期待に応えられるよう努めよう。お前も、俺のマスター足り得るよう高潔さを忘れるなよ」
「は、はひ……よろしくお願いします……」
私にそう言って今度はトーカを宥めにかかるジンに、私はただそう返すだけで精一杯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます