第12話「え、そういう雰囲気に落ち着く流れでしたか!?」
「そう気に病むなリゼット。お前の乳もいい線いってると思うぞ」
「いきなりのセクハラにビックリして私どう反応していいかわからないわ」
砂利と少しの雑草を踏み締める音が二人分、森の小道に奏でられる。
警察に見つかることなく無事郊外の森へ辿り着いた俺達は早速、リゼットに宛がわれたという屋敷を目指して、整備されているのかいないのかよくわからない道をゆったりと歩いていた。
樹木が乱立し、日の光が届きにくい道は薄暗く歩みも遅くなってしまう。好き放題伸びた雑草や枝葉も行く手を遮り、郊外とはいえ獣の類いもいないため警戒の必要もなく、やることといえば喋ることくらいしかない。
ちなみに刀花はお姫様抱っこされたリゼットを羨ましがり、今は俺に肩車をされてご満悦中である。
刀花のミニスカートから伸びる健康的な脚をしっかりと持って歩いていたところ、なにやら横から邪な視線を感じたのだ。
「なに、刀花の胸を見る目に凄味を感じたのでな」
「み、見てないわよ失礼ね……」
気まずげに紅い目を逸らすが、先程から俺の頭の上にスライムのように乗っている刀花の胸をチラチラ見ていたのは把握済みだ。
「知っているぞ。女性は大きい胸を羨むらしいな」
「あら、ジンってそういう機微には疎そうだと思っていたけれど」
なめるな、何年妹と二人暮らししてきたと思っている。それに、その理由もおおよその見当はつく。
「要は戦の前に勝つため、ということだろう」
「は?」
リゼットは間抜けな声を上げ、刀花は話を聞きながらも無邪気に「えいえい」と進行を邪魔する枝葉を適当に創った刀で切り分けてくれている。
「胸とは女性らしさが最も出る部位の一つだ。それを用い、戦う前に敵の男を籠絡すれば余計な戦力を割かずに済む」
だからこそ、女性は豊満さを求めるのであろう?
「戦とは戦う前から勝敗が決しているとはよく言ったものだ」
うむうむ、と見事な推測に我ながら惚れ惚れする。実に理にかなった戦術ではないか。
「あなたって本当に……」
「あーリゼットさん、流して流して」
顔に手を当て項垂れるリゼットに刀花が苦笑して軽く声をかける。なんだ目眩か?
「……ち、ちなみに、あなたも大きい方が好みなの?」
リゼットは指の隙間から視線を送ってくる。顔に手を当てたまま聞いてくるので表情は分からないが、耳の先端は真っ赤に染まっている。
「兄さんは大きい方が好きですよねー。妹のおっきいおっぱいが世界で一番好きですもんねー」
「刀花、さすがの俺でもその言い方はヤバイとわかるぞ?」
「兄さんにおっきくしてもらいました、きゃっ♪」
「食費の話な」
いっぱい食べてすくすく育った妹だ。
「くっ、私より背が高いのに大きいって反則でしょ……」
リゼットは自分の胸に手を当てながら恨めしそうに俺の頭の上を見やった。
刀花の身長は平均より少し高い。低めのリゼットと並ぶと余計顕著にその差が目立つ。とはいえこちらから見ればリゼットも谷間ができるくらいには大きいのだが、それでも彼女は不満な様子だ。
「好きな人がすぐ傍にいるからですかね。きっとそれで女性ホルモン的なものがどばどば出たんだと思いますよ」
そう言って刀花はむぎゅっと俺の頭を包み込むように抱き締める。体温が高めの刀花に抱き締められ少し暑苦しい。回された腕からバニラのような甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「兄さんも私のこと好きですよね~?」
「無論だとも」
ノータイムで答えると「うへへ……」とだらしのない声が上から聞こえてきた。時々俺はこの子が心配になる。
そんな俺達を見てリゼットは「あなたたちなんだか歪んでない? 大丈夫?」と若干引いていた。
「でも大きいと困ることも多いんですよねぇ」
わざとらしくため息をつく刀花に、リゼットは眉をヒクヒクさせながら「へーそう……」とだけ返した。
「肩は凝りますし、下着も高いですし、クラスの男子からジロジロ見られちゃいますし」
「なんだと!?」
――殺す。そう決めたぞ。
「こら、ダメですよ兄さん。男の子はそれが普通なんですから、兄さんだって……兄さんはあまり気にしませんよね」
「胸が大きかろうが小さかろうが、所詮は攻撃範囲に差がある程度の違いでしかない」
でかけりゃ斬りやすい、小さけりゃ斬りにくい。単純な話だ。
「これですよ……」
「ふ、ふーん……?」
刀花はやれやれと首を振り、リゼットは少し表情を明るくした。
正直、胸の大きさなどで差別する気はないが……。
「まぁしかし機能性という話であればリゼットくらいの方が……」
「な、なによ……」
リゼットは俺の視線にサッと恥じらうように両手で胸を隠す。
程よいサイズの胸が腕に押されて形を変えた。
「ふむ、戦闘の際には動きやすそうだ」
「あなたやっぱり私のことバカにしてるわね?」
リゼットはピキピキと血管を浮かせている。
「失敬な、機能美というやつだ。刀と同じ、そのフォルムの美しさというものがある」
刀は命を奪う道具でありながら、美術品としての側面も持つ一種の芸術だ。その流麗な刃の曲線は筆舌に尽くしがたい美しさを秘めている。
「その辺りは女性のスタイルと似通っていると言えるな」
「ごめんわからないわ」
む。
分かりやすい例えだと思ったのだが、伝わらなかったらしい。
「まぁお前はお前である種の美しさを内包していると言っていい。そう、大きいものが男の劣情を掻き立てるのに秀でているように、程よい大きさならばそれは芸術品のような洗練さを醸し出していると言えよう。お前の胸はまさしく芸術品のそれであり、精巧な細工にも劣らぬ黄金比を――む?」
言っていて、はたとリゼットの様子がおかしいことに気付く。顔から火が出そうなほどに真っ赤に染まり、両手で顔を覆っている。小声で「わ、わかった、わかったから……」とコショコショと呟いているのが聞こえた。
「……ふん、なぜ俺がお前の胸を擁護せねばならんのだ」
「も、もぉ……ばか」
途中で馬鹿らしくなった俺は話を打ち切る。
鼻を鳴らし、顔を背ける前に見たリゼットの顔は羞恥に震えながらも、どこか頬が緩んでいるように見えた。
「……なにおっぱいの話でラブコメめいた空気出そうとしてるんですか、騙されませんよ」
自分のことを棚に上げて、俺の頭の上に顎を乗せて刀花がぶーたれる中、俺達はついに屋敷のある拓けた空間に辿り着くのだった。
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