第11話「あなたにしては気が利いていると思ってたのよ……」
「ねぇ、私の屋敷を片付けるのを手伝ってくれない? 何かお礼もしたいし、一度いらっしゃいな」
皿洗いも終わりさてどうしたものかと思っていたところ、リゼットからそんな提案があった。
「あ?」
なぜ俺がそんな一銭にもならないことをせねばならんのか。思わず眉をしかめたが、俺の顔を見てもリゼットは明るい表情を崩さない。まるで俺が「もちろん行く」と言うのを信じて疑わない顔だ。
「礼などいらん。それに片付けなど、業者の人間に頼めばいいだろう」
刀花が望んだから泊めてやっただけに過ぎない。
それにイメージで覗いた屋敷はだいぶ荒れ果てていたように見えた。個人でどうにか出来るレベルではないと判断する。
真っ当なことを言ったつもりだったが、リゼットはやれやれと首を横に振った。ムカつくなその仕草。
「もう。仮にも吸血鬼の住む屋敷よ? 普通の人間に触らせられるわけないじゃない」
「む……」
それもそうか。というか自分で仮にもとか言うな。どれだけ自分の力に自信がないんだ。しかし――
「ふむ、吸血鬼の住む館か……」
そう聞くと危険度が上がるな。目の前の少女を基準にすれば危機感など抱かないが、確かに調査は必要であるか。なにが刀花の身を脅かすかもわからん。
「……仕方ない、一度見てみるか」
「ふふ、最後にはそう言うと思っていたわ」
俺の発言にリゼットは「もう素直じゃないんだから♪」といった雰囲気で机に肘をつき笑みを浮かべている。なんだこいつ気持ち悪いな……。
「なんだか兄さんが手玉に取られているみたいで癪ですね……」
隣に座る刀花は「一番の理解者は私なのに」とぶつぶつ言いながらむくれている。
「さ、それじゃあ早速出かけましょうか」
リゼットは仕切るように手を鳴らしながら立ち上がった。
「あ、兄さん。アルバイトの方は大丈夫ですか?」
しかしその出だしを挫くように刀花が聞いてくる。
俺はその質問にギクリと顔を強ばらせた。嫌な汗が背中を伝う。
「あー……まぁなんだ、その」
結果的には大丈夫だ。大丈夫なのだが、その過程に問題があってだな……。
「……今度はどういう理由でクビになったんですか?」
さすが我が妹。一を聞いて十を知る、打てば響くとはこのことだ。その察する力が今は兄さん恨めしい。
「ち、違うのだ。ちょっと鮮魚の氷が足りてないなと思っただけなのだ。よかれと思っての行為だったのだ……」
「……氷漬けですか?」
おう。美味しいお魚全部氷河期にしてやったわ。
「幸い異能はバレなかったが、『お前が来てから変なことばかり起こる』という理由でな」
「あなた本当に生まれる時代を間違えたのね……」
リゼットが不憫な者を見るような視線を送ってくる。やめろ、哀れむな。泣くぞ。どこか俺の力が真に役立つ職場はないものか……。
「……い、行きましょうか。リゼットさんの屋敷に」
刀花が沈黙に耐えかね俺の肩を支えて立ち上がる。
はあ、また履歴書を補充しておかねばならんな……。
「そういえば吸血鬼は太陽に関しては大丈夫なのか? 今日はとてもいい天気だが」
外出の支度をしながらリゼットに問いかける。支度といっても財布を持つだけだが。刀花はガス栓や戸締まりをチェックしている。
「いつの時代の吸血鬼観よ」
黒いサマードレスをひらりと揺らしながら彼女は髪を掻き上げた。
「一般にすら広まっている弱点を、吸血鬼がそのままにしておくわけないじゃない?」
得意げに口の端を浮かせながら指を立てて説明する。
「確かに太陽は苦手だけれど、少し怠いなと思うだけだし、ニンニクも生じゃなければ食べられるし、心臓に杭を打てば死ぬとか言うけど、そもそも心臓に杭を打たれればどの生物でも死ぬしね」
吸血鬼の概念が乱れてしまいそうだ。いや彼女に言わせれば俺の価値観が古いだけなのか。
「まぁでも、確かに日差しは気になるわねぇ」
リゼットは窓から空を見上げて顔をしかめた。それは吸血鬼だから言っているのか、女の子だから言っているのか。
「ね、日傘はないの?」
刀花が玄関先で「準備できましたよー」と呼ぶ声を聞きながら思案する。
リゼットと玄関に向かい、靴を履きながらチラリと傘立てを見る。雨用の傘だけで日傘などという小洒落たものはない。
「あー確かに今日はいい天気ですし、日焼けとか気になりますよねぇ」
ドアを押さえながら刀花も微妙そうな顔をする。刀花もそう言うのであれば否応はない。その期待に応えるとしよう。
「少し待て」
「あら、あるの?」
「創る」
リゼットの「え?」という声を無視し、むむむと唸りながらイメージする。武器ならポンと出せるのだが、一工夫必要となると少し時間がかかるのだ。
「……こんなところか」
ポンという少し間抜けな音とともに、俺の手には夏の少女に相応しい、白い日傘が二本握られていた。
「そら」
「ありがとうございます、兄さん」
「へぇ……」
三人で廊下に出て、白い日傘を刀花とリゼットに手渡した。
刀花は嬉しそうに受け取り、リゼットはためつすがめつといった様子で検分し、傘を開く。
「あら、可愛いじゃない」
傘の縁に付いたフリルをご機嫌に眺めながら言う。そのあたりは創造の際、特に苦労した部分だ。いい目をしているじゃないか。
クルクル傘を回しながら笑顔を浮かべているリゼットだが、「あら?」と呟き、傘の柄に付いた異物に目をとめた。
「……このスイッチは?」
「あ、リゼットさんそれは――」
刀花の制止の声も虚しく、リゼットは柄に付いたスイッチを押してしまった。
パァン!
「……」
「……」
「……」
――閑静な住宅地に乾いた発砲音が鳴り響いた。
「……」
リゼットは先端から硝煙の香り漂う煙を上げる傘を持って、立ち尽くしたまま青い顔でダラダラと汗を流している。
「……ナニコレ」
廊下の天井からパラパラと降り注ぐ木くずを受けながらも彼女は辛うじてそう口にした。
「ふん。いいか、大事なことだから教えておくが――」
それに対し俺は腕を組んでふんぞり返った。
「――俺は武器しか出せん」
「自慢げに言うことじゃないでしょーーー!?」
リゼットの絶叫が青空に木霊した。
「おかしいと思ったのよ! あなたにしては随分控えめだって! やっぱりこういうことだったのね!!」
「やっぱりとはなんだやっぱりとは」
「ちなみに私はこれです」
刀花がニコニコしながら傘の柄を捻り、手前に引く。柄に収納された隠し刃がぬらりと夏の日差しを受け鈍い輝きを放った。
「ダメですよリゼットさん、兄さんが創った物に付いているスイッチを軽々に押しちゃ」
「え、私が悪いの!?」
リゼットはギョッとしながら「どうりで傘にしては少し重いなと思ってたのよ!」と傘を自分から遠ざけている。
「さて、そろそろ行かないとまずいな」
「まずいって、今度は何!?」
そんなもの決まっている。
閑静な住宅地で銃声だぞ? 次に来るのは当然――
ウゥ~……!
遠くから見える赤い光と鳴り響くサイレンが近づいてきた。
「ポリスメーン!?」
「逃げるぞー」
「はーい」
慣れた様子で俺達兄妹は二階から飛び降りる。
先に俺が着地し、落ちてくる刀花を柔らかく受け止めてから降ろし、二人して走り出す。
リゼットは遅れながらも「ま、待ちなさーい!!」とモタモタしながら階段を駈け降りて叫びながら追走する。
「いやあ、警察呼んじゃうのは何年ぶりですかね?」
「五年くらいではないか?」
懐かしい感じですよねぇ、これ。と隣で走る刀花は愉快そうに笑っている。昔は公的機関と追いかけっこなんざ日常茶飯事だったからな。
「まっ……ちょっと待って……」
既に息を切らしたリゼットがひいひい言いながら後ろから呼びかけてくる。
貧弱すぎる……これでは事情聴取は免れまい。
「ちっ、ほら来い」
舌打ちして彼女の肩と膝に手を入れた。
「ひゃっ!?」
ひょいと、俗に言うお姫様抱っこをして再び郊外の森の方向へと走り出す。
「あ、ありがと……」
「ふん、調査を優先させるためだ」
警察に捕まれば何時間拘束されるかわからん。それでは屋敷の調査をする頃には日が暮れてしまいかねん。
そう言うとリゼットは頬を染めながらも「そんなこと言っちゃって」と呟きながら控えめに俺のシャツの襟を握ってきた。それ以外に何があるというのだ……。
「むむむ、リゼットさんずるい! あとで代わってください」
隣で見事な健脚を披露する刀花が頬を膨らませて言う声を聞きながら、俺達は郊外の森へとノンストップで走り抜けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます