無双はしたいが目立ちたくない冒険者の相談を受けた受付嬢の話

陽乃優一(YoichiYH)

無双はしたいが目立ちたくない冒険者の相談を受けた受付嬢の話

「いやだって、変な連中に目を付けられたくないけど、稼いでリッチにはなりたいし。どうすればいい?」

「どうすれば、と申されましても……」

「僕の専任になったんでしょ? なんか考えてくれないかな」

「はあ……」


 ノルティア連邦リーデン州の州都、ラーディス。魔物が跋扈する森に囲まれたこの都市は、冒険者や生産者の稼ぎ場として大いに栄えている。素材の宝庫であり、交通の要所でもあるため、国を支える経済都市のひとつと言えるだろう。


「まさか、Aランクの魔物だとは思わなくてさ。名前も似てるじゃない、レッサードレイクにレッドドレイク」

「全然違います! 大きさから体重から希少性から、何から何まで十倍は違います!」


 そんな都市の冒険者ギルドに、昨日、15歳の男の子が現れた。男の子、と言えるほどかわいらしい顔立ちと体格なのであるが、性格は年齢以上の世間慣れを感じる。常識はないが。


「そもそも『レッサー』というのは、小さいとか似非といった意味をもつ種族名の…それはともかく、どうやって倒したんですか?」

「剣で」

「剣で!? あなたのその腰の剣、昨日買った最低品質のものでしょう!?」


 冒険者に登録するというので、ギルド規則を説明した後ギルドカードを発行・登録、本人は『明日から頑張る』と言って宿を探しに出ていった。どうやら、昨日ラーディスに着いたばかりのようだ。


「ああ、そこは魔力強化で……いや、なんでもない」

「魔力強化? それって、伝説の……!?」

「はうっ。……ああ、またやっちまった」


 そして今日、朝から最低ランクFの討伐依頼を受けてでかけていったと思ったら、お昼前には帰ってきて依頼の魔物を数体持参した。実際は、依頼の魔物ではなかったし、その依頼の魔物にしても一体だけで良かったのだが。そして、数体ものAランクの魔物を『亜空間』から取り出した時点で、たまたま対応した受付嬢が気絶した。


「あなたの能力のことは、ギルドマスターに全て話したのではなかったのですか?」

「何が驚かれるのかさっぱりわからなくて……。えーと、足し算と引き算はできます」

「ほとんどの人ができますよ。でないと、お金が使えないじゃないですか」

「じゃあ、掛け算と割り算は?」

「商人なら概ね得意としていますが……」

「うーん、線引きはそこらへんかあ」

「え、あなたはそれ以上の計算もできるんですか!?」

「はうっ。……ああ、またやっちまった」


 もう、今日だけで何度聞いたかわからない『またやっちまった』。いいかげん、ウザくなってきた。


「はあ……もういいです。それで、報酬や素材を売却したお金は欲しいけど、ランクアップして目立ちたくないと」

「いや、ランクアップしても他の人に知られなければ……」

「それは無理です。カード自体は神の恩寵ですし、そこに間違った事柄を記録することはできません」

「え、ギルドカードってギルドで作ったんじゃないの?」

「違います! あなたがカードを持ってないっていうので、ギルドカードとして新しく『生成』しただけです!」


 カードは、神への祈りで誰もがいくつも生成できる。生年月日や種族、普段使用している名前などが表示されるが、本人に関わる事柄を魔道具で意図的に書き込むこともできる。ただし、嘘は記録できない。勘違いも防止できる。こんなこと、どんな僻地で生まれ育っても、物心がつく前には知ることができる常識なのに……。


「じゃあ、せめて冒険者ランクが他の冒険者に知られないように……」

「ギルドカードを冒険者同士で見せ合うのは、パーティを組む時ですね。討伐成果と併せて信用を得るために」

「しばらくは、ソロかあ……」

「というわけで、あなたは一日を経ずしてFからCにランクアップしました」

「かはっ」


 ちなみに、私の冒険者ランクはAである。昔とった杵柄である。私がこの前代未聞の新人・・冒険者の専任受付嬢となったのはその辺に理由があるのだが、正直言ってわからないことだらけで、あまり嬉しくない。


「当ギルドでは冒険者に関する情報を簡単には口外いたしません。カードは受付と報酬受領で提示するだけですし」

「そっかそっか!」

「ですが、宿屋には定期的に提示することになりますよ? あと、都市の門番にも出入りのたびに」

「ぐへっ」


 まあ、ギルド職員と都市の役人に知られるのは仕方がないだろう。万が一、この冒険者がおかしな能力で暴走したりした場合に、ある程度の先手が打てる。一般住民を逃がすとか。スタンピード魔物氾濫時と同じ手順となるかな、うん。


「でもまあ、しばらくこれで様子を見るよ。ありがとう、ルミナさん」

「どういたしまして、キミトさん」


 はあ……。別の都市に行ってくれないかなあ。



 それから数週間は、特に大きな問題が起こらず、平穏な状況が続いた。魔物の素材の流通が3倍に増えたとか、希少金属を用いた魔道具生産が倍増したとか、水洗トイレが急速に普及したとか、その程度の些細な変化しかなかった。


「そうそう、東区の宿屋のひとつが改装して、食堂で変な食べ物を売り出してたわね。『カレーライス』だって」

「ああ、滅多に食べられてなかった米と、とてつもなく高価な香辛料を使ったっていう料理ね」

「ルミナさん、知ってたの? なんか、どう考えても香辛料と売値の釣り合いが取れないって話題になってたけど」

「還元のつもりかしら……?」


 言うまでもなく、その宿屋はあの冒険者キミトの定宿である。一応、事前に相談は受けていた。『カレーライスって知ってる?』『香辛料たくさん使ったら目立つかな?』とかとか。とりあえず、最低限カードを提示する相手のアドバイスを行った。今のところ、『冒険者キミト』の名前は表に出ていない。


 とまあ、受付嬢同士の噂程度で済んでいた。討伐結果やランクアップのことを知っていてもこれである。ボケボケな彼にしてはうまくやっているのだろう。


 そんな、ある日の朝。


「ギルドマスターに伝令! 東の森でスタンピード魔物氾濫発生の兆候を確認!」

「なに!? 規模は?」

「規模は東の森全域、一週間ほどで都市に接近する可能性大!」

「広すぎる……!」


 森を巡回していた役人のひとりが、第一報として知らせてきた。ラーディスの駐留連邦軍だけでは大規模な魔物討伐は厳しい。だから、都市の責任者のひとりとしての冒険者ギルドのギルドマスターにも、直接的に連絡が入った次第だ。


「よし、私はこれから都市の重鎮達と話をしてくる。他の者は、可能な限り冒険者の連絡先をまとめて……」

「お待ち下さい、ギルマス」

「なんだ、ルミナ?」

「とりあえず『彼』を行かせてみては? 偵察でもなんでも、喜び勇んで向かいますよ、きっと」

「だが、あいつは目立つのを避けていたはずでは……」

「今のところはギルド職員しか知りません。期限は、会合が終わる本日の夕方まで。それを過ぎても彼が戻ってこなければ、定められた手順に沿って対応するということで」


 住民の避難も間に合うだろうし、万が一にも『彼』の巻き添えを食らうこともない。


「時間的には問題なさそうだな……。よし、彼を……キミトを呼べ!」

「ほいほーい」

「うおっ!?」

「こんなこともあろうかと、『電話』とかいう魔道具で連絡しておきました」

「そ、そうか。なら、事情は知ってるな。行けるか?」

「もちろん! あ、そうだ。『別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?』」

「はいはい、ちゃっちゃと倒して下さい。ラーディス市街地への被害だけは厳禁ですよ!」

「りょーかい!」


 バタン!

 どどどどどどど……


「おい、ルミナ、大丈夫なのか?」

「大丈夫なんじゃないですか? まあ、ついでに魔物と一緒にそのまま……なんでもないです」

「お前、ストレス溜まってるんだなあ……」


 ええ、溜まってますよ? 十年ほど冒険者やって年齢的にそろそろヤバいなと受付嬢を始めてようやく落ち着いてきたなと思ったらあんな規格外の少年を相手にすることになって婚活もまともにできないじゃないの! ……といったことを、やんわりとギルマスに伝える。うん、少し溜飲が下がった。


「彼と……」

「ギルマス、私をストレスで殺す気ですか? そもそも、一周りも年下はお断りです」

「すまん」


 そうして、時々東の森の方角から、どっかんどっかんと大きな地鳴りが聞こえてきたような気がしたが気のせいということにして、夕方。


「終わったー」

「お疲れさまでした。戦果は?」

「魔物は一通り倒したけど、半分以上は素材を黒焦げにしちゃった」

「東の森は?」

「それも……半分ほど……」


 しばらくは木材が高騰しそうですね。あ、南の森から大量に採伐してきてもらいましょうか。安値でも彼なら喜ぶでしょう。目立たずに済みますから。



 そうして、更に数週間後。


「ルミナさん、おひさー」

「おひさしぶりです。連邦首都はいかがでしたか?」

「あ、なんか『総統』とかいう人と知り合った」

「ノルティア連邦の終身元首じゃないですか!?」

「だって、『ランクS』認定の時に顔合わせしたら仲良くなって」


 秘密裏に処理されたスタンピード鎮圧、そして、新しく開発された魔道具やら料理やら水洗トイレやらの功績によって、彼はランクSの認定を受けることとなった。冒険者と生産者の両ギルドで。連邦首都のギルド本部でしか認定できないため、一週間ほど前に旅立ったのだが……。


「あれ? ランクS認定の式典は昨日でしたよね?」

「ああ、うん、『ゲート』使って戻ってきちゃった」

「キミトさん、あなた本当に隠す気あるんですか!?」


 一度行った場所の空間と空間がどうのとかいう、謎能力である。


「総統さんは黙ってるよって言ってたよ?」

「そんなに軽い人なんですか……」

「グランドマスター達は顔が青かったけど」


 ええ、そうでしょうね、そうでしょうとも。


「それで、今日は帰還の報告だけですか?」

「うん。それと、ルミナさんを夕食に誘おうと思って」

「………………は?」


 食事? キミトさんと? なぜ?


「いや、下心は全くないよ! ただ、たまには普段お世話になってるルミナさんにごちそうしたいなあって」

「……お世話になってる方は、他にもおられるのでは? 宿屋の看板娘さんと、仲が良かったと聞いてますよ」

「え? 宿なら、カレーライスを販売することになった時に引き払ったけど? その時に買った一軒家が、ラーディスの今の自宅だよ」

「そうなんですか? でも、どうして…」


 一軒家は、どんなに小さなものでも安くはない。もちろん、彼は冒険者になった時から稼ぎまくっていたから、無理をすれば買えないことはないはずだけど。


「だって、討伐記録が増えるたびに騒ぐんだもん、あの宿屋のおじさん。だから、頭金だけ払って家を買って、残りはカレーライスの収益の一部で払って」

「そのためにカレーライスを売り出したんですか!?」

「僕が食べたかったってのもあるけどね。ちなみに、家の購入費はとうの昔に完済してるよ。他にもいろいろ売り出したから」


 そういえば、そうだった。水洗トイレを始めとした魔道具や、料理のレシピとか。


「でも、それなら生産者ギルドの関係者にも知り合いは多いのでは……」

「全部、商会を通して開発と販売をしてるよ。宿屋と同じで、それぞれ最初の契約と技術供与だけ。って、それ教えてくれたの、ルミナさんじゃん。できるだけカード提示しなくて済む方法だって」


 そうだった……。


「だからさ、ルミナさんには本当に助かってるんだよ。首都に向かう道中で盗賊退治した時も、冒険者としてじゃなく生産者として対応したら、助けた人達から素性がとうとか言われなかったし。いやあ、開発しといて良かったよ、さすまた・・・・


 確かにあの道具は、敵を効率良く捕まえるのに有効だし、キミトさんの魔力強化を使えばそれ以上のこともできるだろうけど、素性を隠すために使うなんて…。


「他にも、総統さんにいろんなボードゲームを見せた時も、生産者ギルドのギルマスに丸投げしたし。なんか、新しい商会立ち上げて普及させるんだって言ってたなあ。もちろん、僕の名前は伏せてね」


 え、なにそのゲームとか。なんか面白そう。


「首都の滞在先はずっと官舎だったし、ギルドカード見せたのって、本当にギルド職員と役所の人達だけだったねえ。おかげで、あれだけ動きまくった無双したのに、Sランクがどうとか指差されなかったよ、うん」


 それは、この都市ラーディスでもそうである。無双しまくっている割には、彼の当初の危惧は概ね回避されていると言って良い。今後もうまくいくのだろう。


「だから、その…えっと」

「……誘う相手が、私くらいしかいないと」

「……えへへ」


 なんか、私のせいでぼっち生活してるかのような感じだけど、それが本人の希望なのだから自業自得だろう。


 でも、まあ。


「……わかりました。今晩はお付き合いしますよ」

「やった! 最近、美味しいハンバーグを作れるようになった店があるんだ。そこに行こう!」

「はいはい。でも、エールやワインはほどほどに。キミトさん、冒険者登録した日のギルド併設酒場ですぐにつぶれましたよね?」

「うぐっ。お酒だけはなぜか無双できないんだよなあ。ったく、あの神様、マジで気が利かないんだから……」

「神様?」

「なんでもないよー。じゃあ、お店予約しとくね!」


 そうして、その日の晩に一緒に食べた『はんばーぐ』は、とても美味しかった。あと、食後のティータイムで遊んだボードゲームも楽しかった。連戦連敗だったが。むう。



 彼が冒険者登録してから、ちょうど一年が過ぎた。


 その間のキミトさんは、相変わらずラーディス周囲の森で無双をしつつ、思いついたように旅に出たと思ったら『ゲート』で戻ってくる、そんな生活を続けていた。


「いよいよ今日、総統閣下が各国代表とラーディスに来られる」

「そうですね。ギルマスは……忙しそうですね」

「まあな。道中の護衛が要らない代わりに、『ゲート』周囲の監視と、生産者ギルドや各種商会との調整が増えまくってな……」


 国内各地を渡り歩いたキミトさんは、Aランクの魔物から得られた魔石に『ゲート』の能力を付加していき、誰でも通ることができる『転移門』を設置していった。表向きは、連邦総統の指導の下、生産者・冒険者各ギルド本部が主導で、普及と維持を行っていることになっているのだけれども。


「各国代表が視察を終えれば、このラーディスは本格的に『世界首都』の道を歩み始めることになる」

「転移門は一応、ラーディスの生産者ギルドが物流革命のため開発したことになっていますからね」

「実態は、キミトの足跡なのだがな」

「これからも、ですよ。キミトさん、転移門設置のため、諸外国を渡り歩くのですから」


 各国代表にだけは、キミトさんの実績を示している。実際のところ、彼は既に連邦首都で秘密裏に代表達と会合しているはずである。未だ可愛らしい容姿のままの彼からは、にわかに信じられないのだが。


「しかしなあ……。ここまで世間に貢献して、まだあいつは『目立ちたくない』とか言ってるのか?」

「言ってますよ。本人は、至って気楽ですし」

「よく、理解しているのだな」

「私は、専任の受付嬢ですから」


 でも、しばらく世界を巡るのであれば、向こう数年はたまにしかラーディスに戻ってこれないだろう。ゲート自体は、そう何度も続けて使える能力ではないからだ。転移門の設置のたびに戻ってくるとはいえ、行きの行程は長く険しい。山脈を越えることもあれば、海を越えることもある。


 そうなれば……私は、『専任の』受付嬢と言えるのだろうか?


「……寂しそうだな」

「……否定はしませんよ。この一年、キミトさんには本当に振り回されっぱなしでしたから」


 国内のあちこちから次々と持ち込んでくる希少性の高い魔物に慣れたと思ったら、『エンシェント・ドラゴンを従魔にしたんだけど、従魔登録とか必要なの?』などと言い出した時には、さすがの私も気を失いたくなった。そもそも『従魔』って何?というところからの再スタートのためには、2日ほど寝込む必要があった。


「いつも無双無茶をして、それでいて、目立ちたくない静かに暮らしたいなんて、一体どこの『賢者』なのって感じですよね……」


 この世界には、伝説がある。どこからともなく現れ、圧倒的な能力で魔物を滅ぼし、人々を救う。決して人々を支配しようとすることなく、普段は穏やかに過ごそうと努める。そんな人物が百年単位の間隔で何度か登場し、その度に、人類は発展してきた。


 いつしか『賢者』と呼び習わされるようになったその者達は、しかし、歴史上の人物として、いずれも有名であった。それでいて、世間に溶け込み、幸せな結婚をし、子宝にも恵まれたという。一説には、神の遣いだったのではないかと神殿関係者は考察しているのだが……。


「……神様の、嘘つき」

「何か言ったか、ルミナ?」

「いえ、なんでも」


 まあ、彼はまだまだ若い。これから世間の認知度が高まる可能性だってある。既に、各ギルド関係者だけでなく、各国の権力者達の後ろ盾も得ている。あとは、本人次第だ。今からでも『目立ちたくない』とかを撤回するだけでいいのだ。カードを使えば、それも簡単である。


 そうなれば、私は晴れて『専任の』受付嬢を辞めることができる―――



 連邦総統と各国代表の視察行程が無事終わり、少し遅い時間に仕事が終わった私は、ギルドから自宅に向けて歩いていく。ラーディスの市街地は、未だお祭りムードで活気づいている。多少の治安の悪さはしかたないが、街の人々には笑顔が溢れている。


「人類は、また一歩発展したってことなのかな……」

「そうだね、それが『賢者』の役割なんだよね」

「き、キミトさん!?」


 私の独り言に、いつの間にか近くにいたキミトさんがそんな言葉を返す。


「と、突然、何ですか!?」

「ああうん、ルミナさんに話があって。今から僕の家に来る? コーヒーくらい出すよ」

「『こーひー』というものがなんなのかわかりませんが……少し、だけなら」

「良かったー。すぐそこだから!」


 そう言えばこの一年、私は彼の住む一軒家に行ったことがなかった。たまの食事は、いつもギルドの食堂やレストランだったし。


 そして、本当に歩いてすぐのところに彼の家はあった。2階建ての小さな家。1階にリビングと台所、2階に寝室がひとつあるだけだ。あとは、庭が少し。家具は少ないが、ソファや絨毯などは揃っている。居心地は良さそうだ。


「もちろん、風呂と水洗トイレは完備だよ! お風呂入ってく?」

「遠慮します」


 もともと水洗トイレのために整備された上下水道を用いた、小さい浴場設備。彼の魔法を付与した魔道具によって得られる潤沢な温水はとても魅力的だが……今回はパスした。当たり前である。


 真っ黒だが芳しい香りの飲み物を受け取った私は、彼と話を始める。


「それで、話というのは……もしかして、『賢者』のことですか?」

「少し違うけど、間違ってはないかな。だから、ギルドでは話しづらくて」


 何かと無理難題を押し付けてくるキミトさんではあるが、『無双したいけど目立ちたくないから』以外については、割と気を遣ってくれる。もっとも、常識も欠けているから、その恩恵はほとんどないのであるが。


「いつから知っていたんですか? 私が……当代の『賢者』だったことを」

「最初からだねー。神様が教えてくれたから」

「ごふっ」


 黒い飲み物を吹き出しかけながら、キミトさんからあれやこれやと話を聞く。その内容は、到底信じられないものではあったが、それを言ったら私自身も多少関わっているため、無闇に否定はできない。


「別次元の世界……ですか」

「元の世界では『異世界』って呼び方が一般的だね。こっちの神様にいきなり召喚された時は喜び勇んだよ! 定番だからね!」

「わけがわかりません」


 なぜだか異世界生活の事例を豊富に知っていたキミトさんは、神様からの依頼に二つ返事で了承したそうだ。『当代賢者の代わりに活躍してくれ』と。


「元の世界……故郷に、未練はなかったのですか?」

「ないことはないけど、あっちではやることやり尽くした感もあってね。いやあ、あわただしかったなあ……」


 いまいち理解できなかったが、キミトさんは元の世界でも相当に活躍したらしい。『かそうせかい』やら『うちゅうかいはつ』やらで大きな技術革新を起こし、唯一無二の存在として人類社会に君臨したそうな。しかも、15歳までに。本当に、わけがわからない。


「君臨、ってのは語弊なんだけどな」

「あらゆる人々から『キミト様』とか呼ばれるようになったのでしょう? 支配者ですね」

「やめてー。……とまあそういうわけで、こっちではおとなしくしたいなと。でも、神様との約束は守りたい」

「だから、私に接触したのですか……」

「まあね。賢者であることを隠すためのノウハウは豊富だろうから」

「隠したわけではありません。私は、賢者を……賢者の役割から、逃げただけです」


 子供の頃に両親と妹を魔物に殺された時、私は神様を恨んだ。私だけが助かった理由……『賢者』としての神の恩寵、カードに匹敵するほどの規格外の無双能力。それが、とっさに発動したからだ。


「それでも、十年は魔力強化・・・・を用いて普通の冒険者として活動しました。優しくしてくれた周囲の人々に報いるためにも。でも、Aランクになって、知名度が上がり、報酬が増え、そして、何より都市が平和になっても……私自身は、何も変わらなかった」


 ギルドカードには、賢者としての能力は表示しないようにした。賢者であることを示したいのならば表示するのだろうが、示したくないのだから表示はしない。嘘を書き込むわけではないので、全く問題はなかった。


「でも、そのうち能力を隠しきれなくなって……」

「いい年になっても、若い人々よりはるかに凄まじい剣筋を繰り広げるのは、さすがに不自然ですから」

「ルミナさん、まだまだ若いじゃないですか」

「ふざけないで下さい。結婚適齢期はとうの昔に過ぎてます」

「元の世界じゃ、女性の平均結婚年齢は29歳くらいだったよ?」

「嘘!?」

「平均寿命が80歳前後だったからかな?」


 それは……一体、どんな世界なのだろう。少なくともこの国では、16歳あたりからどんどん結婚していく。20歳を過ぎたあたりから、同じくどんどん死んでしまうからだ。私やキミトさんが大幅に魔物を減らしたとはいえ、その傾向は今もあまり変わらない。


「ああ、肝心なことを言ってなかったっけ。元の世界に魔物はいなかったんだ。というか、魔力自体が存在しなくてね」

「……」


 とりあえず、キミトさんの故郷については考えないようにしよう、そうしよう。


「それで? もしかして、私にまた『賢者』として活動しろとおっしゃるのですか?」

「まさかー。僕が伝えたかったのは……」


 そう言いながら、すっと私の前に立って、


「ルミナさん、僕と結婚を前提にお付き合いして下さい! なんなら、今すぐ結婚して!」

「お断りします。年下は興味ないので」

「はうっ」


 がっくりと項垂れるキミトさん。

 いや、だってねえ。


「私の男性の好みは、よく知っているでしょう?」

「それでもだよ! 『専任の受付嬢』のまま、一緒に世界中を旅してほしいんだ!」

「あら、それでしたらお引き受けいたしますよ」

「……へ? 何を?」

「これまで通り、専任の受付嬢を」



 そして、キミトさんが世界各国を巡るべく、ラーディスを出発する日となった。あの東の森のスタンピード発生から、ちょうど一年経っていた。あの頃はまさか、キミトさんに付いて世界を旅することになるとは思わなかった。


「ルミナ、お前、年上好みじゃなかったのか?」

「そうですよ? 具体的には、ギルマスぐらいの年齢ですかね♪」

「げっ」

「妻帯者にも興味ありませんので御安心下さい」


 特別な能力で冒険者をやっていた反動なのか、実力で・・・たくましくなった男性に憧れがあるのかもしれない。でも、意外と少ないのよね、そういう人。実力はともかく、たくましさが足りない。


「ルミナさん、筋肉フェチだったのか……」

「なんですか、それ。また『向こう』の言葉ですか?」

「知らなくていいと思うよ。でも、うん、旅の間に仲良くなればいいんだよね!」

「旅の間に素敵な年上男性を見つけるかもしれないという発想はないのでしょうか?」

「かふっ」


 まあ、なるようになるだろう。『賢者代行』のキミトさんと共にいることで、漠然と抱いてきた罪悪感も薄れてきている。とはいえ、亡くした家族を過去に置いて、私だけが幸せになろうとすることへの嫌悪感は、未だ心の中心にある。たぶん、一生消えないのだろう。


 だからこそ、神様はキミトさんを召喚したのだろうけど、それにしたって……。


「ルミナさーん、自宅の一軒家も『収納』したから、いつでもお風呂に入れるよ!」

「あれだけのものが『収納』できるんですか!? っていうか、上下水道も!?」

「はうっ。……ああ、またやっちまった」


 うん、やっぱりウザい。無双したいけど目立ちたくないとか。

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