第40話 カナンの覚悟


 ────月紫国ユンシィの属領が一斉に蜂起した。


 知らされたのはそれだけで、各領の戦況や、皇都の状況などは何もわからない。

 南都の屋敷に帰りついたカナンは、翌朝、王都へ向けて旅立った。

 トールの事も、カナンが王都へ向かうことも、冷静に受け止めてくれた両親と兄には感謝しかない。


 カナンは心が急くまま馬を駆った。

 一分一秒すら惜しかった。ただ先を急ぎ、宿場町の宿屋にたどり着くなり倒れ込むように眠った。

 水龍国スールンには青湖シンファのような駅馬屋はないので、馬に負担がかからない可能な限りの速さでカナンとサウォルは旅を続けた。


 王都に到着したのは、三日目の夕刻。

 カナンとサウォルは長兄のナガルを頼って王宮へ入った。

 二人のただならぬ様子を察して、ナガルはすぐシオン王子に会わせてくれた。


「シオンさま。お願いです。陛下に会わせてください!」


 今までのいきさつを簡単に説明したカナンは、王との謁見をシオンに願い出た。


「月紫国のことは僕も聞いているよ。父上の元に、皇帝からの援軍要請が来ているかどうかはわからないけど、すぐに父上の宮に行こう。ジィン、先触れを頼む」


「はい、シオン様」


 ジィンが一礼して、一足先に部屋を出て行く。

 王が謁見に応じてくれることを願い、両手をぎゅっと握りしめながら、カナンはシオンと共に本宮へ向かった。


 警護のために同行してきたナガルは、眉間に皺を寄せたまま「終わったら説教だぞ」とブツブツつぶやくのを忘れなかった。

 家出したこと。それをナガルには知らせないように頼んでいた事も知られてしまった今、カナンは笑って頷くしかなかった。



「月紫国のことで話とは何事か?」


 ジィンの先触れが功を奏し、王はすぐに謁見に応じてくれた。

 公式の謁見の間ではなく、王が私的な謁見に使う王の間。カナンが初めて王と面会した部屋だった。


「そのような格好で謁見を願うからには、本当に急ぎの話なのだろうな?」


 王は冷たく鋭い眼差しで、旅装のまま跪いているカナンをじっと見下ろした。


「このような格好のまま謁見する非礼をお許しください。ですが、ことは急を要するのです。単刀直入にお聞きします。陛下の元に、月紫国皇帝から援軍要請は来ておりますか?」


「援軍要請か……来ているとしたら、どうする?」


「もし来ているのなら、要請には応じないで頂きたいのです。いえ、もちろん、了解したと答えて下さっても良いのです。崖崩れとか不測の事態が起きたことにして、結果的に応じないで下さればいいのです」


 カナンの立場で、国政に関わることは出来ない。ましてや、国の行く末を左右する重要な判断に口を出すことなど許されるものではなかったが、カナンは迷わなかった。


「了解と答えようが、実際に援軍を送らなければ同じことだ。そなたの言葉に従った場合、属領が勝てば良いが、負ければ我が国は月紫国によって滅ぼされるだろう」


「確かにそうです。でも、月紫国皇帝はすでに水龍国を標的にしていました。属領が蜂起しなければ、この春か夏にも蘭夏ランシァを拠点とした月紫国軍が我が国に侵攻を開始する予定だったと、あたしはトゥラン皇子から聞きしました! どちらにしても、水龍国は標的にされていたんです! それでも陛下は、月紫国に義理立てするおつもりですか?」


 カナンの言葉に、王は僅かに目を瞠った。


「そなた、トゥラン皇子とどこで会った?」


青湖シンファの、離島でお会いしました。トゥラン皇子は、青湖と同盟を結ぶため、シムルの会合に出席されていました」


「青湖のシムルか……そなたはなぜ、そのような場所にいたのだ?」


「それは……そのっ、友人の家を訪ねて、なりゆきで……」


 カナンは急にしどろもどろになった。


「ふっ、男女の双子は恐ろしいという伝説は本当だな。好いた男の為に、そなたは国の命運を左右しようとしているのだぞ。わかっているのか?」


「すっ、好いた、男?」


「トゥラン皇子とのことをわしが知らぬとでも思っていたのか? 南部領主ガネス・ラサが知らせてくれた。彼の孫アロン・スレスタとそなたの婚約話は、トゥラン皇子が来たことで白紙に戻されたそうじゃないか」


「あ、あれは……私がアロンと婚約するのが嫌で、たまたま現れたトゥラン皇子に協力してもらっただけです。断じてそれだけですから!」


「そっ、そうです父上! それは、そばにいた僕が保証いたします!」


 シオンがカナンを援護してくれたお陰か、王はそれ以上追及してこなかった。その代わりに、不敵な笑みを浮かべた。


「では、そなたとトゥラン皇子は何の関係も無いというのだな?」


 王の冷ややかな目を見た瞬間、何を言われるのか分かった気がした。

 自分の運命が決まってしまう恐ろしさに、カナンはゴクリと唾をのみ込んた。


「仮に……月紫国皇帝からの要請を断るとしよう。わしはこの国の王として、外敵から国を守らなければならない。万が一、月紫国が我が国の敵となるならば、他の国と強固な絆を結んでおかねばならない。西の隣国トルアンにスーファ王女が嫁いだように。そなたは、政略の駒になる覚悟はあるのか?」


「はい。あります」

「カナン!」


 シオンが止めようとしてくれたが、カナンは静かに首を振った。

 血の繋がりに縋ってこの謁見を願い出たのだ。自分も血の繋がり分の役割を果たさなければならない。スーファ王女のように。


「いいの。覚悟はしてたから」


 カナンの気持ちは変わらなかった。


「では、そなたの提案を受け入れよう。水龍国は軍を出さない。月紫国と属領の戦は静観することとする。そなたは南部の養父の元で大人しく沙汰を待て。今からその身は水龍国のもの。髪一筋も傷つけることのないよう、静かに待つように」


 王の言葉に、カナンは静かにこうべを垂れた。


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