第37話 春を伝える鳥文


 未だ粉雪の降る風草ファンユンにも、着実に春が近づいている。


 アルタン族の姫サラーナが始めた格闘大会が盛況のうちに終わると、各部族がそれを真似て、それぞれの部族が格闘大会を開いたのが、冬の中頃のこと。

 娯楽に飢えた五長老たちから、その勝者たちを競わせてみてはどうかという話が出て、とうとう「五大部族対抗格闘大会」が開かれる運びとなった。


 大会当日は久しぶりに雪雲が消え、薄青い空が見えている。

 会場となったのは、元王家筋のアルタン族の闘技場だ。四方を囲む観覧席の、一番高い場所にある貴賓席に座っているのは、言い出しっぺの五長老と各部族長、そしてその後継となる子女たちだ。


 五大部族の族長三世代がそろい踏みする中、五部族対抗格闘大会は賑々にぎにぎしく開幕した。

 公平を期すために、大会の審査は月紫国ユンシィ軍の猛者に任せている。貴賓席に座る者達は、言ってみれば高貴なだけの観客にすぎない。

 むろん、サラーナは無駄に五大部族の長三世代を集めた訳ではない。


「トゥラン皇子から、一斉蜂起の日取りを任された。我ら遊牧民は、春になればこの都から出て高地キシュラックへ向かう。戦えない女や子供、家畜たちは都から離れた場所に避難させたい。だから、それぞれの部族が都を出た後で、再び都へ舞い戻り急襲をかけるのが良いと私は思うが、皆さまはどうお考えだろうか?」


 サラーナはそう言って、一同に目を向けた。

 温かいミルクティーが振舞われる観覧席は、五大部族が集っても怪しまれずに済む会議場だった。


「都を離れた後で都を急襲か。良いのではないか?」


 ゾリグによく似た面差しのナイダン族長がうなずく。五大部族で一番戦闘能力に長けた部族の族長だ。


「しかし、それでは、都に定住している者達はどうなる?」


「わしら老いぼれのことなら心配いらんよ。何なら、わしらの館に行政府の刺史ししたちを招いて、一服盛ってやってもいいぞ」


「おおっ、それは良き考えじゃ!」


 皺くちゃの顔を歪めて、長老たちが笑う。


「わしらの目の黒いうちに、国を取り戻せる機会があるなら、わしらは命など惜しくはないんじゃ」


 それは、長年、月紫国の圧政に耐え忍んだ、五長老の心からの言葉だった。


「では決まりだ。高地出発の三日後、我らは都へ舞い戻る!」



 〇     〇



 南に向けて鳥が飛ぶ。

 山も大河も超えて、遥か南の海に突き出た南雷ナーレイの小さな半島へ。


「クオン様。鳥文が来ていますよ」


 鳥使いの少年から手渡されたのは、クルクルに丸まった細長い紙片だ。


「トゥラン皇子……からじゃないのか。なになに? 〝風草の民は春になると高地に上がる……〟 ははーん。こりゃとうとう日取りが決まったか」


 クオンはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



 〇     〇



 南雷から更に西にある西璃シーリーにも、同じ鳥文が届いていた。


「とうとう一斉蜂起の日取りが決まったか。私もそろそろ立ち上がらねばなるまいな」


 長椅子に寝そべって鳥文を読んでいたユーランの元へ、更なる鳥文が運ばれて来た。


「こちらはトゥランからか」


 鳥文を広げてユーランは苦笑する。


『西璃はすでに兄上のもの。お暇でしょう? たまには城を出て遠乗りしては如何か?』


「我が異母弟おとうとは人使いが荒いな」


 月紫国の版図ではあるが、西璃は地の果てだ。

 トゥランが居座っていた昨年の春頃までに、中央派の役人や軍人はすでに排除されている。頭の固い刺史は牢の中だ。


「では、クオンの加勢にでも行ってやるか」


 ユーランはゆるりと優雅に立ち上がった。

  

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