第33話 開封
『────了承した。そちらの提案通りに準備を進める。
トゥランは、
今日の
(……姫は帰国したが、兄弟は残っている。か)
鳥文の文面から分かったことは、カナンがトールの弟として青湖に滞在していることだった。
ただ、トゥランが会えるのはあくまでも水龍国出身の兄弟だ。
トールの弟に扮しているカナンに会ったとして、何を話せばいいのだろうか。
会いたいという気持ちだけで面会を願い出てしまったが、今もまだ、ヨナの言葉が心に残っている。
『────すべてが整うまで、あの方に会うべきじゃない』
ヨナの言うことが正しいと、頭では理解している。いま自分がすべきなのは、すべてを整えることで、トールの弟に会うことではない。
(わかってるさ)
それでも、望んでしまう。
せめて自分の心だけでも知らせる術はないものか────と。
コンコン
形だけのノックの後、ヨナが部屋に入ってきた。手には数枚の書類を持っている。
「フィルーザ王子は意外に使えますね。彼自身が剣を持つのは無理だとしても、兵法は一通り学んでいたみたいですよ。もちろん、うちの幹部が副官として助言している事もありますが、
「へぇ……」
「今は兵たちの中に入って話を聞き、彼なりに軍の再編成に取り組んでいるようです。ただの弱気な王子様だと思っていましたが、なかなかどうして、立派な将軍になるかも知れませんよ」
トゥランの執務机の上に、ヨナはバサッと書類を広げた。
「こちらが現在の軍編成。で、こちらが新たな編成の草案です。フィルーザ王子から目を通して欲しいと渡されました。王子
「お優しい将軍閣下だな」
トゥランは皮肉を込めてそう言ったが、ヨナの言葉を否定はしなかった。
「我々が
そう言って、ヨナが意味深な視線を向けてくる。
風草への旅で、トゥランは初めてシリンの護衛騎士だという青年の姿を目にした。いつも厳めしい顔をしているのに、シリンと言葉を交わす時だけ表情を和らげていたのが印象に残っている。
シリンは確か、彼のことをアルティンと呼んでいた。
「あいつが、配置替え願いを?」
「ええ。彼はあなたを忌み嫌っているようですからね。シリン様があなたと結婚すれば、嫌でも顔を合わせる機会が増えますから、それで配置換え願いを出したのでしょう」
「…………!」
一拍遅れて、トゥランは目を瞠った。
ヨナが言わんとしていることを、ようやく理解出来た気がする。
「なるほど、そういうことか?」
行き詰ったこの現状を、どう「整え」れば良いのか。
そのことをずっと考えあぐねていたトゥランにとって、ヨナが仄めかしてくれたことは、この先、トゥランの悩みを解決する足掛かりとなってくれそうだった。
「ヨナ。今すぐアルティンを呼んでくれ!」
トゥランは勢い込んでそう言った。
ヨナが退室するのを待って、懐からカナンの手紙を取り出す。
今まで、頑なに開封する事を拒んできた手紙を、深呼吸をしてから、一気に封を切る。すると、油紙に包まれた指輪がコロンと滑り落ちて来た。
トゥランは指輪には目もくれずに封筒に指を差し入れると、折りたたまれていた紙を取り出した。一瞬躊躇ったあと、くしゃくしゃになった紙を広げた。
目に飛び込んで来たのは、走り書きのようなひと言。
『あなたのご武運を、遠くからお祈りしています』
互いの名前もない代わりに、トゥランを責める言葉も、別れの言葉も、そこには一切書かれてはいなかった。
トゥランは安堵のあまり、詰めていた息を一気に吐き出した。
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