第31話 冬の終わり
領境を超え、
往路でもそうだったように、青湖領内に入ると旅は格段に楽になった。土地は平らだし、街道沿いには必ず宿場町がある。そして、何と言っても駅馬屋で元気な馬を借りられるのは大きかった。
青湖へ入って四日目の夕刻には、都にあるモーベン海運の屋敷まで戻ってくることが出来た。
到着早々、キースとイビスはモーベンの執務室に入り、カナンとトールが夕食を食べ終わっても、彼らが執務室から出てくることはなかった。
夜遅くまで続いた会議で今後の方針が決まったのだろう。翌朝キースは、
粉雪舞う凍てついた
東の島へ向かう船の上から川岸の風景を眺めていたカナンは、来た時は一面の枯野だった平原に
枯れ草を押しのけて芽吹いた緑。葉を落とした樹木に咲いた白い花が、小さな春の到来を謳っているようだった。
(もう、春が近づいているのね)
思えば、
実際に風草の都に滞在した期間は短かったものの、行きも帰りも過酷な冬山の旅に日数を取られたことを考えれば、季節が移ろっていても不思議はない。
(出来ることは全部やったよね? あたしに出来ることは、もう何もないよね……)
キースとイビスは属領の一斉蜂起に加わるつもりでいる。東の島に戻って惣領のベアードやアイルサ、幹部のハミッシュを説得するつもりなのだろう。
風草でサラーナやゾリグたちと話してから、キースとイビスの意識は明らかに変わっていた。
彼らが動き出す前に、部外者である自分たちはここから去るべきかも知れない。そんな漠然とした思いがカナンの心に浮かんでいた。
(そろそろ、トール兄と話をしなくっちゃ)
岸辺の風景から船の中に視線を転じると、トールが船乗りたちとマストに登っては
しゃいでいるのが見えた。適応力が半端なく良い彼は、どこへ行ってもいつの間にか周りに溶け込んでいる。
カナンは羨ましさ半分、呆れ半分のため息をついた。
腫物に触るように扱われるのも嫌だが、ここまでスッパリキッパリ放置されるのはちょっと寂しい。恨みがましい目でマストを見上げていると、視界に映ったキースがこちらを見て片手を上げた。
「ケイル、ちょっといいか?」
キースは
「……トゥラン皇子は、仕事が速いな」
「え?」
「向こうの方が早く帰りついたんだろうけど、昨夜遅くに大陸郵便が来たんだ。それで昨日は、モーベンたちとの会議が長引いた」
キースはやれやれという風に肩をすくめた。
「会談は二十日後。青湖沖の海上ではどうかと彼は言ってきた」
「海上? 海が荒れたらどうするの?」
「そりゃあ……場所を移すことになるだろうな。てゆーか、気になるのはそこなの? トゥラン皇子が来るんだよ。会いたいとか、会いたくないとか、普通考えるのはそっちだろ?」
キースは眉尻を下げて呆れたように突っ込んで来たが、カナンは小さく笑っただけだった。
「役目も終えたし、そろそろ帰ろうかって思ってたから……これから忙しくなるのに、船を出して欲しいなんて言うのは申し訳ないけど」
「船のことは心配しないでいい。俺は送ってやれないけど、
「トゥラン皇子が?」
「そうだ。水龍国の姫はもう国に帰ったが、水龍国出身の兄弟が残っていると返事した。彼はきっと、その兄弟に会いたいと言ってくるだろう。どうする?」
すぐに答えることが出来ずに、カナンは空を見上げた。
船はいつの間にか断崖に囲まれた河口まで来ていて、岩場に巣を作る海鳥がやかましく鳴きながら船の上を旋回していた。
「会うとしても、短い時間しか取れないだろう。船の上だし、二人きりにしてやることは出来ない。きみたちが知り合いだと知られるのは良くないからね。当然、きみはケイルとして彼に会うことになる」
どうする? と目で問いかけてくるキースに、カナンはようやくうなずくことが出来た。
「短い時間の方がぼくも良いです。最後に、お別れくらい言いたいし」
クシャリと笑うと、キースの大きな手がカナンの頭を優しく撫でてくれた。
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