第26話 邂逅
サラーナの好意で、カナンたちはアルタン族のお屋敷に滞在させてもらえることになった。
キースとイビスが、ゾリグたち
トールが使用人たちに混ざって
窓の外は昨日と同じ灰色で、チラチラと小雪が舞っている。
お茶を淹れてくれた女性が出て行ってしまうと、サラーナは途端にソワソワし始めた。
いつも凛々しいサラーナが、言葉を濁したり
実際、昨夜の夕食に招かれた時も、サラーナはまるで腫れ物に触るようにカナンに接した。夕食の席には、トゥランとカナンの関係を知らないイビスも居たので、カナンとしては比較的いつも通りに振舞えたつもりでいたのに────。
サラーナはお茶を一口飲んでから、躊躇いがちに口を開いた。
「カナン……実は、トゥラン皇子がここへ向かっているらしいの」
「ええっ?」
あまりにも予想を超えたサラーナの言葉に、カナンは驚いてお茶をこぼしそうになった。
「昨日はどうしても言えなくて……これが、鳥便で寄せられたの」
サラーナはテーブルの上に細長い紙片を乗せた。
カナンはおずおずと身を乗り出してテーブルの上を覗き見た。
『カナンがそちらへ向かった。俺が行くまで留めておいてくれ』
その鳥文を見てカナンは眉をひそめた。
確かにカナンは、
(……!)
ハッと息を呑んで、カナンは首元に手をあてた。
服の上からでも指先に伝わる硬い感触。首から下げているトゥランの指輪だ。
(そうか……これを、取り戻しに来るのね)
カナンは服の上から指輪をぎゅっと握りしめた。
「カナン。もしも、あなたが、トゥラン皇子に会いたくないなら……無理して会わなくてもいいのよ」
「え?」
カナンはサラーナを見上げて目を瞬いた。
「来なかったことにしてもいいし、もう帰ったことにしてもいいのよ」
きっとサラーナは、鳥文を見たまま固まっていたカナンの気持ちを察してくれたのだろう。会わないという選択肢もあるのだと、カナンに示してくれた。
(確かに、面と向かって別れを告げられるのは辛いな)
トゥランに対して、自分がどんな態度を取るのか。何かとんでもないことを口走ってしまうのではないだろうか。どう考えても冷静さを失わずにいられる自信がない。
だから、会うのが怖いのかも知れない。
(でも、指輪は返さないと……)
この指輪はトゥランの母の形見だ。このままカナンが持っていて良いものではない。
「…………少し、考えさせてください。あたし、トールを手伝ってきますね!」
そう言って、カナンは静かにサラーナの部屋を後にした。
冷たい石の階段を降りたところで、表口から外へ出ようか、それとも裏口から出ようかカナンは迷った。玄関ホールに人が集まっているのが見えたので、カナンは裏口へ足を向けた。
裏口の分厚い木の扉を開けると、冷たい風が吹き込んで来た。その風に乗って粉雪が舞い込んでくる。
カナンは素早く外へ出て扉を閉めた。
「寒っ!」
外へ出た途端、一気に体温が奪われた。外套のフードを被っても風は容赦なく吹きつけてくる。カナンは外套のポケットから毛皮の帽子を取り出した。耳まですっぽりと覆う帽子を被るとようやく人心地がつく。
「おーい、そこにいるのはケイルか? これを表門まで持って行ってくれるか?」
「あ、はーい!」
手押し車を押したおじさんが手を振っている。カナンは駆け寄って、泥炭が入ったカゴを受け取った。
「雪は大したことねぇが、今日は風が冷たい。門番の奴らも火が消えたら寒いだろ」
「そうですね。急いで持っていきます!」
ずっしりと重いかごを両手で抱え、カナンは表門へ向かった。
お屋敷の外壁と闘技場の間にある細い通路を行くと、格闘大会出場者たちが体から湯気を出しながら鍛錬しているのが見えた。
ふと前方へ視線を戻すと、門番の青年二人も、火に当たりながら男たちの鍛錬を眺めていた。
カナンは二人に駆け寄った。
「泥炭をお持ちしました!」
「おお、すまないなケイル」
門番の青年はカナンからカゴを受け取り、泥炭の塊をひとつ火の中にくべた。白い煙が上がり、湿った草の匂いが立ち込める。
「お二人も、格闘大会に出るんですか?」
「いや、俺らは出ないよ。今度の大会はあくまでも、外から集まってくる連中の実力を測る催しだからな。今年の格闘大会は盛り上がりそうだ。ケイル達も大会まで居られるんだろ?」
「え……どうだろう。キースたちの話し合い次第だからなぁ。じゃ、ぼくは戻りますね」
門番の青年たちに軽く会釈して踵を返そうとしたとき、門柱の影に白い外套を纏った女性が立っているのが見えた。お屋敷を見上げて立ち尽くしている。
フードを被っているせいで顔は見えないが、遠目から見ても上質そうな外套だ。五大部族のお姫様だろうか。もしかしたらサラーナの友達かも知れない。そう思って、カナンは女性のいる門柱に駆け寄った。
「あのっ、何かご用でしょうか?」
カナンが声をかけると、女性はビクッと肩を揺らした。白いフードからこぼれる漆黒のくるくる巻き毛と、大きな黒曜石の瞳がカナンに振り向いた。
その人は、ハッとするほど愛らしい人だった。
彼女の後ろに立っていた黒い外套の青年が、彼女の肩を支えながら首を振る。
「帰りましょう。ここに居ても、どうする事も出来ません」
「でも……」
青年を見上げて彼女は首を振る。瞳を潤ませて悲しそうに唇を噛みしめる姿を見てしまえば、ついつい力になってあげたくなる。
「お屋敷のどなたかを訪ねていらしたのですか?」
助け舟を出すように話しかけると、彼女は縋るような目でカナンを見つめた。
「こちらに、
「…………水龍国、の、姫君?」
カナンは固まったまま、大きく目を見開いた。
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