第23話 冬の都


 低地キシュラックと呼ばれる冬の都は、粉雪が舞う平原に突然現れた石の都だった。北側には風よけになる小高い山があり、南側には小川が流れている。

 風草ファンユンの五大部族は、春から秋にかけては高地ヤイラックで家畜を追う遊牧生活をするが、冬の訪れを前に低地に降りる。


 各族長たちは冬の間滞在する屋敷を低地に用意しているし、年老いた者の中には低地に定住している者もいる。長老会議が行われる部族会館も当然同じ場所に建てられ、自然とその場所が都と呼ばれるようになったのだという。

 今では、月紫国ユンシィ刺史ししが統括する行政府や、月紫軍の本部などもこの都に集約されていた。


「とっても賑やかだね。なんかお祭りでもやってるの?」


 カナンが見た都の第一印象は正にそれだった。

 雪に降り込められて、街道近くの村々に避難しながら何とかたどり着いた風草の領都。

 空には雪雲が低く垂れこめ粉雪が風に舞う寒い日だというのに、たくさんの人々が町中を闊歩かっぽし、軒を連ねる商店も多くの人で賑わっている。


「はははっ、お祭りか。確かにそうだな!」


 驚くカナンにヒゲ面の青年が笑って答える。


「都に家があるのはお偉いさんだけだが、冬の間は五部族の長がここに集まる。互いに交流を深めもするし、高地にいる間はろくに買い物も出来ないだろ? 当然、買い物客を狙って商人たちがこぞって都に集まる。毎日がお祭り騒ぎさ!」


「なるほどね。例の格闘大会ってのもその一つか?」


 トールは格闘大会そのものに興味があるらしい。旅の間中、何かにつけて飛入り参加出来ないものかと聞いて回っていた。


「冬の娯楽の一つだよ」


 遊牧をしない冬は仕事が減る。ただでさえ寒くて気が滅入る冬を乗り越えるために、規模の大小にかかわらず各地で同じような催しが開催されるのだという。

 ヒゲ面の青年と共にこの領都まで旅する間に、格闘大会に出るという若者たちが次々と旅に加わって来た。


 都に入った時点で、カナンたちは十数人の団体になっていたが、その若者たちがこぞってアルタン族主催の格闘大会に参加登録してくれたお陰で、カナンたちも参加者の付き添いという形で宿舎に紛れ込むことが出来た。しかも、彼らはカナンたちの為に宿舎の一室を譲ってくれたのだった。


「思ったよりも暖かいね」


 アルタン族長の屋敷は広大な敷地を持っていた。屋敷の裏にある家畜小屋もちょっとした広場並みに広いし、その横にある闘技場と思しき広場を挟んで東側には長細い宿舎が何棟も建っていた。

 カナンたちが入った宿舎の一室にはストーブがあり、バケツに入った泥炭が用意されていた。冷たいだろうと思われていた石壁には羊毛布フエルトが張られていて、まるで組立式の家の中にいるようだった。


「さて、これからどうする?」


 荷物を置くなり、キースがカナンを見つめた。

 無事にアルタン族の屋敷まで来ることが出来た。ここから先、サラーナに会う算段をつけるのはカナンの役目だ。


「お屋敷の前には警備の人がいたよね。簡単には入れてくれないだろうから、手紙を書いて渡してもらおうと思う」


 カナンはそう言って、荷物の中から紙とペンを出してテーブルの上に乗せた。



 〇     〇



 中庭を囲むように建った四角い石の建物の一室で、机に肘をついたサラーナは文字通り頭を抱えていた。

 机の上には鳥使いから届けられた一枚の紙片がある。

 送り主はトゥランだ。


『カナンがそちらへ向かった。俺が行くまで留めておいてくれ』


 風草ファンユンに居ても他の属領の話は聞こえてくる。トゥランから連絡が来なくても、彼が蘭夏ランシァの旧王家の王女と婚約したことくらい、サラーナはとうに知っていた。

 だからこそ、頭を抱えているのだ。


「ねぇゾリグ。どう思う?」


 頭を抱えたまま尋ねると、暖炉に泥炭をくべていたゾリグは手を止めて、カツカツと義足を鳴らしながらサラーナに歩み寄った。

 机の脇に立つと、彼女の艶やかな栗色の髪に手を滑らせる。


「俺にはわからない。が、彼にも考えがあってのことだろう」

「そんなことはわかってるけどっ!」


 何の助言にもならないゾリグの言葉に、サラーナは唇を尖らせた。

 トゥランとサラーナたちは運命共同体だ。だから、彼の考えがわからない訳じゃない。蘭夏の実権を握るためには婚姻という絆が必要なのも理解できる。

 それでも、サラーナは女として、カナンの味方をしたくなる。


 こうして愛するゾリグと共にいられるのは、カナンのお陰なのだ。もちろん、ゾリグを助けてくれた南雷ナーレイのクオンには感謝しているし、トゥランにも感謝しているが、当時ハルノと名乗っていたカナンが自分を止めてくれなければ、今頃サラーナは皇帝暗殺未遂容疑で処刑されていた事だろう。


「あの二人のことは、二人にしか分からない。俺たちが気を揉んでもどうにかなるものじゃない」


 冷静な言葉を紡ぐゾリグが憎たらしかった。

 確かに二人が直接話し合うのが一番正しいに決まっているが、そもそもカナンはトゥランの婚約を知っているのだろうか。


(もし、知らないなら……最悪だ!)


 サラーナが再び頭を抱えた時、コンコンと扉が叩かれた。


「サラーナさま宛ての手紙を預かって来ました」


 扉を開けると、一族の青年がサラーナに封書を差し出した。

 その封書の差出人名を見て、サラーナは持ち場へ戻ろうとしていた青年を呼び止めた。


「この手紙を持って来た人をここへ連れて来て! 今すぐよ!」


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