第22話 盗賊の里


「あんたは弟の命の恩人だ! 本当に感謝してる!」


 胡坐をかいたヒゲ面の青年が床につくほど頭を下げている。

 対面に座るカナンは困惑のあまり言葉を返すことが出来ず、ぱちぱちと目を瞬いた。

 小卓の上では、わんに入ったミルクティーのようなものがホカホカと白い湯気を上げている。


 ここは盗賊たちの村だ。

 灰色狼の襲撃から辛くも脱出したカナンたちは、彼らと一緒に尾根道を踏破し、誘われるまま山中にある盗賊たちの村へ向かった。狼の追跡が恐かったこともあるが、風に粉雪がまじり始めたせいもあった。


 盗賊たちの村は、山を背にした小さな平地に家畜小屋と丸い住居が幾つか並ぶとても小さな村だった。狼を警戒してか、家畜小屋の周りを石積みの塀がぐるりと囲み、さらに住居の周りにも村全体を囲む塀があった。

 組立式の住居だという丸い家に入ると、中央にある年季の入ったストーブの上では鍋がぐつぐつと音を立てていた。


「あんたたちを襲ったこと、本当にすまなかった!」


 青年はもう一度頭を下げた。

 家の中にはヒゲ面の青年の奥さんらしき女性と幼子が二人。年老いた両親と、狼に襲われた少年がいる。ちなみに、少年は軽い怪我を負って母親に手当てされている。


「見ての通り、俺らの村は貧しい。春に家畜が増えても、その分税で取り上げられる。俺たちは生きてゆくのもままならないんだ」


「だから、旅人を襲ってるのか?」


 そう問い返したのはイビスだった。同じ盗賊として通じる部分があるのだろうと思ったが、イビスの顔はいつになく冷静で、そして冷たかった。


月紫国ユンシィの税の取立てが厳しいのは知ってるよ。生活できるぎりぎりまで搾取するのが奴らの手だ。だがなぁ、同じ盗賊稼業に手を染めるなら、どうして月紫国の荷を襲わないんだ? 俺たち青湖シンファの盗賊どもはそうしているぞ」


「え……?」


 ヒゲ面の青年はポカンと口を開けた。


「荷を守る月紫国の兵士に対抗するには人手が足りないって言うなら、同じような事をしてる連中に声をかければいい! なぜ黙って搾取される? なぜ奴らに抵抗しない?」


 イビスの容赦ない追求が続く。


「あっあんたらは、まさか、青湖の盗賊なのか?」


「そうさ。俺らは月紫国に抵抗を続けてる。税として民から奪われた荷を襲って、民に還してるんだ。まぁ、ちっと手数料は貰うがな」


 イビスはそう言ってから、ようやく表情を緩めて豪快に笑った。

 襲った相手が青湖の盗賊だったと知った青年と弟は一瞬身を固くしたが、イビスの笑い声で緊張が和らいだようだった。


「おまえら風草ファンユンの民は、勇猛果敢な騎馬民族だと聞いてたが、月紫国に抵抗しようって考えはないのか?」


「いやっ、ない訳じゃねぇんだ! ただ、俺らみたいに食うや食わずの奴らはどうしていいかわからねぇのが正直なところだ。風草のことは五部族の長老会議で決まる。俺たちだって末端とは言え部族の一員だ。長老会議が決めたことにずっと従って来た。だから……低地キシュラックにいる他部族のお偉いさんの呼びかけに、応えて良いもんか、わからねぇんだ」


 青年はそう言ってうな垂れたが、彼の言葉を聞いたカナンは、同じ小卓を囲んで座る仲間たちに素早く目配せをした。

 キースが小さくうなずくのを確認して、カナンは口を開いた。


「その、低地にいる他部族のお偉いさんって、誰なんですか?」


「アルタン族の姫さまだって話だ。冬祭りの格闘大会に名を借りて、人集めをしているらしい」


 カナンはパッと目を輝かせた。


(サラーナさんだ!)


「その大会に、俺たちを連れて行ってくれないか? もちろん、手間賃は払うよ」


 カナンの表情を正確に読んだキースが、青年にそんな提案を持ちかけた。


「それは構わねぇけど……あんたらは、一体……何をしようとしてるんだ?」


 青年は眉根を寄せている。青湖の盗賊が風草に何の用があるんだといぶかしんでいるのだ。怯えている、と言い替えても良いだろう。

 それに答えたのはイビスだった。


「決まってるさ。俺たちは、風草とよしみを結びに来たんだ!」

  

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