第18話 二通の手紙
カナンたちが都見物から戻ると、モーベンの屋敷は物々しい雰囲気に包まれていた。
もちろん、モーベン海運という表向きの顔があるので表面上は穏やかなのだが、一歩地下の施設に足を踏み入れれば、そこにいる男たちが普段通りでないことはわかる。
「何かあったのか?」
キースが問うと、殺気立ったイビスが「マッケイを拘束した」と答えた。
「あの野郎! キース様と
イビスの顔に、いつもの快活な笑顔はない。
マッケイが自分の策にまんまとハマった嬉しさよりも、部下の裏切りに怒りが止まらないらしい。
「シムルの本拠地が突き止められなかったもんだから、何でもいいから他の情報を流そうとしたってとこだろうな」
「手紙は回収したんだろうな?」
「もちろん。いくらガセネタでも、水龍国に迷惑はかけられないからな」
キースの問いに答えながら、イビスは両手を広げて肩をすくめた。
「いま、俺の部下たちがマッケイを尋問している。どこの誰に送ろうとしたのか、敵の狙いは何なのか、全部きっちり聞き出して、何ならこっちからそいつに接触してみるのも手かも知れないな」
難しい顔で話をするキースとイビス。
彼らシムルは、こうやって
他の属領をなかなか信じられないのも、間者や仲間の裏切りを何度も目にして来たからなのかも知れない。
(────でも、サラーナさんに会ってもらえたら……すぐに手を組むのは無理だとしても、今までの関係から一歩でも先に進んでくれるはず)
甘い考えかもしれない、とは思う。
それでも、カナンはそう願わずにはいられない。
「トール兄、あたしたちは旅の準備を始めよう」
カナンはトールの外套の袖を引っ張って、地下の広間を後にした。
〇 〇
残念ながら、イビスたちはマッケイが用意した手紙が二通あったことを知らない。
大陸郵便のロンが放った鳥は広大な大陸を横断し、砂漠の国の鳥使いの塔にたどり着いた。少し遅れて放たれたもう一羽の鳥も、ほぼ同時にたどり着いていた。
「何だこれはっ!」
トゥランは先ほど受け取ったばかりの二枚の紙片を、ぐしゃりと握りしめた。
そんな美しい景色を望む窓辺に立ちながら、トゥランは悪鬼の形相を浮かべていた。
「どうかしましたか? 黒いお衣装でその顔だと本当に魔王のようですよ」
側に控えていたヨナが問いかけると、トゥランは無言のまま握った拳を差し出した。そして、その拳をパッと開く。
ヒラヒラと舞い落ちる紙片は、よくよく見なければただのゴミにしか見えないが、鳥使いの塔からその紙片を受け取ったのはヨナだ。当然内容には目を通している。
知っていながらわざわざ問いかけたのはただの意地悪だが、トゥランの受けた衝撃は思いのほか大きかったようだ。ヨナの軽口に全く反応してこない。
仕方なく、ヨナは床に落ちた紙片を拾い上げた。
トゥランは不貞腐れたように窓辺にもたれたまま窓の外を見ている。
「偶然、にしては出来過ぎですが、まぁ、偶然なのでしょうね。『シムルの首領の息子が
でもまぁ、トゥラン様もシリン姫と婚約したんですから、お互い様じゃないですか。今までは、あの方を裏切っているようで嫌だったのでしょう? ならば、かえって良かったじゃないですか」
「俺の婚約はただの名目だ!」
「まぁそうですが……それを言うなら、あちらもそうかも知れませんよ。この紙片には『青湖の友人と
「…………」
トゥランは窓の外へ目を向けたままこちらを見ようともしない。
ヨナは肩をすくめた。
「トゥラン様の今のお立場では、あの方を責める資格は無いと思いますよ」
「俺の立場だと? おまえがシリン姫との婚約を薦めたんじゃないか! ああ、わかってるさ! 今はまだ、父上の命令を拒むことは得策じゃないさ! そんな事はわかってる! だが……ああクソっ! 何だってあのじゃじゃ馬はじっとしてないんだ! 国を出るなってあれほど言っておいたのに! あんな東の果てまでっ! クソッ!」
「あの方にじっとしていろと言っても無理でしょう。むしろ、青湖の旧王族と渡りをつけたその手腕を讃えるべきじゃないですか?」
「くっそぉっ!」
トゥランが窓辺の壁に八つ当たりを始めると、ヨナは暖炉に歩み寄り、手の中の紙片を火の中に落とした。薄い紙片は炎の中で瞬く間によじれて灰になる。
「ヨナっ! 俺は決めたぞ、風草へ行く!」
「は?」
振り返ったかと思えばそのまま大股で扉へ突進してゆくトゥランを、ヨナはポカンとしたまま見送った。
「はぁ……トゥラン様は、あの方が絡むとどうも直情的になってしまわれるな」
ヨナは思わず肩をすくめて、大きなため息をついた。
そしてトゥランの後を追うべく、開いたままの扉をくぐり抜けようとした時、ヨナは廊下に佇むシリンと目が合ってしまった。
彼女の縋るような目が、ヨナの足を止めさせた。
「あのっ……トゥラン様は、風草へ行かれるのですか?」
シリンがいつからそこに居たのか、先ほどの会話をどこまで聞いていたのかはわからない。けれど、彼女の黒い瞳には強い決意の色が表れていた。
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