第17話 大陸郵便


 青湖シンファの領都。


 総督府にほど近い官庁街の一画に、石造りの小さな四角い建物がある。この小さな建物は、大陸間の郵便業務を一手に引き受ける【大陸郵便】の青湖支部だ。

 領内の町や村を繋ぐ郵便とは別物の国際的な組織────なのだが、一般庶民にはそれほど需要がある訳でもなく、小さな建物の窓口には職員の青年が一人いるだけだ。短い黒髪に黒い瞳の、どこにでもいるような平凡な顔立ちの青年だ。


「あのっ、ここにロンって人がいるって聞いたんだけど……」


 窓口に現れた客が、切羽詰まった顔で声をかけてきた。その客は青白い顔をした痩せぎすの男、マッケイだった。


「ロンは僕ですが、何かご用でしょうか?」


 職員の青年は穏やかな笑顔を浮かべて要件を促す。


「こっ、これをあんたに渡すように言われてる。わ、渡せばわかるって……」


 マッケイは青白い顔で引きつった笑みを浮かべると、窓口に小さな封書を差し込んだ。


「たっ……頼んだぜ」


 そう一言だけ言って、マッケイは身を翻した。

 職員の青年ロンは、窓口に置かれた封書を手に取った。一通だけだと思った封書は、二枚重なっていた。これは連絡役がよく使う手だ。念のために、全く同じ内容を記した手紙を二通用意する。


 封書の中身を確認しようとして、ロンは手を止めた。

 外が何やら騒がしい。この官庁街では珍しいことだが、誰かケンカでもしているのだろうか。

 用心深く、二通のうちの一通を、するりとズボンのポケットに入れる。窓口の前に男が立ちふさがったのは、そのすぐ後のことだった。

 ガタイの良いちょっと強面な男が、窓口にかぶりつくように覗き込んでいる。


「悪い! 今さっき受け取った手紙を戻してくれないか?」


「えっ……そう言われましても、受け取ったものを運ぶのが大陸郵便の仕事でして、お客様の大切なお手紙やお荷物を他の方に渡すわけにはまいりません」


 ロンが困ったような顔で拒否すると、強面がその凶悪な顔を窓口にグッと寄せてきた。


「大丈夫だ。さっきのは俺の弟で、ちょいと書き忘れたことがあるんだ。だからいったん戻して欲しいだけなんだが……何なら俺が中に入って探してもいいんだぜ」


 わかりやすく凄んでくる男の顔を見て、ロンはヒッと短い悲鳴を上げた。


「わっ、わかりました。今日受け取った手紙はこれだけです。どうぞお持ちください」


 ロンは先ほど受け取った手紙を一通、窓口の向こうに押し出した。

 男が去り、騒がしい声が遠くなってから、ロンはポケットから手紙を取り出した。

 封を開け、素早く文面を読み下す。そしてすぐさま必要な部分だけを切り取って、小さく小さく折りたたんだ。


「ヒュー。お仕事だ」


 奥の部屋に並んだ鳥籠の中から青灰色の鳥をそっと取り出すと、慣れた手つきで金属の筒を鳥の足に装着する。


「良い子だ」


 裏通りに面した窓から鳥を放し、しばし見送る。

 仕事場へ戻ると、窓口の向こうには新たなお客が待っていた。


「すみません。手紙を送りたいのですが」


 お客は美しい少女だった。

 いつもはほとんど客が訪れることのない大陸郵便なのに、今日はもう二件目だ。珍しい事もあるものだと、ロンは窓口に駆け寄った。



 〇     〇



(さっきの人、様子が変だったわね)


 カナンは歩きながら、先ほど立ち寄った大陸郵便の青年の顔を思い出していた。

 大陸郵便の窓口で、カナンは二通の手紙を出した。水龍国の家族に宛てたものと、メリナの名前を宛名に借りた花印つきの手紙だ。


 花印は、トゥランから預かった指輪にあしらわれていた印章を押したものだ。

 この印を押して大陸郵便に出せば、トゥランの元に手紙が届くと彼は言っていたのだが────。

 その手紙を見るなり、大陸郵便の職員はギョッとした顔をしたのだ。


(あの人、花印を二度見してたわ。もしかして、あの人がトゥラン皇子の手の者だったのかしら?)


 トゥランの言葉通りなら、指輪の花印を押した手紙は、宛先を無視してトゥランの元へと運ばれるらしい。正直不安がない訳ではないが、万が一宛先通りに届いたとしても害はない。メリナがカナンからのおかしな手紙に首をひねることになるだけだ。


 最悪、メリナからシオンに手紙の内容が伝えられたとしても、カナンはもう青湖にいて、これから風草へ旅に出るのだから、後を追われても追いつけはしない。

 まぁ、帰国してから、シオンやナガルにこっぴどく怒られることにはなるだろう。


(でも……ちゃんとトゥラン皇子のところに届いてくれるといいな)


 二か月ほど会ってない恋人の顔を思い出し、カナンはふふっと笑った。

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