第14話 モーベン海運の屋敷
翌朝。
島を出発したカナンたちは、中型の商船に乗って
河口付近は、まるで大陸の裂け目のような切り立った断崖だった。
対岸が辛うじて見えるくらいの大河は遡るにつれて川幅が少しずつ狭まり、両岸とも見渡す限りの枯れ野へと変化してゆく。
やがて、その平原の中に建物の影が見え始めた。
「検問だ。みんな愛想良くしろ!」
キースの声で、船員たちの雰囲気がガラリと変わる。
商船を装っているだけあって、船員たちの服装はきちんとした仕立てのお仕着せなのだが、検問という言葉を聞いた途端に雰囲気までが商人らしく変化している。
カナンとトールは彼らの様子に感心しながら、自分たちも真面目な顔に微笑みを浮かべて検問に備えた。
ここ青湖の都は、
もちろん、青湖の領民で編成された青湖軍もあるにはあるのだが、彼らをまとめる隊長は月紫軍の軍人だ。その管理は徹底されている。
「どこの船だ! 所属と目的を応えよ!」
中州に設けられた建物から川の中ほどまで迫り出した橋。そこにある四角い検問所の中から管理官が問いかける。検問所の反対側には軍船が待機していて、怪しい様子を見せたらすぐに挟み撃ちにされてしまいそうだ。
「毎度ご苦労さまです。我らはモーベン海運の者です。
「ああ、モーベン海運か。証印もあるな。通ってよろしい」
「ありがとうございます」
船長が深々と頭を下げたところで、船がゆっくりと動き出す。
やがて、船は大河の周りに点在する
「親っさん、戻ったぜ!」
潟湖の周りに建ち並ぶ倉庫街を超えた先に、平石積み造りの立派なお屋敷が建っていた。
船を降りたカナンたちはイビスに連れられてお屋敷に入り、
「お帰りイビス。それに、キース様とお若いお客人も。わが家へようこそ」
大きな執務机の向こうで、にこやかに笑う口ひげの壮年紳士。
モーベンは海運業を営む大商人であり、裏ではシムル幹部として活躍してきた人物だという。イビスが陸軍総督を引き継ぐまでは、彼が盗賊団の
表情は穏やかだが、引き締まった体は商人と言うよりも、まだまだ現役の武人に見える。
「で、マッケイはどうしてる?」
「ああ、さすがに少し動揺しているようだな」
言葉を交わしたイビスとモーベンが、同時に目を細めて不敵な笑みを浮かべる。
「歓待続きで外へも出られないとなれば、さすがに疑われてることくらい気づいているだろう。それで、キース様に会って頂くことにしたのか?」
「ああ。面白い策を思いついたんだ。親っさんの衣裳部屋に、
そう言ってクルリと振り返ったイビスが、少年姿のカナンに手を伸ばしてモーベンの前へ引き出した。
「この坊やに、水龍国の王女に扮してもらうんだ」
「は?」
モーベンは目を
「そりゃまたずいぶん突飛な策だなぁ。まぁ、衣裳部屋には水龍国の衣装もあったはずだ。好きに使ってくれて構わないが……女装させるなら化粧の上手い侍女が必要だろう」
チリンチリンと卓上鈴を振って、モーベンは侍女を呼んだ。
現れた侍女は無表情を貼り付かせた生真面目そうな女だった。それほど若くはないのだろうがとても姿勢が良く、茶色の髪をぴっちりと結い上げている。
彼女はモーベンから指示を受けた後、カナンの顔を舐めるように観察した。
「どうぞこちらへ」
侍女はテキパキとした動作で、先に立って歩き出す。
呆気に取られていたカナンとトールは、キースやモーベンたちに会釈をしてから、慌てて彼女の後を追った。
ゆったりとした螺旋階段を上り、二階の奥まった部屋へ通された。
「こちらが衣裳部屋でございます。こちらにある物は自由にお使いくださって結構です。ご要望があればお手伝いいたしますが、特に無いようでしたら、私はこちらに控えておりますので」
カナンたちが通された部屋は、テーブルと椅子のある美しい部屋だった。壁際に立派な化粧台が置かれているので居間には見えないが、広々とした部屋には衣裳箪笥らしき物は見あたらない。
カナンの僅かな動揺を察したのか、侍女は部屋を横切って奥にある両開きの扉を開けた。
開け放たれた扉の奥を見て、カナンは唖然とした。この部屋に衣装箪笥などある訳がなかった。奥の部屋がまるまる衣裳部屋だったのだ。
ずらりと並んだ色とりどりの衣装。男物と女物と言う感じで左右にざっくりと分けられているが、様々な地域の衣装が無秩序に吊り下げられている。
(なにこれ? モーベン氏は衣装の収集家なのかしら?)
広々とした部屋を埋めつくす衣装の数々に、カナンは思わず目と口をあんぐりと開けて見入ってしまった。
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